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魔道の果て  作者: 桂慈朗
第2章 美しき復讐者
33/71

(1)大魔導師の賭け

 それはカズキが異世界に現れる時点よりも1年ほど前の事。

 カズキたちの運命はここから変わり物語が始まった。


  ◆


 辛うじてである。

 転移魔法を用いてこの部屋に戻り追手を振り切った形のアレクサンダラスではあったが、想定をはるかに超える反撃を前にこれまでの戦略変更を余儀なくされている。


(もはや、この城から逃げ出すことは叶わぬじゃろうな。)


 魔法感知からわかることは、忌々しいことではあるが教会の神官兵たちが張り巡らせた幾重もの障壁があること。

 すなわち、城外への脱出はほとんど不可能だという事実である。

 確かに一か八かに賭けることはできる。

 だが、誰もが恐れるアレクの魔法を持ってしても、この障壁を越えての城外転移が成功する可能性はすこぶる低い。

 そのことは、本人であるアレクが一番わかっている。


 転移魔法は、物理的な壁は通過できるが魔法障壁を通過することはできない。

 チャレンジしっても、間違いなくアレクの体は障壁にぶち当たる。

 衝突時の衝撃は小さなものではなく、特に精神に大きなダメージを残す。

 もちろん肉体も、障壁に囲まれた内部のどこかに落下することになるだろう。

 仮に、不十分な体勢で着地できたとしても、籠の中の鳥である。

 外部に逃げる手段が無ければ最後は数で押し切られる。

 アレクの力をもってすれば多くの兵士を倒すことは出来るだろうが、どちらにしてもいずれは兵士達に惨殺される。

 逃げることができなければその未来像は、火を見るまでもなく明らかな確定事項でもあった。


 もっと可能性の低い賭けとして、障壁を感じ取れない城の上方に転移することも可能だ。

 空に飛び出すことである。

 転移魔法による移動距離はおよそ50m~100m

 ただ、その場合には転移の魔法の連続発動時のタイムラグが問題となる。

 空中に転移出現すればその瞬間から重力加速度がかかる。

 転移したからと言って生じた加速度や速度が消える訳ではないし、回数が増えるほどにそれらは累積していく。

 幾重にも複雑に張り巡らされた障壁魔法を空中で回避しようとすれば、複数回の転移は必須。

 それを感知して避けながら転移を繰り返し、さらに累積していく落下速度を風の魔法を用いて相殺する。

 もちろん、敵の攻撃はその間も続けられる訳だ。


 仮に全てが上手く行ったとしても、これだけの魔法を連発すれば魔法力は一気に枯渇する。

 結局、城外のどこかで動けなくなるか、最悪の場合には落下によりそのまま死に至る事も考えられるだろう。

 どちらにしても、殺到する敵に蹂躙されてしまうことは間違いない。

 この状況に至れば数は力だ。

 魔法の優位性は、相手が弱いことと数が少ないことにより成立する。

 アレクがこれまで見たこともない障壁魔法を目の当たりにして、魔法力で凌駕できるとはお世辞にも言えないのだった。

 兎にも角にも、この状態では魔法は万能ではない。


 さら何かの偶然や僥倖で敵に混乱が生じ、万が一この城内から逃亡しできたとしても、その後に原状の失地を挽回できる手段はほとんど残ってはいない。

 弟子たちを再集結させ少数の国を固めそこから再度広げていく手もあるが、今回の大敗北を見ればそれは夢物語でしかないだろう。

 そもそも少数国の支配で戦況を膠着させても、アレクの計画からすれば失敗に他ならないのだ。


(我が弟子たちにはすまぬことをした。全く弁解の余地もない。今回の企て、儂の知と力が大きく及ばなかったようじゃ。)


 準備期間が不足していた。

 当初から完璧な計画ではなかったことは否めない。

 しかし、だからこそ言えるが計画は十分に練った。

 長年膠着している国々の諍い、各国の貴族の状況、兵士などの戦力の分析。

 できることは全て行っており、その上でアレクと弟子たちの力をもってすれば大陸中の制圧は可能との判断を下したのだ。

 悲しかな。

 敵の動きと数が想定と全く違ったというだけの事。

 これだけの短期間に、敵が連合するとは。

 いがみ合っている国々が協力体制を創り上げるとは。

 加えて、本来脆弱と一笑に付してきた神官たち障壁魔法が、ここまで強大になっているとは。

 いつの間に教会はこれほどの力を付けていたというのだろうか。

 これらの疑問に対する答えは持ち合わせていない。


 わずか数日前まで、弟子たちとの連携により一気呵成に大陸のおよそ半分の国家を支配下に置くことができた。

 あと半月もあれば、大陸中を制圧できているはずであった。

 物事を成し遂げるためには機と勢いが必要である。

 逆に言えば、勢いが止められてしまえば計画の大幅な修正は避けられない。

 アレクの想定を遙かに上回る反撃により、支配地域を瞬く間に連合国に再奪取されてしまったのだ。

 今では残る支配地域はおそらく最大時の十分の一もないだろうか。

 反撃を受けた拠点の弟子たちには身を隠すように言い含めてある。

 そして、今のところ彼らが捉えられたという情報は届いていない。

 しかし、事態の急変に理性が付いてこれないでいる。

 教会と貴族の連携は多少は想定していた。

 ただ、迅速すぎるし巨大すぎる。

 アレクたちの計画を事前に知っており、備えていたと考えるしかない。

 下手をすれば何年も前から。


 そもそも短期決戦が今回の企みの肝。

 解放した国々では、国民の多くがアレクたちによる解放と新たな支配を喜んで受け入れた。

 大きなうねりは生じ始めていた。

 もちろん、各国の王族や貴族たちは彼ら自身の特性から、国民を手放す事を決して認めようとはしないのは知っている。

 そのことを含めて計画は練ってる。

 ただ現実として今、首謀者であるアレクは大規模な軍勢に攻撃され、窮地に陥っている。


(儂らが相手じゃからこそ、この見事な共闘が成立したのか。ただそれも、いやじゃからこそ全くもって嘆かわしい。)


 そもそも反撃を受けたとはいえ、教会の神官たちが行使する魔法などはアレクからすれば児戯に等しいレベルであったはず。

 だから多少の力押しは十分跳ね返せるはずであった。

 少々数で押されようが、アレクや弟子たちの魔法力はそれを上回れる筈だったのだ。

 対魔法武器などを開発する時間も与えていない。

 しかし、現在の状況はアレクの認識が全くの間違いだったことを示している。


(永らく世俗から離れすぎてしまったか、教会の力を侮っておったわ。時間が不足しておったから、これもまた止むを得ん、、か。)


 かつて大魔導師と尊敬と称賛を一身に集めたこの男には相応しい深い紺の格調あるローブを羽織り、右手にはこれまた重厚で威厳のある杖がしっかりと握られている。

 杖の先端には、巨大な宝石の如く眩く輝く立派な魔石がはめ込まれており、誰が見てもこの杖が尋常のものではないことを知らしめている。

 この年齢からすればやや大柄な部類に入る体躯ではあるが、強烈な威圧を感じさせるような存在ではない。


 深く白い髭が顔を覆い読み取りにくいものの、見た目から感じられる年齢はおよそ60歳程度であろうか。

 彫りの深い顔には現状をまさに象徴するような苦渋に満ちた表情が刻まれており、同時に狂気にも似た光を伴った眼光は決意のほどを示している。


 今彼が立っている場所は、少し前まで西方の雄と呼ばれたバッテンベルク王が鎮座していた玉座の残る豪華絢爛たる謁見室である。

 アレクも若かりし頃この部屋に呼ばれて幾度か立ち入ったことがある。

 権威を好まない彼としては望んだ謁見では無かったが、王家の威信というものだけはつくづく思い知らされた。

 もちろん、あまり気持ちの良いと時間を過ごせたわけでは無い。


 破壊が目的ではないので玉座や室内の装飾はほとんど壊れてもいない。

 しかし、現在王も王妃もそこにはいない。

 二人は彼が殺してしまった。

 「殺したかったわけでは無かった。」などと言い訳をするつもりはない。

 このような結果となる可能性も重々承知した上で事を起こしたのである。

 力強く包容力のありそうな王と、いつも柔和で美しい王妃。

 まさに王家を体現する二人であったとアレクもその点は認めている。


(王には王の言い分があり、儂には儂の筋がある。)


 現在も城内には様々な警戒魔法を張り巡らせている。

 ただ、この城の兵士たちも次々と寝返っている状況では長くは持つまい。

 寝返りたくなくとも寝返らなくを得ない状況は十分理解している。

 アレクは敵であってもなるべく誰も殺したくはないと考えているが、それが甘かったということであろうか。


(わが願いは今回狙い通りには成就しなかった。しかし、まだ最後の手段が残っている。一世一代の大魔法を使うしかあるまい。)


 必要な道具や魔法陣は数日前に既に準備が済んでいる。幾ばくかの宝石や財宝も身につけた。

 出来れば使いたくない賭けではあったが、こうなった以上他に取る手はない。

 ここで最期を迎えるという結末は彼の選択肢にはない。


 追手が近づいてきたことが魔法感知にかかる。

 ものの数分もあればここに到達するであろう。彼らは他国の剣士たちであろうか、あるいは寝返ったこの国の騎士たちかもしれない。

 しかしそれが誰であるかなどということは大きな問題ではない。

 アレクは誰もいない広い部屋の中で深く集中し呪文を唱え始めた。

 張り巡らせていた全ての魔法を解除して集中する。


 追手がこの部屋に入ってくるまでには間違いなく詠唱は完了するだろう。

 そのことは心配していない。

 ただ、詠唱を続けながらも脳裏に映る弟子たちのことが悲しくも寂しい。

 最後に強い念を誇り高き自慢の32人の弟子たちに贈る。


(当初の目的は潰えたが、儂は次の計画に移る。皆は時至るまで必ず生き残れ!)


 神官たちが張り巡らせた障壁を、思念の波は易々と通り抜けて大陸の各所に散って行った。

 扉の向こう側が複数の足音や金属音で騒がしくなる。やってきたようだ。


「ここだ!王族殺しの大悪人はここにいるぞ。」

「奴は尋常ではない魔法を使うが、剣技や腕力があるわけでは無い。

 神官を前面に魔法を防ぎながら一気に押し切るぞ!」


 未だ神官はこの部屋を覆う障壁を構成できていない。

 そして彼の今必要な詠唱は終了した。

 扉が開かれると同時に小さく唱える。


「小転移」


 かつての大魔導師は地下にある牢に用意した別の部屋に準備された魔法陣の上に転移する。

 そして、続けざまに最後の呪文を両手を広げながら詠唱する。

 詠唱中にこの場所に踏み込まれることを避けるために行った二段階転移である。

 通常、このような部屋間の転移は行われる事はない。

 しかし今回は特別であり、そしてアレクは当たり前のようにこの難しい転移を成功させた。

 その上で、眉間にしわを寄せながら強い力を込めて宣言する。


「異世界転移」


 その刹那、誰もいないはずのこの部屋の物陰から誰かが飛び出してきた。


「父と母の敵!」


 大魔法に集中するため魔法検知を解除したことが徒となったのだろうか。

 背後から聞こえてきた声からすると子供でしかも二人のようだが、今はそこに割く時間はない。

 もう魔法は発動し始めている。

 牢屋の一部であった部屋の風景は明らかに変質し、多くの光の弾のような存在に包まれ始めている。


 背中に鈍く深い痛みを感じながら、尚も短剣をアレクの体に押し込もうとする二人の子供を辛うじて振りほどき、大魔導師だった存在は大きな声で笑い出したのであった。


「大魔道は相成った!

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