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魔道の果て  作者: 桂慈朗
第3章 魔道の価値
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(2)転移逃亡

 状況は最悪だ。

 確かに警戒はしていた。

 それでも、迂闊にこの家に入ってしまったのは一紀の責任である。

 が、今はそれを悔やんでも仕方が無い。


「あなたは、自分の置かれた立場をわかっていない。」

 安西が落ち着いた声で話す。

「俺が立場を気にする奴だと思っているのか。」

「そこがあなたに足りないところだ。」

「別に気にしていないから、そんなことはどうでも良い。」

「私が何故、あなたのところで働いていたのかわかりますか?」


「お前の趣味に合ったからだろう、安西。」

「まあその面も否定はしませんが、監視と保護ですよ。」

「俺の会社に関することか。」

「会社もそうですが、あなた自身に対するものです。BDとしてのね。」


 一紀自身、自分が他の一般的な人間とは異なる存在であることは自覚している。

 政府から裏の仕事を依頼されていることからも、それを否定するつもりはない。

 人工知能アイを創り出した能力も評価されているだろう。

 だが、一紀の替わりなどいくらでもいる。

 国家からすれば、一紀はコマの一つに過ぎないことは誰よりも理解しているつもりだ。

 一紀は、建前上いくつかの企業の実質的オーナーではあるが、それは祖父から引き継いだものでしかない。

 安西が言うほどの評価を得ているとは思っていなかった。


「おかしな話だな。評価してくれているのなら、こっそり監視するより直接言いに来ればよいだろうが。」

「まあ、以前は監視と保護と言っても今ほどではありませんでした。そもそも、日本はネットにおける情報取得や保護に関する技術が、アメリカなどと比べて立ち遅れていた。それを対等とは言いませんが、勝負できるレベルに持ってきたのは一紀さま、あなたでしょう。その重要さをわかっていない。」

「だから、監視していると?」

「いえ、問題は王女王子を保護したことからです。」

「魔法か。」

「ええ、それを独占しようという行為は、必ずしも良いことではありません。他の国も目を付け始めましたからね。」

「で、保護しようと言いたい訳だな。」

「ご理解いただけてうれしいですね。」

「この秘密を奪われたくないということか。前から情報を盗もうとうろちょろしている奴らが居たが、大したレベルのハッキングじゃなかったので撃退して放っておいたが。」

「だから、自分自身の価値を認識していただけませんか。」


「でも、魔導師は取り逃がしたのだろう。」

「ほう。わかっていましたか。やはり、何らかの魔法を習得されたのでしょうか。だとすると、正直気を引き締めないといけませんね。」

「王女と王子も保護されているということか。」

「おかげさまで。」

「スムーズでなかったのは、どこかの国が急に手を出してきた。」

「さすが。ご明察です。」

「しかし、俺に言わなかったのは、魔法研究を続けられなくなることを俺が嫌がると。」

「そこまでお分かりなら、一緒に来ていただけると嬉しいのですが。」

「俺が素直についていくと思うか。」

「残念ながらそう思っていないからこそ、今日ここに私が来た訳なんですがね。」

「無理矢理連れていくつもりか?」

「いえ、ついでに那須様の修練の成果を確認しようかと。」


 安西が立ち上がる。

 5階にある狭いマンションのリビングだ。

 ソファーとテーブルはあるが、それ以外は大したものを置いていない。

 物を投げるにも何もないし、武器に出来るような物もない。

 かと言って、準備もなしにここに来るほど馬鹿でもない。


 プロである安西と対面する可能性は考慮していたのだから、短時間とは言えど戦略も一応練っている。

 もっとも、リビングでゆったりと待ち構えられている事は想定していなかったが。


「お相手してくれるとは、光栄だな。」

「お、やる気を出していただけましたか。これはちょっとだけですが楽しみですな。」

「まあ、お前に勝てる算段は全く浮かばないがな。」

「目がそうは言ってませんよ。」

 普通ではあり得ない口先による前哨戦だ。

 話をしながらも、相手の動きを細心の注意で見ている。

 こんな場合、集中して一部を見てはならない。

 何処が動いても反応できるように、目を中心にしながらも同時に全体を見るのである。

 剣道で言う「遠山(えんざん)の目付」だが、その程度の事は一紀も体得している。


「お前は嬉しそうだがな。」

「はい、嬉しいですね。久しぶりの感覚ですよ。」

 安西がジリジリと近づいてくる。

 距離は約3m。

 銃のような無粋なものは使わないらしい。

 それだけ、余裕で制圧できるという自信の表れでもある。


 一紀は右手を一瞬激しく動かす。

 袖から暗器を引き出すような動き。

 刹那、左手から小さな物体を安西に放り投げた。

 そして、空中にある物体からは粉が舞い散る。

 蓋を外した胡椒の瓶だ。


 安西が破壊しても舞い散るし、避けても床で舞い散る。

 ダメージは限定されるが、逃げるためには有効な方法だ。


 しかし、安西はまるで判っていたように、それを右手で受け止めた。

 多少は瓶から飛び出したが、結局効果は限定的。

「つまらんですな。」

「それは俺の真似か。」

「どう考えていただいてもいいですよ。」


 安西が胡椒の瓶を掴んだ事で、続けざまに投げようと準備していた右手のものを、投擲するのを思いとどまる。

「ほう、右手にあるのは網? ネットでしょうか? なるほど、そちらをフェイントに使って、不意打ちで胡椒の瓶ですか。悪くはないかも知れませんね。ただ、それでも甘い!」

「一瞬で見極めたか。」

「さあ、本格的に行きましょうか。そのネットは今更効きませんよ。」


 右手には、確かにホームセンター買った網におもりを付けているが、それだけではない。

 こちらにも胡椒の瓶を見えないように用意している。

 今度は瓶を投げるのではなく、蓋を外してぶちまける。


 と右手を動かした瞬間に、安西は一瞬で距離を詰め一紀を捕まえようとしにきた。

 胡椒を浴びたはずだが、目を閉じているため目つぶしとしては効いていない。

 距離が近すぎて網で搦めると言う事もできず、一紀は下がりながら安西を組み止めようとする。


 安西は目を閉じている。

 予想外の動きにはついて行けまい。

 半身になって躱し腕を撮ろうと動くが、目を閉じているはずの安西は全く躊躇無く、一紀の動きに付いてきた。


 撮ろうとした右手を、上手く動かしてそのまま左手で一紀の動きを制する。

 見えないはずの足払いも軽く躱され、少し腰を沈めた一紀に正面から掌底を繰り出してきた。


 一紀も辛うじて躱したが、次の動きで腰を掴まれ、一気に抑え込まれる。

 流れるような動きは、一紀の抵抗する隙を作ってくれない。

 目が見えていないとは全く思えない動きで、あっさり抑え込まれる。


「さて、目つぶしは悪くありませんが、動きが単純すぎますな。これじゃ、まだまだ修練を積んでもらわなければいけませんな。」

「紗江子さんのか?」

「それがいいでしょう。私ではあなたが根を上げる。」


 そう言いながら、安西はようやく目を開いた。

「いくら戦略があっても、力がなければ意味がない。ご存じですよね。」

「ああ、だからそうすべく努力してきたが。」

「まあ、まだまだですな。」


 別に諦めた訳ではない。

 隙さえあれば、いつでも抜け出して逃亡の態勢に入りたいのだが、安西には一切それがない。

 今は、それが外れる瞬間を待った方が良いだろう。そう考えた瞬間。

「では。」

 安西の手刀で一気に意識が刈り取られる。

「これは、力加減が難しいのですよ。」

 安西はそう言いながら、一紀の体を肩に担いだ。


「魔法は使えなかったのか、使わなかったのか。まあ、それは後で聞きますか。」

 マンションの小洒落た玄関の鉄扉に手を掛けて、一瞬躊躇する。

 ただ、思い直したように扉を開いた瞬間、そこにあの魔導師がいた。

 突然であった事と、一紀を担いでていたのが災いしたのだろう。

 魔導師がとっさに一紀に触れると共に、安西の前の前から消え去った。

 もちろん、一紀の重さが瞬時に肩から消える。


「くっ。なぜここが? いや、魔法だろう。あの魔導師の魔法はやっかいだ。」

 言葉を口にしながら、そのまま廊下に飛び出し下の道路を見た。

 そこには魔導師と地面に横たわる一紀の姿。


 それを確認すると、腰に付けた無線ですぐに指令を送る。

 が、次の瞬間二人の姿は忽然と消えた。

 その魔法を目撃した人間がどの程度いるかは判らない。

 ほんの一瞬の出来事だったので。

 ただ、その後始末は必要である。

 安西は、再度部下達に新たな指令を送り直した。


  ◆


「まったく情けない姿じゃな。部下に裏切られるとは、普段の言動が窺い知れるわ。」

 その言葉は日本語ではない。

 ただ、一紀はまだ気を失ったまま横たわっている。

 その横にある倒木に腰掛けながら、魔導師は愁いに満ちた表情で一紀を見ていた。

 夜の森の中ではあるが、魔導師の周辺だけはほんのり明るい。


「まあ、森の奥でも魔獣が襲ってこないだけ随分マシじゃがな。」

 まだ一紀は目を覚まさない。

 無理矢理起こす事もできるのだが、魔導師は敢えてそれはしなかった。

 その理由は判らなかったが、魔導師が一紀を見る目は優しいものであった。


 大魔導師と言えど、魔法を使えば使うほどに精神力も体力も消耗していく。

 この世界は、向こうの世界と比べてエーテルは薄く、精霊の活動もそれほど活発ではない。

 あくまでアレクの感覚的なものではあるが、エーテルの濃度はおよそ半分ほどと言った感じであろうか。

 魔法を行使する事に困難はないが、行使速度や強さに差が出る。先ほど一紀を助けた転移魔法も危ういところであった。

 不意を突けたからよかったものの、連続の転移にはアレクの感覚よりかなり長いインターバルを必要とした。


「うむ。こちらの世界の感覚に慣れなければならんな。今のままでは、下手すれば命取りじゃ。」


 アレクが一紀の危機に気づいたのは、一紀を弟子として認めたこともあり、一紀との間にパスが繋がったからである。

 パスが繋がるとは言っても、アレクが集中して概ねの場所が知れるに過ぎないのだが。

 元々警戒魔法を纏っていたアレクには、襲撃はすぐにわかった。

 それが何者のかまで知る事はできないが、害意や敵意には魔法のセンサは敏感に反応する。


 一番最初に疑ったのは一紀が裏切り、と言うか方針を変えてアレクを強制的に拘束にかかった事と考えた。

 その可能性については既に考慮していたが、やはり一言文句も言おうと思念を飛ばしたのだ。

 しかし、その後何度かパスを通じて一紀の動きを知り、どうやら別の要因であろう事に気がついた。

 だとすれば、外部からの攻撃あるいは内通者等の反乱である。

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