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魔道の果て  作者: 桂慈朗
第2章 美しき復讐者
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(18)炙り出し

(なんじゃこれは!?)


 アレクはテレビ番組で見た番組の内容に驚いていた。

 まず大々的にアレクの似顔絵が名前入りで番組において紹介されていたこと。

 似顔絵は、ネット上に既に広がっている画像の引用らしいが、引用したからどうかが問題なわけでは無い。

 そこに「アレクサンダラス」という固有名称が用いられている。

 その人を探しているので情報を提供してほしいというものなのだ。


 ちなみに蛇足ではあるが、似顔絵自体はリアルでよく描かれていはするが、現実のアレクとさほど似ているわけではない。

 ただ、一般的な日本人とは明らかに違うということが、彼がアレクではないかと疑う者を飛躍的に向上させる。

 加えて重要なのは、王女と王子がテレビの番組内でアレクを祖父と偽り情報を求めているのである。

 世間の情に訴えかける方法のようだ。

 王女と王子の優麗さと必死さは、多くの人たちの興味を惹き付け、心を揺さぶるであろう。


(相当の策士が王女には着いたようだ。大衆を味方にする上手い戦術じゃ。)


 番組内で語られている内容を伝えてくれる美鈴が、隣で座りながらも心配そうな表情を見せていた。

 彼女も、この番組の裏側に隠されている狙いについて判ったのだろう。

 アレクはぐっと髭に隠された口元を引き締めた。

 王女に助力している得体の知れぬ協力者は、この世界の情報に関する『技術』を駆使してアレクを隠れ家から燻り出し始めたのだ。

 油断していたとはいえ、敵ながら見事な手法である。


 数として多くはないが、それでもアレクは既に30人以上こちらの世界の人間と顔を合わせている。

 さすがにこのような事態は想定していなかったので、常に顔を見られないように隠してきたわけでは無い。

 また、契約による縛りで建前上口止めはしているものの、テレビを通じてのこの巧妙な仕掛けに対して十分なものとは思えない。


 彼らは、この世界の難民としての悲惨な立場を偽り、同情を買いながらアレクを探し出そうというのだ。

 「それ自体が嘘だ」と反論すれば、たちまちこちらの存在と居場所が見つかってしまう。

 一方で、何もしなくとも善意に人々により徐々に包囲網は狭められていく。

 アレクも、人の記憶までを操作できる魔法を持つわけでは無い。

 それに王侯貴族が保持する国民を支配する能力も、この世界ではほとんど効果が無いのは既に確認済みだ。


(この相手は、儂がこの世界にいることを何らかの理由で確信している様じゃな。)


 王女や王子ではこんな策を思いつくはずもない。

 知恵を付け、王女や王子を納得づくで演じさせているということは、助力者は相応以上の知性と権力を有していると考えた方が良いだろう。

 繰り返しになるが、アレクの潜伏場所を探すためにこの茶番劇は組み立てられているのは言うまでもない。

 しかも、おいそれと茶番であることを指摘できない。

 とすれば、存在を知られることは覚悟した上で、それでも見つからないための方策を取る必要がある。


(しかし、この世界に来て魔法ではなく知恵比べに興じることとなるとは、まったく人生とはわからぬもんじゃ。とりあえず、先手を取られたことは素直に認めようぞ。じゃが、儂とてむざむざ負けてやるつもりはないわ。)


 アレクは美鈴の眼を覗き込みながら、手を添えて対策について念話により語り始めた。


  ◆


「ほぅ。やはりこの世界にいたみたいだな。王女の勘が当たっていたというべきか。王女の執念が呼び寄せたというべきか。」

「早速、情報が出てきたのでしょうか。」

「情報は出てきた。むしろ順調と言うべきだ。ただ、こいつはなかなか厄介かもしれん。」

「順調なのに厄介?」

「あまりにスムーズに情報が出過ぎる。こういったレスポンスには通常タイムラグがあるものだ。正しいかどうかわからない情報を前に、普通の人間は一旦躊躇する。しかし、今回に関しては躊躇の気配がない。と言うことだ。」

「ほう、では目くらましですかな。」

「お前もそう思うか。単純に考えればそうだろうな。だが、その上にもう一段くらい罠があるかもしれん。」

「影武者戦術と、偽情報戦術程度は私にも思いつきますが。」


 安西は、落ち着いた雰囲気で楽しそうに笑っている。

 安西にとっては一紀との会話は、人生における潤いの一つのようだ。

「まだ、どのような手段を取って来るかはわからん。ただ、俺が作ったシステムは、多少時間はかかるが真実と嘘の情報を分別する。それすら欺いてくるかどうかを見てみたいものだな。」


「アルゴリズムと魔導師の勝負ですか。」

 安西はそう言うと、ちょっと残念そうな表情を見せた後に続けた。

「確かにそれも面白そうですが、未だ将棋の世界では機械は棋士に常勝と言う訳でもありません。観客としては、最高の人間同士の息詰まるやり取りを見たいものですな。」

「くだらん。俺は、魔導師との知恵比べをしたいのではない。さっさとそいつを捕まえて、魔法の原理を聞き出したいんだ。」


 一紀は一瞬息を整えると再び口を開く。

「まあ、どんな策を弄しようとも現段階ではこちらの手の方が優勢だ。向こうの仕掛けをじっくりと見せてもらおう。」

「人間、楽を目指すとロクなことはありませんよ。」

 そう言いながら、安西はいつものように首をすっとすくめた。


  ◆


 今日は、姉上のご機嫌がすこぶる良い。

 この世界に来た当初は、二人だけで王国の権威も法も通じない野蛮な異郷の地で、どうやって生きていけば良いかを夜な夜な肩を寄せ合って相談したものだ。

 憎むべき仇であるアレクサンダラスは、「同じこの地にいるかどうかも知れぬ」と、カズキという信用できない子供に告げられ打ち震えたものだ。

 仇を討つこともままならず、異郷の地にて他人の世話になり続けて生きていくことなど、王家に連なる者として矜持が許さないと考えた。


 姉上と、アレクサンダラスは必ずこの地にいると固く信じ合い、何を考えているのかわからないこの地の住民たちを、如何に利用するかを相談し合った。

 ところが、この世界にある魔法ではない珍しいものを数多く見せられ、あるいは信じられないような上品な甘さの菓子を与えられ。

 また、異国の衣装を何枚も着せ替えられ、加えて見たこともない体術を教えられるなど、めまぐるしい日常が過ぎていく。

 そんな中でなんとなくではあるが、意外とここの生活も悪くないものと感じるようになっていた。


 だから、驚愕の連続は怒りすら忘れさせるのだと怖くなったりもした。

 ひょっとすると、このままかたき討ちのことを忘れてしまうのではないかと感じたからだ。

 自分ですらこうなのだから、「スイーツ」と呼ばれる菓子に夢中になっていた姉上はどうなのだろうかと、それが心配だったのだ。

 父上と母上の仇を討たずに、安穏と生きながらえていくことへの畏れである。


 また、アレクサンダラスを探すためだと称して、怪しげな服装を身に纏わせたり、読むことができず意味の分からない文字の書かれた厚くて軽い板を持たされたり。

 それがどのように奴の探索に繋がるのか全くもって不明であった。

 ただ、そうした策謀に喜びながら載ろうとする姉上が心配だったのだ。


 しかし今日、カズキという胡散臭いこの世界の商家の主が、アレクサンダラスは間違いなくこの世界にいると姉上に伝えてきた。

 それを聞き、姉上も喜びのあまり狂ってしまうのではないかと思えるほどに部屋内を踊りまくった。

 しかし、狂うことなどありえない。

 この世界に身を落としてまで追い求めた奴の存在がわかったのだ。

 歓びの感情を身に纏うのは当たり前のことである。

 王子であるが故に自分はそのようなことをしないが、気持ちは同じである。


  ◆


『では、今後の方策をご相談させてください。』

『うむ。どうすればいいのじゃ?上手く、あ奴を追い込むことはできるのか?』

『まだ、居るということがわかったにすぎませんが、それでもおそらく同じ国にいるは間違いありません。』

『異国ではないということじゃな。それは朗報じゃ。』

『はい、もっと追い込めば尻尾を捕まえることもできるでしょう。』

『そうか。で、どうするのじゃ。』

『場所を特定するために、偽情報を流します。』

『ふむ。』

『今相手は場所を探られまいと、様々な攪乱情報を出しています。攪乱用の情報からでもある程度潜伏場所を予想できますが、確実ではないし、分析にも時間がかかります。』

『そんなものじゃろうな。』

『しかも、相手側もこちらの情報がわからないと効果的な手を打つことはできません。それは、逃げるにしても戦うにしても、そして隠れるにしてもです。』

『ふむ。』

『すなわち、相手が欲しているような情報を流します。例えば、偽の私の情報などです。』

『なるほど。釣り出そうということじゃな。』

『ご慧眼痛み入ります。』


 王女が真の狙いに気づいている筈もなかろうが、それはこの際置いておく。

 魔導師がそれなりの経験と戦術眼を有していたならば、こんな情報に飛びつく訳がない。

 ただ、この世界に来て何かをしようとしている以上、この世界の人間と接触している可能性は非常に高い。

 その上で、魔導師がこの世界に受け入れられるもっとも容易な方法が魔法を使うことであるとすれば、その存在を知っている者もきっといよう。


 だから、おびき寄せるのはそう言った人間たちである。

 この世界の人間は魔法のことを信じていない。

 魔法についての議論はよいリトマス試験紙になる。

 その上で、最も簡単な方法は金をちらつかせることである。

 それともう一つは恐怖を煽ること。


 お涙ちょうだいのここまでの演出は、中途半端な真実を知る者に対するメッセージでもある。

 見え見えの演出により、魔導師(あるいは超能力者)が近くにいることの危険性を感じさせ、情報を寄越した者は助けるぞと言う隠れたサインなのだ。

 もちろん、こうした情報は既に眼を付けた地域や企業に限定して、順次流していくことを計画している。


 そこに加えて、裏では情報操作を加える。

 あたかもアレクサンダラスが尻尾を見せたような、偽の情報も意図的に流す。

 味方がいるとしても、この短期間で完全な信頼関係を結んでいる可能性はほとんどない。

 だとすれば、一紀がコントロールできる様々な情報が飛び交う方が良いのである。

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