(29)待ち伏せ
「ユリアナ姫! 眼を覚まして今すぐ儂のところに来い!」
ケルベルト王が、大きな声で叫ぶ。
その声を聞くと、気を失っていた筈のユリアナの目が突如開いた。
まるであやつり人形のよう。
だが、そのパターンは既に学習済みだ。
ユリアナが動き始める前に、カズキはやや強めの電撃を与えた。
再びユリアナはカズキの腕の中でぐったりとなる。
それをカズキは優しく抱きかかえた。
心の中で「ユリアナ済まない」と謝るが、そんなことはおくびにも表さない。
敵に前で弱みなどを見せることなどできやしない。
「残念だったな。」
カズキが投げかけた言葉に対して、ケルベルト王はにやりと笑った。
精神支配では王女を取り戻せなかった。
にも関わらず、ゲーリックが召喚魔法を用いなかった。
すなわち、彼は今魔法を使える状態にはない。
そもそも、彼がここ生きて来て話しているだけで奇跡的なこと。
ゲーリックに瀕死の電撃を浴びせたのはカズキだが、そのやせ我慢以上の執念には感服していたのだ。
目の前に見える魔術師に関して言えば、カズキもサエコさんも個別に対応できる。
兵士に関しても同じだ。
だが、連携して襲われればかなり厄介である。
乱戦ならいいが、秩序だった攻撃を繰り出されれば、数で押し切られてしまう。
また、後ろに逃げ帰ることもできない。
強いて言えば、カズキに向かい合っている彼らの目が血走っていることだろうか。
おそらく眠っていないに違いない。
「ここを通してもらうことは出来ないかな?」
「そんな戯言が叶うと思うのか?」
ゲーリックが苦しげな声で返す。
「いや言ってみただけだ。」
「言葉で惑わす戦術か。だが、ここにいる兵士たちは王の直属だ。お前の言葉遊びで動きが乱れることなどない!」
「それはご丁寧にどうも。」
カズキは、ゲーリックへの挑発よりも、その現況に思いを馳せていた。
おそらく、王の戦車に同乗してきたのだろう。
全身やけどの状況で揺られてきたことを考えれば、その時の激痛を考えると涙すら誘う。
だが、それはそれ、これはこれ。
周囲は夜明けとともに少しずつ明るさを増し始めてきた。
日が昇るほどにはっきりわかるが、天気の方はかなりどんよりとした曇天。
昨晩は少し雲の合間に月も顔を見せていたが、今にも雨が降りそうな雰囲気。
例えば、雨が降ってくれれば火炎系の魔法は威力を削がれる。
水魔法も、雨に紛れて扱いを間違えると力を失う。
一見、王やゲーリックの得意とする魔法に不利に見える。
しかし、カズキが良く用いる風魔法も、扱いにくくなるという点では同じ。
魔法戦は、雨の影響を受けるのでかなり難しくなるものなのだ。
それは、魔法の経験に劣るカズキにとっては、必ずしも望ましい状態ではない。
同時に、サエコさんは王の力で若干酩酊気味。
加えて、気を失った少女と小さな野獣を抱いている。
戦うことはできても、戦果の期待が難しい。
カズキが考えているのは、全てはここを切り抜けるための思考。
挑発など、今はどうでも良かった。
(さて、早めに仕掛けた方がいいか?)
カズキも魔法行使の残量には不安がある。
だが、兵士や魔術師たちもそれ以上に消耗している筈である。
となると、キーパーソンは王だ。
信じられない様な筋力は、ひょっとして魔法によって強化されているためではないかと疑っていた。
それを確認しておくか?
「サエコさん、大丈夫?」
「えっ、あっ、大丈夫よぉ。」
「じゃあ、一気に殲滅するよ。」
そう言って背中側からスリングショットを取り出す。
「こういう使い方は初めてだけど。」
そう言うとゴムを引き付け、信管を抜いた手りゅう弾を勢いよく打ち出した。
更に、隠し味として障壁魔法を絡めている。
「何か来たぞ!」
そう言うと、周囲の魔術師によって瞬時に王の周りに何重にも障壁魔法が立ち上がる。
しかし、王に向かって進むカズキが打ち出したそれは、魔術師たちが施した障壁魔法を幾重も打ち破った。
兵士たちの後ろに控える王には届かなかったが、その手前で轟音を立てて爆発する。
衝撃で近くにいた何人かの兵は吹き飛ばされ、馬は狂ったように暴れて騎士を振り落す。
防御魔法を使っていても、あの衝撃では体が保たない。
それに加えて、魔術師たちもカズキの予想通りダメージを受けたようだ。
元々、王を囲むように魔術師が配置されていたこともあり、最初にダメージを与えることを狙ったのである。
王を狙うように見せかけたのは、単なるダミー。
実質的な狙いは最初から魔術師。
爆発の衝撃は、重なった障壁魔法により指向性を持って集団に降り注いだのだ。
だが、味方の損害にも王は全くひるむ様子を見せない。
怪我した兵士を顧みることもなく、残る兵に王女奪還を指図した。
なぜ、そこまでユリアナに拘るのか?
錬度の高い兵士のせいか、味方の被害にも動じることなく多重の隊列を組み、槍を主体に攻め込んできた。
もちろん、それを素直に受ける義理はない。
カズキは側方に転移する。
しかし、転移途中で突如大きな衝撃を受けて落下した。
何が起こっているのかわからない。
いやわかる。
気づかないうちに、障壁魔法を配置されていたのだ。
迂闊だった。
おそらくではあるが、魔術師ではなく兵士の中にもそれを使える者がいたのだろう。
障壁にぶつかった勢いで、酩酊していたサエコさんが少女と魔獣を手放してしまった。
そこに、魔法が使える兵士が魔法攻撃をかけてくる。
狙いはカズキだろうが、兵士たちが手前に落ちた少女を慮ることはない。
「カール!」
皆まで言えない。
兵士たちは鎧の重武装。
その足元に少女がいようが、無視してカズキに迫ってきた。
「うわーっ!! きゃーっ!」
少女の悲鳴。
それに重なるサエコさんの悲鳴。
運良く踏みつぶされなかった小さな魔獣が、その悲鳴を聞いて目を覚ます。
体をぶるっと震わせて兵士たちの間で立ち上がった。
兵士の足元を器用にすり抜けると、ぐったりしている少女の許に駆け寄る。
状況を理解したのか、場の雰囲気にのまれたのか、悲しそうな声で遠吠えした。
カズキは、船酔いのような症状を感じてはいるが、落下時に受け身を取っていたため頭に致命的なショックは受けていない。
ただ、ユリアナの体重も受け止めたため、身体的なダメージは大きい。
治癒魔法を使いたいが、その余裕を与えてもらえそうにない。
少女を乗り越えた兵士たちは、サエコさんなど眼中にない様にカズキに向かって槍を次々と繰り出す。
やや後ろに下がりながら初撃を避けるが、その後が続けられない。
そこで、狙いを定めなくてもすむように衝撃波としての空気振動の魔法を放つ。
カズキと同じ状況に敵も追い込むのだ。
だがその衝撃を、兵士たちは槍を構えたまま腰を落とすだけで耐えて見せた。
防御魔法を鎧や全身に張り巡らせているのだろう。
直ぐに、先頭にいる3名の兵士が槍による攻撃を繰り出してきた。
障壁魔法を張るが、ぐったりしたユリアナを抱えたままでは、効率的に避けることができない。
衝撃を正面から受け、ユリアナともども後方に跳ね飛ばされる。
なんだ、この重戦車は!
その時、突然兵士の隊列に乱れが生じる。
目に見えない動揺が広がっているのを感じ取った。
更に攻撃を仕掛けようとしていた先鋒の3人も、その変化を無視しえないかったようだ。
ちらっと視線をカズキから外した。
そう、怒りに燃えたサエコさんである。
やっと助け出した少女が、重装備の兵士たちの下敷きになったのだ。
それを許せる彼女ではない。
瞬時に数名の兵士を転倒させる。
一体どのような体重移動を用いているのかはわからない。
だが、重装備の兵士が槍の内側の間合いに入られ、女性に容易に転がされる。
その光景はシュールすぎて、寒気がするほどであった。
ただ、兵士たちの気がそがれた一瞬でカズキは平衡感覚を取り戻した。
ここからが反撃だ。
「すげぇ、やばい。堪らないぞ!」
カズキはユリアナを抱えたまま、数歩下がると再びスリングショットを握り、足元から拾った小石を兵士に撃ち付ける。
先ほどと同じように障壁の魔法を纏わせた一撃だ。
鎧に当たれば弾き返せるかもしれないが、鎧のない場所では抵抗しようがない。
指、肘、足首。
次々と全面の兵士の攻撃力を奪う。
後方では、鬼子母神の様な表情でサエコさんが兵士をなぎ倒し続けていた。
魔法や物理攻撃には耐えても、転がされるだけで重すぎて容易に立ち上がれない。
倒れたところに、スタンガンで電撃を浴びせていく。
挟撃ちに不味いと考えた数人の兵士が、隊列を崩して戦線を離脱。
そこで、カズキは少女を召喚魔法で呼び寄せた。
直ぐに治癒魔法をかける。
左腕を踏みつぶされている。
頭は無事の様だ。
「引くな!」
王の檄が飛んだ。
しかし、もう残っている兵士は10名弱。しかも、大部分は怪我を負っている。
そこに突然の乱入者が加わってきた。
兵士達は、さすがに驚きの声を上げる。
血の匂いを嗅ぎつけたのか、二頭の大型の魔獣が森から出てきたのである。
小さな魔獣は、カズキが治癒魔法を施している少女の下で、傷ついた左腕を優しく舐めている。
目の前では、いきなり登場した大型魔獣に、さすがに歴戦の兵士たちも浮足立っていた。
魔術師が使い物にならず、兵士の大部分も戦闘不能。
そこにきて、大型の魔獣乱入である。
当の魔獣と言えば、この戦場をゆっくりとなめ回すように睥睨した。
あたかも、狙うべき獲物を探すように。
そして、重装備の鎧を着込んだ兵士の方に狙いを定めたようだ。
兵士達に向けて強烈な咆哮を一発。
いくら錬度の高い兵士と言えど、サエコさんと違いスピードに欠ける重装備の状態では魔獣の相手は出来ない。
普通は、魔術師との連携で倒すものである。
一匹の魔獣が一瞬カズキの方を見たように感じたが、すぐに視線を外して兵士たちに襲い掛かった。
ひょっとすると、このちび魔獣が仲間を呼んでくれたのか?
どちらにしてもここまでの被害を考えると、本来なら勝負はあったと考えるべきところ。
「さて、ケルベルト王。まだやるのか?」
「ふっ。お前は、儂が何もできない木偶の坊だとでも思っておるのか。」
王の周りには、満身創痍のゲーリックと、もう一人の兵士のみ。
だが、それでも油断成らない気配が見え隠れしている。
全く動揺や怯えの感情が見えてこない。
残っていた兵士達を、ついに無力化したサエコさんと二匹の魔獣。
まるで旧知の仲間のように目配せしたように感じたが、きっとカズキの気のせいだろう。
昨日までは、サエコさん魔獣の天敵だったと記憶していたはずだが。
サエコさんと魔獣達もカズキらの前に並び立って、王の方に睨みを利かせた。
「ふははは。面白い! これでこそ、乱世の醍醐味か。」
何処の戦国武将かと思わせるような台詞を吐いた。
ただ、その言葉と自信を見る限り、秘密兵器を隠し持っているということではないか。
しかしながら、昨晩に見せた人を人とも思わない傲慢さとは何かが違う。
全くの他人のような。
まさか、多重人格?
ここは異世界、あまり決めてかからない方がよい。
そう考え直す。
カズキの手元にいる少女の腕は、予想以上の回復を見せそうだ。
まだ成長期だからなのだろう。
折れた骨も、ちぎれかかった筋肉も、どちらも順調に治癒していっている。
それを感じて、カズキは安堵の溜息を吐いた。
ちびっこ魔獣は、相変わらず一心不乱に少女の腕を舐め続けていた。
彼女の傷をゆっくりと癒すように。
20160321:文章少し見直し