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魔道の果て  作者: 桂慈朗
第2章 美しき復讐者
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(20)揺れる王女

 早さが勝負だ。

 一般的な企業と結びついている程度のことであれば、時間をかければ安西らが上手く動けば魔導師をいぶり出すことは十分できるだろう。

 ただ、表に王女を出してしまったということがある。

 相手が十分な調査・行動能力のある組織であれば、逆に時間がかかるほどに王女の線から一紀たちに辿り着くことになる。

 だからこそ、なるべく早く決着をつけたいと考えている。

 むこうは引き伸ばし、こちらは早期決着にメリットを見出すと考えれば、こと時間の問題に関しては実のところイニシアティブは向こうにある。


 確かに現時点の状況を見れば、向こうの方が追いつめられているように感じられるが、それはあくまで現時点限定。

 この先、正しく追いつめることができずにこちらの素性を先に知られると、立場はおそらく逆転する。

 今は、双方が王女・王子と大魔導師の存在には気付いたが、未知の背後関係を探り合っている状況である。

 相手の力を先に見切った方が有利であって、情報をどちらが先につかむかが勝負を分ける。

 もちろん、甘い考えに身を委ねれば魔導師側には大した助力が無いという可能性もあるが、そんな期待ばかりを考えているとバナナの皮にでも足元をすくわれかねない。


(せっかく掴んだ糸口だ。徹底的に追い詰めてやるさ。大魔導師を手元に置くためなら、やれることは何でもやってやる。)


 当初、魔導師がこの世界に転移してきていることに関して懐疑的であった一紀だったが、今は状況から判断は全く変わっている。

 むしろ手元に置いておきたいのは魔導師の方で、叶うならば王女・王子と交換したいくらいなのである。

 王女・王子を懐柔することでも、確かに魔法を研究することに多少は使えるだろう。

 しかし、向こうの世界で最高の魔法使いとは比べようもないのは明らかだ。

 一紀としては、どんなことをしても魔導師は手に入れたい。

 しかも、強奪ではなく納得づくでこちらに来てもらわなければならない。


 結果的に言えば、一紀が魔導師を手に入れるということは、王女や王子の仇討ちを挫くということでもある。

 これについても、どのような筋書きで諦めさせるか策を練っておく必要がある。


  ◆


「姉上、最近は大層上機嫌に見えますが。」

「おっ? レオ、そのように見えるか。」

「はい、仇であるアレクサンダラスの尻尾が見えてきたからかと。」

「ふむ、そうじゃな。奴がこの世界におったことは、神の思し召しとしか言いようがなきこと。」


 場所は、レオパルドの寝室。

 ユリアナがいつものように寒い冬の夜に、姉弟で語らうための訪れた場所。

「正直、私目も奴に手が届かんかと思っておりました。」

「最初は何もできん奴と侮っておったが。カズキ、予想以上の知恵者かもしれんな。」

「しかし姉上、まだアレクサンダラスの顔を見た訳でもありませぬ。カズキに上手く乗せられているだけやも。努々、気を許されることありませぬよう。」

「わかっておる。所詮は下賤の者。我が仇を探すために使っておるに過ぎぬわ。」

「安心いたしました。」

「お前にそれほど心配を掛けておったとは、姉を許せよ。この世界にて血のつながりがあるのはレオ、お前しかおらぬ。」

「私も、姉上をお守りすることに全霊を捧げます。」

「すまぬな。妾もお前だけが頼りじゃ。」


 そう言うユリアナ王女ではあったが、レオパルドからすれば姉はこの世界の人間達に気を許しすぎだと思う。

 確かにこの世界には、レオパルドをもってしても大層興味深いものは多い。

 例えば、サエコがいつも連れて行ってくれるスイーツという、ほんのりかつ特別に甘い菓子。

 あれほど上品な菓子は、レオパルドはこれまで知らなかった。

 あるいは、アンザイが教えてくれる技。

 言葉が通じないためあくまで手合わせのみではあるが、こちらも城では誰も教えてくれなかった見たことも聞いたこともない武術であった。

 それ以外にも、自分たちがいた世界には無かったモノがこちらの世界には当たり前のようにある。

 まるで遠い未来のようだとすら思う。


 だからこそ、どれだけ驚かされてもレオパルドはこの世界に心を許してはならないと思うのだ。

 自分たちとは決して相容れない世界なのだ。

 この世界のことを深く知るのではなく、本懐としての敵討ちを少しでも早く果たす。

 その上で、まだ方法は判らないものの元の世界に帰ることを考える必要がある。

 だから、最大の仇であるアレクサンダラスをいきなり殺すのではなく、一旦捕らえて元の世界に帰る魔法を吐かせてから殺さなければならない。

 そして、あの大魔導師を捕らえるためには、忌々しいがカズキという小僧を使わなければならない。

 幸いにも、アレクサンダラスを追うことにはカズキは協力してくれている。


  ◆


(妾はこの世界の珍しいモノ達に魅了されているかも知れない。)


 ユリアナ王女はふと考える。

 王国では見たこともない品々。

 豪華ではないが、十分に満足できる食事。

 そして芸術品のようなスイーツ。

 王国の格式こそ全てと思っていたユリアナではあったが、その思い込みは完全に覆されていた。


 少なくともカズキに出会ったことは、こちらでの生活を余儀なくされる上では幸運だったかも知れない。

 第一印象は最悪であったが、カズキも礼儀を知らない辺境の小領主と考えれば理解はできる。

 ユリアナとて、いけ好かない貴族は何度も見てきた。

 少なくともそれらよりは「マシ」であることは間違いない。

 良い護衛を取りそろえているし、何より堅苦しくないのがよい。

 ユリアナは、多分に漏れず形式張った制度や習慣が嫌いであった。


(そんな妾が、この面白い衣装を最初は毛嫌いしていたのだから、我ながら貴族生活が染みついておるな。)


 サエコを通じて、この世界のことはいろいろと聞かされてる。

 まだまだ意味が理解できないことも多く全体像は漠然としているが、この世界が元の世界よりも随分と豊かな暮らしをしていることは十分に判った。

 これならば、貴族も奴隷もいなくても、あるいは魔法はなくとも社会が維持できる。

 ユリアナには理由までは思いつかないが、そうであろうことは腑に落ちた。

 ただサエコとの接触は気安いが、得られる情報は主に飲食や遊びあるいは服飾に偏っている。

 根が真面目なユリアナが本当に聞きたいことには答えてくれない。


 時に魔法よりずっと便利な「技術」というモノがこの世界では繁栄の基礎となっている。

 この技術を少しでも元の世界に持ち込めれば、王国は間違いなく大きく繁栄するに違いない。

 それをユリアナが手にするためには、今はカズキから様々な情報を引き出すしかないのだ。

 そもそも、カズキがこの屋敷の実質的な主である。ユリアナが話をすべきは彼しかいまい。


(ひょとすれば、アレクサンダラスはこの技術を目当てにこの世界に来たのだろうか。)


 そんな疑問が一瞬脳裏に浮かぶが、同時に激しい怒りが込み上げてきて掻き消される。

 3ヶ月という期間が経過したが、その程度の時間で消え去るほどに思いが軽いモノではなかった。

 アレクサンダラスについて、もっとカズキから情報を得なければならない。

 レオパルドを前にしながら、ユリアナは今後の計画に思いを馳せ始めた。


「今からでも、カズキにアレクサンダラスへ攻略の方法を聞くとするか。」

 毎日、カズキからは丁寧に調査報告を得ており、今日も既に午前中に一度報告を受けている。

 夜とは言えどまだ20時過ぎ。カズキが寝ている時間ではないが、少々礼は失している。


「仰せのままに、姉上。」

 しかし、レオパルドは時間を気にすることもなく、ユリアナに寄り添いカズキの部屋を訪問するために立ち上がった。

 と言うのも、ここ数日理由を付けてはカズキの部屋を夜に二人で訪問している。

 今日が特別という訳ではないのだった。


  ◆


 その頃、カズキは応接間で安西と二人で話し込んでいた。

「ちょっと、この反応というか盛り上がりは異常だな。」

「でもあれだけの器量ですから、おかしくはないのでは?」

「ひょっとして、魅了の魔法か何かをあいつは持っているんじゃないかと考えてしまうな。」

「どうでしょうかね? 本当にそれがあれば、今頃私どもも虜になっているでしょう。」

「そうなんだ。それすら理解できなくなってしまうような精神支配の魔法があるのかどうか。」

「学校で、友人等の第三者に反応が可笑しいとかチェックしてもらえばどうですか?」

「それは嫌みか?」


 一紀が放った鋭い視線に対して、首をすくめて軽く返しやがる。

 何処まで本気なのか、食えない奴だ。


「まあ、私からすれば那須さまに二人がいいように遊ばれている感じにも見えますが。」

「それがあの人の特徴だからな。あれだけには俺も適わん。」

「私ども全てを食い違い無く丁度良いように魅了することなど、できるものとは思えませんな。」

「それがお前の見立てか。くだらんな。」

「いえそれほどでも。」


 安西の軽い返しを無視して話を進めた。

「しかし、あまり大きな動きになり過ぎると困るな。」

「情報が集めにくくなると。」

「それ以上に付け込まれる隙ができる。動きが取りづらくなる。」

「こちらがネット監視で追いかけても、あちらに衆人監視のチャンスを与えてしまったと言うことですか。」

「速さが勝負の仕掛けだ。むざむざ、相手にアドバンテージを与えて何が嬉しい。」


 安西の小さな笑いを一紀が咎める。


「いえ、その方が面白いではないかと。」

「相変わらずの、スリル狂か。」

「いえ、それほどでは。」

「まあいい。政治家への根回しはもうしてある。一気にやるぞ。」

「全く、魔導師とはどれほどのモノか。楽しみですな。」

「全て捨てて逃亡されない事を祈りたいな。」

「それを追い詰めるのも面白いと思いますが。」

「もういい!」


 一紀の打ち切りの言葉に、安西は再び首をすくめるのであった。

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