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魔道の果て  作者: 桂慈朗
第2章 美しき復讐者
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(3)行き倒れの二人

 使用人たちがワゴン車で迎えに来たのは4分後であったが、一紀は「遅い!」と大きな声で叱責した。

 ただ、三名の使用人たちはこうした振る舞いには十分慣れているのか、それにより行動が滞ることなくてきぱきと倒れている二人を車に積み込み、一紀も同じ車に乗せて館へと戻る。

 車に乗らず残った一人が、命じなくとも現場の状況を確認した上で自転車を持ち帰るのであろう。


「一紀さま、警察や救急への連絡はどういたしましょうか。」

「まずは意識が戻るまでここで看病しよう。いつもの宮下医師は直ぐに呼べるか。」

 既に、応接室のソファーに二人を別々に寝かせてある。

 館に家族は一人もいない。

 執事という訳ではないが、屋敷の管理責任者である安西に問いかける。


「どうでしょう。日中ですので多少時間がかかるかと思います。」

「先ほど俺が見立てたところでは、おそらく軽い脳震盪だと思う。今は安静にしておこう。とりあえず、宮下医師には連絡を取ってくれ。あと、親父には連絡しなくても良い。」

「わかりました。」

 そう言うと、安西は数人の使用人にてきぱきと指示を出している。

「宮下医師が来るまでこの部屋には人を入れるな。」

「承知いたしました。」

「あと、緊急用の医療セットを持ってきてくれ。できれば、目を覚ました時様に飲み水の用意も頼む。」

「はい。」


 てきぱきと返事をすると、使用人たちは応接室を出ていく。

 一紀は寝かせてある二人顔をじっくり眺めた。

 二人とも信じられないほど美し顔立ちをしているが、鼻筋や目の大きさから見るに明らかに日本人ではない。

 西洋人というか、むしろ中東の王族といった雰囲気を纏っている。

 ベール以外の内側に身につけている衣装を見ても、間違いなくかなりの地位あるいは財力を持つ人間と考えてよいだろう。

 年齢は日本人でないだけに判断が付けにくいが、自分よりもやや下ではないかと当たりを付けた。

 男性というか男児と言った方が良いかもしれないが、こちらの方が女性よりも年下だろう。

 その上で言えば、二人は姉弟かあるいは親戚関係ではないかと想像する。


 さて、さすがにアラブ系では言葉は通じないだろう。

 それにしてもアラブ系にしては若干肌の色が白すぎるようにも思うが、どうなのだろうか。


 見立てをしながらも、安西が即座に用意した救急セットで女性の足の怪我を消毒した。

 見る限り、それほど深い傷というわけではなさそうだ。

 消毒時に体が一瞬痛みにぴくっと反応する。

 一応反射反応も正常なようだ。

 運搬時も手に強く握り込んで離さなかった刃渡り15cmほどの短剣を、指を一本ずつ解くように放させる。

 この剣も結構なものだなと目を細めた。


 柄の部分は金細工であろうか、非常に優美で複雑な装飾が施されており、複数の異なる宝石と思しき石が埋め込まれている。

 一紀の見立てによれば金も宝石もおそらく本物であろう。

 正式な鑑定は専門家に任せなければならないが、出るところに出れば間違いなく国宝級の逸品だろう。

 もっとも、片刃にこびりついた血がその美しさを台無しにしていると言っても良い。

 一紀は手に取った短剣をそっとテーブルの上に置いた。


「さて、これは国際問題級の物件かな。」

 思わず声が出てしまったようだ。

 殺人なのか傷害なのかはわからないが、普通は一個人で対処できるようなレベルではない問題の予感がする。

 なぜこんな場所でという疑問もあるが、それ以上にワクワク感が止まらない。

 一紀の口元に現れた笑みが抑えようとしても消えそうになかった。


 男児の方は居る限りにおいて外傷はなさそうだ。

 二人とも何かのショックで意識を失っていると考えた方が良いと見た。

 場所と人物を考えると不可思議な事態ではあるが、このあたりの誰かの家に匿われていたような可能性は想像できる。

 事件性を含めて、とりあえずは目を覚ましてからのこと。

 基本的な状況把握を済ませると、一紀は一旦応接室を出て玄関ホールで再び安西を呼んだ。


「この近辺で、中東関係の王族や大富豪の訪問があったかどうかを至急調べてくれ。」

「はい、承知しました。」

 あれだけ執事ではないと言い聞かせているにもかかわらず、執事然たる振る舞いを改めない安西に舌打ちしつつ、振り返って掛け時計を見て時間を確認した。

「不味いな。」

 もうそろそろ合気道の講師がやってくる時間である。

 さすがにこんな状態なのだから、今日の練習を休ませてもらえるであろうか。

 と、まず不可能であろう問いかけを心の中で行った。


 悩む間もなく玄関の重厚な扉が勢いよく開く。

「さあ、今日も楽しい武道タイムだよ。」

 飛び込んできたのは、一紀よりは上だがまだかなり若い道着姿の女性。

 ポニーテールに髪を結び上下は白い道着を纏っている。

 凛々しいという言葉がぴったりの雰囲気だが、清廉さという表現には若干欠ける。


「紗江子先生、毎日何がそんなに楽しいのですか。」

 溜息を吐きながら声をかけてみるが、大輪の笑顔を咲かせながら紗江子と呼ばれた女性は返答した。

「楽しいのは一紀君をいたぶれるからに決まってるじゃないの!」

「またこれだ。いたぶるのではなく、僕の修練に付き合ってもらっているんですよね。」

「修練って、結局は同じじゃない。」

もう一度深くため息を繰り返し、一紀は答えた。

「全く違います!」


「さあさあ、時間がもったいない。早速道場に行くよ。」

 一紀の返答を全く意にかけることなく紗江子は一紀の首下を捕まえると強引に引き立てようとする。

「いたたたっ、ちょっと待ってください。今日は緊急事態なんですって。修練はしばらく待ってください。」

「またそんなこと言って、サボろうとする。」

「いや、ほんとにそうなんですって。」

「じゃあ、緊急事態って何?」

 紗江子はいきなり一紀の眼前に顔を近づけて問いかける。

「紗江子さん、顔近いって!」

「紗江子さんじゃない!紗江子先生!」

 口元を膨らませながら訂正を要求される。

「ごめんなさい、紗江子先生。」


「で、緊急事態って何?」

「さっき、家の近くで倒れていた人を助けたところなんですよ。まだ目を覚ましてないから、そのための対処の時間、少し待ってください。」


 一瞬の間をおいて紗江子先生はきょろきょろと見回した。

「どこにいるのよ。その倒れている人って。」

ちょっと不機嫌そうに俺に向かって睨みつけてくる。

 嘘と思ったか、あるいは嫌なにおいを感じ取ったのであろうか剣呑たる態度である。

「今はまだ気を失っているので応接室に寝かせています。」

「確かめる。」

 短く言葉を放つと、一紀の返答も待たずに勝手知ったるが如く応接室に向かってずかずかと歩き出した。


(大股で歩き方が美しくないよ、紗江子さん。)


 心の中で思ったが、この人に勝手に振る舞われる訳にもいかないと直ぐに叫ぶ。

「安西!」

 まるでいきなり湧き出て来たかのようにスーツ姿の安西が応接室の扉の前にいた。

「那須様、ここは御通しできません。」

「いや、中を確かめるからどいて。」

「大変申し訳ございませんが、一紀さまの命によりお通しできません。」

「邪魔しないで!」

 紗江子が強引に扉に手を掛けようとしたところ、安西がそれを阻止しに動く。

 安西が紗江子の手に触れたと思った瞬間に、彼女の体が一回転した。


「ほう。やはりお見事ですね。」

 安西がにやりと笑いながら問いかけたその正面には、紗江子が睨みながら立っている。 一回転したように見えたが、特に姿勢崩すことなく着地したようだ。

「相変わらずあんたはいけ好かない。」

 そう言いながらも、応接室に入るのは諦めたようだ。


 再び一紀の方に向き直り、苛立ちを見せながら紗江子は問い詰める。

「じゃあ、せめて理由をきちんと説明して。」

 やれやれという感じで、紗江子から視線を外しながら一紀は立ち上がりつつ説明する。

 その姿を相変わらず厳しい視線で紗江子が睨みつけている。

「説明も何も、二人の男女が行き倒れになっていたから助けただけ。男女二人だから、いろいろと事情があるのは予想できたので、意識を取り戻して事情を聴いた後に連絡しようと待っていただけだよ。」

 少し柔和な表示に戻った紗江子が再び問う。

「で、その二人を私に見せられない訳は何?」

「いや、それが日本人じゃなさそうだからあまり情報が広がるのはまずいかなっと。」

「どういう意味よ!?」

「だって、紗江子姉さんは口が軽いでしょ。」

「軽くないわよ!」


 そんな紗江子に問い詰めるような雰囲気を出しながら、一紀が追い打ちをかけた。

「でも以前のソフトの件だって、口止めしたのに言いまわったじゃないか。」

「あれは、私が話した内容程度では深くは判らないと思ったから。」

「いや、あれは発想が全てのものだから雰囲気が判っても不味かったの!それにそれ以外でも、親父の浮気の件も広めたの紗江子姉さんだろ。」

「あれは情報源に嘘が混じっていたから。。。」

「ごにょごにょ言わない!」

「はい。。。」

 紗江子は当初の勢いどこへやらと、急にしょんぼりとした。

「わかればいいです。僕の見立てではかなりややこしそうな事態だと思うから、今は情報を隠しておきたいんだ。わかってくれる?」

 一紀がうつむいている紗江子の下側から覗き込むように確認する。

「わかった。。。」

 その時応接室の中で物音が聞こえた。


(しまった、先に目を覚ましたかな。)


 さっと安西に目配せ。安西が先に一人で応接室に入る。

「そういうことだから、奥の部屋であと少し待っておいてくれませんか。」

 一紀としては珍しい優しい口調で紗江子を促した。

 これで奥に行ってくれれば一安心と考えたが、紗江子が奥に動き出す前に応接室内から安西の呼ぶ声が聞こえてきた。

 ふと応接室の方向を振り返った瞬間に、紗江子がさっと応接室に滑り込む。


(やられた!?先に既成事実作りやがって!)


 応接室に入る時にこちらを振り返って、見事にあっかんベーをしてくれましたよ。

 ナンテオチャメナンデスカ、紗江子さん。

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