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魔道の果て  作者: 桂慈朗
第2章 美しき復讐者
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(15)世間への露呈

 いつの間にか、レオパルド王子が一紀のことを「お兄様」と呼び始めた。

 それを聞くたび、背筋が寒くなる。

 カズキには兄弟はいない。

 これは絶対に紗江子さんの陰謀に違いない。


 そもそも、一紀には男妾を愛でる気持ちは皆目存在しない。

 忌々しいが、俺が嫌がるのを明らかにわかってやっているのだ。

 それでも、紗江子さんだけには刃向えないのが口惜しい。


 「その呼び方を止めろ!」と強い口調で王子に言っても、言葉が十分通じないのか、あるいははっきりと通じているのか悲しそうな目で一紀の方を見る。

 これは一体何の罰ゲームなのだ?


 王女・王子の二人と一紀らとの垣根が低くなり意思疎通がスムーズになったことで、王女と王子は一気にこちらの生活に慣れた。

 だがしかし、それが皆をハッピーにするとは限らない。

 むしろ、一紀にとっては気安さ故に様々な要求がエスカレートし始めたことで悩みの種も増えている。

 例えば、食事に関しては今のところ好き嫌いを含めて大した問題は生じていない。

 ただ、一方でスイーツを巡る強欲な行動には目も当てられない。

 向こうの世界には甘いお菓子はなかったのだろうか。

 甘味のみを考えればおそらく手に入るであろうに。

 甘いものが苦手な一紀からすれば、こうしたことにかける情熱が理解できないのだ。


 そしてもう一つはファッション。

『こんな服着られるか!』と暴れていたのは遠い昔。

 今では、こちらの現代ファッションを満喫していらっしゃる。

 まあ、扇動しているのが紗江子さんだからやむを得ないが、言葉は別にして文化の方はかなり毒され始めていると言っても良いだろう。

 全く、嘆かわしいことだ。と言うか、衣装代も全て一紀持ちなのだから、多少なりとも気を使ってもらいたい。

 ついでに言えば、紗江子さんは自分の服くらいは自分で買うべきである。


「紗江子さん、自重してください!」

と詰め寄っても、

「コミュニケーションは大切でしょ。この二人は異郷の地でこれから生きていかないといけないかもしれないのよ。かずちゃんには優しさというものが欠けていると思うわ。」


と返される。

 自重に関しては、自分の服まで一紀の費用で買うのをやめてくれとか、レオパルド王子にあたかも女性のような服装をさせるのを止めろとか、はたまた王女とスイート食べ歩きに一日を費やすのを控えろとかいろいろある訳だが、さりとて紗江子さんを止められる自信はない。


 愚痴はその程度にするして、アレクサンダラスの捜索は現在も続けている。

 ただ、結果としては探索の成果が上がっているとは言い難いようだ。

 さすがに、これだけ探しても動きの尾すらつかめないのであれば、この世界には転移していない可能性を真剣に考えるべきであろう。


 すなわち、王女は敵を討てずこの地で新たな人生を送るということ。

 少なくともここ数日の王女の振る舞いを見ている限り、復讐に情念を費やすというよりは、珍しい異世界ライフを満喫と言う感じに見える。

 一紀に対しては多少壁のある態度を取ってはいるが、紗江子さんとはあたかも姉妹のような親しさを見せ始めており、これは王女の精神にとってもよいことかもしれない。

 まあ、昼間は学校に通っている一紀よりも、相手をしてもらえる水橋や紗江子さんと親しくなるのは当然のことでもあろう。


 王女との念話で何度か言われたこと。

『カズキは何もわかっていない。』

 そんなバカな話はない。

 事態について最も正確に理解し、あるいは対処しようと努めているのは一紀なのだ。

 感情に左右され、あるいは一時の享楽に身を任せるなど非生産的なことはないではないか。

 紗江子さんは特別でその範疇には入らないが、安西などは一紀の考えに賛同している。


 季節は11月、徐々に寒さが堪えるようになってきた。

 しかし、スウィーツ脳は多少の冷気など制止の気休めにもならない。

 日曜日と言うこともあり、車で1時間ほどの場所にある「人気の洋菓子屋に行け」とご命令だ。

 一紀には学校に行くという義務があり、当然宿題も存在する。それ以上に厄介なのが、実質的に経営しているいくつかの企業の状況把握と方針決定。

 別の経営者を名目上立てているが、一紀の指示は待ったなしである。

 放置するわけにはいかないのだ。


 このカズキが裏のオーナーたる企業。

 一部のメディアでは、ブラック企業と叩かれたりもしているが、矢面に立たないようにしている一紀はどこ吹く風。それでも、企業経営は順調なのである。

 まずそれは表の仕事の部分のみ。

 それでもブラックと言われるのは、社員に要求するレベルが高すぎるため。


 あくまで一紀が考え理解している理由ではあるが、他人を無能と見下し視界から外すことの多い彼にとっては、風評は面倒ではあるが決定的な障害ではない。

 結果を残し稼げばいいのである。社員には相応の給料を支払っているのだから。


 何が言いたいかと言えば、要するに忙しいから面倒を掛けるなという事。

「水橋、今回はお前に任せた。」

 そう言って、この1か月で両手を越えるスイーツ征伐に付き合いきれないと放り出した。

 水橋はと言えば、いつも通り冷静な対応。淡々とこなすべき業務の一つと言った感じであろうか。


「かずちゃんどういうこと!?」

という紗江子さんの叫び声は耳に入れないようにして、配下企業の四半期決算報告書の草案に目を通し始める。

 数字を追い始めると、いつものように紗江子さんの声は徐々に意識の片隅に追いやられていった。


  ◆


「あの子逃げたな。まあ、実際忙しいから仕方ないけどねーっ。」

 紗江子さんは車に乗る時でさえも楽しそうに笑いながら、水橋に同意を求めた。

 水橋は表情をあまり変えることなくコクリと頷く。

 その隙に、王女と王子も慣れた感じで後部座席に乗り込んだ。


「放っておくとずっと仕事ばかりしちゃうし、ちょくちょく気分転換させないとねーっ。」

と、紗江子さんは誰に向かって言っている不明なまま話すが、王子はそれにコクコクと頷く。

 理解できているのかは水橋にはさっぱりわからない。

 ただ、あたかも意思疎通が出来ているかのごとく反応する王子を見ると、よくもここまで短期間で仕込んだものだと思う。

 おそらく、紗江子さんには一種の才能があるのだろう。

 あの気難しく高慢な雇い主である一紀さまが、この紗江子さんにはいつも抵抗できず押し切られている。

 二人の間に過去どのようなことがあったかは知らないが、王子の調教を見ていると同じような経緯があったのではと、雇用されている者として不必要な詮索をしたくもなる。


 上司である安西に聞いても首をすくめて答えてくれそうにないが、好奇心が強すぎると失敗することがあるのは良く理解している。

 だからこそポーカーフェイスを守りながら、今日のぬるいタスクをきちんとこなすことにしようと気を引き締めた。

 少し前より王女と王子の精神安定上の措置として、週に3度ほど外出させることが一紀によって決められている。

 何度か繰り返されてきたルーチンワーク。

 最初の外出時は予想外のトラブルに巻き込まれたが、その後は大した問題もなく遂行している。

 今日は欧州帰りのパティシエが開いた新しい洋菓子屋だそうだ。特にチョコレートの造形が素晴らしらしい。

 水橋も甘いものは嫌いではなく、量を食べる訳にはいかないが毎度役得と紗江子さんのご相伴にあずかっている。


 郊外型の洋菓子店の駐車場に車を停め、4人は各々期待に心を躍らせながら店へと入る。

 自由度の低い生活を強制されている面もあるため、王女たちはいつも以上にテンションが高い。

 なお、紗江子さんのテンションはいつもどおりである。


「ここのチョコ、滅茶苦茶人気なのよ。」

 一体、誰に向けて自慢しているのかわからない態度ではあるが、それでも嫌味にならないのは紗江子さんのキャラクターである。

 原則、言葉を理解できない王女と王子ではあるが、王子については紗江子さんの教育のたまものか、「チョコ」という単語を嬉しそうに繰り返している。


 紗江子さんも比較的綺麗系ではあるが、王女が店に入ると一気に空間が華やいだのが水橋にも感じられた。

 この子が別世界の女性であるということが、同じ女性として痛切に認識できる。

 元々その気はないのだが、同性として対抗しようという気持ちには一切なれない。

 雇い主である一紀が、いつまでもよく慇懃無礼な態度を取り続けられるものだと改めて感心できた。

 あの少年には、心がざわめくようなことはないのだろうか?


 店内に既にいた客たちは、この突然の乱入者たちに魂を奪われでもしたのか、あたかも固まってしまったような反応を示した。

 王女は、あっさりとした薄手のセーターにラフなジーンズスタイル。

 一方、王子も厚手のパーカーにジーンズと言うごく一般的な格好。

 ボーイッシュな少女のようにも見えるコーディネートは紗江子さん直伝である。


 視覚情報として異彩を放っているのは二人が有する独特な頭髪色ではあるが、それを遙かに上回る存在感が凄い。

 同じ車の中にいる時には麻痺してわからなかったが、こうして店に入ると水橋にも凄さがヒシヒシと分る。


 周囲の反応を全く意に介することなく、3人はガラスウインドウに陳列されているチョコレートやケーキを楽しそうに見ている。

 言葉は通じないはずなのに、見る限り気持ちが通じているとしか思えない。

 そのあまりの自然さに見入ってしまったせいか、店の外に近づいてくる存在に気付くのが遅れてしまった。


「やっぱりあの子だ!」

「おお、やっぱカワェェ!」

 中学生程度に見える4~5人の集団が、店に入るや否やスマホを手に王女と王子の写真を取りはじめた。

「話題になっている子だろ。」


「何をしている!」

 水橋が声を荒げ直ぐに動き、最も近かった一人を掴まえて携帯を取り上げたが、残りのメンバーは生贄を残し自転車に乗り込むと一気に逃げ去る。

 どう考えても、その全てを追いかけることはできない。

 そもそも、紗江子さんがいるとは言え王女と王子を放置するわけにもいかない。

 逃げようとする子供を抑え込んだまま、携帯で安西に連絡を取った。

 王女の存在が世間で目立ち過ぎることは望むことではない。


 子供への尋問を続けるが、王女と王子は何事かと水橋の方を振り返る。

 ただ、紗江子さんはこの騒ぎですら気にすることなくお菓子選びを続けていた。


 今から動いて情報を抑えることは可能だ。また、雇い主であるカズキの力で流出した情報も時を経ずに回収できるであろう。

 だが、一度出た情報はどこかに記録されている。

 それを完璧に隠し通す音は難しいものなのだ。

 特に、専門機関がそれに興味を持ってしまえば。

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