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魔道の果て  作者: 桂慈朗
第2章 美しき復讐者
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(10)遊覧トラブル

 一紀の使用人には、飛び抜けた容姿に靡くような者はいないため少々甘く考えていたが、街中ではそれが浅はかな判断だということにすぐ気付かされた。

 今日は週末の土曜日。

 本来なら仕事に向かうべきところだが、部下に任せて王女の設定だ。

 どうやら大通りでは、何やら地方活性化イベントが行われている。

 さらに、好天に恵まれたこともあってか、子供連れを含めて人通りがいつもの数倍もあろう。

 人ごみは好きではないが、王女がこの世界の雰囲気を味わうには丁度良いかもしれない。


 王女の疑問に念話で答えるため一紀は王女と手をつないでいるが、街ですれ違う男性陣から憎々しげな視線を投げかけられる。

 別にその視線が怖い訳ではないが、変に目立つのは御免こうむりたい。

 別に王女を芸能界デビューさせようという話ではないのだ。

 確かに、現代日本社会の美の基準では、性格は別としてこの王女は相当に美しい部類に入る。

 少なくとも一紀はそう評価している。

 ただ、一紀がそれに頓着しないことに加え、使用人たちも特に反応をしなかったことが一紀の判断を鈍らせてしまったようだ。

 確かに、彼女の佇まいと振る舞いは優雅である。

 それが安物の白いワンピースに化粧気のない状況であってさえだ。

 あたかも王侯貴族の服装のように見えてしまうのだから、魔法の常時発動を疑いたくもなる。

 これが生まれによる違いというものであろうか。


 付け加えれば、その横には不安そうなレオパルドに無理矢理腕組みをしている紗江子さんがいた。

 これはいつも通りの行動と言えなくもないが、相変わらずのテンションの高さである。

「こんな可愛い子と腕組みして歩けるなんて役得だねぇ。」

 どう見ても嫌がる相手を拘束しているようにしか見えないのだが、それに触れると後が面倒なので黙しておく。

 一紀の家から車で都心まで出たが、まず最初から予想通り自動車には驚いたようだ。

 いや、自動車だけではなく、道路にも橋にも見るものほぼ全てに指をさして何やら叫んだりもしている。

 驚きすぎると思念が乱れるのか、念話で伝わってくるイメージが乱れたりもする。

 そして、驚きの後には疑問が山のように繰り出されてくるのである。

 一紀は、こうした疑問に対してなるべくわかりやすく解説を加えていった。


(向こうの世界は、よくあるファンタジー小説のように中世欧州のイメージで考えていいのだろうか?)


 一紀からすれば、王女の持つ知識がかなり中途半端なこともあり、自身の情報整理が遅々として進まないのが腹立たしい。

 王女と言うことだけあった、知識があっても経験が不足しているのであろう。

 王女の話が向こうの世界を上手く説明できないのだ。

 それでも類推可能な材料は、少しずつ思考の中に積み重ねていく。


 なお、ぶらりと行動する4人から少し距離を置いて、安西と水橋が周囲に目を光らせている。

 警護と言う意味もあるが、それ以上に王女と王子の行動や反応を確認させ、文化の違いや隠れた行動に目を光らせてるように指示してある。


 大通りをウインドウショッピングしながら歩いていると、解放感から我慢できなくなったのか、王女は俺の手を振り切りレオパルドに近づき会話を始めた。

 言葉が通じる相手がいないと、驚きも楽しくないのであろう。

 いくら俺から説明を受けているとは言え、イメージがどれだけ伝わり理解できているのかには疑問もある。


 衝動的に見えるその天真爛漫な行動は、まさに王族の振る舞いに相応しいのかもしれない。

 ただ、俺からすれば余計な面倒を増やされたという感想しかない。

 すぐさま俺は王女の手を掴まえ、弟から引き話すように自分のそばに寄せた。


『どんな危険があるかわかりません。行動には十分お気を付け下さい。』

 まるで恋人から引き裂かれたような恨めしい視線を王女から投げかけられたが、俺の態度を見て諦めたように了承の意思が送られてきた。

 別に遊びに来ているわけでは無いのだ。

 この世界を知って驚嘆することで魔法の矮小さを感じさせる狙いではあるが、それ以上にこの機会を通じて信頼関係を醸成するのもポイントである。


 確かに一紀は今回出かける前に、その方針を安西たち使用人に自らの口で告げた。

 そのはずではあるが、現実には難しい顔をして絶世の美少女と手をつない歩いている、いやそういう風にしか見えない。

 周りから見れば不釣り合いで怪しげな関係にしか見えないであろう。


 権威に萎縮したか、あるいは酷く怯えているように見える少女の姿は、騎士道精神を持つ人の眼には許されないものと映るかもしれない。

 そして、現実にその姿を許されないものと睨みつけている集団がいた。


「ありゃ、大方借金の方にでも取られたんじゃないかな。」


 遠巻きに一紀たちご一行(と言っても目立っているのは4人組)を追いかける5人の学生による集団があった。

 おそらくはイベントにでも繰り出したのであろうが、運良くと言うか運悪く出くわしてしまったようだ。


「まあ、あいつならなるほどと思うけどね。」

 グループで唯一の女性である藤田梨々子は、少し離れた場所から一紀を指さしながら笑いながら口を開く。


「しっかし、あいつの連れている女コスプレか何かか?」

「どう見ても無理矢理連れて行かれているみたいだな。一体どこへ行くつもりだ?」

「でも、滅茶苦茶美人じゃないか?」

「化粧で化けてるんでしょ。黄色い髪にして目立つ気満々じゃないの。」

と、梨々子が吐き捨てるように言った。


「いや、あれ絶対日本人じゃないぞ。」

「緑色のは妹かな?それにもう一人も女だな。」

「ハーレムってか。」

「お前ら、うっせーっぞ! だが、やっぱ気にくわねぇ!」

 黙って見ていた里山浩司が口を開いた。

「北條の野郎、いい気になりやがって!」

「ならどうだ。ここは学校じゃねぇ。丁度いいから、どっかでヤキでも入れてやらねえか。お前らどうだ?」と、取り巻きの倉田が追随する。

「いいねぇ。ちょっと、最近ブルーだったしな。」

「それは振られたからだろうが。」

「あ、いやなこと言いやがる。」

「俺も良いぜ。ずっと、北條の野郎の態度は前から許せなかったからな。」


「ちょっと、でもやめといたほうがいいよ。人通り多いし。」

 梨々子の制止も聞き入れられる感じが無い。

「別にここでやる訳じゃない。」

「路地に連れ込めばなんとでもなる。」

「おいおい、連れ込んでどうするんだ。」

 野卑な声がかかる。

「俺は、北條にさえヤキ入れたらそれでいい。」と里山。

「じゃ、俺はお嬢様と遊ばせてもらおうかな。」

「あ、俺も混ぜろ。丁度3対3でいいじゃないか。」


 里山を除く3人が女性の品定めをし始めたようである。

 かなりがっちりした体格の4人がかかれば、貧弱な一紀など相手にもならないということであろう。

 梨々子と言う女子学生も、こうなってはお手上げと言った感じで、会話に対してそれ以上突っ込む気配もない。

「やるんだったら、あんたら勝手にやってよ。私トラブルに巻き込まれるの嫌だから帰る。」


「ああ、帰った方がいい。」

 里山以外、梨々子の嫌味を込めた言葉に答える男子生徒は一人もいなかったが、逆にそれは同意のための儀式だったかもしれない。

「捕まるっても知らないわよ。」

 捨て台詞のようになってしまったが、グループの一人である大川の父親が地方議員である。

 いざとなれば何とかなるのだろう。

 いや、すでにそう言うことを繰り返してきたのかもしれない。

 北條は金持ちとは言っても一介の地主なのだから。


  ◆


 今機嫌が悪いのは疲れて来たかららしい。

 王女が要求する馬車などありえないし、人力車でも用意すればよかったか。

 屋台で買い食いし、カフェでジュースを飲む。単純に今日の体験は珍しく楽しかったらしいのだが、如何せん体力が一紀よりも数段劣っている。

 これもまた王族のなせる技なのであろう。


 あとは、アート観賞のための美術館と蔵書を見せるけるための図書館を予定していたのだが、この調子では今日は無理そうだ。


(気分転換どころか、拷問のようになってしまったな。ただ、王女はともかく王子まで疲労困憊とはどういうことだ。)


 考えられる可能性としては3つある。

 一つは元々王族は体力がないというパターン、次に転移と慣れない観光で疲れたケース、そして最後はこの世界のエーテルと呼ばれるものが薄いことによる弊害である。

 今最も怪しいと睨んでいるのは、3つのうち最後のエーテル不足による弊害だ。

 一紀にはエーテルを感じとることができないのであくまで想像にすぎないが、魔法を日常的に使っている人間が突然魔法の基礎要素の希薄な場所に来たとすれば、あたかも高山病のように体調不良を感じても不思議ではない。


 それは目立った魔法を使っていない王子においても同様ではないかと睨んでいる。

 精神的な疲労が皆無とは言わないが、現状の疲労度合いはそれを遙かに越えているように見えるのだ。


 引きずられるが如くよろめく王女の足取り見ていると、切り上げ時を考えないわけにはいかない。

 王子の方もかなり弱っているようには見えるが、紗江子さんの支え方が完璧なのか、一紀が今は肩を組むように支えている王女よりも多少なりとも元気そうである。


(仕方ないか。)


 そう考え、雑踏から抜け出した今だからと安西に合図を出そうとした瞬間であった。

 突如、王女の体が一紀から引き離された。

 いや、奪い取られたと言うべきであろう。

 何事かと引っ張られた方向に目を向けた瞬間、10人以上の野卑な笑いを浮かべた集団が目の中に飛び込んできた。

 見たこともない奴らではあるが、よからぬ事を考えているのはすぐにわかる。


「か弱い女性を無理矢理引きずり回すのは良くないねぇ。しっかり、休ませてあげないとなぁ。」

 サングラスを掛け、痩せたチンピラ風の男が一人前に出ながら一紀に向かって話しかけてくる。

「馬鹿な奴らだ。数がいれば何とかなると思っているとはな。」

 見下したように答える。

 王女は集団の中に囚われているが、疲労困憊で状況を理解できている感じはない。


「兄ちゃんよぅ。お前こそ自分のこと勘違いしてないか。」

 そう言い、仲間に手で合図のようなものを送ったようだ。数人が紗江子さんの方に近づこうと動き出す。


 大通りでこんな馬鹿げたことをしでかす奴らがこの時代にいると思うと、一紀はあまりに可笑しくて大きな声を上げてしまった。

「あはははは、できるならやってみろ。」

 安西の方に目配せ。

 そして、予想通り紗江子さんは近づいてきた男共を軽くあしう。

 王子は状況も掴めず一人ぽつんと立ちんぼ。

 安西と水橋は無言で集団に近づき、うかつな奴らから易々と王女を奪還。

 俺の元に王女を届けると、慌てて取り戻そうと仕掛けてきた集団と混戦になる。


 2対8くらいだろうか。

 素人相手ならなんとかなるだろうと、この突然のイベントを楽しもうという気持ちが芽生えた。

 ハプニング、いいじゃないか。

 少しくらい楽しみな無ければ、今日一日か弱い女性を引きずり回したという罪悪感のみが残ってしまう。

 発散と言う甘美なショータイム。

 ただ、一紀よりも紗江子さんの方が好戦的なのが問題ではあるが。

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