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魔道の果て  作者: 桂慈朗
第3章 魔道の価値
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(11)宣戦布告

「どうやら、向こうも仕掛けてきたようだな。」

 誰もいないコンピュータルームで、一紀はにやりと笑いながらモニタを見ていた。

 画面上にはユリアナ王女の動画が映っている。

 以前一紀が仕掛けた時と同じように、アレクサンダラスを探す内容となっているが、言葉の端々をよく聞くと魔導師だけを探しているのではないのは明らかだ。

 地下にいることで時間の感覚が狂っているが、現在外は真夜中。

 アレクと美鈴は既に別の部屋で休んでいる。


 これは、もちろん安西の仕掛けしかありえない。

 一紀が直ぐにこの動画を見つけることを想定してのものだ。

 もっとも、安西もこの程度の動画で一紀が動くと考えていやしない。

 一紀に対してもアレクサンダラスに対しても、王女が人質や交換条件のカードにならないことは先刻承知のはず。


 それにも関わらず、以前一紀が仕掛けたキャンペーンの焼き直しの如き動画を上げたということは、本当に見せたいものは別にあるというサインであろう。

 しかし、新たに撮り直したと思われる動画で王女は見事なまでに熱の入った演技を見せている。

 アレクサンダラスを探し出し、必ず復讐を遂げたいという思いがここまでさせているのかどうかはわからない。

 ただ、安西と対立関係にあったり、酷い扱いをされている訳ではなさそうだ。

 安西の最終的な狙いは一紀とアレクサンダラスだし、王女そのものも魔法の研究材料としては無下には出来まい。


「なるほどね。」

 動画をダウンロードして調べていた一紀は、あたかも溜息を吐くような調子で独り言を呟いた。

 素早く、ネット上に浮遊するアイにアクセスして動画ファイルのスキャンを行う。

 すると、動画ファイルの中に全く異なる画像データが巧妙に埋め込まれていることがわかった。

 偽装である。

 本命の伝えたい内容はこちらであろうが、方法としては稚拙なものであった。

 相当の能力がある者ならば偽装を見破ることができるかもしれない。

 もちろん、動画データに無駄なコードが混じっていることに気付ければであるが。

 ただ、それを取り出すのも埋め込み方法を知っていなければ容易ではない。


 動画内に別のデータを埋め込む方法は、一紀も以前から良く用いてきたものだ。

 大きめのデータの中に全く異なる画像データが紛れている。

 これを取り出すにはキーコードが必要だが、今回は一紀が良く知る番号が用いられていた。

 要するに一紀にだけ届くメッセージ。

 本命の画像が一紀に対して伝えたいことなのだろう。

 ふと、手を止めて指の痛みと向き合う。

 キーボードを使うのに不自由を感じ、若干の悪態を小さな声で吐いた。

 ただ、それでもこれまで幾度も行ってきた方法で、封じ込まれている画像を取り出していく。


 画像を展開しながら、一紀の脳裏には嫌な予感が広がっていった。

 予感というモノは、多くの場合において良いものは裏切られるが、嫌なものに限って実現するものである。

 そして、神様のいたずらは今回も一紀の予想を裏切らなかった。


「くそっ!!」

 その画像は、鎖に繋がれ牢屋のような場所に閉じ込められている紗江子の姿を映し出していたのである。

 彼女はぐったりとしていて下を向いているが、偽物でないことは一目でわかる。

 フェイクの可能性も考えて画像を念入りに調べてみるが、画像を加工した痕跡は画像のスキャンでは見つけられない。

 目で見てもわからないが、色彩や光の当たり方に加工した不自然さのない状態のものであると、アイは答えを出していた。


 一紀の考え付く限りではこの画像は本物。

 すなわち、紗江子さんは捕まった後軟禁状態に置かれていると言うか、拘束状態にあるということだ。

 脅しに屈する人ではないから、場合によれば暴力や拷問に近いことを受けている可能性もある。


「安西め! 完全に俺にケンカを売るつもりのようだな。」

 モニターを睨みつけながら一紀は毒づいたが、逃げられない罠に嵌められていることを認めざるを得ない。

 一紀の弱点は紗江子にあり、彼女を残してしまったことから容易に想像できることだ。

 あの安西が、これまでの付き合いから甘い態度で臨むとは考えられない。

 紗江子さんを人質に使うことは既に予想していたが、実際このように脅しをかけられるとやはり辛いものだ。


 もっとも、このような手に出てきたということは、向こう側も一紀たちの潜伏先を見つけられないでいるということでもある。

 一方で、戦いを仕掛けるにしても一紀はまだ魔法を使えない。

 戦力としては、アレクサンダラスの魔法くらいしかない現状で、正面切って戦って勝てる見込みがないのは言うまでもない。

 紗江子の写真は早期におびき出すための罠で間違いないが、丁寧にも別の画像に建物の写真までが含まれていた。

 来れるものなら来て見ろと言う挑発であろうか。

 念の入ったことである。

 それでも悔しいが紗江子さんのあの姿を見た以上、一紀には長く時間を置くことはできなかった。


 新たな緊急時の潜伏先の手配は、既に美鈴さんの伝手を用いて行っていた。

 ただ、それとは別に早々に安西と戦える形を構築せざるを得まい。

 そのためには最低限、安西が所属している組織のバックボーンを掴んでいなければならない。

 国の機関が関与しているのはわかっているが、一紀が付き合ったことがない場所であった。

 公式になっている機関でないとすれば、公安側かそれとも自衛隊側の関連組織か。

 どちらにしても表ざたに出来る話でもないので、非合法組織と考えた方が良いだろう。


 その上で、組織はどこまでの情報を掴んでいるのかも問題となる。

 単純に魔法に興味あるだけであれば、王女と王子を押さえているだけでもそれなりの成果と言える。

 しかし、現状は間違いなくアレクサンダラスを、そして一紀を押さえにかかっている。

 魔法に関する情報を根こそぎ手に入れようと動いている。


 安西は、マンションで対峙した時に確か海外勢力が目を付けているというニュアンスの話をしていた。

 また、アレクと美鈴さんを最初に襲おうとしたのは、おそらく日本人ではないという話も聞いた。

 アレクの魔法は非常に価値が高いが、転移魔法を持つ故に捕縛は容易ではない。

 すなわち、効果的な対処法を考え付いたのでなければ、こうも短時間で勝負をかけようとするのも考えにくい。


(狙いは一体何だ? あるいは仕掛けは何だ?)


 一面で自信を持ち、同時に焦りがあるように見える。

 他国の動きが相当に活発だということが影響しているのかもしれない。

 ただ、王女の動画を出したことは却って襲撃を煽るようでマイナスとなる気もする。

 兎に角、何からの形で一紀たちを早く抑えるための準備は整えていると考えた方が良い。

 例えば、一紀が開発したジャマーを改良しているという可能性があるだろう。

 ただ、もとより一紀は正面から攻めるつもりなど全くなかった。


 翌日の朝、一紀はアレクと美鈴に状況を伝える。

 そして、少しでも早く紗江子を取り戻したいとの意見を告げた。

「狙いはサエコの奪還ではなく、儂らのフリーハンドを得ることでなければならん。」

「もちろん、両方を狙いますよ。既に、転移用のアクセスポイントは5ルートを押さえ終わっています。それと、例の情報漏えいもいつでも流せます。まあ、とばっちりを喰らう人には気の毒ですが。」

「わかった。救うのは一人だけじゃ。それ以上は無理と心得よ。」

「承知しています。迷いはありません。」

「いいじゃろう。結局魔石も使えなかったが、お前にはお前の戦い方もあろう。」


 美鈴の人脈を使い、関連が疑われる危険性が低くかつ、信頼できるかつての出入り業者から数多くの空き家情報を押さえてある。

 一紀がアクセスできるネット上の情報では、そこが本当に空き家かどうかの保証がないためいくつかの方法を用いて確認させた。

 もちろん、転移魔法により空き家を渡り歩こうという算段である。

 間取りを確認し、そこに何もないことが保証できなければ、見えない場所に転移することは危険すぎる。


 土足で乗り込むことに良心の呵責が無い訳ではないが、緊急事態と見逃してもらう他はない。

 今の隠れ家を出れば、いつ安西の網にかかるかはわからない。

 おそらく監視カメラ網は押さえているだろう。


 一紀が強制的にカメラのアクセスを切断したとしても、一つの都市全てをカバーできる訳ではない。

 痕跡を残すことが、そこにいた証拠となり追跡の手がかりを与えることになりかねない。

 とにかく、今回地下鉄駅から出る段階で補足されるのは覚悟している。

 すなわち、この場所は二度とは使えない可能性が高い。

 事前に映らない様に対処はするが、そのこと自体が証拠となってしまうので、時間稼ぎ以上の意味はない。


 そして、そもそも不味いインスタント食品と缶詰の残りもそれほど多くはない。

 どちらにしても撤退は時間の問題なのだ。

 10日ほどの潜伏ではあったがこの電球のみに照らされた無機質な空間も、出るとなれば惜しいという気持ちも少しは湧くものであった。


 まず、情報を流すところからスタート。

 一紀がこれまでの情報からあたりを付けていた官庁の幹部をターゲットとして、彼らの汚職に関する偽情報をネット上に一気にアップした。

 もちろんタイムスタンプ等それらしい状況も全て偽装してある。

 加えて同じ情報を差出人不明のメールで複数のマスコミにも送った。


 贈賄は、先日捜査が入ったと報道もなされている一紀が裏で操っていた企業である。

 すでに報道状況は下火になりつつあるが、そこから賄賂となれば再び報道が過熱するのは間違いない。

 マスコミが直ぐに動き出すはずだ。

 別途、マスコミにではなく組織の幹部たち向けに、更なる情報が出てくる可能性を示唆したメールも送っておいた。


 本命の組織がどこの傘下かわからないため、かなり幅広く網をかけた。

 濡れ衣を着せられる多くの無実の人たちには申し訳ないが、いつかは疑いも晴れるはずだ。

 組織体系と情報伝達ルートを調べ上げる時間が無かったので、ピンポイントで幹部に脅しをかけるという手段は諦めている。

 全体に脅しをかけた状態なのだ。

 心当たりのある者たちにはわかるであろう。


 さらに追い打ちをかける様に、安西が一紀を引き出すために持ち出した施設の写真に王女の画像も加えていくつかの国の大使館に送ってある。

 アレクサンダラスを襲った組織は、混乱に乗じて間違いなく王女や王子を確保に動くだろう。チャンスなのだから。

 さて、双方が引き起こす混乱が最大化した時に、紗江子を救いだすべく動くとする。

 一紀の算段では、明日か明後日にそのタイミングが来ると予想していた。


 あとは、それらが動く瞬間に乗じて行動を一気に起こし、その後別に確保した次の隠れ家に潜伏しながら、じわじわと偽情報を使った交渉を続けていく。

 現場の部隊と戦わなくとも、組織の命令系統を混乱させられれば執拗な追跡はできなくなる。

 とりあえず、非常に多くの無実の職員たちが身に覚えのない収賄の証拠にパニックとなるのが一紀としての宣戦布告であった。

 そしてもちろん、安西が整えてきた戦いの舞台である施設の状況は既に十分把握した。

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