(23)駆け引きの準備
「やはり予想通りだったな。」
「と仰いますと?」
「魔法は感覚ではなく、思念により発動されているようだ。」
「両者の違いは?」
「無意識では大きな魔法は使えないということだ。」
「ほう。」
「常時発動の防御魔法とかががあればやっかいだからな。」
「ああ、あの妨害が役に立たなければということでしたか。」
「ちっ、あれは馬鹿にならんぞ。」
「いや、仰るとおりですな。」
王女と王子の協力を受けて、魔法発動阻害の実験を行った一紀は一応満足そうな表情を見せていた。
武器であれば安西に対応を任せることもできる。
しかし、大魔導師が使用するような魔法に関しては、王女の記憶もそれほど役に立たず判らないことだらけだ。
ここにきて王女は、魔法に関することもかなり素直に教えてくれるようになった。
未だ隠そうとしている部分も見えるが、正直言葉の端々から推測できてしまうのが可愛いくらいである。
彼らの言うエーテルが一体どう言うもので、それを魔法に変える(のだと思う?)妖精というのが何の例示かはわからない。
ただ、エーテルを外部から狙って吸収し溜め込む、あるいは体内に圧縮する。
それを魔法として発動しているのであろうと言うことは、かなり前から予想できていた。
こちらの世界に人間が魔法を使えないのは、そのエーテルに対する感知能力が著しく低いからではないかと思う。
そして、王女らが疲れやすいのもこの世界におけるエーテルの薄さが関係しているはずだ。
また、王女の話では魔法の力も向こうの世界と比べて半分程度に抑えられてしまうということらしい。
逆に言えば、一紀が見た効果の倍が実際の効果だとすれば、やはり魔法は侮れない。
それにも関わらず、戦闘にあまり用いない正確な理由は不明ではあるが、発動距離が短いことが最大の理由ではないかと推測している。
魔法は遠くに対して使えないのだ。
肉弾戦であればかなり有効だが、発動者から離れると急速に減衰してしまう。
しかし、近距離では恐ろしい兵器足る。
何も全身を燃やさなくても、あるいは雷を落とさなくとも良い。
人を殺し、あるいは無力化するためには、脳の中に小さな破壊をもたらし、または心臓の一部に傷を付ければ十分ではないか。
魔法を戦闘に用いようと思えば、派手である必要など全くない。
不意を突いて近づきさえすれば、相手を死に至らしめるようなダメージを与えられるのだ。
そのイメージで行けば、魔法は暗殺者にこそ向いているものなのかもしれないと一紀は感じている。
さらに、魔法にはこちらで想像されているように、いくつかの系統があることもわかった。
ただ、それがどのような理屈により分類・整理されているかまでは不明である。
兎に角、王女が素直になってくれたおかげで、戦略が立てやすくなたことは間違いない。
魔法には一定の発動時間が必要なのは想像できていたが、短縮のために魔法陣というものを用いる事もできる。
もっとも、その事前準備には時間がかかるらしい。
その上、魔法陣は隠すと意味がないというので視認できるそうだ。
交渉前ギリギリの時期ではあるが、結構多くの良い情報を手に入れることができた。
アレクサンダラスを見付けたという事実が、彼女の口を軽くしているのであろう。
別に「今頃出しやがって」などと怒るつもりはない。
一紀が想像できていれば普段の念話の中で十分引き出せたはずの内容である。
そこを思い描けなかった一紀にこそ、反省しなければならない点があると自己認識していた。
常識が異なるのは最初の段階から判っていたはずなのだから。
「相手が転移の魔法が使えるのは既に判っている。防御やら転移やらの程度がどれほどのものかはわからんが、それを使わせなければ問題ないからな。」
「しかし王女もそうですが、王子の驚き方が凄かったですな。」
「ああ、魔法が発動しなかった時か。」
「ええ。」
「そりゃ、自分のアイデンティティが崩れるのだから、驚きもするだろう。王女さんらの自我は、異世界でも自分が特別な存在であると言うことで維持されていると見るべきだろうな。」
「こりゃ手厳しい。王女・王子とも、芸能界でも十分やれるでしょう。マネージャー業に精を出されては如何ですか?」
「全く、くだらん。そんなことに興味はないわ!」
「ただ。」
「それ以上は言うな。この魔法阻害にも弱点はある。あくまで、これは保険だ。平和裏に交渉が進めばそれに越したことはない。」
「平和裏にですか。」
「そうだ。下手な争いなしにな。」
「まあ、そういうことにしておきましょう。一応、病院の裏は取らせています。間に合うとは言えませんが。」
「そちらも、別カードだからな。それよりも魔導師が納得するかどうかだ。」
「そこが交渉の肝でしょう。」
「そうだ。だからこそ、交渉する価値がある。そいつが、俺の出す餌に食いついてくれるかどうか。」
「さて、どうでしょうか。微妙なところですな。」
「王女や王子の話では、アレクサンダラスがここにやって来た理由がわからん。しかし、大魔導師が大魔術を使ってくるということは、間違いなくこの地で何かをしようとしている。単純に逃れるためと言う線が無い訳ではないが、それでは王女が語る大魔導師のイメージと合わない。」
「そうでしょうな。」
「だとすればこの地の支配か、あるいは再び元に戻った時のためのものか。」
「前者は考えにくいですな。」
「だから、押されてしまった魔導師は逆転の目をこの世界の技術に賭けたという推論だ。」
「ただ、そのためには魔導師が既にこの世界のことを知っていたという前提が必要ですが。」
「全くもって、そこがネックだ。」
安西は首をかしげ、再び問いかけてきた。
「とは言え、そんな不確実な状況で動かれる訳もないですね。このままでは魔導師に与える餌がどこまで通用するか。」
一紀がにやりと笑った。
◆
「会見場所には3人で。場所は隣の市の郊外の別荘のようですな。」
「よし、俺と安西、そして水橋は予定通り王女のコスプレだ。」
一瞬、傍らにいた水橋の顔がピクリと動く。
安西はただにやにや笑っている。
「本物の王女を現地には連れていけないだろう。あのベールをかぶせておけば、直ぐにはわからん。いや、仮にばれても構わん。」
水橋は、特に不平不満を返すことなく従う。
メインの業務はあくまで一紀の警護である。
準備されている厚いベールのみであれば、外せばすぐにでも動けるのだから。
既に似せるべく普段あまりしない化粧も紗江子の力を借りて済ませてある。
会見場所までは車で1時間ほど。
周辺を警戒させるためのメンバーは揃えてある。
装甲車並みのバンも用意した。
ロケットランチャーでも撃ちこまれない限り、壊されることはない。
その中に、紗江子さんと王女・王子に加えて児島にも待機してもらう。
画像は多少荒いかもしれないが、安西が今回身につけている眼鏡から車の方に飛ばされる手はずだ。
そして、一紀はと言うとレオパルド王子に偽装である。
やや一紀の方が身長は高いが、体格はそれほど大きく違わない。
だぶつき気味の服装にすれば、顔を見られない限りばれることはないだろう。
こちらはフードをかぶって偽装する。
「いよいよ、楽しい時間の始まりですな。」
安西が、いつものように首をすくめながら言った。
◆
車の中で、一紀は眼を閉じて集中していた。
王女もやはり不安なのか、一紀の手に触れるべきかどうかを躊躇している感じはわかる。 ただ、今は放置している。
それに気づいた紗江子さんが、王女の手を取ったようだ。王子の方も緊張の色は隠せない。
別荘周辺は先行して調べに行った者たちからの連絡では、特に多くの人数を伏せている感じはないとされている。
場所は、それなりにメジャーな山間の別荘地にある建物。
ただし今のようなオフシーズンの冬には人が訪れることは少ない。
特に今日は平日。地元住民以外に人はまずいない。
「では、行きますか。」
車を別荘の駐車場に停めると、運転していた安西と助手席の一紀、そして後部座席より王女に扮した水橋が降りる。
スモークのかかった窓からは中の状況が見えることはないが、ハイテク機器満載の一紀自慢の機能である。
「ちゃんと、ユリアナちゃんの仇の相手を捕まえてくるのよ。」
紗江子さんが、念を押すように言った。
「当然。」
フードの下の、見えない口から声が出る。
「いざとなったら、私が何とかしてあげるけどね。」
「ちゃんと計画通り動いてよね、紗江子さん。」
「紗江子先生でしょ!」
3人は、車から離れて指定されている別荘横にある音楽ホールに向かう。
さすがに狭い部屋の中で魔導師と一緒になる勇気はなかったが、向こうもあまり近くで話し合うつもりはないようだ。
「うーん。それほどの雰囲気はないですね。」
安西が小声で告げる。
「まあ、外国が絡んでいる気配はないからな。」
安西の勘は非常に役に立つ。
これまで何度も発揮されてきた危険を見抜くことのできるその力は、安西はあまり語らないが戦場で磨き上げられたものらしい。
それを平和な日本でも曇らせていないのは、おそらく特筆すべきことだろう。
「建物の構造からすれば、待ち伏せがあるとして扉を開いた直後か。」
「そうでしょうな。後は狙撃ですが、周囲の林にはこちらのメンバーも配置しています。見通しの悪いここでは遠方からの攻撃は難しかと。もちろん戦争するなら別ですが。」
防弾チョッキは内側に着込んでいる。
一紀の懐には、特使警棒型のスタンガンもある。とは言え、頭部を狙撃されれば一発でやられる。
これから交渉しようという相手が問答無用で撃ってくることはないだろうが、交渉状況次第では何があるかわからない。
「ああ、シミュレーション通りだ。」
「では、私が先行して建物に入りますので、一紀さまはその後の合図で入ってください。」
「わかった。