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魔道の果て  作者: 桂慈朗
第1章 裏切り
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(7)首都送致

「よいか。いくぞ。」

 ユリアナが両手を目の前に掲げ、小さく呪文を唱えると、その中央に光の玉が生まれた。

 その玉を、手をゆっくりと動かしてカズキの体の中に押し込んでいくと、光の玉の輝きが乗り移ったようにカズキの体がほのかに輝き始めた。

 その魔法と同時に、カズキは探索魔法により部屋の周囲の様子を探っている。

 魔法の影響や強度が治癒魔法の方が大きいため、それにより発動を隠蔽しようということである。


 現在カズキはユリアナの足元に屈んだ状態で、彼女の足首に手を直接触れている。

 カズキが魔法を発動させるために触れるのは、必ずしも地肌では無くとも良い。

 それはアレクサンダラスとの間においても確かめてきた。服越しでも繋がりを感じられれば間違いなく魔法は発動する。

 だが、ユリアナとの間では素肌同士が触れた方が魔法が強くなるようなのだ。


 カズキは、大魔導師が認めた魔法の才能と素養を持ちながらも、それを行使する最後の何かを有していない。

 だから、触媒になる者に触れなければ魔法を行使できない。

 逆に言えば、一定の制限はあるが触れさえすれば魔法の行使ができる。

 ユリアナは、カズキが魔法を行使するための重要なピース。

 二人が常に一緒に行動する理由でもある。


 本来、探索魔法は精密な情報を読み取る魔法ではない。

 緩やかな風の流れをつないでいくことで、その変化から物の形を読み取る魔法。

 師匠のアレクサンダラスなら一瞬で周囲に潜んでるものを感知もできるが、カズキはまだそうした魔法を使いこなせていない。


 それでも、部屋の中を探っている3人の存在は直ぐにわかった。

 性別や体の大きさまではわからないが、居場所と存在は明らかである。

 少女は応接室に近い別室に寝かされているようだ。

 宿屋の娘だとは伝えたが、その確認を取ることを考えれば目覚めるまで寝かしているのは当然だろう。

 そこで、カズキは風の魔法を使って風の流れを眠っている少女につないだ。

 よほど急激に移動したり距離が大きく離れるなど、風の記憶が途切れなければ彼女の居場所を知ることはできる。

 そして、シュラウス司教は探索範囲にはいなかった。


『この部屋に探りを入れている者が3人』

『覗いているということじゃな』

『ああ、そうだ』

『准司教と小間使い達じゃろうか』

『おそらくそうだろう。魔法の使える司教なら俺の探索魔法にも気づくと思う』


 念話は直接肌を触れての意思の疎通なので、目の前にでもいなければ魔法の痕跡を感じ取ることはできない。

 興味本位で3人もの人間がここを探るだろうか。


『俺の疑念は高まった。あの司教は信頼できる人物なのか?』

『妾も何度か面会したことがある程度じゃ。それほど親しいわけではない。ただ、態度はいつもあんな感じじゃな』


『じゃあ、そろそろ決めなければならないことがある』

『うむ。司教について首都まで行くのかどうかじゃな』

『神官長だったと言うことは、魔法力もかなり強いんだろう』

『難しいところじゃな。魔術師と比べれば、神官の魔法は本来それ程強くない。じゃが、実際にはアレクサンダラスはシュラウス率いる神官たちと、複数貴族が率いる兵士たちの連合軍に敗れた。しかし、妾は直接その戦闘を見てはおらぬ』


『なら最悪を想定しておこう。シュラウス司教の魔法はかなり強力であると考える。神官が使う魔法は通常どんなものなんだ?』

『普通は、治癒魔法に防御魔法のみじゃ。兵士を守護するのがその役目。稀にその他の魔法を使う者もおるそうじゃが。教会もなかなかに秘密主義でな。それ以上のことはわからぬ』


 カズキは探索魔法を止め、ユリアナに手を取ってもらいながら椅子に腰かけた。

 目が見えない設定も、街からの情報が届いていれば嘘だということは直ぐにわかる。

 住民たちは、普通に活動しているカズキたちを見ているのだ。

 そして、この街に入って来た侵入者がカズキとユリアナに加えてもう一人の合計3人だということも知っているだろう。

 今の時間は、その確認を取るためのものかもしれない。


『今の状況は別にしてだが、先ほど司教が言っていたことが真実ならば、ユリアナの目的はほぼ達したことになるな。あとは国に戻ればそれで成就だ』

『何を言っている。司教が信用ならぬと申したのはお前ではないか。それに妾はここでカズキと別れるつもりはないぞ』


 ユリアナは怒ったような目で、しかし悲しそうにカズキを見た。


『俺も、ユリアナをあの司教に託すつもりはない。バッテンベルクにユリアナを届けるとしても、それは俺たちと一緒にだ』


 ユリアナが閉じているカズキの目を見つめながら、ほっとしたような溜息を吐く。


 予想していたことだが、しばらく後に胡散臭い笑顔と共に部屋に戻ってきたシュラウス司教は、首都クラワミスに行くのはユリアナのみだと丁寧に告げた。

 連れて来た少女はきちんと両親のもとに返し、俺のことは、教会が責任を持って対応してくれるらしい。

 少女に関してはその通りなら有り難い申し出だが、カズキについての押しつけのお情けは必要ない。

 もっとも、カズキが動くまでもなくユリアナはシュラウスの提案を毅然と拒絶した。


 シュラウス司教の反応から見る限り、ユリアナの行動は少々意外だったらしい。

 何故と言う予想外の表情が、言葉尻や作られた笑顔の端に垣間見える。

 だがユリアナの勢いに押し切られ、何度かのやり取りの後カズキの同行を了承した。

 その時には、一瞬見せた動揺は全く感じさせない完璧な笑顔に戻ってきた。

 一連の司教の反応を、自然なもの捉えるのか、わざとらしいと見るのかはなかなかに難しい。


 そもそも、首都クラワミスに行くのはカズキたちの計画には含まれていない。

 元々、この国に留まる理由がないのである。

 助けた少女の安全を確保できればこの国を、なるべく早く離れたい。


 転移魔法が使えるカズキなら、一定の距離までであれば少女の無事が確認できていれば容易にこの街に戻れる。

 だから、教会が信用できるのかを確認するため同行するのは一つの選択である。

 カズキを本当に首都まで連れて行くのであれば。


 司教についていくと、そこには2台の馬車が用意されていた。

 幌付きの簡易なものと、ヴィクトリア形式の高級な箱型。


「さあ、ユリアナさまどうぞ。」

 見るからにカズキとユリアナを引き離そうとするものであるが、これについても頑としてユリアナが譲ることはなかった。

 シュラウス司教の制止を振りほどき、カズキと二人で幌馬車の方に乗り込む。

 その結果、幌馬車の方には二人の他に護衛であろうか屈強な男性が二人。

 箱型の方には司教ともう一人。


 教会が交渉できるような相手かどうかを確認する。

 それができれば、この大陸での活動が容易になることは間違いない。

 一方で、敵対することになれば逃げることになる。

 首都までの距離が馬車で一日であるなら、転移魔法の連続使用でユリアナと二人程度なら何とかなるだろう。


 馬車ではカズキとユリアナが並ぶように座り、その向かい側には見る限り神官には見えない屈強な男性が二人。

 ただ、両者とも兵士のような鎧は着込んでいない。

 さらに言えば、感覚的なものであるがこの二人は魔法を使えるようにも見えない。


『さて、教会はこんな護衛を必要とするものなのか?』

『ああ、道中が長ければ魔獣に対する備えが必要じゃし、他にも盗賊が出ない訳じゃない』

『貴族支配の影響があれば、盗賊などいないんじゃないのか?』

『国民すべてに及んでいるとは限らぬ。犯罪者も、妾の国の場合には多くの場合追放される』

『なるほど。貴族による国民支配も完全ではないんだな』


『カズキの世界で言うところのコストパフォーマンスじゃ。必要なところには力を行使するが、全てにまでそれをする余裕はない』

『支配の力についてだが、それは一度かかれば永久、、、な訳はないか』

『うむ。通常は年に一度そのための祭りがおこなわれる。とは言え、これも妾の国の場合じゃが』


『じゃあ、疑問について教えてほしい。そんなに多くの国民に支配の力を施せるものなのか?』

『最初は大変じゃが、一度支配すれば後は比較的簡単に状態を継続できる』


 馬車の中は無言。

 男たちは無表情にカズキを凝視している。

 念話によるやりとりができていることと、目が不自由設定で視線を合わせていないから気になりにくいが、自らの置かれている立場を考えるとあまり気分が良いものではない。


『では、それを受けないで一定期間他経過すると、、、』

『影響は非常に小さくなる。じゃが、その場合でも貴族を畏れる気持ちは残るようじゃ』

『恐ろしいものだな』


『向こうの世界では考えられないじゃろうな。妾も今じゃからそう言える。この世界では、それが常識なのじゃ』

『ではもう一つ。この世界で向こうの世界と明らかに違う点はあるのか?』

『違いが多すぎて説明に困るな』

『例えば?』

『そうじゃな。例えば、、、』


 念話に集中していた時に、突如馬車が止まった。

 走り出してまだ1時間も経過していない。

 街を出て広い草原の真ん中だ。

 急停車に伴い座っている二人の体が大きく揺れてぶつかった。

 咄嗟にユリアナが大きな声を上げて確認した。


「何事じゃ! 一体何があったのじゃ?」

 しかしすぐの返答はなく、目の前にいる二人も馬車を降りる気配を見せない。

 ユリアナが腰を浮かそうとしたが、カズキは握っている手に力を込めて制する。

 こんな時ではあるが、ユリアナの頬にうっすらと紅が差した。

『魔獣でも、盗賊でもなさそうじゃ』


 ほんの短い間にも関わらず、無言の時間は気持ち会悪いほどの不気味さで二人にのしかかった。

 握っている手からは王女の緊張感が、寒い中にも関わらず出てくる汗からもよくわかる。


 しかし、その責め苦のような時間は司教の明るい声により打ち破られた。

「いや、失礼いたしました」


 カズキも声を聞いた瞬間外の様子を確認する。

 何もない平原。

 隠れるような場所もなさそうなところ。


「穏便に事を運ぼうかと思っていたのですが、ユリアナさまがあまりに強情なので、ここで事態の収拾を図ることとしましょう」


 そう言いながら、いつの間にか鎧に身を固めたシュラウスが幌馬車の後ろ側に立っていた。

 顎を振った瞬間、カズキの目の前にいた二人がカズキを抑え込もうと動く。


「小転移」

 カズキを一気に押さえ込もうとした二人は、標的を失い馬車の中で盛大に転んだようだ。

 馬車の中から大きな音が聞こえてくる。

 一方でカズキとユリアナは、馬車の外5mほど離れたところに現れた。

 ただ急な転移に対応できず、地上1mほどの場所からの落下でユリアナは体勢を崩す。


「大丈夫か」

「心配無用じゃ」


 直ぐにカズキたちの転移場所を見つけて向き直ったシュラウスが、相変わらずの笑みのまま話しかけてきた。

「やはり、あなたがクゼの街に現れた魔法使いでしたか」

「最初から知っていたくせに」

「さらに言えば、大魔導師アレクサンダラス最後の弟子ということでしょうかね」


「何のことだ?」

「別に隠さなくとも良いですよ。そのことは既に公然の事実なのですから」

「なんと!? それはどういうことじゃ」

「どうも何も、全てはユリアナさまの弟君から教えていただいた事に過ぎません。それに、転移魔法を使えるのはアレクサンダラスの弟子だけですから」

「レオパルドが!?」

「そうです。レオパルド殿下が、いつかは二人で戻ってくるであろうと準備されていたのですよ」


 ここまで事態が進めば、カズキが黙っている意味もない。

「なるほど、興味深い話だ」

「ようやく正体を現しますか。」

「俺が来ることに備えていたと?」


 シュラウス司教がにやりと笑う。

 その笑顔は、先ほどまでのものとは全く異なり悪意が見て取れた。

「それ故、私がここに派遣されていた。単純な話です。正直、いつくるかと待ちわびていましたがね。ただ、探し出すまでもなく訪ねてきていただけるとは驚きました。これも全て神の御心によるものでしょう」

「すなわち、俺たちがここに来ることを予想、いや予知していたということか」


「さあ、私にお答えする権限はございませんが、想像はご自由になさってください。それとユリアナさま。あなたを王城にお連れすることになっております。お怪我をされたくなければ、大人しくこちらに来ていただけませんか」

「やはり、貴様らはケルベルト公とグルであったか」

「何か、ユリアナさまは誤解されているようですな。まあいい。さあ、最後のチャンスです。こちらへお越しください」


「アレクサンダラスの弟子を相手に、この人数で戦えると思っているのか!」

 カズキが答える前に、ユリアナが見事に啖呵を切ってくれた。

 信用してくれるのはありがたいが、そこまで余裕があると思わない方がいい。


「ほう。この前の戦いで大魔導師アレクサンダラスを追いつめた私を、ユリアナさまはよくご存じないようだ」

 シュラウスの不敵な笑みは、もはや彰かな邪悪な笑みと言えるほどにまで歪みつつあった。

 その両横には、先ほど馬車で襲いかかってきた二人。鎧までは着けていないが屈強な体は、ゆうにカズキの2倍以上はある。

 そして、両手には長く太い槍を構えている。一体どこに隠してたというのだろうか。


 馬車には大人しそうな御者を除けば、あと一人いたはずだが姿は見えない。

 兵士とカズキは無言で睨みあう態勢になっていた。

20160102:体裁見直し

20160521:文章修正

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