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魔道の果て  作者: 桂慈朗
第2章 美しき復讐者
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(14)村と都市

(かなり弱い反応ではあるが、この魔法の残滓はレオパルド王子か。やはりこちらに付いて来てしまったようだ。とすれば王女も共にいるだろう。しかも、魔法残滓を感じ取れるとは、こことそれほど遠く離れてはおらんかったようだな。)


 魔法の小さな痕跡を感じ取りながら、アレクは今後の方針を考えようとしていた。

 アレクがこの世界に転移したのは、王女らが降り立った地点とはおよそ30kmほど離れた農村であった。

 本来の狙いは都市の真ん中だったのが、結果からすればアレクの方が狙った地点より弾かれた形となっている。

 もっとも転移前に明確な方針があって場所を選んだわけでは無い。

 単に人が多ければそれだけ狙いのものを探し出せる可能性が高いと考えただけのこと。

 そこに確固たる計画や勝算があったわけでは無かった。

 元々次善の策として準備していた不完全な計画に過ぎないのだから。


 こちらの世界への転移には成功したものの、転移時に負った傷が予想に深く体が癒えるのに思いのほか時間がかかってしまった。

 治りが遅いのはこの世界のエーテルの薄さも一因ではあるが、大魔導師と呼ばれたアレクの治癒魔法はその程度で揺らぐようなものではない。

 単純に受けた傷が深かったのである。

 内臓にまで及んだそれは、下手すれば命にかかわるレベルであった。

 ただ、それもほぼ回復した。


 兎にも角にも治癒を優先する必要があったため、こちらの世界に来てまだ情報も何も得てはいない。

 人影まばらな農村で一人暮らしの年配の女性に助けられ、匿われているというのが正確な状況である。

 自癒が可能なアレクにとって介抱は絶対必要なものではなかったが、住むための場所を手間も掛けず得られたのは僥倖と言ってよい。

 農村地の一軒家だが、助けてくれた女性はあまり近隣との付き合いが無かったこともプラス要素である。


 この三日間、アレクは家の外には出ずテレビという便利なものを利用して情報の収集に努めている。

 言葉はまだ理解できないが、魔法でも不可能な離れた場所の情報を投影する仕組みは非常に都合がよかった。

 女性と念話を用いてイメージ会話しても良いのだが、必要以上に情が移ることを避けようと、言葉が通じないふりをして過ごしている。


 実のところ、アレクは転移前より魔法によりこの世界を幾度か覗き見していた。

 それがアレクが持っていた固有の能力。

 幼い時から常にこちらの世界を垣間見て来たのだ。

 思い通りに見ることができる訳ではないが、断片的に脳裡に飛び込んでくる映像は驚くべきものだった。

 もちろんそれを空想と考え、奇想天外打ち捨てることは容易である。

 だが、アレクは存在を確信していた。

 このように元の世界との違いに対する心の準備がある程度できていたこともあって、今回の転移を経ても一つ一つの事柄に仰天することはなかった。


 とは言えど、やはり異世界は何から何まで勝手が違う。

 まずは言葉から覚えるべきと、年老いて固くなった頭ではあるが女性から少しずつ学ぼうと考えている。

 正直なところ無駄な時間を費やす余裕はないが、それでも言語習得は何より重要だと考える。

 トラブルなしにそれを学べるチャンスが目の前にある考えれば、この地に降り立ったことは好都合だったかもしれない。


 ちなみに、念話を用いずに言語習得を試みているのは、念話を用いた方が複数のイメージが混じり合って、かえって言語習得に向かないことがあった。

 そのことは事前に十分考え抜いてきた。

 この世界に来たのは次善の策とは言えど、その活動において何が支障となるかについては考えてある。


(王女と王子は大変かもしれんな。あの性格の上に、こちらの世界の事情も知らないのだから。だが、儂は二人を助けん。彼らだけでは元の世界に帰れんが、できることならこの世界で健やか生き延びてほしいものだな。)


 都合の良い願いだと思いながらも、無理矢理魔法を使わざる得なかった王子の境遇を憐れむ。

 上手くこの世界に溶け込めていないからこそ、そう言う事態に陥ったことは容易に想像できてしまうのだから。


(恨むなら、頑迷な両親と迂闊な自分たちを呪うがよい。)


「あら、もう元気になったの?体鍛えていたのかしら。凄いわね。」


 今、隣に座っている自分を美鈴と名乗った女性は、何か驚くような感じでアレクに話しかけてきた。

 とは言え、アレクにはまだ何を話しているか正確にはわからない。

 雰囲気である程度想像することは可能だが、正確であるという保証はどこにもない。


 それでも、アレクの回復の速さに驚いているのであろうということは何となく感じられた。

 アレクがこの三日ではっきりと覚えた言葉は『ミスズ、テレビ、ゴハン、フトン、デンキ』程度である。

 会話ができるにはまだまだ時間がかかるだろう。


「ミスズ、◆%グ&#+ズ¥メ?>!($。」

「あらあら、どうしたの?私に言葉が判ればいいのだけど、日本語以外はとんと駄目だから、許してね。」

 美鈴は優しげに返答してくれたが、アレクがこれまで聞いた言葉を適当につなげてみても、表情を見る限り上手く伝わっていない様である。


「でも、元気が出てきたからと言って無理してはダメよ。ここならゆっくりとしても大丈夫。ここまでは誰も追掛けてはこないわ。」


 歳は美鈴の方がアレクよりも若い様にも感じるが、態度だけを見ると子供をあやす様な感じがしなくはない。

 ただ、少しでも多くの言葉を聞くことが今のアレクにとっては重要である。

 身振り手振りで、何かを伝えようとしているふりをする。

 実のところ、伝えたいのではなく話をしてほしいだけなのだが。


「そうね。言葉が通じない上にこんな山奥だもの。退屈よね。」


 美鈴が言葉を続けたので縦に首を振ってみる。

 この世界では同意を意味する合図であることは、なんとなくわかっている。

 意味は分からずとも、言葉のシャワーを浴びているだけで得られるものは少なくない。

 雑踏における雑音のように聞こえる言葉の嵐では意味が無く、こうして一つの音楽の様な状況がいいのだ。


「それに、こんな婆さん相手では外人さんには退屈でつまらないわよね。」


 続けろという意味で、また首を縦に振る。


「あらやだ。こういう話だけは分かるのかしら?」


 急に微妙な顔をされた。

 表情だけは、あちらの世界もこちらの世界も共通のようで、ちょっとミスをしたことがわかり今度は首を横に振る。

 これも否定の意味だと美鈴から何となくではあるが学んだ成果である。

 美鈴は急に笑い出し、アレクの肩に手を当て諭すような雰囲気で続けた。


「もう、意味が何となく分かるようになったのね。それとも、最初から多少はわかっていたのかしら。どちらにしても、反応が返ってくるのは嬉しいわ。最初は怖がらせちゃったと思ったから。」

 話ながらアレクの眼を見つめる視線は慈しむように優しかった。

 服越しなので念話は聞こえないが、アレクには美鈴が言ったことが何となくわかったような気がした。

 ただ、それでも野望を達成するために進むしかない。


(ミスズ。老いて可愛い女性だが、儂にはどうしても達せねばならぬことがある。ここでそのまま二人で緩やかな人生を続けるのも悪くないかもしれぬ。だが、それはありえぬ選択じゃ。)


 アレクも美鈴と視線はわせないものの、優しい目で彼女を見つめるのだった。


  ◆


 街中の事件から一週間が過ぎた。

 アレクサンダラスに関する情報はネット上をくまなく探しても一向に見つからない。

 国家が抱え込んだとしても情報の残滓はどこかに残るはずなので、この世界にはいないのか、それとも潜伏しているのかのどちらかであろう。

 ただ、一つ魔法に関する重要なことがわかったのは成果であった。

 どうやら、治癒の魔法と言うのも万能ではないらしいことが判明したのだ。


 一紀は治癒の魔法というものが、人間の生命活動を活発にすることでもたらされると考えたが、その点に関してはそれほど間違っていない。

 ただ、急速なそれには反動があるということが目の前で明らかになったのだ。

 死の恐怖の記憶を植え付けられた大川ではあったが、気付けば無傷で自宅に放置されていたのだから、トラブル自体は表ざたにならなかった。

 ただ、彼は一度治ったはずの傷跡がじわじわと復活するという新たな恐怖を、味わわなければならなかった。

 どうも、治癒魔法というものは継続して用いなければ十分な効果を発揮しないということのようだ。

 王女もしぶしぶではあるが、そのことを認めた。


(魔法というものは、やはり空想上思い描くものとは違うものだ。しかし、考えてみればこの結果は理解できないものではない。)


 人の成長や治癒力を一時的に高めても、全てが治るわけでは無い。

 強い薬は一時的には劇的な効果を示すかもしれないが、すぐに投薬を止めれば病気はぶり返してしまう。

 パッチワーク的に行えるほど都合の良いものがあるハズもないということのようである。

 だとすれば、王子が用いた火の魔法(?)にも何か発生要因の様なものがあり、それに応じた理屈が隠されているのではないかと考える。

 それでも、残念なことに魔法のない世界で生まれ育った一紀にとっては、理屈の上で魔法概念は理解できたとしてもそれを使用することができない。

 この根本的な壁が控えているのだから、それを気にしても始まらない。


 王女と王子はと言えば、当初と比較して警戒心はかなり薄らいだと言ってよいだろう。

 言葉に関しては、王女を介しての念話で事足りるためか、いくつかの単語を除いて覚える気配もない。

 他方、それほど頻繁に交わされる訳では無いが、王女と王子の会話は録音しており、向こうの言葉を解釈する方法を別途探っている。

 ただ、念話で伝わるイメージと言葉が必ずしも一致しないため、使えるようになるためには王女や王子の協力が必要である。

 しかし、王女自体が念話で十分と考えているのか、今一つスムーズではない。


 単語から覚えていきたいが、こちらの世界のほぼすべての製品には向こうの名前が無い。

 それが異世界の言葉を覚える上での最大の障害と言えるだろう。

 向こうの世界なら話は早いのかもしれないが。


 加えてもう一つ面倒なことは、レオパルド王子が紗江子さんのことを「お姉様」と呼び始めたことだろうか。

 こちらの世界の子供に言い聞かせるようなものだが、あまり変なことは教えないでほしい。

 紗江子さんは、全く好き放題やってくれる。

 ユリアナ王女は「姉上」で、紗江子さんが「お姉様」、意味が判っているのであろうか?

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