(3)反撃の狼煙
一紀が目を覚ましたのは、既に十分夜が更けてからであった。
安西には為す術もなく負けた。
その後悔が頭の中を巡り、悪い夢を見させていたようだ。
ユリアナ王女と紗江子さんが、魔法について聞き出すために拷問されているのを、一紀が歯がみしながら見ているというものだ。
理性が「これは夢だ」と囁くのだが、それでも一紀の感情が状況を許せなくなり抵抗し続けるというものである。
うなされたのではないかと思う。
うっすらと目を明ける。結構暗い。
ここはどこだ?
そして、魔導師の顔を見て驚き体を起こす。
「アレク!」
「メ、サメタ。」
「ここは?」
「ヤマ。」
たどたどしい日本語で話すと、一紀の許ににやってきて手を取った。
『随分とうなされておったな。悪い夢でも見たか?』
『ああ、あまり見たくない夢を見た。』
『王女も捕らえられたか。』
『そうだ。』
『慢心しよって。』
『弁解もない。ところで、あんたが助けてくれたのか?』
『そうじゃ。必要なかったか?』
『いや、助かった。俺の力では安西は倒せなかった。』
『アンザイ? あの物騒な男だな。あ奴が裏切ったか。』
『ああ、信用しすぎていた。』
『裏切りは、おおよそ信用している相手が起こすものよ。』
『そうなのか?』
『信用しておらなければ、そもそも裏切りではない。』
『あはは、そうだな。確かにそうだ。』
『狙いは魔法かの?』
『おそらくそうだろう。安西は他の国の襲撃があるから、保護するためだと言っていたが、それは信用できない。』
『ほう。そう考える理由は?』
『他国や他の勢力から守るだけなら、別に俺たちを拘束しなくとも警戒はできる。あるいは、その情報を俺に流せば早々の態勢は取る。』
『じゃが、それはなかったと。』
『ああ、一切無かった。』
『それともう一つ。直前に奴は王子を籠絡していた。どんな風に丸め込んだのかはわからないが、保護するために必要な行動とは思えない。狙いは魔法の独占だろう。』
『そうかもしれんのぅ。この世界に魔法はない。だとすれば、それに興味を持つ者は少なくなかろう。』
『奴は、俺にも何度か「魔法を使えるのか」と確認するようなそぶりを見せていた。この世界で魔法使いを増やすつもりだと思う。』
『ふむ。』
『だとすれば、そこにあるのが保護のはずはない。』
『そうじゃな。しかし、側近に裏切られるとは、お前もまだまだできておらぬのぅ。』
『確かに、今考えると俺は自分の力に溺れていたのだろう。現状を見ると認めざるを得ない。』
『若い内にはありがちな事じゃ。』
『元々爺さんからの資産はあったし、引き継いだ会社はすぐに成功して大きくなった。多少危ない橋も渡ったが、最初から安西達を雇う事ができて。。と言うか、俺は最初から監視されていた。』
『傷は浅かったと言うべきかの。』
『だが、王女と王子だけではなく紗江子さんも奪われてしまった。親父やお袋にもどんな影響が及ぶかわからない。』
『助けたいか?』
『ああ、俺の周りにいた人たちは全て助けたい。』
『しかし、お前では力不足だ。』
『わかっている。家に帰る事もできず、会社も無理だろう。今の俺に動かせる駒は大してない。』
『それがあれば勝てるのか?』
一紀は少し考え込む。
『相手の組織と、構成メンバーが判れば不可能ではないが。』
『その余裕を相手がくれるのか?』
『無理だろうな。簡単に見付けられるくらいなら、今の状態には陥っていない。』
『協力者を得る事は?』
『これまで、そういったつながりを作ってこなかったな。必要も感じなかったし。』
『ふん。じゃが、今回は儂がおる。』
『爺さん、あんた手伝ってくれるのか?』
『儂に王女や王子を救う義理はない。だが、お前が魔法を習得できれば、救えるとは思わぬか?』
『それは俺も考えた。だが、今の俺には時間がない。』
『なに、お前にも使えるようにできる術はある。じゃが、そのことを知られるのは少々不味い。』
『ひょっとして、魔石というやつか。』
『あざといのぅ。王女から聞いたか?』
『言葉の端にあったのを覚えていただけだ。詳しくは知らん。』
『そうか。まあよい。その通り、魔石はエーテルを強く封じ込めた石じゃ。魔法を使えるものでなければ、本来それから魔法を発生させる事はできん。じゃが、お主は既に魔法の知識を儂から学んでいる。』
『俺にも使えると言う事なのか?』
『そう甘くはない。お主は、この世界の自動車というものに、見ただけで乗れるか?』
『練習が必要だと言う事だな。どの程度の時間がかかる?』
『お前次第じゃな。』
そこで、一紀に疑問が浮かぶ。
『だが、この世界に魔石なんてあるのか?』
『心配するな。儂が作る。』
『そんなに簡単に作れるものなのか?』
『儂を信じよ。練習用のものなら、すぐにでも作れるわ。』
『そうか。』
ほっと息を吐きながら、一紀は聞き直した。
『じゃあ、何故今までそれを使って練習させなかったんだ。』
『馬鹿者!魔石に頼って自ら魔法が使えるようになると思うな!』
◆
幸いにも、五十嵐美鈴さんはアレクが救って無事だった。
彼女が用意したセーフハウスはまだ安西達には見つかってなかったようで、彼女はそこで待っていた。
「お帰りなさい。」
「タダイマ。」
一紀からすると、まるで仲の良い老夫婦を見ているようだ。
短期間に良くこれだけ親密になったものだと思う。
そもそも、一紀の知る範囲ではそんなシーンを目にした事がない。
祖父も祖母も早くに死んだ。
親父は余り家に帰ってこないし、お袋に関しては年中世界中を飛び回っている。
そして、殺伐とした使用人たち。
一紀にとっての家族は、実は紗江子さんなのかも知れない。
だからこそ、少なくとも紗江子さんは無事に取り戻したいと考えた。
「イクゾ。」
アレクの声で一紀は我に返る。
「どこへ?」
「逃げるのよ。」
一紀の質問に美鈴が返答する。
その言葉で状況は理解できた。会いに来たのは、美鈴を連れ出す為と言うことか。
その余裕は確かにまだあったが、それが切れかけているということだろう。
アレクには警戒魔法というものがあるらしい。
どのような原理なのか、一紀にはまだピンとこないが、一定範囲内の害意や敵意を感知するようである。
「で、どこへ行く?」
「あなた、一紀さんだったかしら。どこか良い場所知らない?」
「五十嵐さん、もう他には逃げる場所はないのですか?」
一瞬、質問に質問で返したことを後悔したが、だからと言って知っておきたい事項である。
「もうないわ。ここなら大丈夫と思っていたんだけど。」
「そうだ、五十嵐さん。パソコンはありますか? 携帯できる方がいいのですが。」
「どうするの?」
「それでこれからの足取りを少し攪乱できればと。」
「古いのならあるけど、大丈夫かしら。」
「今は時間が惜しい。とりあえず見せてください。」
美鈴は、奥の部屋からやや古い型のノートパソコンを持ち出してきた。
7~8年前の型であろうか。
「いけると思います。それより逃げますか。私に心当たりがあります。ただ、包囲されているのならアレクさんに転移してもらわないと脱出は難しいのですが。」
「既に囲まれているらしいわ。十人以上だと言っている。」
「3人同時の転移は可能なのでしょうか? 聞いていただけませんか。」
「転移は可能だけど、十分引きつけないと難しいらしいわ。」
「理由は?」
「あまり遠くに飛べないからだと。って、空を飛ぶの?」
「いえ、瞬間移動の事です。ご覧になられたことはありませんか?」
「魔法を使えるのは知っているけど、それは、、ないわ。」
「私も先ほど、アレクさんの転移魔法に助けられました。」
「助けに行くとは聞いていたけど、そういうことだったのね。」
「少し、直接アレクさんにお伺いしてもいいですか?」
「あらごめんなさい。その方が早いわね。」
一紀はアレクの手を取ると、念話に対して一方的に聞き始める。
『慌てるな、最初の部分は念話を使っていなかったのでわからん。もう一度話せ。』
『転移の条件はなんですか?』
『絶対条件ではないが、目視できることじゃ。』
『理由は?』
『移動する場所に障害物がないことが条件となる。』
『モノがある場所に転移すれば?』
『元あったものがはじけ飛ぶ。』
『それって、すごい武器になりますね。』
『ケースによっては、転移したものがはじけ飛ぶこともある。』
『なるほど。』
『あと、障壁の魔法を張られておれば転移できん。』
『でも、今回その心配はありませんね。』
『あと、転移魔法は疲れるんじゃ。』
『転移させるものの大きさに従ってですか?』
『重さも関係する。』
『なるほど。』
『とりあえず、近づかせない方がいいですね。3人で飛べる距離はどの程度でしょうか?』
『見通しが良ければこの世界の単位で、100m程度はいけなくもない。』
『十分です。相手は我々を捕まえようとしている。であれば、相手を足止めした上で、こちらから堂々と乗り出しましょう。』
そう言うと、机の上に置いたPCに手持ちのモデムを差し込み、眼にも留まらぬ速さで打ち込み始めた。
「何をしているのかしら?」
美鈴さんが気になったようで一紀に問いかけてくる。
「相手はおそらくどこかに指令されて動いています。それを混乱させます。」
「どうやってそんなことを?」
「それは企業秘密です。」
「それで、アレクさんにはこの後この部屋にある使ってもい小さなものを、囲んでいる敵の近くで塀や壁などの中にいくつか転移させてもらうように伝えてください。そうですね。10個くらいいけるといいですね。」
「壁の中?」
「道路の地下でもいいですよ。そこで破裂させる。」
「転移魔法って、そんな使い方もできるの?」
「試したことはありませんが、おそらく人の頭の中に小さなものを転移したら大変なことになりそうです。今回は、足止めするために使います。相手は魔法を畏れています。」
「恐ろしいものですね。」
「本来魔法は遠距離に使えるものではありませんし、そのことにはある程度気付いていると思います。だからこそ、この魔法による攻撃は恐ろしく感じるでしょう。」