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魔道の果て  作者: 桂慈朗
第1章 裏切り
32/71

(31)旅の仲間

「サエコさん! 敵は二人いる!」

 カズキが叫んだ。

 そう、転移した場所にいたベルクもまた本物なのだ。

 それが二人なのか、魔法による分身なのかはわからない。

 ただ、認識した瞬間にもやもやしていた頭がすっきりと晴れた。


 「ほう。我らが術、打ち破ったか。」

 「お前たち双子か!?」

 「さぁて、どうだろうな。」

 そう言うと、もう一人のベルクが今度は走って一紀との距離を一気に詰めようとする。

 目に見えるベルクの姿はあやふやげで、それが実体かどうかは判別できない。

 敵が近づいた状況では探索魔法ではなく感覚で位置をつかむ。

 探索魔法に集中していては、相手の攻撃に対処できないのだ。

 カズキはサエコさんほどに詳細な気の流れを読める力はないが、それでも距離が近ければ気配を感じることは出来る。

 カズキは残り少ない魔法の力を振り絞り、雷撃を打ち込んだ。

 だが、十分な防御魔法が与えられているのだろう。

 魔法の攻撃は、ベルクの表面で弾かれる。


 「ぐわっ!」

 かけ声とも言えないような奇妙な声を発しながら、ベルクはその巨体から戦斧を打ち付けてきた。

 目で見える実体より1mほどずれた位置からだ。

 カズキはユリアナを左腕で抱えており、さらに足下には横たわる少女。

 気配から攻撃位置を予測して障壁魔法により戦斧をはじくが、その強力な力を受けて一瞬息をのんだ。

 ベルクの体躯から繰り出される攻撃は、一発一発が非常に重い。

 その上、位置を変えられないカズキは圧倒的に不利な状況にある。

 魔法による障壁もそう長くは続かない。

 魔力の枯渇は直ぐそこまで近づいているのだ。

 見た目には平静そうな表情とは裏腹に、心の中では冷や汗をかいていた。

 正確なベルクの位置をつかむことに精神を集中していると、魔法制御に無駄が生じてしまう。

 ただでさえ枯渇しかかっている現在の魔法力を、さらに無駄に消費してしまうことが焦燥感を加速させていた。


 一方のサエコさんは、もう一人の姿を現したベルクと相対していた。

 ただ、もう一人のベルクから発せられる魔法を避けるのが精一杯で、攻撃を加えるまでには至れていない。

 水の魔法や火の魔法。

 いずれもかなり高いレベルで使いこなしている様で、4m近い距離まで強い魔法攻撃が繰り出されていた。

 要するにサエコさんの持つ鞭が届く距離まで、容易に飛び込めない状況が生まれていたのである。

 もちろんカズキが自らの対処に追われて、支援の防御魔法がないというのが一番大きい理由である。

 そこに輪をかけて、目視する敵の位置と現実の敵の位置があっているかどうかが分からない不確定な難敵。

 いくら気を読む力が優れているとはいえ、種々の決断が一瞬鈍るのは止むを得まい。

 さらに言えば、圧倒的な体格差である。

 仮に魔法無しの近距離戦に持ちこめても、サエコさんの不利は全く解消しない。


 カズキの足元でちび魔獣が雄たけびを上げた。

 その声は、何か力強そうでいて切なくも感じる声である。

 更にこの雄叫びに応じるように、二人のベルクの中間地点で戸惑っていたように見えた一匹の大型魔獣も大きく遠吠えを上げた。

 その雄叫びの勢いに反応したのか、カズキに襲い掛かってきていたベルクが一瞬攻撃の手を緩めた。

 その瞬間、カズキは二人を連れてベルクの後方に転移魔法を使う。

 転移直前に準備してしていた魔法を、転移後即座にベルクに放った。

 防御魔法に障壁魔法をぶつけたのだ。

 ガラスが砕け散る様な高い音を発して、瞬時にベルクを覆う防御魔法が砕け散る。

 防御系の魔法同士が干渉するとその効果が消えるのは既に知っている。

 その時には、既にベルクの足元に転がるピンが抜かれた手榴弾があった。


 ベルクは瞬間に防御魔法を再構築したようだが、間に合わない。

 轟音とともに、曖昧な存在であった巨体が明確になり吹き飛ばされる。

 「一人倒した!」

 ただ、あと手榴弾は一発しかない。

 王は未だに同じ場所にいる。

 瀕死状態のゲーリックはこの際無視するとして、王の持つ魔法は不明とはいえ一人だけにすれば勝てなくとも逃げる算段も湧くに違いない。

 だから、今はもう一人のベルクを倒すことに全精力を傾ける。

 今もサエコさんは攻撃をかわし続けているが、見る限りさすがに息がかなり切れていた。

 このままでは今の均衡も長くは続かないだろう。


 アレクサンダラスは言っていた。

 魔法は、大気中に広がるエーテルを体内に集め利用して発する。

 だから、本来魔法は無限に使用可能なもののはず。

 実際、カズキもゆっくりと魔法の力は回復していく。

 しかも、この世界は向こうの世界と比べて明らかにその力が強い。

 ただ、それでも急速充電のようにうまくそれを集めることは出来ない。

 供給速度が消費速度よりも遅いのだから。

 最後の決着をつけるとしよう。

 今は、持てる力をセーブできるような状況ではない。 


 その時である。

 これまで微動だにしなかったケルベルト王が右手を抱えて再び口を開いた。

 「ベルクよ出でよ。」

 それを見たカズキの表情が唖然となる。

 王の横に、新たなベルクが現れたのだ。

 しかも、今回は一人ではない。

 一度に五人。

 まるでクローン人間のように同じ姿が現れた状況は、現実離れしたシュールな光景であった。

 存在を隠せる奴の事だから、実際には何人いるかは見当もつかない。

 ただ、この事実が示すのはいくらでもベルクと言う兵士を呼び出せるのだという誇示である。


(これは悪夢ではないのか? カズキたちは未だに二つの世界の間をさまよっているに過ぎないのではないか。)


 浮かび上がってくる疑問に対し、自らの理性が強く否定する。

 こちらの世界に来てからの日々が偽物であるはずもない。

 兎に角、カズキが知る魔法は超常的な力ではあるが、一定の法則は有していた。

 しかし、今目の前に生じた現象は明らかにカズキの知るものとは違う。

 法則性や手法を理解できない。

 非常に不味い。全く、軽口をたたけるような状況ではない。

 戦いは、状況を正しく把握・理解してこそ勝つことができる。

 それを把握できなければ、多くの場合負け戦になるのだ。

 このベルクという魔法戦士が実在の存在なのか、王の生み出した何かなのかはこの際どちらでも良い。

 ただ、ベルクしか呼び寄せられなかったとしてもそれが無限であれば、これまでの戦いは単に弄ばれていただけと言うことだ。

 どちらにしても王の余裕には根拠があった。

 表面的な無表情とは裏腹に、絶望という黒い霧がカズキの心に広がっていく。


 しかし、突如としてあらぬ方向から複数の大きな雄叫びが聞こえた。

 カズキは音がする右方向に耳を傾けはするが、視線は敵を見据えたまま固定する。

 そんな隙を作れる余裕はない。

 ただ、聞こえたのは間違いなく複数の魔獣の声であった。

ひょっとすると、先ほどの仲間の発した声に呼応したのかもしれない。

 もっとも、それがカズキたちの味方をするという保証はどこにもない訳だが。

 少なくとも、生じるであろう混乱は脱出のチャンスを広げてくれる。

 振動と共に地鳴りも響き始めた。

 間違いない。

 相当の数の魔獣たちが凄い勢いで今こちらに向かっている。


 視線に映るベルクたちは、あやふやな存在ながらも魔獣の集団を視界にとらえて狼狽の色を見せた。

 一匹や二匹の魔獣ならばともかく、音を聞く限りかなりの数のはずだ。

 圧倒的な数であれば、いくらベルクが優れた魔法戦士だったとしても容易には捌けまい。

 ベルクたちの狼狽を確認して、ようやく少しだけ視線を移すことができた。


(これは俺たちもやばくないか!?)


 そう、おそらく百頭を超えるであろう巨大な魔獣たちの暴走が迫ってきている。

 いずれも5m~10mはありそうな巨大な魔獣たち。

 さすがに魔法が使えようとも、巨躯の戦士であろうともまともには抗しきれる量ではない。

 アレクサンダラスでも、これを食い止めることはできないだろう。

 軍が必要な圧力であり、しかも現在の暴走の勢いを止められなければ戦闘にすらならない自然災害のレベルである。

「サエコさん! 下がって!」

 この圧倒的な奔流に既に気付いていたであろうサエコさんは、カズキの声を聞くまでもなく相対していたベルクとの距離を広げた。

 ただ、カズキの方には近づかずに、日本語で叫ぶ。

「ここは私が抑えるから、二人を連れて脱出して!」

「そんなことできる筈ないだろう!」

「いえ、私が離れると詰め寄られる。私の方が身軽なの。大丈夫よ!」

 サエコさんは、敵を魔獣の暴走の中に留めようとしている。

 迫りくるラッシュの中をすり抜けて無事でいられる自信はカズキにはない。

「無茶だ!」

「もう時間はないわ。私を信じて!」

 サエコさんがふっと笑ったように感じられた。

 しかし、カズキにはもはや転移を二度連続して行える魔法力は残ってないし、目の前に迫りくるうねりを防御できる力もおそらくない。


「サエコさん、ごめん!」

 そう小さく呟くと、カズキはユリアナとカールスレイという少女、そして確かミーシャと言う名前のちび魔獣に触れて転移した。

 場所は、一か八かで暴走の斜め後方。森の方向で王から離れた側である。

 無事転移できたことを確認したが、その直後魔力の枯渇により電球が切れるように視界が明滅しながら意識を失った。


 転移してきた中で唯一意識があったちび魔獣は、一人の女性を見つけるとその下に嬉しそうに走り寄った。

 その横では、二人の男性が馬車の横で会話している。

「仕方ない兄ちゃんだ。ここで気を失ってちゃ男として駄目だろう。」

「しかし、予想通りのところにきたものだ。放っておくわけにはいかぬ。」

「まあ、子どもは幸い無事だったようだしな。」

「姫さまもご無事な様だ。」

「じゃあ、馬車に積んでおくとするか。でも、もう一人のねーちゃんはちょっと難しいな。」

「やむを得んさ。我々にできるのはこれが精一杯だ。時間はない。」


 魔獣たちは、暴走をある時点で止めるとベルクたちに攻撃を加えていた。

 その混乱に乗じて馬車は森の中に引き上げていく。

 サエコを一人残したまま。

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