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魔道の果て  作者: 桂慈朗
第3章 魔道の価値
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(10)ふりだし

 痛みが取れるのに数日を必要とした。

 ただ、次の日からは冷静に話ができるようになったのは、アレクサンダラスの治癒魔法がそれだけ優れたものだったのであろう。

 左手の2本の指の先端を失ったことは、一紀は比較的冷静に受け止めたように見えた。

 むしろ気づいたショックよりも、魔法が使えたかもしれないというアレクの言葉の方に大きく反応したのである。

 もちろん一紀の強がりであることはアレクも美鈴も気づいていたが、指摘する者は誰もいなかった。


「いろいろとご迷惑をおかけしました。」

 それが正気に戻った一紀の第一声だった。

 謝る一紀に「気にせぬよう」と制止した後、アレクは普段見せないような陽気な態度で、一紀が持つ魔法の意外性について話をした。

 ただ、意外と言うことは制御できないということは直ぐに理解できた。


 そもそも発動時点のことについて、一紀は記憶が非常に曖昧なのだ。

 それは、感情を一気に発露しようとしたという面もあるが、それ以上にこれまで一紀がアレクから学んできた魔法の論理性とは明らかに異なる状況だったからである。

 一紀は体で覚えるよりも、頭で理解するタイプなのだ。


 アレクサンダラスの治癒のおかげか、痛み以外に支障がある面はなかった。

 そのため意識を取り戻したのちに、早速再び魔法の発動を行おうとしたが、今度も上手く働かない。

 そのことについてはある程度予想していたため驚きはなかったが、これからの道のりを考えると溜息しか出なかった。

「全く、お前は手がかかる弟子じゃ。」

「最高の弟子なんじゃなかったんでしたっけ?」

「最低じゃ、そして最悪じゃ。」

「暴発させたときの記憶が曖昧なので、振出しに戻った感じですね。」


 アレクは一紀の手を取り念話により続けた。

『ただ、魔石を爆発させたのは間違いない。まずは魔石の使い方から復習じゃ。』

『はいはい、分ってますよ。師匠。』

『なんじゃ、その態度は! お前が魔法をきちんと使えれば必要な事なんじゃぞ。』

『そうなんですけどね。』


 軽口を叩き合いながらも、魔法を使う力が無いという諦めと比べれば期待があるだけで、気分は全く違うものだ。

『早急に魔法を習得して、向こうを叩き潰すのじゃ。でなければ、こちらの身動きが取れん。』

『わかってます。向こうの情報も急ぎ集めます。』

『儂の目的は知っておるな。』

『もちろんです。そのために今は少しでも早く状況を変えなければならない。今のところ、企業での研究は罠にしてもそのまま進められています。』

『そうじゃ。時間が惜しい。あ奴らの目的が何かは知らんが、掴まれば儂の目的はおそらく達することができん。』

『そうでしょうね。おそらく、向こうの狙いも魔法の秘密。魔法を武器化しようと考えているのでしょう。それに、まだ本格的ではないが日本だけが気付いている訳じゃない。直ぐに他国もアプローチしてくるでしょう。』


『儂らが今すべきことは単純じゃ。』

『ええ、私が魔法を習得して戦力になることですね。』

『一人と二人では大きく違う。そして、こちらを自由にするしかないように思い知らせるのじゃ。』

『方法は露骨ですけどね。』

『指揮するものに恐怖を味あわせれば、組織などどうにでもなるわ。』

 アレクがにやりと笑ったが、その眼は怒りに燃えているようだ。


  ◆


「姉上は、敵討ちのことを一体どう考えられているのですか!? それに敵討ちを邪魔するカズキにも制裁を加えてやなねばなりませぬ。」

 レオパルドは、それを考えることで自らの精神御平衡感覚をかろうじて支えているようにユリアナには感じられた。


(この子、このままでは危ないわ。)


 ユリアナとて、父と母の仇を打ちたいという気持ちは強く持っている。

 そのことに嘘はない。

 ただ、レオパルドはアレクサンダラスに向けているのと同じくらいの憎しみを、一紀にも向けていた。

 敵の味方は敵と言うことだ。


 安西が言う通り、安西がレオパルドを唆したというよりは、レオパルドが自分に都合の良い内容のみを組み立て信じていると言った方が良いだろう。

 そのことが、却ってユリアナを冷静にさせていた。

 一紀の本心が読めないことも、レオパルドの現状と同じくらいユリアナを不安にさせている。

 最初こそあまり良い印象を抱かなかったが、一紀が真面目にユリアナたちのことを心配しているというのは、かなり前よりわかるようになっていた。


 年齢が近いこともあって、ユリアナは一紀にシンパシーを感じていたのかもしれない。

 だから、近づき少しでも打ち解けようと努力したが、一紀は身分の差だろうかどうしても一定以上歩み寄ってはこなかった。

 そのことが、今この世界では心を割って話し合えるものがいないユリアナにとっては、悲しくもあり寂しくもあったのだ。

 あるいは部下たちに囲まれながらも孤独感を漂わせる一紀の雰囲気が、ユリアナには今の自分と境遇が近しいと思えた面もあろう。

 近づきたいのに近づけない。

 向こうの世界ではあまり感じたことのなかった焦燥感があったのだ。


(カズキにもう一度会いたい。)


 ふと浮かんだ考えを必死に消し去ろうとしながら、一紀に会うためには結局安西の口車に乗るしかないのではと考えずにはいられなかった。

「仇は必ず打つ! ただ、妾たちは真実を知らねばならぬ。なぜ、父上と母上が殺されなければならなかったのか。それほどまでにアレクサンダラスを動かした原因は何なのか。それを知るのも王家に連なるものの責務じゃ。」

「姉上は、未だ理屈をこねられるか。先にも後にも、私たちがすべきことは憎きアレクサンダラスを撃つことでしょう!」


 もう、このやり取りは何度繰り返しただろうか。

 レオパルドは、結局一人でアレクサンダラスを探し出すことも、拘束することも、そして敵を討つことも叶わないのを知っている。

 だからこそ、安西の力を借りてそれを果たそうとしている。

 いや、果たせると信じようとしている。


 そして、姉であり唯一同じ恨みを抱くユリアナにそのことに同意してほしいのだ。

 それはわかっている。

 安西の許での生活は、正直言えば一紀の許にいた時よりも随分と不自由だ。大きな施設に暮らしているため、不自由こそないが外出は認められない。

 ユリアナには、ほんの少し前までの生活が懐かしかった。

 紗江子と一緒に街に繰り出し、美味しいものを食べたり、こちらの世界のファッションを楽しんだり。


 今は、あまり美味しくない食事に代わり映えの無い服装。

 別に奴隷扱いされているわけでは無いが、ユリアナが協力的ではないためか、あまり誰も接触してくることが無い。

 来るのは安西かレオパルドだけなのだ。

 紗江子には、ここに来てから一度も会ってはいない。

 安西に問いただしても、曖昧に答えるだけであった。


 レオパルドは、むしろ安西に協力的に動いているようで、この施設内をいろいろと連れまわされている様だが、何をしているのかは本人は語りたがらない。

 ユリアナは魔法研究のモルモットになっているのではないかと心配したが、レオパルドはそれを否定している。


 かつて一紀のところでユリアナの世話をしていた水橋という女性もここにはいるようだったが、今は接触することがほとんど出来なかった。

 こうした境遇も、ユリアナの寂しさをさらに募らせる原因となっている。


 レオパルドが柳のように押しごたえのないユリアナの態度に諦めて部屋を出ると同時に、替わりに安西が入って来た。

「ヨロシイデスカ?」

 ユリアナとレオパルドの会話は調べられているのだろう。

 技術の複雑な仕組みはわからないが、安西はどんどんと向こうの言葉を覚えているようだ。

 最近ではほとんど不自由がないほどになっている。

 レオパルドも協力しているのかもしれない。


『妾が拒否しても、お前が下がるわけでは無いだろうに。いちいち聞くな。』

『まあ、そう邪険に扱わないでください。今日はお願いに来たのです。』

『お願い? 命令ではないのか。』

『滅相もありません。お願いです。』

 安西は、もう生活の一部となったようなポーズを取った。

 なぜか、そのポーズだけはいやらしさを感じさせない自然な動きである。


『まあよい。で、何じゃ?』

『お恥ずかしい話ですが、一紀さまの行方を見失いまして。まことに見事な潜伏ぶりです。』

『つまり、妾におびき出す餌になれと言うのじゃな。』

『餌ではありませんが、一紀さまを安全に保護するための手助けをお願いしたいのです。』

『同じじゃろう。じゃが、居場所が知れぬのであろう。どうやってカズキに伝えるのじゃ?』

『前と同じような方法ですよ。今回はテレビではありませんが。』

『つまり、カズキが良く使っているネットというもので声掛けをするということか。』

『ご聡明痛み入ります。』

『無理にそんな言葉を使わなくても良いわ。』

『一紀さまはネットを使っていろいろとこちらのことを調べているでしょう。それほど仕掛けなくとも、すぐに見つけてくれるでしょう。』


『だが、カズキが私の問いかけに答えると思うか?』

『答える様にすればいいだけです。』

『如何様にする?』

『詳しくは後で説明させていただきます。ただ、王女様には難しいお願いをするつもりはございません。王女様が一紀さまを探されているということを切にお話しいただきたいだけです。』

『妾が、それほど一紀を焦がれているように見えるのか!』

『いえいえ、演技で結構でございます。あくまで安全に保護するための策。他意はございません。』

『それならば、妾よりもサエコの方が適任じゃろう。そちらには頼まんのか?』

『なかなか、那須様は強情でして。我々も手を焼いているのです。ただ、那須様にもご協力頂くつもりではいますよ。』


 紗江子も無事なのは間違いないようだ。

 そのことにも、ユリアナは安堵するのであった。

 わずか半年弱ではあったが、一紀のところでの生活は意外に気にいっていたのだ。

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