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魔道の果て  作者: 桂慈朗
第1章 裏切り
29/71

(28)逃亡

 幸いにも、ユリアナは朝まで目を覚ますことが無かった。

 サエコさんの妖しい動きも、王が近くを離れたのだろうか自然に治まっていった。

 とりあえず、発見されないために音を立てず、魔法も使わずという状態でじっと我慢している。

 首都の周辺に兵士たちが派遣されたため、この場所を調べる兵士が少ないのだろうか。

 今のところまでは、あまり近づいてくる人の声や物音も聞かずに済んだ。

 ちなみに大司教から奪い取った魔石は、転移前に捨て去っている。

 込められたエーテルにあまり余力が無いので、魔石を持っておくメリットよりも、それにより感知されるデメリットを考えての事。


 暗闇の世界だからこそ、差し込んでくる陽の光がよくわかる。

 しかし、この世界に来てから本当にロクなところで寝ていない。

 洞窟に、樹木の上に、部屋の板の間に、馬車での移動のテントの中。

 そもそも、のんびりとそんなことを考える余裕などはなかったではないか。

 苦しい体制ながら、一瞬の微睡。

 安穏に戯れようとした瞬間、耳に入ってきたその音。


 先ほど目に入って来た光は、まだ朝を示すものではなかったのだ。

 兵士と(おぼ)しき声と足音が聞こえてくる。

「この近くです。多分地下だと思います。」

「間違いはないのだな?」

「匂いよりは強いみたいです。多分、ここに潜んでいます。」

 はぁはぁと息を荒げながら話す声は、カールスレイ。

 そう、魔獣使いの少女だ。

 どうやら、魔獣を使って匂いを辿って来たらしい。


(その可能性までは考えていなかった。俺のミスだ!)


 外部からの光を利用して時計を見る。

 午前4時。

 子供はベッドで寝ている時間だろうに。

「もっと正確に調べろ!」

「でも、岩の隙間から流れてくる匂いなので、そこまで正確には。」

「五月蝿い! お前は言われたことだけをやればよい!」

 少女の声は、疲れと眠気で消え入りそうだ。

 それに命じている兵士だろうが、こちらも夜を徹しての捜索で、神経がいきり立っているのであろう。

「はい、わかりました。やります。ミーシャ。もっとしっかりと調べて。」


 ひょっとすると、この少女も精神支配を受けているのではないか。

 そんな疑念が浮かび上がる。

 十分に可能性はあるだろう。

 魔法については、支配を受けると能力が著しく落ちるらしいが、少女のような固有の能力には影響がないのかもしれない。

 その場で軽く手足を動かし確認すると、カズキの体力等はかなり回復していることが分かる。

 魔法を使えば使うほどに、筋肉痛や精神的な疲れには慣れていくようだ。

 加えて、こんな苦しい状態での休息であっても回復するのは、この世界のエーテルが濃いおかげである。

 地球にいたならば、回復どころか却って疲れかねなかっただろう。


 サエコさんの口を押えながら、脇腹をゆっくりとつつく。

「ひゅん。」

 ちょっと変な音を出して、目が覚めたようだ。

 だが、魔獣はその音を目ざとく聞きつけたらしい。

 口を押えてこの声だから、放っておいたらどんな叫び声が上がったのか。

 だが、事態は急を要する。

「ここです。この近くです!」

「本当だろうな!」

「はい。この子がそう言っています!」

「俺が聞いてのは、本当かどうかだ。」

 聞こえてきた音は、おそらくカールスレイという少女が殴られた音。


 彼女が使役する魔獣が唸り声を上げる。

 主人がいじめられたと感じたのであろう。

「駄目よ、ミーシャ。怒っては駄目。」

 少女が、必死に魔獣をなだめているのが分かる。


 普段から、兵士たちが少女に対しこんな風に接しているのかどうかはわからない。

 たまたま、今日は虫の居所が悪かったということもあろう。

 あるいは、この兵士だけが乱暴なのかもしれない。

 徹夜明けで気が立っているというのもあるだろう。

 だが、カズキはそれを見過ごすことができなかった。

 サエコさんも暗闇の中で頷いているのが分かる。


 ユリアナをしっかりと抱きかかえる。

 転移時に方向も変えるため、落とさないような姿勢を取ったのだ。

 そして、転移前に探索魔法をかける。

 こちらも、徐々にスピードが向上している。

 調べたのは、この周囲にいる人の数。

 ただ、少女の声が上がったので、すぐに人が集まってくるはず。


「じゃあ、いくよ。周囲には10人もいない。」

「大丈夫よ。いつでもいける。」

 良しとばかりに、3人は地上に転移する。

 まだ周囲は暗い。

 ただ、かがり火があるため、状況はよく見える。

 幸いにことに、周囲に魔術師の気配はない。

 横たわっていた方向から、転移時に直立姿勢に変わったため、重力の向きの変化に一瞬立ちくらみに似た症状が襲う。

 だが、それでも不意を突かれた兵士たちと比べて、カズキたちの方が状況把握は早かった。


 何よりサエコさんの回復と言うか、変化に適応するスピードは凄まじい。

 カズキが立ちくらみに似た症状を感じた時には、そのまま兵士の許に走り出しているのだ。

 兵士が少しの声を出した時には、その声は呻き声に変わった。

「あ、ぐはぁっ。」

 しかし、少女を守るように立ちはだかったのは、小型犬の様な魔獣であった。

 なるほど、これなら兵士たちも怖れはしまい。

 ただ、勇敢にもサエコに向かって吠えたてた。

 その鳴き声も、子犬と変わらない。


「よかった。一緒に連れていけそうね。」

 サエコさんは、喜び勇み少女に近づく。

 今さら止めても仕方がない。

 この少女も、おそらくは集められてきた子供だろう。

 特殊能力を生かして使われている。

 教会が支配しているのか、あるいは国によるのかはわからない。

 だが、そのみすぼらしい姿がここでの扱いを明確に示していた。


(奴隷と変わらないな。)


 カズキは既に周囲の状況を探索済み。

 ラッキーなことに、兵士の多くは首都全域に広がったのであろう。

 ここにいる人数は限定的だ。

 そこに、弓矢が飛んできた。

 カズキは、微妙な調整で次々と飛来する矢を、風の魔法で失速させる。

 あっという間に、サエコさんは気絶させた少女と魔獣を胸に抱いて戻ってくる。

「さあ、行きましょうか。」

「悪魔だ! 悪魔が現れたぞ!」

「何と言うこと、ここに潜んでいたとは!」

 引っ掛けたカズキが思うのも何だが、ちょっと騙され過ぎだと思う。

 貴族の様な派手な鎧の兵士が槍を持って突撃してきた。

 だが、相手をするつもりはない。

 煌々と焚かれている松明の光を頼りに、一気に大きな距離を転移する。

 幸い、厚い雲の合間に少しだけ月明りが出ており、ぼんやりと周囲を確認できる。

 カズキは3人と1匹を抱え、街の居宅の屋根に転移した。


 直線的な転移ではないため、目で追いかけるのは難しいはずだ。

 街中には多くの兵士たちが松明を持って捜索している。

 それを屋根の上から見ると、兵士の状況が良くわかる。

「いたぞ!」

「こっちだ!」

 カズキは空中を次々と転移していく。

 その動き翻弄されるように、兵士たちが首都内の通路を駆けずり回っている。

 しかし、それは実際のカズキたちではない。

 水の魔法に光の魔法をかけ合わせた映像。


 地中に隠れていた段階で練った策である。

 使うのは初めて。

 あまり良い出来栄えではないが、手元に明かりを持ち暗い空を見上げる疲れた兵士たちには、それを偽物と見ぬくことは出来ないようだ。

 転移魔法の連続使用は、かなりのエーテルを消費する。

 それよりは、今のように眩惑させて兵士たちを誘導するのが逃亡には都合がいい。

 徐々に、しかし兵士たちが追える速度で、映像をカズキが実際にいる場所から遠ざけていく。

 そして、周囲には誰も残らない。


 果たして、逃亡成功である。

 カズキは兵士たちのいなくなった道を、紗江子さんと共に駈け出した。

 ユリアナはカズキが。

 カールスレイと小さな魔獣はサエコさんが抱えている。

 ただ、一つ大きな問題があった。

 既に場所との待ち合わせの時間はとっくに過ぎている。

 さらに言えば、現在の方向がまるっきりわからない。

 要するに、御者たちと待ち合わせした場所が分からなくなったのだ。


「やばい。集合場所がわからない。」

 そうサエコさんに伝えると、逡巡する間もなく返事が来た。

「こっちよ。」

「えっ、サエコさんわかるの?」

「乙女の勘。」

 そう言うと、サエコさんは兵士たちに見つからないルートを直感だけで選択していく。

 捜索している兵士の声は聞こえるのだが、サエコさんが走るその先には誰もいない。

 ちょっと、倒錯した様な感覚になって来る。

 果たしてこれは現実の事なのか。

 サエコさんの乙女の勘と言うよりは、野獣の勘は凄まじい。


 夜が明け始めるころには首都を抜け出し、見覚えある平原に到達した。

 捜索する兵士たちも、首都の中心街から外にはそれほど出てはいないようである。

「ありがとう。どうして方向がわかったの?」

「だって、ここに来る時に街の形とか見ていたし、目印になる建物を覚えていたから。」

 馬車の中では、はしゃいでいたように見えて、実のところ必要な事項を抑えているとは。

 カズキも方向感覚には自信を持っていたのだが、今回に限ればそこまでの記憶を留めてはいなかった。


 草原に出たところで、一気に転移魔法を使用する。

 見晴らしが良いため、かなりの距離を稼げる。

 その先に森があるが、そこで待ち合わせとなっていた。

 ただ、待ち合わせの時間からは半日以上遅れているので、馬車が待っていない可能性は高い。

 精神支配の力でも、それを命じていない時には人々は自由な行動をする。

 曖昧な命令では、それを都合よく解釈するため、最初は御者に命令するのも四苦八苦したのである。



 だが、そうは問屋が卸してくれなかった。

「必ず来ると思っていたぞ。」

 王が仁王立ちで腕組みしている隣にいるのは、昨晩重症を負ったはずのゲーリック。

 他にも50名近い兵士と数名の魔術師だろうか。

 歩兵だけではなく、数頭の騎馬もいる。

 それらを引き連れて、王はここで待ち構えていたのだ。

 ゲーリックは、全身を包帯の様なものでぐるぐる巻きにしてある。

 ただ、その声は忘れることもない。


「逃亡するとすれば、貴様は必ずここを通ると思っていたわ。」

 実は追手が来ることを考えて、敢えて街道を外れたルートを選択したのだ。

 ただ、カズキたちはこの地に聡くないため、御者の示したルートからの選択したことが仇となってしまったようだ。

 御者が知っているということは、使う者がいる道だということ。

「なるほどな。読まれていた訳か。」

「森に入れば、何とかなると思ったか! 浅はかな奴。」

 ヤレヤレだ。

 全くこの世界の奴らは楽をさせてくれない。

「俺の計画は、毎回穴だらけだな。」

 自嘲気味につぶやく。


「サエコさん。ちょっと借りてもいい?」

 サエコさんは、また奇妙な顔を見せ始めていた。

 眠っていると、それ程反応しないようなのだが、起きていると駄目の様だ。

 ただ、場所的には背後に森は抱えているが、広い平原なので影響は地下にいた時ほどではない様である。

 返事のないサエコさんのジャケットにある外付けポケットから、サエコさん用の手りゅう弾を取り出した。

「こんなところで使いたくはないんだけどな。」

「貴様! また新たな魔法か!」

「魔法じゃないさ。『ギジュツ』だ!」

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