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魔道の果て  作者: 桂慈朗
第2章 美しき復讐者
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(19)拙速と挽回

「探りを入れたですって?」


 五十嵐美鈴は、真剣な顔をしながら考え込まなければならなかった。

 その表情は、アレクと出会った時と比べると格段に厳しさが増している。

 もっとも、正確に言うならばこちらの姿の方が本来の美鈴であった。

 かつて女傑として君臨し、父親から引き継いだ複数病院を更なる軌道に乗せてきた彼女である。

 加えて、自らも外科医として最前線で戦ってきた自負があった。

 医師と言うのは人助けのイメージが強い職業だが、いざ経営となると非常に泥臭いこともしなければならない。

 精神的にタフでなければ、とてもではないがやり遂げることができないのだ。


 美鈴の昔の話。

 彼女にとって、当初は気のない返事で断っていた親から勧められた見合いではあったが、そこで見出したのは宝物であった。

 優秀な内科医でもあったかつての夫は、当時未来の立場の重さに押しつぶされそうになっていた美鈴の最善のカウンセラーとなってくれた。

 だから亡き夫にはとても感謝しているし、その上で晩婚にもかかわらず大切な子供を三人も得られたことは本当に幸せなことである。

 今は、子供たちも立派に成長したので後の憂いもない。


 5年前に最大の理解者であった夫を失い、3年前に追い打ちをかけるように自分自身の癌が発覚した。

 ステージⅣである。

 5年生存率は10%程度と自己診断ができた。

 引き際なのだろうと思った。


 子供たちは立派な終末ケアを進めてくれたが、美鈴はそれを拒み田舎へ隠遁した。

 最後ぐらいは人として死にたいと思ったためである。

 医師は高給と引き換えに人間らしい生活を失う。

 ましてや複数の病院の経営も手掛けるとなれば、心休まる時もなかったのだ。

 しかも、心の支えであった夫は今は傍にいない。


 しかし、わずか2か月前に終わりを迎えるべく過ごしていた状況が一変する。

 彼が現れてから、美鈴の世界を見る目は全て変わってしまったのだ。

 彼は「魔法」と呼ぶが、正確なところそれが魔法なのか超能力なのかはわからない。

 ただ、これまでの常識を覆す力であることは間違いない。

 それは死病から全快した美鈴の体が一番知っている。


 彼が目指すことが何なのかは正確に知りようがなかった。

 あまりに想像外のことばかりで、理性が悲鳴を上げてしまうのだ。

 ただ、それでも多くの人にとって必要なことなのだろうと確信できる。

 その上で、彼は修羅として自らを律しようとしている。

 彼の立ち向かう問題とは比べようもないかもしれないが、同じような立場であった経験から気持ちは痛いほどわかった。

 そして、ここで彼と出会い人生をやり直すことができたのは、おそらく彼の手助けをしろと言う天命であったと思うのだ。


 だからこそ、現役時代の人脈をフル活用して複数の企業を紹介し、手持ちの財産を投じて彼の為すべきことのサポートを行っている。

 そこに一切の疑問はない。

 彼がどこから来たのか、そしていつまで一緒にいられるのかと言うことに執着はある。

 ただ、それでも今為すことは彼を外敵から守ることだと疑いなく信じている。


 テレビなどのメディアを駆使し、彼を探そうとしているのは一体誰なのかを知りたい。

 いえ、それは知らなければならない。

 ただ、知ろうとすることで彼が窮地に落ちては本末転倒である。

 それ故に、彼と相談の上で情報漏えいに再度の引き締めを図り、加えて数多くのダミー情報を流すことを行った。

 偽の情報の海に真実を覆い隠させるのではなく、全てに真実と嘘を混ぜ合わせることで混乱を生じさせようとしている。

 巧妙な嘘が混じった情報が数多く生まれれば、どれを見ても正解にはたどり着けないというものである。


 これは、企業関係者にも信じ込ませているので、正解が漏れる心配はない。

 唯一可能性があるのは美鈴が答えることだが、それは絶対にありえない。

 その上で、不確かな情報に食いついてきた相手を見定める。

結局、今のやり取りは自らの情報を秘匿しながら、どれだけ相手の情報を手に入れるかと言う競争である。

 確かに、秘匿する側であるこちらの方が不利ではあろう。

 ただ、情報を先んじればここから立場を逆転することも十分考えらえるし、既にそのための戦略も二人で練っている。

 だからこそ、無理に情報を掴みに行く必要はなかった。

 そこで美鈴の病院関係者が動いてしまうとは、灯台下暗しであった。


「どうして勝手なことするの!」

 今は、美鈴が理事長を退いているため部下ではないが、かつての美鈴の有能な部下であった事務長が下手な気をまわして探りを入れたと報告があった。

 病院そのものが知られても、アレクに直接結びつく訳ではないが、周囲を探られ始めるといずれ辿り着かれるであろう。


 目の前では、震えながら男性が深く頭を下げている。

「で、具体的には何をしたの!?」

 強く詰問する口調は、アレクの前で見せるものではないが昔からのままのもの。


「はい。ご老人を見かけたことがあると、匿名のメールにてお送りした次第です。」

「では、それ以外の接触はないのね。」

「はい、身元も明かしてはおりません。」

「相手次第では、匿名メールでも居場所が知られるかもしれないわ。」

「そんなことが?」

「ええ、そう考えて頂戴。」

「はい。申し訳ございません。」

「で、どこからメールを送ったの?」

「三友病院の事務室からです。」

「あそこね。」

 それは経営する病院の一つであるが、今いる場所からは離れている。


「じゃあ、これを逆手にとって罠を仕掛けましょ。その上で膠着状態を作りにいった方がいいわ。」

 最善手は、こちらの情報を渡さずに向こうの情報を得ることである。

 そして、次善の策は両者を情報取得の膠着状態に持ちこむこと。

 下手な動きは自分の情報を取られてしまうと警戒させることである。


「末兼、反応が返ってきたらこうしましょう。」

 そう言うと、美鈴は末兼と呼ばれた男に策を与えるのであった。


  ◆


「乗ってやれ。」

「いいのですか。陽動かもしれませんよ。」

「構わん。つまらん馬鹿仕合に付き合う人要はない。こちらを警戒させようという心理戦だろ。こちらの素性が先にばれたとしても、それほどデメリットはない。」

「そうですか?相手の素性も分らないのに。」

「IPが病院からなんだろ。政府機関や特殊な組織で、そんな場所を使うところはない。魔導師が入院しているとは思わないが、おおよそ治癒の魔法を医療にと考えていんじゃないか。」

「あまり決めつけない方がよろしいんじゃないですか。」

「確かにそうだ。決めつけている訳じゃない。ただ、餌にしてはちょっと素直すぎる。」

「その病院に関しては、背後関係等を既に調べさせています。」

「当たり前だ。あと、王女と王子の露出は控えさせておけ。」

「承知しました。」

 いつもどおり、執事然たるポーズで恭しく頭を下げるが、おそらくは心の中で下でも出しているのであろう。

 ただ、そんなことは一紀にとってはどうでも良い。

 せっかくの直接対決だ。

 相手が魔導師か、単なる金目当ての関係者か、はたまた襲撃者かはわからないが、面白そうではないか。


  ◆


「むこうは、交渉に応じるということです。」

「そうですか。で、無駄だとは思いますが相手は何者か名乗りましたか?」

「ユリアナ記念財団と言っています。」

「ユリアナ?」

「どういう意味かは分かりません。」

「財団ねぇ。それで?」

「はい、三友病院の方を訪問すると言ってきました。」

「やっぱり、知られていたのね。というか、その程度は調べがつくと言う示威行為でしょうね。じゃあ、手筈通り老人が入院してると連絡したのね。」

「はい。本当に病院を見つけてくるとは思いませんでした。」

「それどころか、もう老人が実際には入院していないことも知っていると思った方がいいわ。」

「一応、影武者を置いているのですが。」

「誰が本名で病室にいると考えるの!? 保険も戸籍もないのよ。」

「えっ?」

「まあいいわ。向こうも、情報が無いからこちらに来る。だから、上手く接触しないとだめでしょうね。医学的見地から、老人を調べようとしたが逃げられたという線は変える必要はないわ。」

「わかりました。」

「なるべく、話を長引かせなさい。その上で、お金をくれるというのなら貰えばいいわ。あと、監視カメラはきちんと作動しているか、確かめておきなさい。」

「はい。」

「それと、メールや電話は使わないで、口頭で職員に指示すること。」

 最後に直立不動の姿勢から勢いよく礼をして、末兼は出て行った。


 カメラについても、調べはついているかもしれない。

 いや、きっとついているのだろう。

 ただ、あの病院から一気にアレクまでは到達しない。

 こちらが身構えていることを見せつけることで、交渉を長引かせる。

 やる気を見せながら、実際にはやらないという戦術を取ろうとしていた。

 いつ、見破られるかはわからないが、その間に政治家を使って情報を集めようということである。


 既にテレビ局の方にも既に探りは入れたが、王女の出演は神出鬼没であり背後組織が全く見えてこない。

 王女の周辺は非常にガードが固く、興信所の調査でも現住所すら判明していない。

 スポンサーの線は現在調査中である。

 唯一判明しているのは既に公表されていることだけ。

 それは、難民として欧州機関に認められており、それを養子として引き取った人がいるという事。

 ただ、この公表されている内容が嘘である。

 嘘を容易に真実にできる力を持つ相手。


 当然、わざわざ広報を打って出たのだからガードは万全だろう。

 だとすれば、今はその線よりも具体的な接触が来た方を優先させるべき。

 正式かどうかはわからないが、難民のストーリーを仕立てあげられる機関が介在している。

 美鈴が即座に思いつくのは、警察等の国家機関とか自衛隊等所属の諜報機関であったり、あるいは魔法のことを知るに至った大企業であった。

 一民間企業や個人としては、勝ち目のない相手。

 一度明確なターゲットとして見据えられれば。

 だが、公にされると困るのは向こうも同じ。

 だからうまく誘導するために動く。

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