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魔道の果て  作者: 桂慈朗
第2章 美しき復讐者
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(13)日常

「防衛システムの洗い出しを行うぞ。今のままでは話にならん!」

 この声はいつもの調子。

「イーグルは、この企業のセキュリティーレベルの再チェック。ホークはセキュリティマニュアルの総点検。スワローに両者の総括と、再構築案の立案を任せる。アイを使ってよいから、万全の態勢で行くぞ。」

 そして一呼吸を置いてつづけた。

「残念ながら、今回は撤退戦だ。同じ手法を使ってくる相手はきちんと罠に掛ける。」

 その指示に対して、いくつもの声が返ってくる。

 どのようなトラップを作るか、皆がはしゃいでいるようだ。

 いずれも比較的若い。


 そう命じる一紀の周りには誰もいない。

 ここは様々な危機が明滅する暗い部屋の中。

 一紀の自宅の地下室である。

 ここには一紀以外誰も入ることが許されていない。

 自家発に加えて無停電装置に、1か月以上の籠城も可能な設備。

 一種の地下シェルターと言っても良いだろう。


 その部屋の中で、一紀は大きめの椅子に腰を掛け、目の前のモニターを凝視している。

 この仕事に携わるメンバーは、誰もここにはいない。

 ネット担当達は、それぞれ自宅や個人的な職場に居ながら、一紀の指示に従い不正アクセスの防衛についている。

 メンバーの表情や行動は、カメラを通じて全て一紀の許に届くようになっている。

 スタッフ同士のコミュニケーションは可能だが、一紀の姿だけは秘匿されている。

 もちろん、指示する声も波長を変化させており、太い中年男性の声だ。

 メンバーをバラバラに位置しているのは、対応の冗長性を得るため。

 いくつかのグループに分けて対応を指示しているが、そのグループはいつでも変更可能。

 攻撃を受けても、そこを切り離すなど臨機応変に編成を構築できるようにしてある。


 もっとも、一紀が得意とするのは敵の防衛ライン突破、要するにハッキングである。

 今回は防衛省からの依頼であった。

 引き受けない訳にはいかない。

 先日の情報漏洩に対する防壁の再構築である。


 「おそらく、リアルでパスワードを入手しての行為か。根が深いな。」

 目の前のモニタには、ある企業のネット接続状況等が様々な形で表示されている。

 今回の潜水艦の機密情報漏洩は、国としては看過しがたい。

 どこの国が仕掛けているのかおおよその予想は立つが、この世界物事がそう単純にはいかないのだ。


(この企業は第三次の保守リストから漏れていたな。)


 既に、安西には情報漏洩の主体と考える社員の調査を指示している。

 ハニートラップの証拠は既に押さえているが、それによれば積極的に情報を漏らしたというよりは複数名から代わる代わる脅されての結果だと示唆している。


(おれおれ詐欺と同じだな。複数の人間が役割を演じている。考えがまとまる前に、一気に攻め落とそうという手段なのだろう。)


 もちろんこれは外国勢力の仕業で、加えて利得を得る複数の日本人も絡んでいる。

 どうやらこの社員、かなり前から目を付けられていたようだ。

 元々金遣いがかなり荒かったようだ。

 ただ、その情報は一紀も既に把握していた。

 そのため、秘密情報に対するアクセス権限はないようにしていた筈だが。

 現実には、それが漏洩に繋がっている。

 すなわち大がかりな作戦だということ。


 現状は漏洩者としてこの社員一人しか見つかってはいない。

 しかし、一気に関係者の情報のサーチをかける。

 漏洩にまでは至っていなくとも、潜在的に利用される可能性のある人間は複数いるだろう。

 こうしたことは、一度で、あるいは一人で終わる訳ではないのである。

 使える者は何度でも使われ捨てられる。

 そんなものだ。

 漏洩手法については


 加えて、一点気になることがあった。

 この情報は、どうやら既に一紀以外の機関も掴んでいるようなのだ。

 その証拠はどこにも残ってはいない。

 ただ、アクセス方法とこれまでの経験からおおよその相手は想像できている。

 この情報を、今後の引きで利用しようということだろう。

 相変わらず、汚い奴らだ。

 その感想は、侮蔑ではなく賞賛。

 この世界では、汚くなければ勝ち残れない。

 一紀も、同様の情報は山のように所持している。

 総理であろうが、野党党首であろうが、真実に加えて多少の操作を行えば、失脚させるのはそれほど難しいことではない。

 ただ、それを使うか使わないかは時期と場合と相手に依るのである。


「たぶん、奴らだな。」


 一紀が思い描いているのはおそらく米軍の電脳諜報部隊、正式名称ではないが「C」と呼ばれる集団だった。

 一紀もその全容をつかむことはできないでいる組織。

 メンバーの数も、規模も、組織の存在もはっきりしない。

 もちろん社会の表側に出てくることはない。

 ただ、その中で「BR(ブラッディ―ローズ)」のHNで知られるそいつは、凄腕のハッカーの中から選抜されたという噂もある一紀が認めるライバル。

 ただし、相手が一紀のことをどう思っているかはわからない。

 リアルに会うことなどありえないが、ネット上の攻防では何度も相対してきた仲だ。

 いや、正確に言えば何度も煮え湯を飲まされてきたと言った方が良いだろう。

 ほとんど痕跡を残すことなく情報をかっさらっていく。

 しかも、彼が動く時には一切の荒事なしなのである。

 その手際の良さについては、一紀も認めている。


 今回の彼らの行動が政府の命を受けてのものか、あるいは通常の哨戒活動に引っかかったのかはわからない。

 ただ、ネットの世界に明確な国境はない。

 中国や北朝鮮のように大規模な部隊を保有しづらい西側諸国は、秘密裏に民間企業と組みつつ情報戦に対処している。

 一紀が実質的に保有している企業も、政府レベルから個人レベルまで様々ではあるが、いずれもセキュリティを裏側から守るための企業。

 ダミーサイトの構築や、不正アクセスに対するトラップ作成、果ては報復措置まであらゆることを請け負っている。

 ネットはリアルの動きも並行して重要となるため、そのための要員がカズキの家にいる使用人であった。

 その大部分は、普段から海外や国内の様々な場所に配置され、活動している。


 祖父から引き継いだこの仕事。

 叔父との争いを経て、現在は一紀が一手に掌握していた。

 残念ながら、父も母もこの仕事には全く向いていない。

 幼い時から、その才能を祖父に乱されて英才教育を受けていた。

 国家レベルの依頼はダミー機関を通じて秘密裏になされるが、それ以外にも政府組織の「課長」から個人的に受けるものもある。

 多くの場合、そちらはかなり血なまぐさい。


 今回、一紀の会社への依頼が遅れたこともあり、今となっては情報漏えいの完全阻止は難しい。

 だから、表向きはこれ以上のそれを防ぐための作業となる。

 会社を通じて、新たなセキュリティシステムを導入するのは表の仕事。

 ただ、拡散を防ぐために漏えいした情報をネット上から抹消し、次はないことを判らせることが裏の仕事。

 この拡散防止は、データのみでなく物理的な消去も含んでいる。

 安西の部下たちは、まさにそのために動くメンバーであった。


 あろことか、異世界から来た王女と「魔法」という驚くような遊び道具が舞い込んできたために、仕事に集中しきれなかったのが今回の問題を大きくしてしまった原因の一つ。

 あと一日早く対処に当たっていれば、情報を奪った諜報員を逃げ出す前に抑えることができたかもしれない。

 結果論かもしれないが、若干の悔恨が心を傷つける。

 音声回線を切り替え、苛立つ声を上げた。


「アイ。まだ足取りはつかめないのか!」

「ゲンザイ、ソウサクチュウデス。」


 無機質な回答。

 一紀がネットワーク上に浮遊させている人工知能に、日本全国に張り巡らせた監視カメラ等、既にルートを確立しているラインの画像・動画情報を検索させている。


「コンセキヲハッケンシマシタ。」

「いつのものだ!?」

「イチジカンマエ、マダトウキョウエキニイタヨウデス。」

「情報を映せ!」


 目の前のモニターに、白黒の荒い画像が映される。

 それを確認した一紀が手元のキーボードを操作すると、荒かった画像が鮮明かつ3次元的なカラー画像に変わっていった。

 若い女性である。


「やはりあの国か。」


 自動的にデータベースと照合され、モニタ上には工作員の写真と名前が浮かび上がった。

 ただ、そこに現れた写真と3次元的に表示されている画像は明らかに別人。

 若い男性だった。


「カメレンソニー。相変わらず、上手く変装するものだ。」

 そう、3次元に画像を変換したのは骨格から人物を推定するため。

 途中で変装を交換されれば、普通の人間では判断するのが難しいだろう。


「一時間か。ちょっと難しいかもしれないな。」

 飛行機を利用するのか、あるいは船か。

 もしくは、既に別の誰かに情報を手渡している可能性も十分ある。

 USBとしてネットから隔離されている物を探し出すことは容易ではない。

 とりあえず、彼を追いかけることから始める必要があるだろう。


「フタタビ、アラワレマシタ。」

「いつのものだ!?」

「イマデス。カンシカメラニムカッテテヲフッテイマス。」


 指摘されるまでもない。

 既に奴の手元には情報はないのだろう。

 情報の受け渡しを容易に見つかるような場所で行うはずもない。

 今回は水際での捕縛は難しいと考えるべきだ。

 国内の協力者や漏洩者の調査は安西がきっちりと進める。

 そして、この問題は警察沙汰になることはない。

 わざわざ我が国のセキュリティ問題を海外に丁寧に知らしめる必要はないのだから。

 ただ、このまま泣き寝入りする気が一紀にはなかった。

 きちんと落とし前をつける。

 依頼主からの要望にそれはない。

 これは、祖父の時代からの決まり事なのだ。


 行うべきは報復活動。

 同様の事を繰り返せば、相応の攻撃を受けるということを知らしめなければならない。

 一紀の口元がにやりと吊り上った。


「さ、今回はどの部隊が標的だ?」

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