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魔道の果て  作者: 桂慈朗
第2章 美しき復讐者
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(8)王女の儚き願い

 ユリアナ王女はすこぶる憤慨していた。

 このカズキという若造は全くもって癪に障る奴だ。

 慇懃無礼が体中から匂ってきそうな態度は猛烈に腹に立つが、生憎こいつが最低限の衣食住を提供されているからおいそれと強く文句も言えん。

 元来、王国の言葉が通じないという時点でこの国の程度の低さと野蛮さがわかろうというものではある。

 ただ、『技術』という魔法もどきにはそれなりに役立ちそうな点が存在する。


 この力を上手く利用できれば、ひょっとすると魔法と共に使うことで強大な力が得られるやもしれん。

 憎き魔導師を打倒したあとは、この『技術』とやらを利用して故郷である国に戻り、カルレイオスたちと共に必ず復興を果たすのみ。

 カズキはアレクサンダラスの力が無ければ決して戻れんと言っておるが、来れたものが帰れぬ道理はあるまい。

 おそらく不安を煽り、妾に対する立場を高めるために偽っているに相違ない。

 おおかた、妾のことを知識も力もない娘と侮っているのだろう。

 しかし、裏で操るのは妾の方じゃ。とくと、無様に踊るが良い。


 こうした考えを巡らせながらも、先ほどの裸身を曝してしまったことが心の中で強くうずく。

 凛々しかったカルレイオスの顔を思い出し、一瞬身の内に赤みがさすが、それ以上に彼にも見せたことのない姿をこの嫌な奴に見られた事実が、王女の恥の意識を誘発するのだ。

 兎にも角にもまだこの野蛮な国の情報が不足しており、当面はカズキという無礼者以外に有力者を手なずけることは難しい。

 だから、今はこいつの財力でも何でも利用して、より良き助力者を新たに探すとしよう。

 今信じられるのはレオパルドだけではあるが、あの子はまだまだ幼く様々な策を用いるにも圧倒的に経験が足りない。

 今は、魔法に関する情報はできるだけ出さない方が有益だ。

 こいつらは魔法の存在を知っているようだが、その使い道は全くわかっていないらしい。

 せいぜい、情報の価値を釣り上げて餌に利用させてもらうとするか。


『大魔導師については、妾もその魔法を直接見たことは無いので、伝聞でしか知らぬ。』

『それでも構いません。殿下がご存知の範囲でよいので、お教えいただけますでしょうか。』

『ふむ。大魔導師とは一般的に6つ以上の魔法を使える者の尊称であるが、かの憎きアレクサンダラスは過去最強と言われておったと聞く。』

『6つ以上と言うことは、魔法には多くの種類があるのですね。』

『使えぬとは言えど、お前たちも魔法の多少は知っていよう。』

『私どものイメージする魔法が、殿下のお知りになっているそれと同じかどうかがわかりません。できれば具体的な内容をお教え願いないでしょうか。』

『確かにそれもあるだろう。ただ、正直言えば口で説明するのは難しい。その上で、魔法は非常に多彩だが強力な魔法を使える者は一握りでしかないぞ。』

『殿下も立派な魔法を用いられていらっしゃいましたようですが。』

『貴族はいくつかの魔法を用いるのが常識じゃ。』

『そうでしたか。で、大魔導師の魔法ではどのようなことがなされたと聞き及ばれていらっしゃいますか。』

『嵐を呼び夏に雹を降らせたとか、あるいは死者をよみがえらせたとも風聞としては聞いておる。ただ、実際に目にしたことはない。そもそもあ奴は永らく隠遁しておったため詳細を知るものが少ない。世界には弟子たちが宮廷魔導師として働いていたが、大魔導師について口を開くものは少なかった。』


 そう言いながら、この世界の者たちには貴族固有の従属の縛りがほとんど効かなかったことを思い出した。

 貴族としての王女の力が通じないという事実だけでも、カズキの不遜さに腸が煮えくり返りそうになるというのに、先ほどの報告でも重罪人たるアレクサンダラスを本当に探しているとはとても思えない態度。

 この屈辱的な状況下でも、品位を保っている自分に多少は酔いながらも、憎きアレクサンダラスを討伐した先にはこの若造もきっと同じ目にあわせてやるぞと誓うのであった。


  ◆


(どうやら姫さんは、魔法に関する情報を絞り始めやがったようだな。俺たちが一体誰のために動いていると思っているんだ!)


 第三者が傍から見ればお互いさまと言う面もあろうが、こうした複雑な状況下では情報を持ち合い共闘した方が上手くいく。

 自明のことではないか。

 そもそも王女は現状一紀に庇護されている。

 その事実だけでも感謝されてもいいはずである。

 ところが、この御嬢さんは小賢しくも自分の出すべき情報のみ絞り始めた。

 出し惜しみと言えなくもないが、それを惜しむべき理由が今一つわからない。


 一紀の方はと言えば、『技術』に関する問いにはできる限り丁寧に答えているつもりだから、状況は明らかに公平ではない。

 そこで、脅しの意味も含めて安西に事前に説明しておいた準備を進めるように合図を送った。


『それだけの大魔法を用いる相手でしたら、軍を動かさなければ討伐することは叶わないでしょう。そこで、この世界の技術を理解していただくため、これからいくつか動画をご覧いただこうと思います。』

『動画?』

 おそらくは、そう言う概念が無いのであろう。

 ユリアナ姫は、きょとんとした態度で聞き返してきた。

『ご説明するよりは、ご覧いただいた方が早いと思います。』


 これまでは、この世界についてどこまで情報を与えて良いか判断がつかなかったため、テレビやパソコンの類は一切見せてこなかった。

 一面において、あまり大きなショックを受けられても困るというのもあったが、同時に上手く情報操作して魔法について話させようと考えていた面もある。

 その配慮はどうやら空回りしていたようである。


 あと、向こう側の生活文化が今一つ判明しなかったこともあった。

 わずか数日と言えど、結構なトラブルの頻発だ。

 文化の違いや生活習慣の差異をきちんと掴むことも、必須であろう

 出来るだけ詳細に違いを把握しておきたい。

 確認のために、まず書物はいくつか与えてみた。

 もちろん彼らに日本の文字が読める訳でもないが、絵や写真にどのように興味を示すかを様子見する。

 異世界があると確定したわけではないが、それがあるとして写真などが存在するかを知っておいた方が良いだろう。

 その結果、まず写真に驚くことはなかった。

 雑誌の記事にはいくつか興味を示したものはあったが、どちらかと言えば料理に関するものである。

 一方で、美容や服飾はあまりお気に召さなかったらしい。


 また音楽に関しては、強く興味を示したのがクラシックであった。

 ただ、これも一番の興味のポイントは奏者がいないにも関わらず音が出てくること。

 それが『技術』によるものだと教えたあとは、それ以上深く追及することはなかった。

 興味のなさに、一紀は少々意外感を感じた。

 文化・文明的な違いは、それほど大きくないのかもしれない。

 もしくは、彼女からすれば『技術』は『魔法』と同じで原理は理解できないものだと諦めているという可能性もあるが。


 安西に指示されたスタッフが大型モニタを準備した。

 俺は手元に自分のタブレットを持ってきて、モニタに対して手際よく操作する。

 画面に映し出すのは軍事演習の映像。

 せいぜい肝を冷やせばいい。

 一紀が予想する限りにおいて、おそらく魔法の破壊力を大きく上回っているだろうから。


 果たして、一紀が想像していた通り二人はまさに"あんぐり"といった感じに口を開け、大画面で展開されている動画を見ている。

 魔法の無力さを知り、魔法などは大した力もないものだと感じるがよい。

 そうすれば、遠慮なく魔法について話してくれるであろうから。


 王女が俺のそばに近寄り、恐る恐る手を伸ばしてきた。

 この件についての話をしたいという意思表示であろう。

 言わんとすることは既に分かっている。

 『技術』の恐ろしさが魔法をはるかに上回っているため、この力をどうやれば使えるのかと言うことを聞いてくるに違いない。


『この国は、現在どこかの国と争っているのか?』

『いえ、これは演習です。どれだけ力があるのかを誇示しているにすぎません。』

『すなわち、破壊の力を誇示しておるんじゃな。確かに凄まじい。魔導師の力すらも上回るものじゃ。これらは全て『技術』というものの結果なのじゃな。』

『仰る通りです。おそらく魔法よりも遙かに強い力ではないかと思います。』

『このような大きな火を噴いたり炸裂するのは火山でもないと見たことはない。故に、魔法と違うのはまさにカズキの言うとおりだろう。さらに遠くの敵を撃ち破るのも凄い。だが、これでは戦が立ちいかなくなってしまうのではないか。それに、おそらく戦に金がかかりすぎるのも気にかかる。』

『はい?』

『そもそも戦力たる兵士を多く殺してしまうではないか。領土と兵士は国家の宝であるぞ。』


(どうも何かおかしい。異世界との感覚や認識の違いがあることは予想していたが、王女の表情にあるのは驚愕と言うよりはむしろ嫌悪感に見える。)


 王女の考えが読み切れないこともあり、手を放して一紀は少々考え込まなければならなかった。

 魔導師と言う強大な魔法使いがいることから推測して、魔法は戦争の道具としても活用されていると考えての行動であった。

 ひょっとすると、その仮定が間違っていたということかもしれない。


「安西、お前はどう思う?」

「どうと言われましても、どのようなやり取りがなされたのでしょうか。王女様のご様子からすると、映した動画はあまりよい効果を上げなかったのだろうとは予測できますが、それ以上のことは判断しかねます。」

「そうか、そうだな。だが構わん。何でも言え。」

「しばしお時間を頂戴できますか。」

「わかった。」


 いつもの無茶ぶりをまた、とでも言うかのように首を軽くすくめ、その飄々とした表情を保ったまま安西も少し考え込んだ。

 ちょっとしたやり取りを終え、二人揃って考え込んでしまった一紀のことを、ユリアナ王女は若干不安そうな目で追いかけている。

 お互いの意思の疎通が難しいということは、想像以上に不安を募らせるものなのであろう。

 それを補えるのは自分自身に対する強い信頼以外にはありえないのだ。


「そうですね。」

 ものの1分も経たず安西が口を開く。

「一つに、異世界では戦いがタブーであるという可能性。」

「ふむ。」

「もう一つは、宗教的な理由か何かで大量破壊が認められないという事でしょうか。」

「相変わらず普通の答えしか言わんな。ふん。」


 ぞんざいな扱いだとは思うが、思考時間が惜しかった一紀は王女を手招きするように呼び寄せようと手を振った。

 しかし、緊張のせいかあるいは慣習の違いか王女が近づく様子を見せず、小さな舌打ちと共に一紀の方から王女に近づいていく。

 右手を持ち上げると、ユリアナ王女も理解したのか左手を上げて差し出してきた。


『少し確認させていただても構いませんでしょうか。』

『構わん。聞くがよい。』

『まず、転移前の世界とこちらの世界では、慣習や常識にかなりの相違が見られるようです。』

『そうやもしれんな。貴族も奴隷もおらずに、どうやって国が回っておるのか想像もつかん。』

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