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魔道の果て  作者: 桂慈朗
第2章 美しき復讐者
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(21)日常(2)

「少し妙な噂を聞いたんですが。」

「S。忙しい私の耳に入れるということは、当然意味のある情報なんだろうな。」

「難しいところですが。もしBDの件だとすればどうですか?」

「BD、、、バーニングドラゴン。奴の事か。それで奴が何を!?」

「いつもと同じように、BDが関わっているという証拠は一切残っていません。」

「ふん、それで?」

「ただ、日本の芸能事務所を利用して何かを画策しているとか。」

 会話は全て英語。

 不自然に暗い会議室には、複数人の陰。


 そして、一瞬の沈黙。

「馬鹿な。奴がそんなつまらぬことに関わる筈もなかろう! それは、お前がこの場を和ませようとして発したジョークと捉えていいんだな。」

 声は笑っているように聞こえるが、それは真実を表さない。

 ここにはジョークが入り込む余地はないのだ。

「いえ。情報操作のパターンが、分析からBDの過去のパターンに乗っているのです。」

「何? それは間違いないか?」

「ええ、二度確認しています。天津事件のケースと88%の確率で一致します。」

「ほう。それで?」

「関連データとして、入手した画像と動画がこれです。」

「なんだこれは? 単なるコスプレのはずはないな。裏はわかっているのか?」

「経緯をまとめた資料がこちらです。」

「うん? これは公式資料だな。」

「公式資料しかありません。」

「他が無い?」

「初期時点に、有意と認められる情報がありません。」

 再び、微妙な沈黙が流れる。


「間違いないな。情報操作ということか。」

「何度も分析してみました。情報の断絶に、明らかな恣意性がみられます。」

「そのパターンが、BDのパターンと同じだと?」

「決定的な証拠はありません。ただ、何者かが関連したことは間違いないでしょう。」

「しかし、なぜ日本国内? 日本国内のエージェントにそこまでの力が無いから、そこからの情報に頼っても無駄か。それで、エシュロンの方はどうだ?」

「そちらも同じです。BDが関わっている決定的な証拠はないのですが。」

「・・・ですが?」

「BDではない痕跡との間に関連性が少しみられるのです。」

「確率は?」

「45%」

「微妙な線だな。だが、今までと比べるとはるかに高い。で、相手方は?」

「国連高等弁務官事務所。」

「調査員を回した方がいいか?」

「念のために。」


 今度の声も笑いを含んでいるが、先ほどとはトーンが異なった。

「ようやく尻尾がつかめるか。」

「しかし、関与が絶対ではありません。」

「知っている。ただ前回は、我々の関与はすべて消していた筈なのに見事に報復を受けたからな。」

「あの多国籍企業のサーバーを破壊された件ですか。当方に実害はなかったと聞いていますが」

「あれは単なる警告だよ。」

「警告ですか。。。」

「破壊されたHDDデーターに残っていたメッセージは知っているか?」

「いえ、私の担当ではなかったのでそこまでは。」

「そうか。いや、いい。」


 声が再び威厳を取り戻した。

「今の時代の戦争は舞台が現実世界にはない。我々は情報操作により社会を動かし、有利な状況を常に作り続けている。」

「はい。」

「更に勝利条件が昔とは異なる。単に情報を奪い、邪魔をすればそれでいいというものではないことは知っているな。」

「はい、そのために我々がいるのですよね。大佐。」

「ああ、経済戦争では相手を倒すことが勝利ではない。下手に相手の力を削げばこちらも被害を被る。そうではなく、自分たちが常に有利な状況にあり続けることが勝利なのだ。」

「利用できるものは利用すると。」

「だから、奴は我々ではなく企業サーバーを破壊した。我々が企業を傀儡にしていると知っての話だろう。」

「BDはそこまで読んで!?」

「奴の残したメッセージは、私宛だった。」


 誰ひとりいない部屋の空気が引き締まる。

「ははははは、全く面白い。その動きを監視しろ!」

「はい!」

「騙されるなよ。我々が気付くことも、当然想定している筈だ。」

「しかし、奴は一体何をしようと?」

「知らん。だが、面白いではないか。利用できる物なら何でも利用する。それは、奴も我々も変わらんからな。」

「はい。で、これからどうしますか?」

「BDに関する情報を引き続き集めてほしい。できれば、早期に私に通知すること。」

「了解しました。直接やり合うおつもりで?」

「その痕跡がBDと決まったわけではあるまい。」

「確かに。そうでした。」

 何人かが、声も出さずに笑ったようだ。

「では、これにて終了。次回は定時。以上!」


 室内に投影されていたホログラムが消える。

 それをモニタで見ていた女性が、冷めかけたコーヒーを片手ににやりと笑った。

 まだ若い。

 とは言え、少女と呼べる年代はとうに過ぎていた。

 ブロンドの長い髪を一人かき上げる。

 この部屋にも彼女以外誰もいない。

「BDよ。この前の借りは返させてもらうぞ。」

 他国組織からはブラッディローズと呼ばる存在。

 モニタを血色に染めるという噂から付けられた称号だ。

 内部では大佐と呼ばれているが、正式には軍所属ではなく商務省からの出向である。

 クラッカーとして名を馳せていたところをスカウトされた。


 今の時代の戦争は、相手の力をコントロールできなければならない。

 その主導権争いが、常時ネット上では繰り広げられている。

 企業情報の監視、政府スキャンダルの把握、情報操作。

 そして、敵対勢力の行動監視。

 CIA(中央情報局)ともNSA(国家安全保障局)とも異なる、国家間だけでなくグローバル企業を含めた経済戦争を仕切る無名の諜報組織。

 その名前はおろか、コードネームを有するわずか10人のメンバーにより動かされているとは誰も知らない。


 大佐と呼ばれた女性。

 無造作にポニーテールにまとめられたブロンドの長い髪と、象徴的なフレームのない鋭い眼鏡。

 そして、鋭い目つき。

 今、彼女がいるのは片田舎の一軒家。

 ニューヨークでもワシントンでもない。

 先ほどの会話は定例ミーティングでの戯言。

 古びた木製ドアを開けて部屋を出た。

 陽の光が高度を下げ、女性の頬を横から照らす。

 廊下を歩きながら、窓から入ってきた光を避けるようにファイルを持った手をかざした。


 歩調を緩めることなく、リビングに入る。

 ファイルが、テーブルの上に無造作に投げられる。

 そして、とっくに冷めてしまったコーヒーを口に含み、その直後突然表情を崩した。

「BDか。」

 目には優しい光が見える。

 目の前にはテーブルに置かれたノートPC。

 テレビの雑音が、BGMのように響き渡る。


「彼が何をやろうとしているのか。少し調べてみる必要がありそうだな。」

 そう言うと、飲み終えたカップをそっとテーブルの上に置き、もう一度先ほどまでいた部屋に帰っていった。

 彼女が入った部屋は、片田舎の一軒家に似つかわしくない機器に囲まれた空間。

 そこには、仲間内では「棺桶」と呼ばれる冷凍睡眠装置に似た装置が設置されていた。

 これは彼女専用の端末。

 一瞬の躊躇を見せた後、近くの壁の下げられていた専用ヘルメットを手に取った。

 そして、自らが名づけた「永遠の寝床」に滑り込む。

「ここまでするのだから、面白い情報が見つかるといいのだけど。」

 そう呟きながら、彼女は一人目を閉じた。


 目を開けた瞬間、彼女の背後から別の男性の声が聞こえる。

「ほう、ご自分でダイブですか?」

「駄目かしら?」

「いえいえ、むしろ大歓迎ですよ。私としては、前線復帰していただけるのであれば。」

 彼女が見ている仮想現実空間に、一人の男性が浮かんでいる。

「復帰じゃないわ。でも事によっては放置する訳にはいかないことがあってね。」

「マインドサーチは、もう使われないと思っていましたよ。」

「使いたくはないけど、事と相手次第ね。」

「その相手、全く羨ましい限りですな。」


 マインドサーチとは、ネット回線内に自らの意識を送り込む手法。

 そこでは、あらゆるデジタルデータを理性ではなく感性で感じ取ることができる。

 ネット上の偽装工作や情報操作が高度化するにつれて、プログラムが導き出す論理性のみでは物事の真実を見破れなくなっていた。

 それをもっとも確実に見破れるのが、人の感性を利用した手法。

 すなわち直感だ。

 ただ、端末を用いたそれでは分析できるデータの量に大きなハンディキャップが生じる。

 そこで、こうした機器が開発された。

 人の意識を、ネット空間のデータの奔流にそのまま晒すという危険な方法である。


 今、仮想空間上のブラッディローズの前にいる男性は愛称「Z」と呼ばれている。

 この装置の開発者であると共に、同じチームのメンバーでもある。

「で、あなたはミーティングにも参加せずに、相変わらず漂っているの?」

「これは手厳しい。いやいや、実験ですよ。」

「自分を使って?」

「そうですな。」

 この仮想空間上のイメージには、ゲームに用いられているほどのリアリティは存在しない。

 おぼろげな存在感のみが、その人の意識がそこにあることを主張する。

「趣味もいいけど、そのうち飲みこまれてしまうわよ。」

「その限界を知るのが私の実験ですよ。」


「あなたの趣味に、これ以上口出しするつもりはないけど。手に入れた情報はデータで良いので後で送っておきなさい。」

「了解いたしました。我が麗しのお姫様。」

「じゃあ、潜るわ。」

「無事のご帰還を、お祈りします。」

 渋い男性の声に送られて、彼女の意識の塊は海に模した仮想空間に飛び込んで行った。


「彼女も、そこまで義理立てしなくても良いと思うのだがな。だが、やむを得ないか。」

 女性の意識が遠ざかりつつある仮想空間上で、もう一つの意識が漂いながら呟いていた。

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