(5)秘密基地
ターミナル駅の手前にそれはあった。
複雑に分岐する複数の地下鉄線路の隙間に、細長い三角形状で一般の人ではわかりづらい空間が存在している。
そこに入るために、見落としそうな隙間の空間を障害物を避けながら進み、時に逆に戻る様な迷路のごとき複雑なルートをたどったが、一紀はさも手慣れたように進む。
「お疲れ様でした。目的地はここです。」
そう言うと、一紀は何やら指輪のような物を鋼鉄の扉にかざした。
音もなく自動的に大きく重い扉が開く。
「さあ、入りましょう。私の秘密基地です。」
中に入って、電気をつけるとそこには様々な機器が並んだ部屋があった。
モニタ類は一紀が電気をつける前より動いており、この部屋がずっと活動を続けていることが良くわかる。
「あら、凄いわね。」
「ええ、水も食糧もある程度ありますし、何よりもここには情報にアクセスできる武器があります。」
「凄いわね。こんな場所、一体どうやって確保できたの?」
「元々、新路線の建設で生まれた空間なんですが、それが凍結されたために放置されていた場所に、ちょっと偽の工事を紛れ込ませてね。」
「あらあら、なかなか面白いことを。その歳でどうやってそんなことを覚えたのかしら。」
「最初から、そう言う子供だったんですよ。」
「今でも見かけは十分子供だと思うけど、中身は違うのかしら?」
「雑談はこのあたりまでにして、ちょっとできることをやっておきましょう。」
ちなみに言えば、工事記録などは全て抹消している。
あやふやな工事担当者の記憶でこの複雑な場所がわかるかどうか。
地下迷宮とも言えそうなこの空間で、ここを見つけることは至難の業であろう。
それにこの部屋は微弱な電波も漏れないように、鉛による封印を施していある。
アレクが珍しそうに機器類を眺めている横を一紀は進み、椅子に腰かけるとモニタを睨みながら何やら操作を始めた。
手元にあるキーボードをマシンガンの如く叩きつけ、次々と切り替わる画面の情報を食い入る様に見つめている。
どこから取り出したか、手元にはミネラルウォーターのペットボトルが置かれ、一気にそれを飲み干す。
「まずは情報を集めて、その上で相手の連絡網をかく乱して。」
独り言をつぶやきながらも、手の動きは全く止まらない。
「お、やぱり追跡のビーコンがあるようだ。今は反応していない様だな。俺の服かな? でも、着替え無いしあとで手に入れるか?」
一紀の様子を、一人は不安げに、もう一人は興味深そうに後ろから見ている。
「さてさて、向こうの拠点の場所はっと? うーん、簡単には尻尾を出さないか。」
『カズキ、これからどうする。ここが仮に安全だとしても、打つ手がなければ意味はないぞ。』
アレクが、一紀の頭の上に手を乗せて語りかけてきた。
一紀は作業を止めることなく、念話を返す。
『私が考えているのは、囚われている紗江子さんを取り戻すこと。可能なら王女や王子も取り返したいとは思います。』
『王女、王子は微妙じゃな。』
『ええ、あくまで可能ならと言う条件付きです。まずは、ここ以外で身をひそめられる場所を探す必要があります。もちろん移動は助けた後ですが。』
『そのためには、相手方に「こちらに手を出したくない」と思わせるようにせんといかんな。』
『現状では戦力が弱すぎます。攪乱はできるけど、そこまで思わせるには力不足です。』
『ふむ。あまり良い状況ではないな。』
『魔石による力をこの地下で身につけられれば、若干状況は変わりますが。。。』
『かえって、相手の興味を引き出してしまうという訳じゃな。』
『当初は、私が師匠との窓口だということで私を確保しようと考えたのでしょう。今は、魔法を使えるかもしれないと考えているので、仮のコマとしての確保対象ですね。』
『そこでサエコが人質として使われると?』
『私ならそうします。もちろん、王女や王子も使うでしょうが、こちらは魔法研究の有力な素材というかモルモットにされるかもしれませんね。ですから、すぐには交渉材料には使ってこないでしょう。』
『その上で、最大のターゲットが儂と言うことか。』
『はい。ひょっとするとこの世界の人間に魔法を使わせることができるかもしれない存在。そして、自らは様々な魔法を駆使できる存在。喉から手が出るほど欲しいでしょう。よく、今まで放置してくれたものだと思います。』
『儂が会うものを絞っていたことが幸いしたか。』
『それとあの欠陥だらけの魔法キャンセラーを、彼らが過信したと言うこともあるでしょう。』
『ああ、あれか。最初は驚かされたぞ。まさか、変な振動で気を乱して魔法に集中出来なくされるとはな。』
『原理は難しくありません。指向性と距離を絞った超音波発生装置です。効果を上げるため、特定の対象位置に限定しているので、動かれれば再度の設定が必要だし、対象者の前に何かを置かれれば効果は消えます。』
『うむ。この前襲われた時にも使われたが、美鈴が儂の前に立つことで効果はなくなった。』
『要するにハッタリなのですが、最初の出会いではそこまで気づかれなくて良かった。』
『まあ、お前と言う弟子を得たのじゃ。それもまた良しと考えよう。ただ、招かれざるものを多く引き寄せすぎたがな。』
『ええ。私の不徳の致すところです。まさか、早くから密かに目を付けられていたとは。正直、予想だにしていませんでした。』
『儂が来なければ、動き出すこともなかったかもしれんがな。』
『でも、おかげで魔法と言う非常に興味深いものに触れることができました。私は感謝していますよ。こんな穴倉に追い込まれたとしても。』
『ふむ。で、サエコと言う女性を助けるとして、そのためにどんな準備が必要じゃ?』
『はい。一つは紗江子さんが囚われている場所を探すこと。ですが、それは私がネット技術を使って調べ上げます。次に、私が魔石による魔法を使えるようになること。今回は私の特殊な事情なので、私一人で助けに行こうと考えています。』
『馬鹿もん! お前一人でそんなことが叶うと思うな!』
『師匠が一緒ならば心強いですが、美鈴さんを一人置いておくことはさすがに言えません。あと、上手くいった後の潜伏場所を探すことですね。ここの食料と水では半月ほどしかいられません。』
アレクは一旦一紀から離れ、別の椅子に腰かけていた美鈴に近づいた。
手をかざし、念話による相談をかけているようだ。
実際には相談ではなく、自分の都合を伝えているだけなのだろうが。
話は最初から決していたのだろう。
アレクは再び一紀の許に戻ってくる。
『で、魔石の材料に出来そうなものはあるか?』
『工事中の地下鉄線内には、いくつものコンクリート片があります。人造の石ですが使えると思います。』
一紀のコンクリート片のイメージがアレクに伝わる。
『あまり重すぎるモノはダメじゃぞ。エーテルを多く込められるが、持ち運びができん。』
『砕けば使えると思います。どうしてもなければ、壁を壊しましょう。』
そう言いながらアレクの目を一紀は見た。
『転移魔法の応用じゃな。』
『はい。この使い方が珍しいとは驚きでした。非常に効果的な武器となると思っていたのですが。』
『儂らのいた世界では、魔術師はあまり戦闘には参加せん。それは、魔法がそもそも遠くのものを攻撃できんからじゃ。おおよそ、矢や槍に敵わんし、刀剣にも負ける。また、転移魔法と言うのは宙の魔法の裏技的なもので、これを使える者は儂以外には数人しか知らん。全て儂の弟子たちじゃ。』
『で、移動用の魔法としか考えてこなかったということなのですね。』
『そうじゃ。宙の魔法は元々モノや動物を召喚することができるのじゃが、発動がランダムであまり使い物にはならないものじゃった。』
『使い物にならない?』
『人を招きよせるのは大変難しく、エーテルをよほど練らなければできぬし、相手がかなり近くにいないと無理じゃ。魔法で呼ぶより人をやって呼び寄せた方が良い。それに、モノの場合はどこから来るかが予想できん。通常は最も近い場所から来る。』
『それなら、相手の武器を奪うということもできますが。』
『詠唱しているうちに殺されるわ!』
『なるほど。』
『それを、自分の手元から逆に飛ばす方向に発想を変えて活用したのが転移魔法よ。もちろん送り先をイメージできなければ非常に危ないものじゃし、さらに多くのエーテルの凝縮を必要とする。』
『それを使える師匠が偉大だということはわかります。』
『世辞などどうでも良い。目に見える範囲に物を送っても意味がないと、ほとんどは逃走用の魔法としてしか用いてしかいなかった転移魔法にあたらな使い方を見出すとは。カズキ、お主はやはり魔道に愛されておるな。』
『まだ一切魔法は使えませんけどね。』
手を止めて、がっくりと肩を落とした一紀にアレクは続ける。
『心配するな。魔石を使うようになれば、ひょっとしていきなり感覚を掴むこともあるやもしれん。まずはやってみることじゃ。』
『はい、、、期待せずにやってみます。』
『では、儂は魔石づくりをするとしようかのう。』
この秘密基地の扉は完全に封鎖した。外部から入ることはもうできない状態にしてある。というか、ここを見つけることも簡単ではない。
外部モニタを操作し、アレクが飛び出る場所の視認を行う。
戻ってくる場所には、何も置いていない立ち入り禁止の場所をテープで床に示して確保する。
「イッテクルゾ。」
美鈴との日常会話のように、日本語を話すとアレクは忽然と姿を消した。
監視カメラには映っていないが、追手が近づいていないことを祈ろう。
20分ほど経過して、アレクは再び忽然と現れた。
ただ、現れた場所ではその空気が押しのけられるのか、一瞬吹き出すような風の流れが生まれる。
自分が転移した時は、奇妙な感覚に気を取られて気付かなかったが、転移先の空気が押しのけられるのだからおかしな話ではない。
アレクは河原の石ころ程度に砕いたコンクリート片を、持って行っていた袋にぎっしりと持って帰ってきた。
布製の袋がはちきれんばかりである。