(26)魔導師と少年
『なずぜじゃ。なぜ、お前は魔法を使えんのじゃ!』
「そんなこと言われてもなぁ。」
『念話で返せ!くだらん戯言を言いよって。』
『この世界には元々魔法はないんだぞ。急に使える訳がないだろう。』
『まったく、師匠に何と言う口の聞き方じゃ!』
『俺としては、それよりエーテルとは何かを教えてほしいのだがな。』
『だから、それは既に伝えているじゃろうが。』
『あんな曖昧な内容じゃ、さっぱりわからん。感じろと言われて感じられないから魔法を使えないのだし、さっぱり理解ができないんだぞ。』
『むむむ。それだけの魔法に関する洞察力がありながら。全くもったいない。』
アレクサンダラスは恐い魔導師かと思っていたが、意外とお茶目な行動を取る。
一紀以外にはどうなのかわからないが、少なくとも一紀に対しては暑苦しいほど大きな身振りで動き、勝手にあれこれ言って勝手に「なぜできない!」と悩んでいる。
むしろ、一紀の方が冷めてしまうくらいだ。
もちろん、一紀としては魔法というものの原理をきちんと解明したいと思っている。
だから、アレクの言うことは真面目に聞き、できる限り実現しようと努力はしているのだが。
今の時点ではエーテルというものを全く感じることもできず、またそれ故に魔法が発動する気配もない。
知識として魔法系統は理解した。また、魔法の長所短所もある程度教わった。
大別すると、あちらの世界の魔法には7つの魔法種別があるらしい。
火の魔法、水の魔法、生の魔法、風の魔法、雷の魔法、光の魔法、そして宙の魔法である。
ただ、こちらの世界の魔法のイメージとはやはり違う面もある。
例えば、火の魔法は火を発生させることはできるが、それを投げつけることはできない。
それはレオパルド王子の魔法を見た時から、薄々感じていたことだが、魔法は術者から離れると急速に減衰する様なのだ。
魔導師と呼ばれるほど魔法の基礎的な力が強ければ、多少減衰してもある程度の距離までは術者より離せる。
それもアレク言うにはこの世界の単位で10~20mが限度なのだそうだ。
あるいは水魔法も、水を無から生み出せるような便利さはない。
身近にある水を集めたり、動かしたりできるという程度。
ただし、こちらは実体物である水を水鉄砲のように多少は飛ばせるようではある。
それがどれだけ役に立つかは別にしてだが。
特殊なのは転移魔法だが、これは宙の魔法と呼ばれる種別の裏技的な使い方のようだ。
魔法というものは、自らの精神の入れ物の中にエーテルを集めて、それを精霊に与えることで発動できると言われたが、これまた精霊とは何かが今ひとつピンとこない。
一紀の世界で伝説的に信じられているようなものなのか、あるいは全く異なる現象の比喩なのかが漠然としていて掴めない。
ただ、少なくともエーテルも精霊も一紀に感知できないということだけは間違いないようだ。
アレクサンダラスはさすがに大魔導師と言われているだけのことはあり、全ての種類の魔法を使いこなす。
さらにはいくつかの魔法種別については裏技までも使えると言っていた。
いくつかの魔法は見せてもらったが、いずれも大人しめのものであった。
一方、転移魔法以外の裏技が何なのかは教えられていない。
というか、基礎的な魔法すら使える気配もないのである。
ただ、一紀とすればそれも当り前だろうと思うのだ。
魔法発動内容に若干この世界で伝承されているようなものと違う面はあるが、根本的に異なっているわけでは無い。
だとすると、今の一紀以上に真剣にチャレンジしてきた人たちはいくらでもいるだろう。
だが、それにも関わらず魔法の存在は空想の中にしかない。
それが何を意味するかと言えば、一紀には魔法が使えないという厳然たる事実を補足しているのだ。
一紀だけではなく、この世界の誰もがと言うことでもある。
さて、一紀はアレクサンダラスが謀反を起こした理由もしっかりと聞いた。
王女や王子には悪いが、理はこの魔導師にあると一紀は思う。
確かに手段に問題はあったかもしれないが、魔導師が見た未来視が正しければアレクサンダラスのやろうとしていることには正当性がある。
なにせ、あと3年後には向こうの世界が氷河期に入ってしまうのである。
アレクサンダラス曰く、歴史上そのような経験はないとのこと。
さらに、向こうの世界では住民全てが大規模な移動を出来るような状況にもない。
当初、それを各地の領主に説き伏せようとしたが、誰もそれを信じることはなかった。
時間ばかりが過ぎていくが、その先に待っているのは大陸内にある全ての国の滅亡なのだ。
領主である各国の国王たちは、多少厳しい冬が来たとしても領民をいくらか減らせば何とかなる程度の認識でしかなかったようだ。
全国民で南の大陸に逃げるというアレクの提案を鼻で笑い、罵倒して追い返した。
まあ、アレクが世捨て人のように隠遁していたということもあり、大魔導師の権威が薄れていたという面もあったのだろう。
そこで宮廷魔導師や貴族付き魔術師として働いていたかつての弟子たちの助力を得て、一気に権力を握り大陸の大移動に望もうと目論んだ訳だ。
もちろんそれは失敗し、やむを得ず次善の策として異世界の技術を利用して地中に住むというプランを今実行している。
正直、地下に人間がどれだけ長期間住めるのか一紀にはわからない。
ひょっとすれば、もっと良い方法があるかもしれないとも思う。
ただ、異世界の実情を一紀は知らない。
確かに王女や魔導師から話はいろいろと聞いた。
そこからいくつか想像できることもある。
それでも、期間が限られたなかでいくつものプランを追いかけることはできない。
だとすれば、この魔導師が人生を賭けたプランを援助するというのが最も正しいと思うのだ。
『俺はあんたがやろうとしていることは正しいと思うぞ。』
既に何度か繰り返した言葉をかけた。
アレクサンダラスは今や、かなりの日本語を使えるようになっている。
化け物のような老人である。
ただ、魔法の修行においては正しいイメージを伝えられないということで、念話が主体となっている。
『そんなことはどうでも良いのじゃ。正しいか、正しくないかなど相対的なもの。お主の正義が儂からすれば罪と言うのも良くあることよ。正義などと言う曖昧な概念で動くから、人はいつまでたっても幸せになれん。』
『あんたが人の幸せを説くとはな。』
『笑わば笑え。孫のような年端のお前にはまだわからんわ。』
『まあ、俺が興味があるのは魔法の原理だけだからな。』
『ならば、とっとと使ってみるがよい。使えもせぬのに、偉そうな口を利くでないわ。』
他方、アレクの行動に一紀がどれだけ賛意を示したとしても、その全てを王女や王子に打ち明ける訳にはいかない。
その後も王女は、ことあるごとに一紀と一緒に行動したがってくる。
最初はアレクサンダラスの処遇に疑念を抱いているのかと思っていたが、必ずもそうではなさそうなのだ。
むしろ王子の方がそういう目つきで一紀を見る。
できれば親の敵討ちについては時間の奔流の中に忘れてくれればよいのだが、現実はそれほど甘くないだろう。
どこかで、王女と王子の怒りを受けてでも明らかにする必要がある。
もちろん、アレクが密かに元の世界に戻った後の話である。
『じいさん、あんたいい奴だな。』
『師匠を年寄り呼ばわりするな。』
『老骨にムチ打って、異世界まで来て必死に自分の世界のことを考えている。ちょっとだが、尊敬するよ。』
安西が聞けば腹を抱えて笑いそうな内容だが、念話が広がることはない。その事実が一紀を饒舌にしていたのかもしれない。
『儂に媚を売っても魔法が使えるようになる訳じゃない。』
『別にそんなつもりじゃないが、まあ魔法は俺も是非使えるようになりたい。この世界に広がれば、おそらく世界の体制が変わることになる。こんな面白いことはないからな。』
『ほう、権力を握ろうというのではないのか?』
『意外とつまらないことを聞くんだな。』
『権力はつまらんか?』
『ああ、全くくだらないし、つまらない。』
『なぜそう思う?』
『与えられた魔法の力で人を支配して何が面白い。俺は、想像もつかないことが起こるのを見たいんだ。予定調和に何の興味もないさ。』
『全くお前は面白い。これだけの才覚と理解力がある。本来ならば、相当の魔導師になってもおかしくないのにな。』
『じいさん、魔導師になる資質って何なんだ?』
『もう、ほぼわかっているだろう。』
『ああ、でも念のために教えてくれ。』
『魔法を理解することじゃ。魔法は確かに一部の理を超えた存在じゃが、それでも万能ではない。魔法には魔法の理が存在する。異なる理を理解できることが魔法を使いこなす根本よ。』
『魔法の理か。イメージは出来ているつもりなんだがな。』
『出来てはおらんわ。魔法は発動しておらん。』
『最後のピースが不足しているように思うんだが、それが絶望的に見えてこない。』
『最後ではなく、最初じゃ!馬鹿者。』
最近は、魔法の修行をしていることもあり、比較的アレクサンダラスの許を良く訪れている。
とは言え、それでも週に3日ほどではあるが。企業に依頼している研究は、一紀の知己も利用して大学の研究室もいくつか共同参画を始めている。
もちろん、異世界の事も魔法の事も基本的には伏せている。
氷雪地帯や地下での生活をするための研究として。
今は、地熱を利用した簡易なエネルギーシステムの構築方法と、そのための素材開発が並行して進められている。
また、植物工場を簡易型にするシステムも開発されている。
実際にそれらを持ち帰ることはできないが、向こうでも作れるシステムを構築するのが目標だ。