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魔道の果て  作者: 桂慈朗
第2章 美しき復讐者
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(12)治癒の奇跡

「馬鹿な学生が暴走して、ちょっと大きめの怪我をしただけのことだ。わかっているだろうな。あと、いつまでもここにいると警察沙汰になるぞ。早い目に引き上げろ。」

 その場を去る前に、リーダー格の里山にくぎを刺すと、それ以上は何も告げずに一紀はその場を後にした。

 紗江子さんがタクシーを捕まえに行っている筈である。

 気を失っている王子を抱えながらではあるが、王子が魔法を使えたことに加え、魔法が接触しなければ発動しなかったことに考えを及ばせていた。


  ◆


 宮下医師の医院は土曜日は休みだったが、都合よく居たようだ。

 一紀が到着した時には既に応急処置が施されていた。

 大川のやけどは思ったほど酷くはなかったようで、露出していた部分以外、すなわち服を着ていた部分には広がっていなかった。

 あるのは腕にナイフが刺さった跡のみ。

 これも止血は終わっている。


 とは言え頭髪は焼け焦げ、顔も見られたものではない状況である。

 皮膚移植までは必要ないのではないかという見立てのようだが、普通に考えれば後遺症も残るであろう。

 現状は、包帯が巻かれてミイラ男のようになっている。


 一方のユリアナ王女は、頬に裂傷ができたが刃物が鋭利であったため、綺麗に治るのではないかということのようである。

 一紀としても若い女性の顔に傷が残ることはさすがに考えたくなかったので、ほっと胸をなでおろした。

 一応、点滴が施されている。


 やや落ち着きを取り戻した紗江子さんが一紀に問いかけてきた。

「あれって、魔法よね。」

「そうだと思う。というか、それ以外は考えにくい。」

「やっぱり、目の当たりにすると凄いものねぇ。」

「そうか?爆弾テロの方がもっとえげつないだろう。」

「そういう意味じゃないわよ。」

「まあ、魔法は意外と大したことが無いと俺は思ったけどね。」

「どういう意味よ。」

「王子さんの魔法がどの程度のレベルかはわからないし、火を発生させた魔法は見た目派手だったけど、触らなけりゃ発動しなかったし、一瞬だけしか火が出なかった。」

「魔法ってだけで凄いじゃないの。」

「あの程度なら、こちらの技術でいくらでも代用できるものがある。」

「まあ、そうかもしれないけど。」

「それに、あれ一発で気絶している様じゃ使い物にならない。」

「それはレオちゃんが可哀そうでしょ。最初から相当へばっていたもの。」

 紗江子さんの中では、既に「レオちゃん」らしい。ショタ魂に火がついたのだろうか?


「安西はどう思う?」

 後ろにいた安西に声をかける。

「現状の情報では何とも。わからないことが多すぎます。」

 当然、魔導師と戦って勝てるかという問いに対してである。

「今日の相手を想定すれば?」

「それなら準備さえできていれば問題ありませんが、まさか魔術師や魔導師があんなレベルではないと思いますけどね。」

「確かにそうかもしれんな。と言うか、俺が目を付けたんだからその程度で終わってもらっては困る。」

「また、ご無体なことを。できればこんな厄介そうな相手は、なるべく弱い方がいいんですがね。」

と、いつものように首をすくめた。


「それより、目撃者の方はどうしますか?」

 今度は安西が一紀に問いかけてきた。


 少なくとも一人は重傷である。

 トラブルごとを吹っかけてきたのは向こうからとは言え、魔法行使をどう言い含めるかということであろう。

 普通に考えれば、火薬か何かで重傷を負わせたということで、厄介事になるのは間違いない。


 なお、あの場には里山らを残してきたが、あいつらも警察沙汰を良しとしているとは思わない。

「まあ、それには考えがある。どちらにしても王女が目を覚ましてからだな。」

「なるほど、そっちで行きますか。上手くいけばいいですな。」

「試してみる価値はあるだろう。それで駄目なら、別の手を使うだけだがな。」

「あんまりそんなことばかりしていると、ロクな大人になれませんよ。」

 安西がにやりと笑いながら言う。


「ロクな大人に囲まれていないからこうなったと思っているんだがな。」

と、ややむすっとした顔で一紀が答えた。

「では、幻だったという線で行けることを祈るとしましょうか。」


  ◆


 王女は1時間ほど点滴を打ちながら眠った後、目を覚ました。

 腕に繋がれた点滴に驚き、次に頬の痛みに気づいて慌て、王子が隣に倒れているのに騒ぎと多少大変ではあった。

 だが、自らの頬の傷を治癒の魔法を用いて即座に治す。


 申し訳ないが、その可能性を考慮して宮下医師には席を外してもらっている。

 病室の中で一瞬傷を無きものにしてしまった王女に対して、一紀は交渉していた。

 同じ病室にいる大川にも治癒の魔法を使ってほしいとの要請だ。


『どうして、妾を傷つけた野卑な男に妾が施しをせねばならん。』

『ご不満は承知しておりますが、これはレオパルド殿下のために必要なことなのです。』

『その意味が判らん。悪いのはその男であろうが。レオパルドは妾を助けようとしたにすぎぬのではないか。妾を攫おうとした輩に何の慈悲を与える必要がある。』

 この問答で、王女が他人の傷も癒せるであろうことは概ねわかった。

 さらに言えば、王女は自分が攫われようとしたのだと勘違いしているらしい。

 ただ、そのこと自体はどうでもよいので放置する。


『ここは異世界でございます。こちらでは、発端はどうであれ傷つけたものは罰を受けることになります。』

『理不尽な。。。だが、レオパルドを苦境に落とすことはできんか。他の者をレオパルドの替わりに差し出すということはできんのか。』

 他人のための魔法行使をどうしても嫌だと感じているみたいだが、そこはあと一押し。


『それはできませんし、そもそも魔法を使ったという痕跡を残せば、今後更に付け狙われる危険性があります。その痕跡を消すことがお二人の安全をより確かなものにするでしょう。』

 王女を溜息を吐きながらようやく同意した。

『わかった、やむを得んということじゃな。』

『ご理解いただき、ありがとうございます。』


 一紀と王女の無言のやり取りの間、なぜだか紗江子さんは王子の手を握り、髪を優しそうに撫でている。

 その行為に王女が怒りださないかも心配の種である。


 が、杞憂であったようだ。

 大川を汚らしい物でも見るように一瞥した後、王女は両手を差出しその上に光の玉を収束させる。

 そして光を大川の体に纏わせるように体中に広げていった。


 大川の体が一瞬全体的に光り、そして元に戻る。光が消えた後の大川の肌はまるで何もなかったような状況に戻っていた。

 唯一、髪の毛のみが元通りにはなっておらず、チリチリのままだたのはご愛嬌かもしれない。


 さて、宮下医師にどう説明するか。


  ◆


 正直言って、魔法として王子のそれよりも王女の治癒魔法の方がずっと凄く貴重なものである。

 破壊は他の技術で十分模倣できるが、こちらは技術で対応できるものではない。

 その上で、王女の魔法が知られてしまえばとんでもない争奪戦が始まるだろう。

 だから、決してそれを第三者には知られてはならない。


 さすがに王女も、自分と大川の治癒を施して疲れたようだ。

 逆に言えば、二人分を治療しただけでかなりの疲労があるということなので、こちらも災害や戦争に対応できるような万能性を誇っている訳ではないということもわかる。


 王女曰く『こちらの世界はエーテルが薄くて、魔法行使によりすぐに疲れてしまう』らしいが、それでも桁が違うほどの差がある様なことではないという。

 こうした突発的な事故があったせいか、魔法に関することを隠すという企みは一時的とはいえ諦めたのかもしれない。

 もちろん隠し事をしたがる王女の言葉には、まだ微妙な嘘が混じっている可能性は否定できないのだが。


 状況が理解できず、不審そうな目を向ける宮下医師ではあった。

 目の前で、先ほど診察した傷が消えているとすれば驚きもしよう。

 傷が偽物であったとは急に信じられるはずもない。

 ただ、下手な説明は必要ないとばかりに、大川の傷が癒えていることを確認した後、再び包帯を巻き直し安西が担ぐ形で医院を後にした。

 王女も傷の無い頬にガーゼをあててあるし、王子はまだ意識を取り戻してないがなぜか紗江子さんが負ぶっている。


 不審そうな態度ではあるが、いつも鼻薬は嗅がせているので、宮下医師も何も聞くことはなかった。

 今後も、探る様なこともしないであろう。


 これで魔法の痕跡はどこにも残らない。

 全ては幻想だったのだ。

 ワゴン車を回し、一旦屋敷に戻ったあと安西と水橋は大川を調べた自宅に送り届けに行った。

 燃えた服だけは、準備した足がつきにくい量販店の安物に変えている。

 原則は何も言わず家の近くの放置していく線である。


 あとは防犯カメラについては既に確認して、大川を担ぐ画像は消し去った。

 一紀はそういった筋のプロフェッショナルなのである。

 プログラミングからネットの活用・悪用はお手の物だ。そして経営している会社もネット関連の企業を複数。

 名目上一紀の名前ではなく、様々なダミーを立てているが、実質的には裏で操っている。


 対外的には祖父の遺産と不動産経営を標榜しているが、それは表の顔に過ぎない。

 そして、安西たちは裏の活動のために雇われている専門家でもあった。

 ネットを使った情報戦争は世界中を舞台に争われている。

 ある意味、最前線で命は掛けない戦争をしている軍隊であると言ってもよい。


 もちろん、権力の行使に対するカウンターパートを安西たちが担っているわけだ。

 ただ、安西が執事のような真似をしているのは一紀のとの契約ではなく、おそらく安西の趣味であろう。


「狙い通り、何とかなりましたな。お見事でした。」

 戻ってきた安西が発した最初の言葉がそれだった。

「別に魔法が上手くいかなくとも、使える手などいくらでもある。」

 要するに、スキャンダルを既に握っているということである。

 大川の親の犯罪も既に手に証拠を入れているということ。

 ただ、安西にはこうした自信はやや危ういように見たてているようではある。

 それでも、自信過剰気味なところが気に入っているとは伝えられたことが無かった。


「そうですな。やりようはいくらでもありますな。」

「当たり前だ。」

 この会話は、紗江子には聞かせていない

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