(7)情報分析
実際、二人の自称「異世界から訪問者」を手元においてみたまでは良かったが、その対応が予想以上に手がかかる。
初日こそ驚きのために大して文句も言わず、一紀の提供するサービスに従っていた二人であった。
しかし、早速次の日より王族の我が儘と言うもの一紀たちが振り回されている。
一番振り回されているのは使用人たちではあるが、対処を一紀に尋ねに来るためその差配に時間を割かれているのだ。
やむを得ず、学校は既に三日続けて休んでいた。
祖父の遺言で通っている学校ではあるが、元々最低限卒業さえできれば構わないと思っていたため、多少の休みは気にもならない。
試験での性先は完璧だし、仕事の関係で緻密に欠席日数を計算した上で出席していると言うのが実情である。
すなわち、学校を休むことは特別の事ではない。
これまでも、緊急時には遠慮など全く感じずに連絡もなしに欠席している。
学校からの欠席に関する問い合わせ程度は今もあるはずだが、使用人たちが適当な話でっちあげて返答している筈である。
今では教師の方も慣れてしまい、問い詰められることもない。
そもそも、登校を促す行為など一紀からすれば余計なお世話でしかないのだから。
「そんな香水はここにはない!」
そう一紀が叫んだとしても、日本語は王女たちに通じはしない。
もっとも、何を言おうとしているかはわかっていると思うのだが。
王女はと言えば、肌の接触による念話を一紀にしか用いない。
一紀をこの家のトップと認識しているからであろう。
当家の使用人たちなど人ではないと言わんばかりの態度である。
二人の着替えに関しても安西に命じて買いに行かせたが、王女も王子もお気に召さないらしい。
何がだめなのか、念話で聞いても今一つ要領を得ない。
ご不満の結果を一紀から聞いて、安西が示した態度はいつものように首をすっとすくめるだけ。
(こっちの世界にあんたらに合う服など存在しないぞ。)
オーダーメイドで作るとしても、衣装にある柄などの意味が分からないため、全く同じものを複製でもしなければ無駄になる可能性が高い。
しかし、今二人はこの世界に来たときの服をそのまま着ている。
衣装の写真は撮っているが、それだけで同じものを複製するのは難しいだろう。
そもそも、風呂上がりのバスローブすら羽織ろうとしないのだからお手上げである。
その上で、初日からそうだったが、自分で体を洗ったり水分を拭き取ることすらしない。
ただ、ぼーっと待ち続けて勝手に怒る。
王族とはこのようなものだと良く理解できた。
既に何度か繰り返してこの国には貴族制度はないと伝えているのも、頷きはすれど全く理解する気が無いようだ。
さすがに一紀に裸を見せることはないが、部屋では裸で動き回っていると安西がそれとなく伝えてきた。
よく小説などに見られる優しく貞淑な王女様のイメージは、全くの虚構だなと納得がいく。
生まれてからずっとそれが普通であったならば、常識というものはそうそう覆るものではないのだろう。
こうした行為からしても、この世界にも残るいくつかの王家の姿とも全く概念が異なると考えても良いだろう。
とは言え、いつまでもこんな騒ぎを続ける訳にもいかない。
自身の立場というものをきちんと自覚してもらわなければならない。
(魔法について調べるためとはいえ、とんだ面倒を引き取ってしまったようだ。)
ただでさえ、分らないことだらけの現状である。
何が正しく、何が不確定要素なのかをこれから一つずつ潰していかなければならないのだ。
こんな茶番に付き合っている暇はない。
一紀は昼食後に王女の部屋に向かい、ノックすると返事も待たず入ることにした。
下着姿でベッドの上に敷いた服に向かって何やら呪文のようなものを唱えている王女と目があう。
一瞬固まったのち、ギャッともグワッとも聞こえるような悲鳴を上げて、ベッドにあった枕を投げつけやがった。
(ちゃんと俺はノックをしたよな。まあ、返事を聞きたくとも言葉がまるっきりわからないのだが。)
もちろん枕などでダメージを喰らうはずもない。
しゃがみ込んだ王女の傍らに進むと肩に手を乗せる。
『ちょっと話があります。』
そういう思念を送った。
だが、却って来るのは言葉としてイメージできないような敵意。
状況からすればやむを得ないが、こんな下らぬことで時間を浪費したくもない。
『服を着たら、応接室まで来てください。できればレオパルド殿下とご一緒に。』
返事が返ってきそうにもなかったので、告げることだけ告げて一紀は早々に部屋を出た。
その後ろ姿を真っ赤な顔をしながら睨みつけている王女に気が付いていたが、これ以上騒がれるのも面倒と捨て置いてい応接室に戻った。
(うちの使用人の前で散々裸で歩き回っているくせに、なぜ下着程度を見られただけでそこまで怒る?)
疑問とも感想とも言えぬ考えを抱きながらも、王女側が人を人とも見なさないのであれば、今後はこちらも同じように接してやろうと考えていた。
確かに少々扇情的な姿ではあったが、別に何とかしようと考えたわけでは無い。
さて、こんな日常のトラブルに追い回されていたとはいえ、仕事の合間に情報についてはいろいろと調べていた。
まず、公式の情報で中東から貴賓者が失踪したとか、トラブルに巻き込まれたというものは一切なかった。
さらに黄色や緑の髪の毛の色も、染めているのではなく地毛とわかり、さすがに一紀の頭の中でも異世界からの来訪とは認め始めていた。
少なくとも鮮やかな緑の地毛を持つ民族は地球上にはいない。
王女の黄色の髪の毛も、金色の脱色と言うには鮮やかに過ぎる。肌の色は大して違わないだけに、この世界との差異に思いを馳せてしまう。
もちろん確定とするわけにはいかない。
遺伝子操作と言う線を捨てきれないが、一紀が見た両親が殺されたイメージは嘘とは思えなかった。
確か、王女は妖精界と鬼界に加えて神界があると言っていたが、それも信仰上の存在なのか、現実にあるものなのかはまだ不明である。
確認しなければならないことはまだ山程存在しているのだ。
一時間近く待たされ、王女と王子は怒りの表情を保ったまま応接室にやってきた。
一体どんな相談をしてきたのであろうか。
王子の蛮勇は見ている分には楽しめなくもないが、武道修練中の一紀であっても怖くはないほどのもの。
威圧や威厳には程遠いレベル。
まだまだ子供だということであろう。
見るからに嫌々ながらという姿勢で、王女は俺に向かって手を差し出した。
先ほどの事が理由なのは明らかだが、現状唯一の意思疎通手段なのだから、それくらいは飲みこんでもらわなければ困る。
とりあえず、王女の地位を尊重してここは一度詫びておく方がスムーズに進行するであろう。
『先ほどはとんだ失礼をしてしまい、申し訳ございませんでした。』
『まさに信じられないような暴挙です!』
『重ねて深くお詫び申し上げます。きちんとしたお話をさせていただきたく、つい焦ってしまいました。』
『よくそれだけ、心にもない言葉を良く並べられるな。しかし、お前の世話になっているのは事実。先ほどの件は許す。』
『ありがたきお言葉。』
『で、この度は何用じゃ?』
『はい。殿下がこちらに来られて数日が経過しましたので、わかってきた状況を再度確認し合いたいと思い、お時間を頂戴したいと思っております。』
『妾たちも、詳しい状況は欲しておる。わかっていることを述べよ。』
『では、申し上げます。多少、受け入れがたいこともあろうかと思いますが、平にご容赦願います。』
『よい。遠慮せずに申せ。』
『前よりお話しておりますが、この国には貴族と言う概念がございません。ですから、殿下と弟君もこの国では貴族として扱うことは難しくございます。』
『くどい。それは既に承知しておる。』
『では、今後は入浴も着替えもお一人でされますよう、お願い申し上げます。また、香水や衣服も用意できる範囲でご準備居たしますが、こちらの世界にないものをご用意することは叶いません。』
『わかっておるが、ここには奴隷たる下男下女がおるではないか。あるものを使ってなぜ悪い。』
『彼らは奴隷でも下男下女でもございません。私の部下でございます。人を人とも扱わないような振る舞いはお控えください。』
『なんと。大商人も貴族と同じように使っておると聞いておったぞ。』
『その常識はあちらのもの。こちらにはこちらの常識がございます。』
『認めがたいが、、やむを得ん。ただ、あの野卑な衣装だけは我慢ならん。』
『今後の活動を考えて動きやすい服装をご用意したのですが、お気に召しませんでしたでしょうか。』
『全くもって気に入らん。バッテンベルク家のものが身に纏うなどと考えるだけでも嘆かわしい。』
『確かにあちらの世界ではそうであったかもしれませんが、こちらでごく普通の衣装でございます。現在の衣装ではこの世界では目立ちすぎて、大魔導師を追う上では支障になりますでしょう。』
若干考え込んだようだ。
『そうか。。なるほど。確かにカズキの言い分には一理ある。屈辱に耐えて、着てやらんこともない。』
『ありがとうございます。』
『で、それ以外の情報はないのか。』
『魔導師の行方については、現在様々な情報を集めて追っているところですが、まだ有力な情報をありません。』
『密偵などを放っておるのか?』
『いえ、当家にはそのようなものはおりません。ただ、『技術』を利用した情報取集は可能なのです。関連しそうな情報つぶさに調べて行こうと考えております。』
『わかった。引き続き頼む。では、その『技術』とやらで魔法と変わらぬことが可能じゃと睨んでおるが、魔導師を打ち破れそうな『技術』は存在するのか?』
『魔法の力に関してまだ理解が及ばないことが多いのですが、おそらく可能かと思います。ただ、私は大魔導師の使う魔法をよく知りません。そのことについてお知恵とご協力をいただければと思っております。』
『わかった。本来ならば宮廷魔導師に任せるところではあるが、ここに至ればやむを得まい。』
『それでは、毎日午後にご協力願えると助かります。』
『わかった。ところで、妾もそろそろ外に出たいのじゃが、それを取り計らってはもらえぬか。』
『承知居たしました。ただ、言葉の通じぬ異郷の地ゆえ、必ず私とそこに控えている安西がご同行させていただきます。また、何があるやもしれぬため、行動には十分お気を付け下さい。』
『ふむ。この世界にもやはり魔獣はおるのか?』
『魔獣?それはどのようなものでしょうか?』
『魔法を使う猛獣じゃ。』
『この世界には魔法はございません。そして、魔法を使う動物も存在しておりません。』
『そうか。では畏れるは、他国の密偵や暗殺者じゃな。』
『はい、それ故御身がここにいらっしゃることを知られないよう、できる限り内密の行動でお願い申し上げます。』
『わかった。配慮しよう。』
『では、繰り返しになるかもしれないのですが、アレクサンダラスについて今一度情報の整理をさせていただければと思います。』
『相わかった。』
『大魔導師と言うことですが、その者の魔法はどの程度凄いものなのでしょう。』