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魔道の果て  作者: 桂慈朗
第1章 裏切り
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(5)解放計画

 ユリアナが美し顔で不満をあらわにしながら、強く主張してきた。

 その眼は、カズキの提案を理解できないと訴えている。


「最後の選択肢は話にならんじゃろう。なぜ妾たちが捕まらなければならぬのじゃ。奴隷送りじゃぞ」

「そう。確かに普通に考えればユリアナの言う通りだ。」


 それに対して、カズキは冷静な態度を崩さずに諭すように続ける。


「では、なぜそのような選択肢を加えるのじゃ?」

「それを考えるためにひとまず状況を整理しよう。俺たちは当初状況が判らず一旦逃げた。そこはいいな」

「うむ」


「一方で俺たちが魔法を使ったが、魔法を指摘する声はあの段階では聞こえてこなかった」

「うむ。あれほどの魔法を使えるとすれば一般の魔術師と言うよりは、宮廷で抱えている魔導師クラスのことになる。そんな者がこのような小さな街にお忍びで来ると言うのは確かに考えにくい」


「期待通りの返答だ。あくまで予想だが、こんな小さな街では通常魔法の痕跡を見極められる人材はいないよな、ユリアナ」

「うむ。絶対と言うことはないが、可能性はすこぶる低い」

「では話を元に戻そう。そもそも俺たちがこの()を救ったのは何のためだ」

「この娘を助けるため」


「だとすれば、選択肢は二つしかない。俺たちと共に逃げるか、俺たちが捕まるか」

「じゃが、それならばやはり選択肢は一つしかないと思うぞ」

「しかし、俺たちが一旦捕まった後に逃げ出せばどうなる?」

「この娘と両親には責任は及ばぬということか」

「ご名答」


 ユリアナは、直情的な返事をせずに一旦考える姿勢を見せた。

真剣に考える彼女は、小屋の中の薄暗い空間にも関わらずいつも以上に美しく見える。


「カズキよ。お前は捕縛されるリスクを負いきれるのか?」

「正直言えばわからない。何せ、現状持っている情報が少なすぎる。ただ、少数の兵士に拘束されただけなら逃げ出すのは簡単だろう。それが盗賊か何かでも大きくは変わらない」

「じゃが、魔法はどうじゃ? 使えるのか?」

「体力と魔法が完全回復するまでにはある程度時間は必要だが、この前のことを考えると半日あれば大丈夫だろう」


「うむ。まだ完全には納得はできんが、カズキが言わんとしていることは概ね理解した」

「だが、俺が考えている最大のリスクは別にある」

「ほう、それは何じゃ?」

「ユリアナ。君の素性がばれないかどうかだ」

「む」


「実は、それこそが最も切実な問題だと俺は考えている」

「妾の身分が知られなければ、比較的容易に逃げ出せると考えているということじゃな」

「ああ、奴隷として送るのを誰が命令しているのかはわからないが、この世界では国王や貴族たちには逆らえないんだろう」

「うむ。多少の抵抗はできてもほとんどの国民は最後は逆らえん」

「だとすれば、奴隷に関するシステムはこの国の制度として組み込まれているのだと思う。だから、兵士かあるいは国に指名された者たちが扱う。違うか?」


「一貴族の仕業と言う可能性もあろうが、確かに独自に商人のみの仕業で扱えるものではないじゃろう」

「追放者たちが組織だって犯罪に手を染めているということは?」

「少なくとも妾は聞いたことはない」


 今度はサエコさんが聞いてきた。

 この宿屋の娘を助けたいという気持ちは、サエコさんの方が強いことは最初から分かっていた。


「かずちゃん。一旦捕まっても逃げられると思う理由はどこにあるの?」

「理由と言うほどはっきりしたものじゃない。さっきも言ったが、作戦を立てるには情報が少なすぎる。多少動いたとしても、向こうの世界のように容易に集められる訳でもない」

「それは駄目ってことじゃないの?」

「ただ、俺はこう考えてみたんだ。たかだかこの程度の問題も上手く処理できない様で、俺がやろうとしていることは成就するのだろうか、と」


「危険な賭けね。でも、最初から私はかずちゃんのやろうとしていることを手伝うだけだけど」

「サエコさん。それならどうしてわざわざ理由を聞いたんだ?」

「別に、なんとなくよ。フィーリングかしら」

「納得したぞ、カズキ。妾が為そうとしていることも、目的こそ違えどカズキと同じように大いなる困難を秘めておる。そして妾はこの娘を救いたいと願った。その程度のことを為し得ずに、妾の願いがかなうはずもない」


 なんだか言葉巧みに誘導したような気がしなくはない。

 ただ、試練があるほどに燃えてくるカズキのノリに麗しい女性二人が付き合ってくれるのはある意味で助かる。

 異なる世界から乗り込んできた二人と、この世界でも居場所を無くした一人。

 残念ながら、誰一人離れては生きていけないメンバーなのだから。


「じゃあ、話の続きに戻ろう」

「うむ」

「俺が今欲しいのは、少なくともこの国の情報。できれば、この世界の幅広い情報だ。ユリアナの知っている知識も大いに役立つが、それも常に完全な訳じゃない」


「悔しいが、カズキの言う通り妾は世間知らずじゃからな」

「そこまで露骨に言ったつもりはないが」

「まあ、同じことだからいいんじゃない? 元王女様だし」

「サエコさん、今はチャチャなしで」

「は~い」


 ユリアナがきつい目でとぼけるサエコさんを睨みつけた。


「ユリアナ。この世界で魔法を使える者の割合はどの程度だ?」

「う~ん。二割から三割と言った感じか」

「それは貴族以外でもいる?」

「カズキも既に知っているとは思うが、貴族以外にも魔法を使う者はおる。じゃが総じて力は弱い。もし仮に強い力を持っている場合には、魔術師として召し抱えられることになる」

「貴族だけで考えれば?」

「兵士には魔法を使える者は多くはないのじゃが、貴族は全て何らかの魔法を使えると思ってくれ」


「俺たちならどうだろう? どう扱われる?」

「うむ。なかなか悩ましいところじゃな」

「でだ。次の選択肢がそこだ」

「なるほど」

「単純に奴隷狩りに3人が捕まるべきか、魔術師として中枢に近寄り情報を集めるべきか」

「ちょっと待って。その魔術師として捕まる場合に、私はどうなるの? 私だけ奴隷送り? そんなの絶対嫌よ」


「ちょっとサエコさん。早合点しない」

「ここからが核心なのじゃろう。カズキ」

 とユリアナが目くばせする。

 意趣返しというほど大したものではないが、若干飛び散る火花に当てられそうだ。


「ああ、俺やユリアナが魔術師としての力を示すためには、サエコさんには単独行動してもらわなければならない」

「えーっ」

「いや、それは非常に重要な役目だと思ってほしい。俺にもユリアナにも無理。サエコさんにしかできないことなんだ」

「どういうこと?」

「いざと言うときに俺とユリアナを救出する、正義の味方になってもらうってこと」

「あっ」


 逆に言えば、カズキとユリアナが国の中枢に入って問題なく情報を取って逃げ出せれば、サエコの存在は特に必要ないということになるが、もちろんそんなことに触れるつもりはない。


「とりあえず、重要なことはユリアナがどう認識されるかなんだ」

「うむ。妾の顔までこの国で知れているとは思わんが、名前は知っているかもしれぬ。それと貴族である素性を隠し切るのは難しいかもしれんな」

「できれば、俺と同じ庶民で通したいんだが」

「そうしたい理由は何じゃ?」

「逃げた後の事。庶民が逃げるのと、貴族のそれでは事件性が大きく違うだろ」


「じゃが、それとは別に一つ問題もあるぞ」

「それはどういうことだ、ユリアナ」

「魔術師は通常精神支配を解除される。いざと言うときに魔法を振るうためには、支配された状態では力を十分発揮できんのでな。じゃが、その代わりに家族が人質として拘束される」

「なるほど」


「じゃが、この仕組みを快く思わぬ魔術師たちは多い」

「ある意味、精神の自由を与えられているからな」

「念のために確認しておくが、この世界における精神支配をカズキはきちんと理解しておるか?」

「反抗できなくなるのだろ?」

「そうじゃ。その国から逃げない。そして王または貴族に反抗せず、命に従う。しかし、それ以外は自由でもある」

「従順すぎると困るからか、あるいはそこまでは支配しきれないのか」

「両方じゃ。妾はな、実のところこう思っておる。この世界の住民たちは実のところ支配されたがっているのじゃと」


「ほう。かなり傲慢な意見だな」

「これでも、お前の世界に行ってかなり考えは変わったのじゃぞ」

「すまん。続けてくれ」


 ユリアナは一呼吸置くと説明を続ける。

「うむ。一部の魔術師たちには家族を犠牲にしても王城から離れたものがいて、才能のありそうな子供をみ目をつけ自らの弟子とし、育てているところもある」

「ああ、それがあれか」

「うむ。最も有名なのがアレクサンダラス。同じようなことをしている者が他にも数名いる様じゃがな」


「アレクの弟子の何人かは、宮廷魔導師になったと聞いていたが」

「うむ。アレクサンダラスは特に貴族と敵対していたわけでは無かったので、多くの優秀な弟子たちを輩出していた」

「そうだな。ただし少し前までは、って事だがな」


「そうじゃ。じゃが、今はその弟子の扱いはおそらく意味が替わっておる。今弟子たちがどうしておるかはわからぬが」

「反乱の結果ね」

「つまり、アレクサンダラスの弟子と認定されると逆に不利になる。あるいはそうでなくとも、新たに現れる魔術師に対する視線は間違いなく厳しいじゃろうな」


 ユリアナの説明を聞いて、数秒カズキは考え込んだ。

「わかった。俺の読みが浅かったようだ。ユリアナの言う通り、その問題を意識すべきだった。いい意見をありがとう、ユリアナ」


 素直な感情を伝えるとユリアナが嬉しそうな、しかし自慢げな笑顔になる。

 それをみたサエコさんの方は苦虫をかみつぶした様な表情。

「じゃが、裏ワザが無い訳ではない」


「続きを聞こうか」

「教会じゃ。教会に入り込めば、よほどの事が無い限り国からの束縛は受けないで済むじゃろう」

「なるほど。だが、一方でそれを最初から持ちかけなかった理由も当然あるんだな」

「当然じゃ。この場合、おそらく妾の正体がすぐにわかってしまう。というか、積極的に明かした方が良い」


「難を逃れた王女を、俺が助けたという筋書きか」

「それが無難じゃろうな。この場合、口惜しいがサエコも一緒にいられるかもしれぬ。下女としてじゃがな」

「下女って何よ、それ!」

「メイドという意味じゃ。それでよいか」


「どっちも嫌。かずちゃんの仲間ってことじゃダメなの?」

「教会では魔法を使える者が神官として在籍している。それ以外は牧師やシスターとなるが、サエコはケルム教について何も知らないじゃろう。それでは教会に保護してもらうのは難しい」

「かずちゃんとユリアナは神官として身分を保証してもらえるけど、私は無理ってこと」

「少し違う部分はあるが、おおむねそういうことじゃ。カズキには妾が常についておれば問題あるまい」


 サエコさんの顔色が七色に変化しているが、今はそれに拘っている場合ではない。

 そろそろ方針をまとめるべき時間だ。

「で、教会に行けばユリアナの身分バレは不可避なんだな」

「絶対ではない。教会の情報網については妾もよくからぬ。ただ、カズキについては目が見えぬということにしておいた方が良い」

「ケルム教のことを知らないからか」

「それもあるが、妾と離れればカズキは魔法を使えぬのだからな」


「でも、二人がくっ付いていたって、いつもうまく魔法が使える訳じゃないじゃない!」

 サエコさんの突込みはある意味正当だ。

 カズキはかなり限定的な状況でしか魔法を使えない、半端物の魔術師なのである。

20160102:体裁・文章見直し

20160521:文章修正

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