(7)魔石の修練
『それは妾も知らぬ。ただ、奴の一派は各地で貴族を王族を襲い国を奪っていった。そのことは配下の者より聞き及んでおる。ただ、その後は教会の反撃に屈し陥落は時間の問題だとも聞いておる。』
『ほう。で、国を奪った当時アレクサンダラスは何をしようとしていたのでしょうか。』
『それは知らぬ。亡国の輩のすることに興味など無いわ。』
思い出したくもないと言った風情で、ユリアナは首を横に振った。
しかし、そんな行動を無視して安西は追い打ちをかけるように話し続ける。
『私が思うに、再び世界を征服しようと考えるならば、この世界で武器を開発するのであれば判ります。しかし、アレクサンダラスはそれをしていない。唯一、船の建造に付いても調べようとして、結局こちらの方策は諦めたようですがね。』
『船? それは外海を渡ろうというものか?』
『ええ、こちらの世界でもかなり大型のものです。ただ、そんなものをあちらの世界に持って行けるはずもないでしょうし、向こうで作ろうと考えたのでしょうか。どちらにしても、そのあたりの判断は私には判りかねますな。』
『妾らの世界では、そもそも大きな船など浮かべる場所もない。大陸は一つで、川なら小さな船しか無理じゃ。確かに、伝説には外海の果てに未知の大陸があるという話もあるが、どちらにしても海にいる魔獣が邪魔をして沈められてしまうのがオチよ。』
『今のお話しから想像するに、アレクサンダラスは住民をどこかに逃がそうとしているようですな。』
一拍考えて、王女は問いかける。
『どういうことじゃ!?』
『征服しようとしたが失敗。そこで大型船を視野に入れ、それが駄目なら地中に住む道を探る。何か急いで多くの国をまとめ上げないといけない何か、あるいは逃げなければならない何かがあると思いませんか。天変地異の起こる前触れでもあったのではないかと、事情を知らない私どもは想像もしましょう。』
『そんな話など聞いた事もない! 星読みの魔導師も、災害の予知をしたとは伝え聞かぬ。まあ、予知の魔法はあまり当たらぬものではあるが。』
『ほう、未来予知の魔法もあるのですか。』
安西が眼を細める。
魔法の話について彼はいつも楽しそうに聞いている。
『常に当たるものではない。むしろ外れる事の方が多い。妾はあまり信じておらぬ。』
『では、仮にアレクサンダラスが予知していたならば?』
『それならば、口惜しいが確かに信じるものがおるやも知れぬ。もしそれが本当ならばな。野に下ったとは言え大魔導師。その威光は大陸中に轟いており、言葉に耳を傾ける者も少なくないはずじゃ。天変地異の予知を説き聞かせたならば、多くの王族も耳を貸そうに。』
『でも、貸さなかった。ということですかな。』
『アンザイ、お前の言う事は全て想像に過ぎぬ。王族とて、それほど器量がない訳ではないぞ。加えて、奴が妾の父と母を殺さなければならない理由にも説明にもならん!』
『それでも、王女様は比較的冷静に捉えられているようですな。』
『この世界に来て、日もかなり経過した。加えて妾はもう子供ではない。アレクサンダラスを敵と思う気持ちは今も強いが、感情に全てを任せるほどには愚かではない。』
『では、私が一紀さまを外敵から保護しようとしていることもご納得いただけませんか。』
『それは、妾にカズキを呼び寄せる駒になれと言う事か?』
『ほう、聡明でいらっしゃる。那須紗江子嬢にお願いしたのですが、なかなか強情なお方でしてね。』
『お前、サエコに何かしたのか?』
『いえいえ、私の部下ではなかなか手に負えない状況でして、苦労させられております。昔から知っている仲ですし、丁重におもてなしをさせていただいておりますよ、今のところは。』
目を細めた安西から、ユリアナは一瞬凶悪な匂いをかぎ取った。
『それは脅しか?』
『いえ、何度でも繰り返しますが我々は皆様を保護しようとしているのです。他意はありませんよ。』
安西は相変わらず飄々とした表情で続ける。
目の奥にチラホラと見える暴力の匂いが漂ってくるものの、その雰囲気は別の何かに覆われて容易には感じられない。
『だが、妾が申し出てカズキが言う事を聞くと思うか。』
『何、駒は多いほどよいのですよ。一人ずつでは役に立たなくとも、それが複数になれば効果を示す事もある。一紀さまは強情だが、一方で情に脆い面もある。見捨てると言う事はできないでしょう。翻意してもらうにはそれくらい強硬な策も講じる必要がある。』
『お前はレオパルドをまず焚きつけ、今は妾を利用して情に訴えようとする。お前の本意はどこにあるのじゃ?』
『私は一紀さまが好きなんですよ。あの無鉄砲さと、そして予想もつかない発想力が。だから、できれば安全なところでその力を使ってほしい。そう考えているのです。』
『カズキはその程度では動かないのではないのか? お前の思うとおりに動かないのであろう。』
『ですからこの有様でして。』
再び、ユリアナの手を持ったまま首を軽くすくめた。ただ、表情は笑っていない。
『私どもとしては、襲ってくる相手からあなた方を守らなければならない。そして、保護する対象には大魔導師と一紀さまも含まれている。その事だけは信じてほしいものですな。』
『では、お前は我々の敵討ちを手助けするという訳ではないのだな。』
『時が来れば、ご助力しますよ。でも、今はその時ではない。私は魔法を学びたいわけでは無いですから。できれば知らずにいたいものですね。』
そう言いながら、不敵な笑みを浮かべた安西を見て、ユリアナはやり信用が置けないと感じていた。
◆
「さて、これからどうするのじゃ。」
信じられないようなスピードで日本語をマスターしているアレクサンダラスは、一紀に対して流暢な日本語で問いかけた。
「こんな穴倉に長居するつもりはありません。美鈴さんと相談して、複数の潜伏先をピックアップしています。」
「逃げる算段ではない。このままでは、儂の狙いである技術が完成せんかもしれん。」
「それが、不思議と研究の方は継続しているようですね。おそらくは罠だと思いますが、別に罠であっても研究を進めてくれていれば問題ないでしょう。ただ、、」
「ただ、どうした?」
「私の方は見事にやられました。」
「やられたとは?」
「犯罪捜査の一環として、警察が踏み込んでいるようです。」
「ふむ。お前は犯罪者に仕立て上げられたか。」
「表向きは私の名前は出ないようにしてありますが、とは言え捜査が進めばなんらかの証拠は見つかるでしょう。そもそも今回の捜査は間違いなく私の手足を奪うためです。」
「痛めつけようという訳じゃな。」
「これくらいで私が脅される訳はありませんが、ただこれまで育て上げたものを失うというのはショックがありますね。」
「人生と言うのはそういうものじゃ。砂の城を作る様なものよ。」
「まあ、励ましだと受け取っておきます。ただ、手持ちの資金にまではそう簡単に辿りつけはしない。目に物見せてやりますよ。」
「手はあるのじゃな。」
「まだ完璧ではありませんがね。策はあります。」
「逆襲の策を講じるのも良いが、並行して魔石の扱い方を覚えるのじゃぞ。」
「もちろんわかっていますよ、師匠。」
「うむ。おそらくお前は儂の最後の弟子じゃ。その分、お前にはできる限りの手をかけてやろう。」
「光栄です。」
魔石による魔法始動も決して容易なものではない。
魔法を使う感覚が無ければ、上手く魔法を動かすことはできない。
逃げ出した当初、追手が地下鉄線路内も探っていたようではあったが、捜索も一週間ほどを経ると急激に消えた。
アレクサンダラスの転移魔法があることから、同じ地に留まっている可能性が低いと考えられたことがあるだろう。
加えて、このように長期間留まれる場所があるということが知られていなかったのも大きい。
探索の手が消えると同時に、使われなくなった地下鉄線路内を利用した魔石の使い方の特訓が行われている。
ただし、魔法を使えない一紀にはその最初のステップが、巨大な絶壁のように立ちふさがっていた。
「魔石の力を、思念で引き出すのじゃ!」
一紀は、念じ、唸り、頭に集中し、それを扱おうとする。
「力を入れても何の役にも立たぬわ! それよりも、思念を収束させるのじゃ!」
一紀の手の中で魔石がほのかな光を放っている。
ただ、石は何の反応も示さない。
既に特訓を始めてから3日が経過している。
情報収集等で、ネットアクセスするのに3時間ほど費やしているが、それ以外の8時間以上は魔石を扱う特訓である。
「全く、紗江子さんと同じくらい厳しいな。」
冬から春に変わろうという時期とは言え、地下鉄線内と言う事もありそれほど寒くはない。
ただ、一紀の額からは大粒の汗が次々と滴り落ちている。
魔石を扱うきっかけを見付けるため、一紀なりにありとあらゆる状況を試そうとしていたが、おそらくこれまでの経験とは全く異なる何かが必要であることは判っていた。
そもそも魔法とはこの世界には本来ない存在。
それを使う事を考えれば、この世界で魔法に焦がれた人たちが誰も成し得なかった何かが必要なはず。
今回はアレクサンダラスが一紀のために生成した魔石という補助道具がある訳だが、だからと言って容易に発動するものでもなかった。
「ふむぅ。このままでは埒があかぬな。」
地下に潜って一週間あまり。
そんな言葉いつの間に覚えたのか、今では日本人と変わらぬほどに使いこなしている。
美鈴さんといろいろと話しているようだが、彼女は良い教師なのかも知れない。
ただ、日本語で突っ込まれてのは正直精神的に厳しい。
一紀が集中を解いて目を上げると、5mほど離れた場所に陣取り何やら呪文を唱えているアレクサンダラスがいる。
(まさか、ショック療法か!?)
どうやら、一紀に対して魔法を発動しようとしているようだ。
攻撃されたからと言っていきなり使えるようになるとはとても思えないが、アレクサンダラスもさすがに我慢の限界なのかも知れない。
もちろん、彼の最後のそして最も出来の悪い弟子に対してである。