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魔道の果て  作者: 桂慈朗
第2章 美しき復讐者
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(4)意思疎通

 一紀が応接室に入る前に応接室の中から息をのむような声が聞こえ、次の瞬間には大きな物音が聞こえてきた。

 状況の推測は概ね可能である。

 大方、短剣を構えた女性をか少年を紗江子さんが抑え込んだ音であろう。


(短剣をしっかりしまっておけばよかった。)


 予想通り部屋に入ってみれば、ソファーの向こう側で紗江子さんが若い女性を押さえつけている。

 女性の右手には短剣が握られていたが、それもあっという間に手放させていた。

 その状況を安西はやれやれとでも言うように、両方の掌を上に向けながら首をすくめて苦笑いしている。


 紗江子さんに抑え込まれている女性は、聞いたこともない様な言葉で何かを叫んでいるが、それは案の定日本語でもなく、また欧米の言葉ではないようだ。

「安西、どこの言葉かわかるか?」

「これはさすがに私でも無理ですね。」

 と再び首をすくめた。

「水田先生にでも聞けば分かるかもしれませんが。」

「そうだな。できれば録音しておいてくれ。」

「承知しました。」

 安西が天井の方向を見ながら指をぱちんと鳴らす。


 紗江子さんはと言えば、女性をさえこんだまま不思議そうな感じで落ちらの方をぼんやり見つめていた。

「あまり痛めつけないでくださいね。」

「痛くはしていないつもりなんだけど、この()さっきから『あいつはどこだ?』って叫んでいるよ。 でもどうして私、この娘が言葉がわかるんだろう?」

「その言葉知ってるの?」

「聞いたこともない。」

「じゃあ、どうして意味がわかったと思えるの?」

「どうしてだろ?」


 もう一人の少年の方はまだ意識が戻っていないようだが、こちらも先ほどから騒ぎに体が少し反応しているようだ。

 こちらも間もなく目を覚ますだろう。

「紗江子さんの勘?」

「勘というか、、じゃなくて紗江子先生と呼びなさい。」

「勝手に入っておいて良く言うよ。」

 一紀の皮肉は聞こえないふりをしてか、目を閉じる様にしながら紗江子が続けた。

「でも、なぜかわかる。」

 袈裟固め状態に抑え込まれている女性も、抜け出そうと動き回るがさすがに大声を出して騒ぐのは諦めたようだ。

「あれ?今度は、『ここはどこだ?』って言っているよ。というか、そう頭の中に響いている感じ。」


 白い道着姿の少女が、これまた中世のアラブ風の姿に身を包んだ若い女性を抑え込んでいる。

 こういったシチュエーションというか姿は、一部のマニアには受けるものかもしれないとふと思う。

 どうやらこの少女はそれほど体力がある訳でもなさそうだ。

 ただ、紗江子さん基準で考えると世間の常識からはかなり外れてしまう。


 暴れているとは言えども、紗江子さんは全く苦労なく余裕の状態。

 ベールに覆われていないその姿を良く見ると、非常に華奢な腕に足である。

 少女はよくわからない言葉を凛とした雰囲気で話している。

「今度は『お前たちは何者か』、って言ってるみたいだけどどうしたらいい?」


 紗江子さんの間の抜けた問いかけを聞いて、思わず吹き出しそうになった。

 吹き出しそうな気持ちを抑え、紗江子さんに向かって言う。

「ひょっとしたら通じるかもしれないから、『おとなしくすれば危害は加えないと』と心で念じてみて。」

「念じる?どうやって、というかそれっていったい何?」

「あくまで推論に過ぎないけど、ひょっとしたら心と心で通じ合っているのかもしれない。理由はわからないけどね。」

「以心伝心ってヤツ?」

「あるいはテレパシーってものかもね。」

「何よそれ!?」


(いや怒られてもどうしようもないから。)


「まあいいわ。一回やってみる。」

 そう言うと、紗江子さんは目を閉じた。

 その瞬間、抑えつけられている女性の表情が一気に変わる。

 憎々しげであった表情が若干和らいだように見えた。

 というか明らかに軟化したようだ。

「『わかったから放せ』って言ってるみたい。というか、この娘もう喋ってないよね。」

「さっきからそうだよ。だから、念じてみてって言ったじゃない。」

「こっちは押さえつけているんだから、そんな細かいことはわからないの!」

「でも、『暴れなければ開放する』ってもう一度念じてくれる?」

「わかったわ。」

 そう言うと、紗江子さんは再び目を閉じた。

「『了解した』そうよ。」


「じゃあ、紗江子先生。ちょと放してあげてくれない。」

「別にいいけど、次は捕まえないからあんたたちでやってよ。」


(今回も頼んだ訳でもないんだけど。)


 そう考えながら、一紀の思考は少女には届いていないのだと確認できる。

 接触すれば通じるものかもしれない。


 拘束を解かれた女性は、体のあちこちを回しながらゆっくりと立ち上がった。

 足に怪我を抱えていたはずだが、今見るとそれほど深いものではない。

 少なくとも、それを理由に立ち上がれないような感じではなかった。

 少女は体の不調が無いことを確認したのか、一紀の方に向かって力強い口調で言葉を放つ。

「%&$◆□!¥。」

 やはり、全く聞いたことが無い言葉である。

 先ほどは激しく叫んでいたため聞き取れなかっただけかもしれないと考えていたが、安西の方に視線を送っても相変わらずのように首をすっとすくめた。

 少女は、何度か同じ言葉を発した後で諦めたように右手を少し差し出した。


 対応が難しいところはあるが、ここは標準的なパターンで応えるべきであろう。

 一紀は、腰を落とし差し出された右手を左手で受けとめた。

「ちょっと、それ何よ!」

 という声が聞こえてきたが、それ以上に強烈なメッセージが脳内に響く。

『お前は何者じゃ?』


 既に予想していたことではあるが、やはり現実にその状況に至ると少々戸惑ってしまう。

 これは日本語ではない。

 知らない言葉にも関わらず、頭の中では意味がしっかり理解できる。

『お初にお目にかかります。私は北條一紀と申します。』

『それは名前か? 珍妙な名じゃな。それで、お前は貴族か?』

 片足を立てた状態で手を取り合いながら無言で交わす言葉。

 全く初めての体験である。

『貴族ではござません。そしてこの国に貴族はおりません。』


 女性は表情を大きく変えた。息をのむような音がする。

『では、ここはどこなのじゃ?』

『ここは日本という国です。』

『ニホン?聞いたことが無い。それはどの大陸にある国じゃ?南か?北か?』

『日本は島国でございます。』

 そう答えながら、疑問点が数多く湧き上がってきた。

 アメリカ大陸のことを聞いているのだろうか?

 その疑問が伝わってしまったようだ。

『アメリカとはどこじゃ?国の名か?』

『アメリカはご存じないのでしょうか。』

『知らぬ。』

『では、殿下のお名前をご拝謁いただけませんでしょうか。』

『うむ。許そう。妾はユリアナ=フォン=バッテンベルク、サラゴニアの西の雄たるバッテンベルク家が当主、ジュリアン=フォン=バッテンベルクの第一王女。その様相、貴様は学徒か商人か?』

『ユリアナさま。私は、まだ勉学途中の身。ただ、並行して少々商売も営んでおります。』

『で、再度問うがここは一体どこなのじゃ。』

『浅学の身で恐縮ですが、私が知る限りこの世界にサラゴニアという大陸も国家もございません。』

『そんな訳はあるまい!』


「ちょっと、いつまでそんな格好しているのよ!」

 さすかに無言の状態に我慢しきれなくなったか、紗江子さんが俺たちの間に割り込もうとしてきた。

 その姿を見て、この自称お姫様はびくっと強張る。

 そりゃ、さっきまで押さえつけていた相手が近寄ってくれば怯えもするはず。

「紗江子さん、重要なところだからもう少し待って!」

 その声に反応するように安西が紗江子さんを制してくれたようだ。

 ただ、この捨て台詞はきっちりと残してくれた。

「紗江子先生と言っているでしょ!」


『この凶悪な女は何者じゃ?』

『怪しいものではございません。私の武の師匠でございます。』

『その方、カズキと申したな。武も嗜むのか。』

『わずかばかりの事にございます。』

『そう言えば、レオパルドは無事なのか。』

『レオパルド様というのは、一緒に倒れられていらっしゃった若い男性でしょうか。そのお方ならご無事でござます。』

 そっと視線をやると、自称姫様も視線の方向を確認しほっと息を吐いた。

『倒れていたということは、妾たちを介抱したのはその方達か?』

『はい、街中に倒れられておりましたので、私の屋敷までお運びさせていただきました。』

『そうか、大儀であった。』


『では次に、お前たちアレクサンダラスを知らぬか?』

『それはどのようなお方でしょうか。』

 そう問い返すと、老人の姿かたちが頭の中に飛び込んできた。

 それと共に、猛烈な感情が一紀の心の中に舞い込んで来る。

『思い返すも憎らしい。父と母の敵、アレクサンダラス。決して許さぬ!!』


 その瞬間、一紀の脳内に今度は王様然たる人物とその横の王妃と見える女性が炎に燃やし尽くされているイメージが飛び込んできた。

 このお姫様が見たシーンであろう。

『これは酷い。』

 人が生きながらに焼かれるシーンはさすがに厳しい。

 これを自らの眼に焼き付けたのであれば、復讐の炎に身を焦がしたとして責められるはずもあるまい。

 そして、ひょっとすればこれは魔法と呼ばれる種類のものかもしれない。

 でなければ、いきなり体の中から炎が噴出するなどという情景は想像できようもない。


『殿下。ご心痛のほどお察し申し上げます。おおよそではございますが、私目が推察いたしました現状を具申させていただきたく存じ上げますが、よろしいでしょうか。』

『うむ、苦しゅうない。お前の考えを申せ。』

『まず一つ確認したいのですが、アレクサンダラスという老人は魔法使いなのでしょうか。』

『うむ。単なる魔法使いではない。かつて大魔導師として大陸にその名を轟かせていた者だったが、今は王族殺しの極悪人で妾の撃つべき敵よ。』

『そうですか。もう一つ確認させていただきたいのですが、その魔法使い、いや魔導師はテレポーテーション、いや転移の魔法を使うことができましたか。』

『そうじゃ。転移の魔法は奴だけが自由に使いこなしておった。それ故に王は多大なる恩恵を与えておったにも関わらず!』

 姫様の感情が再び高まり始めた。

『であれば、おそらくユリアナ殿下とレオパルド様は転移魔法により別の星に移動されたのだと思います。』

『別の星?』

『はい。おそらくサラゴニアのある星とは別の星です。』

『サラゴニアが、あの夜空に輝く星にあるというのか。』

『正確ではありませんが、概ねそういう意味かと。』

『馬鹿げておる。夜空の小さな星に国が収まる訳もあるまい。愚昧なことを申すな!』


(やれやれ、そこから教えなければならないのか。)

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