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魔道の果て  作者: 桂慈朗
第1章 裏切り
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(2)違和感

 背面に壁からの輻射熱の冷たさを感じつつ、同時に肌に感じる温かさに気づき目を覚ましたカズキの両側では、未だ二人の女性がカズキに体重を預けながら毛布を被り座った状態で寝息を立てている。

 その安心しきったような寝顔は、常に緊張の中に居場所を求めるカズキの生き方とは相いれないものである。

 だが、それでも今だけはそのぬるま湯に浸るのも悪くはないと感じさせる暖かさを持っていた。

 だが、状況だけを考えれば、せっかく森の中で疲れ切ってしまった体を休めるために宿を取ったというのに、これでは何の意味もない。

 昨晩は披露のピークにあったせいか、結局誰もサエコさんが山ほど買って余っていた食料を食べるのさえおっくうになり眠ってしまった。

 これからのことを考えると、最初からこの状態では思いやられる。

 この先の困難さを考えれば溜息が出るばかりだが、それでも転移直後の森での苦労を考えるとまだましなのだ。

 こうして、部屋の中で寒さを凌げるのだから。

 森の中では日が沈む前に洞窟を探し、あるいは岩場の隙間で、時には樹木に登り幹に体を縛りつけながら、寒さを凌ぐために身を寄せ合って眠っていたのだ。

 わずかな焚火に暖を求め、それ以上のぬくもりをお互いに共有し合う。

 それを考えれば同じような体勢。

 慣れてしまったと考えれば、やむを得ない面もあろう。


 そもそも、カズキにはこの世界に来た大きな目的がある。

 師匠であるアレクサンダラスを探し出し、彼を助け、そして彼の悲願であるこの世界を救うことの手助けをする。

 アレクサンダラスにはこちらの世界に多くの弟子がいたと聞いている。

 だから、アンザイに害されない限りこちらの世界の方が安全だと考えている。

 そして、カズキが感じ取れる師匠とのつながりが、アレクサンダラスがまだ生きていることを、わずかではあるが感じさせてくれる。

 この繋がりが切れてしまう前に、何としても師匠であるアレクサンダラスを見つけ出さなければならない。

 いや、それ以上に少しでも世界を救うために必要な時間を確保しなければならない。

 その猶予の時間も、正確なところはアレクサンダラスに効かなければわからないのだから。


 窓から見える空は、徐々に明るくなりつつある。

 もうすぐ夜明けであろうか。

 早朝に鳥の声が聞こえてくるのは異世界でも変わらないらしい。

 ただ、その鳴き声は雀とはかなり異なる。

 聞きなれないカズキからすれば奇妙に聞こえるその鳴き声は、全くその鳥の姿を想像させてくれない。

 どちからといえば、聞こえてくる声から想像できるのは怪物の姿なのだ。

 そう考えて、軽く苦笑する。

 やはり、ここは異世界。

 これまでの常識が何処まで通用するのかがわからない。

 ユリアナも、アレクと共に向こうの世界に来た時には、常識の違いに戸惑い続けたのだから。


 雪こそ積もっていないが、朝方の体感温度は外部では摂氏5℃程度であろうか。

 山の中ではそれ以上の寒さであったが、暖炉の消えた部屋の中はおそらく10℃を切っている。

 だから、今服越しに触れている人肌のぬくもりであっても、普段以上に温かく感じられた。

 生命の、ひょっとすると異性の暖かさであろうか。

 このような思考に囚われるのは、まだ完全に頭が目覚めていない証拠であろう。

 不自然な体制だったが、それなりに熟睡していたらしい。

 カズキは女性二人をベッドに戻そうと考え、ぼんやりと部屋の中を見渡した。

 ボロい宿屋だとは思っていたが、天井にはご丁寧に複数の蜘蛛の巣が張っている。

 薄暗い部屋の中は、かなり埃っぽい。

 天井から吊り下げられていた薄暗い暗いランプも、いつの間にか消えている。

 確か、ユリアナが明かりが無いと眠れないと言っていたから消さずにつけていたものである。

 誰がいつ消したのだろうか。

 カズキはその気配には気づかなかった。


 そんなことをまだ覚めやらぬ頭でぼんやりと考えながら、机の向こうに目をやった。

 すると、昨晩無造作に降ろした大きなリュックの隙間に、何かものが潜んでいる。

 いや、明らかにものではない。

 その形や姿をしっかり見れば良くわかる。

 それは人間のようなものだ。

 床に上に人間か、もしくは動物が伏せているのだ。

 魔獣としてはかなり小さい。

 人だとすれば、おそらく子どもであろう。

 あるいは見知らぬ動物かもしれない。

 森の中での緊張感が瞬時に復活する。


(部屋に侵入されたのに気付かなかったとは。不覚だ! 襲われなかったのは幸いだが、殺されずに済んだのは運が良かったとしか言えないぞ)


 カズキの動揺が接触面を通じて伝わったのか、右側で寄りかかるように眠っていたサエコさんが目を覚ました。


「うん?かずちゃん、どうかしたの?」

「サエコさん。ほら、あそこ。あれ、誰か寝てないか?」

 ユリアナを起こさないよう気を付け、サエコさんの耳に口を近づけて小さな声で耳元で囁く。


「うん。くすぐったい。」


 サエコさんは、寝起きの気だるそうな感じと共に、しかし気持ち良さそうに首をすくめる。

 朝っぱらから困ったもんだ。

 嬉しそうな笑顔をサエコさんはカズキに見せた。


「違う。良く見て。リュックのところ」

「ああ、あれね」

「えっ? サエコさん、知っているの?」

「盗人さんが来たから、締めておいたのよ」

「と言うことは、サエコさんの仕業?」

「仕業じゃなくて、おかげでしょ。かずちゃん、熟睡して気付かないって、相当疲れていたのね」


 そう言われると面目ない。

 ユリアナがこの世界の住人だとは言っても、カズキたちメンバーの持つ情報量は非常に少ない。

 ましてやここはユリアナもよく知らない遠くの国。

 注意をいくらしても、し過ぎということはないのである。


 アンザイが今のカズキの姿を見れば、間違いなく呆れるだろうなと考え、ぐっと気を引き締め直した。

 そう、アンザイは間違いなくいつかカズキの前に現れる。

 ただし、それは頼もしい部下としてではなく敵として。

 意識の奥まで浸透させたはずだったにも関わず、アンザイを頼る様な思考が生まれてしまった。

 そのことに対する悔しさが湧き上がってくる。


「でも、おかげでユリアナが抜け駆けしてたことも分ったし、丁度良かったんだけど」

 そう言って、サエコさんはカズキにウインクしてきた。

 どうもこの世界に来る少し前あたりから、サエコさんの態度が明らかに変わった感じがする。

 昔は、サエコさんとカズキは祖父同士が決めた許嫁であった。

 ただ、彼女の方が年上ということもあり、両家の祖父が亡くなった後は話が無効となったはずである。

 両家が合意したこと。

 そもそも、年寄りの戯言でそんなことを決められても困る。

 サエコさんも、それは理解していた筈だが。

 少なくとも、ほんの半年前はこんな露骨な態度を見せなかった。


 その声を聞いてか、今度は左側にいたユリアナも目を覚ましたようだ。

「カズキ。オハヨウ」

 この世界には「おはよう」という挨拶はないらしい。

 今ユリアナの口から出た言葉は日本語である。

 向こうの世界で覚えた挨拶。

 それが寝ぼけ眼で出てくる程度には、向こうの生活にも馴染んでいたということだろう。


 ちなみに、今カズキたちが交している会話はこの世界の言葉である。

 異世界に向かうことを決意した時から、本気になって必死に練習してきた言葉。

 生活を送る上では不自由ないレベルにまで、カズキもサエコさんも習熟している。


 一方のユリアナは、1年強の日本での生活で多少の日本語は覚えた。

 とは言うものの、念話と言うイメージを伝える能力に頼りすぎて、単語を並べる程度にしか理解できていない。

 自らが元いた世界に戻ることを意識してからは、より勉強に身が入らなかったのだ。


「オハヨウ。良く眠れたか?」

「ええ、少し体が痛いけど」

「じゃあ、ベッドで寝ていればよかったのに」

 サエコさんが朝の挨拶代わりに口を挟む。


「サエコは何故、ここにいるの?」

「ユリアナが勝手にかずちゃんの隣に来るからでしょ」

「あれ? 妾はいつの間にここに?」


 寝ぼけてここに来たとは、なかなかの強者ではないか。

 しかし、ユリアナの疑問には答えずにサエコさんに昨晩の状況をもう少し詳しく聞く。


「それより、賊は一人だけ? サエコさんに怪我は、、ないよな」

「あら、心配してくれるんじゃないの?」

「だって、怪我してればさすがに俺を起こすだろうし、それほどの振動があれば目が覚めていた筈」


「まあ、賊と言ってもちょろ過ぎたからね」

「サエコさんにかかれば、普通の人は皆「ちょろい」と言われそうだ」

「それは褒め言葉だと受け取っておくわ。とりあえず入って来たのが判ったから、首筋に手刀一発ってところね。ついでに倒れられるのも癪だったから、音を立てないようにそっと転がしておいたわ」


「で、相手はどんな奴?」

「知らない。興味ないし。で、見るとユリアナがそこにいるし。だからランプ消してここに来たの」

「ユリアナの動きには気づかずに、賊に気づくってどういう感覚なんだ」

「乙女の勘よ」


 真顔で言われたが、もちろんカズキはそんなことを信じたわけではない。

 カズキの武術における師匠でもあるサエコさんには、未だ体術のみであれば敵わないのだから。

 森の中でもサエコさんの勘と言うか、鋭敏な感覚に幾度となく助けられている。

 幸い出会った魔獣が、ユリアナ曰くそれほど強くない相手だったというのも良かった点であろう。

 最初から、獰猛で対処に窮するような魔獣に襲われていたらと考えると冷や汗が出る。

 自信が無い訳じゃないが、それでも精神的な負担を最初から蓄積したくはないものだ。


 森での魔獣との遭遇では、幾度かはカズキの魔法で駆逐することもあった。

 ただ、まだ実戦経験の少ない魔法よりは、弱い魔獣に対しては体術や武器を用いた攻撃の方が、ずっと安定した成果が見込めるのである。


「とにかく、賊が何者かを調べておくか。さすがにまだこちらの正体がばれているということはないと思うが」

 そう言って立ち上がろうとするカズキの手を、サエコが引き止める。

「まだ、目は覚まさないわよ。あの薬も嗅がせておいたから」

「おいおい、貴重な薬をそんなところで使うなんて」

「だって、せっかくの最初の宿屋でのんびりできるひと時でしょ。邪魔されたくないじゃない」


「妾のことを無視するでない!」

 ようやくユリアナも目が覚めてきたようだ。

 右腕はサエコに抱え込まれており、それを見つけたユリアナが対抗するように左腕を掴んできた。

 イチイチ対抗しなくて良いのに。


 どこのラブコメかと言いたくなる状況だが、今はそんなことに時間を費やしている場合ではない。

「賊のことを調べなければ、この街での安全性も怪しいだろ」

 そう言いながら、まずサエコを、そしてユリアナをやや強引に振りほどいた。

「ちぇ。つまらないの」


 サエコさんの捨て台詞を気にすることなく、カズキは立ち上がり賊に近づく。

 そこには、昨晩宿の2階にあるこの部屋まで案内してくれた宿屋の一人娘が横たわっていた。

 もちろん、初めての宿泊客に真夜中のサプライズを演出する習慣は異世界だったとしてもあるまい。

 サエコさんが優しく扱ったのは、それが女性でしかも子どもだと気付いたからに違いない。

 男の賊であれば、こんな程度で矛を収めている筈がない。


「さて、どうしたものかな?」

 そう言いながら、カズキは左腕の時計を見た。

 この世界の時の流れは、元の世界よりも少し早い。

 そのことは転移してきてすぐに確認している。

 一日は22時間強と感じているが、正確な調査を出来るほどの余裕はここまでなかった。

 カズキの持つ時計は5時を指している。

 昨日調整していないから、おおむね5時ごろの感覚と考えて良いだろう。

 日の出は間もなくのようだから。

 普通に考えれば、既に宿屋の主人や女将が娘がいないことに気づいている可能性は高い。

 朝食の仕込の時間はそろそろだろうし、そもそも娘が朝からいなければ騒ぎになってもおかしくはない。


 それにしては、騒ぎ声が聞こえてこない。

 ということは、共犯であるか手に余る子供であるかということ。

 宿屋の主人と女将が寝坊していなければという前提付きだが。

「ユリアナ」

「なんじゃ?」

「この世界では、犯罪はどのように裁かれる?」

「警邏の兵に引き渡せば、罪に応じて裁かれることになる」


「盗みに入った程度では?」

「この国の法律がどうかは知らぬが、妾の国ではケースバイケースじゃな。物を盗んだわけでなく、子供のいたずらとして片づけることもあろうという感じか」


 宿屋の娘は、昨晩見た時は大人しそうな感じで、とても盗みを試みようという風には見えなかった。

 歳は、ざっとみるところ10歳から12歳程度であろうか。

 確定するにはまだ早いが、基本的に親は共犯と見た方がいいだろう。

 疲れて熟睡している旅人の部屋から貴重品を持ち出すというのは、そう難しい話ではない。

 カズキたちの荷物の量を考えると、高価な品物でもあると考えてもおかしくはないのだから。

 ただ、娘が戻らないというのにすぐに踏み込んで来ないところを見ると、警戒されていると考えた方が良いだろう。

 今のところ扉の外に潜んでいる気配は感じないが、騒ぎ立てられるような状況はカズキとしても望みはしない。

 最悪を考えて行動すべきであろう。


「二人とも、いつでも外に出られるように荷物をまとめて」

「どうして? 何があったの?」

 サエコさんが聞いてくるが、それをぴしゃりと抑える。

 サエコさんは魔獣に危機には敏感なのに、こうした陰謀を想像することは苦手なのだ。


「最悪、兵士に攻め込まれることを想定しておいた方がいい。それがなければ、ラッキーと考えよう」

「うむ。わかった」

 今回は、ユリアナの方が察しが良かったようだ。

 頭の上に疑問符を浮かべているような表情ながら、不承不承でもサエコさんも荷物を片付け始める。


「子供が忍び込んだだけでしょ」

「なのに親が騒いでいないことが問題なんだ」

「朝になって子供がいなければ、普通は親は探すだろう。でも、その気配が一切ない。最初から、親も知っている多と考える方が合点がいく」

「そういうことかな?」


「子供が入って来たのは何時ごろ?」

 サエコさんに確認するが、時間なんてわからないと答えられた。

 このあたりがサエコさんらしいと言うか、大雑把というか。

 単なる物取りならば、大事には至らないかもしれない。

 ただ、おそらくそう甘い世界ではない。

 そういった漠然とした予感がカズキの心を覆い始めていた。

20160102:体裁・文章見直し

20160519:文章修正

20170320:文章修正

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