(27)軍との対峙
怒りに燃えたゲーリックの全身から炎が立ち上がった。
「もはや王女に多少の傷がつくのはやむを得なぬ。」
どうやら冗談抜きで本気になったらしい。
と言うか、体裁を気にしなくなったと言った方が正しいだろう。
「炎のゲーリック。その本領を知るがよい!」
やはり、高弟ともなると二つ名があるらしい。
ゲーリックの体から発せられる炎によって、あたりが煌々と照らしだされた。
ユリアナを抱いているカズキの存在も、夜の空間に浮かび上がる。
カズキらを取り囲んでいる数えきれないほどの兵士たちが、固唾を飲んで状況を見守っていた。
「そんな名前なんて何の役にも立たない! サエコさん!」
そう言うと、カズキは自らの周りに張り巡らせていた障壁を解除。
巧みなフットワークで動きながら、今度はゲーリックとカズキの周囲に障壁を張る。
二人(正確にはユリアナを含む三人)を閉じ込める小さなリング。
「自ら逃げ場をなくすとは、愚かなり!」
ゲーリックは炎を一気に爆発させようとする。
しかし、カズキは自らの周りにもう一重の障壁を張った。
「さて、熱にどの程度耐えられるか?」
「丸焼けにしてくれるわ!」
王女まで?
ふと疑問が湧いたが、それよりも今は為すべきことをする。
残りの魔石の力を使っての電撃。
狭い範囲を全てを焼き尽くす、カウミゲル大司教の使った魔法。
方法は既に頭の中に組み上げている。
「ぐわっ!!」
「うっ!」
カズキはユリアナを守るように覆いかぶさっている。
熱と電撃の勝負。
気力と意識を失った方が負け。
だが、最初から勝負は見えていた。
カズキが自らの周囲に設けた障壁魔法はそれが二重になっている。 さらにその隙間を風魔法で真空に近い状態にしたのである。
断熱効果はかなり高い。
ゲーリックが体の周りに設けている防御魔法がどの程度のものかは知らないが、この巨大な電撃の魔法に耐えられるとは思えなかった。
突然、絶叫がほとばしり炎が急速に消える。
それを確認してすぐにカズキは障壁魔法を解除し、今度はサエコさんも含む形で張り直した。
サエコさんがカズキの傍に来て問いかけた。
「やったのね。」
「多分、立ち上がってはこれない。でも、死んではないようだ。」
「殺しちゃ駄目でしょ。」
「しかし、こいつは危険なんだ。」
「それでもダメ!」
サエコさんの方はと言えば、魔獣を大人しくさせたようだ。
「あの魔獣使いの娘は、大丈夫そうじゃないか?」
「そうみたいね。取り越し苦労だったかしら。」
障壁魔法に外部から魔法がぶつけられているのがわかった。
兵士たちも武器で攻撃を掛けるが、弾き返されている。
他の魔術師が近づいてきたのだろう。
周囲を取り巻く兵士の数は、おそらく数百人以上。
地位の高そうな貴族もいれば、立派な騎馬に乗った騎士も見かけられる。
周囲では怒号が飛び交い、カズキに対する怨嗟の声が広がっている。
目の前に倒れているゲーリックだが、全身を覆うやけどを負っているが、それでも治癒魔法を発動させていた。
完全に元の状態に戻ることはないだろうが、素晴らしい魔法能力である。
カズキも、もし大司教から魔石を手に入れていなければ、おそらく負けていただろう。
そう言う意味では、サエコさんに感謝だ。
「さて、どうしたものだろうね。」
「ちょっと、数が多すぎるかも。」
「今張っている障壁も、それほど長くは保たない。」
「かずちゃんはどうするつもり?」
「ギリギリまで耐えて、ちょっと無茶をしようかと。」
「それは無茶? それとも無理なこと?」
「無茶だね。でもかなりの危険を伴う。」
「任せるわ。かずちゃんがいいと思う方法を取って。」
「ありがとう。そう言ってもらえると助かる。」
障壁魔法の外では、バラバラに集まっていた兵士たちが、次第に軍としての様相を取り戻しつつあった。
ただ、国王どうやら見当たらない。
あの化け物じみた体力に加え、魔法力一定以上のレベルにはある様なので、落盤程度で死んだり寝込んだりはしていないと思うのだが。
「で、何をしようと考えてるの?」
「転移魔法による超特大ジャンプ。」
「えっ? それって無理じゃなかったっけ?」
「たぶんね。それに今は夜。視界も定まらないから、到達点の情報を取るのは相当に難しい。」
「超特大と言うことは、50mや100mじゃないんでしょ。」
「その程度じゃ、この囲みの外には逃げられない。一気に首都の外まで出る。」
「首都の外って、3kmくらいはあるんじゃない? それはやっぱり、無茶じゃなくて無理のたぐいだと思うんだけど。」
「だけど?」
「でも、かずちゃんがやると決めたならいいわ。」
「数で押す相手に、まともに勝負はできないしね。逃げるが勝ちさ。」
「どのみち、この数と戦っても勝ち目はなさそうだものね。」
「基本的に勝ち目のない戦はしないのがポリシーだからな。」
「嘘ばっかり。いつも無謀な挑戦しているくせに。」
くすっと笑ったサエコさんは、炎の光に照らされているためか、いつも以上に美しかった。
やはり王は健在だったようだ。
周囲の兵士たちが潮のように引いていき、出来上がった道をケルベルト王がゆっくりと馬のような動物に跨りやってくる。
「またしてもゲーリックは敗れたのか。」
ふん、とばかりに吐き捨てるように言った。
この魔術師も、なぜこの国王に従っているのだろうか。
今度は、非常に高価な装飾に身を包んでいる。
地下で出会った時の粗末さなど微塵も感じられない。
「必ず仕留めると言っておったのに、全くふがいない。」
カズキと王の距離は、障壁を挟んで15mほどある。
魔法攻撃を畏れていないのか、それを受けても耐えられるという確信を持っているのかはわからない。
ただ、その不遜な態度はまさに「暴君」という称号に相応しい感じであった。
「お前が悪魔と呼ばれる魔術師だな。」
昆虫を見下すような目でカズキを睨みつけながら、問いかけてきた。
「少し前に自己紹介したと思ったんだけどな。王様ともなると、いちいち覚えていられないのか。」
「虫けらのことなど、記憶するにも値せぬわ!」
その声は、カズキの腸にも響き渡るような図太く大きなものであった。
確かに、威厳と言う意味では凄いかもしれない。
ただ、カズキはそんなものを認めるつもりもない。
「儂のモノを返せ! さすれば、即座に優しく殺してやろう。」
「どちらにしても殺すってことか。」
「返さなければ、死にたいと泣きわめいても死なせぬわ!」
傍らのサエコさんがモジモジとし始めた。
またあの薬剤?
いや、薬剤ではない。
王そのものが発している何かだ!
ふと、視界の端にある姿を見て驚く。
あの魔獣使いの少女すらが、座り込んで恥ずかしげに喘いでいるではないか。
ひょっとすると、このケルベルト王固有の魔法なのかもしれない。
もしそうだとすれば、とんでもない(けしからん)力だ。
だが、今はそれに構ってもいられない。
「心配するな、ケルベルトのおっさん。ああ、王様だったかな。」
「なんだと!」
王の周囲でざわざわとした動揺が広がった。
そして王の威圧力が大きく膨れ上がる。
おそらく、王にそんな不遜な態度で接するものがいないのだろう。
「俺たちは、今から一気に魔法でこの国から逃げる。それで、あんたとはおさらばだ。」
「ほざくな! そんなことができようものか!」
「そう思いたければ、思えばいい。思うだけなら個人に認められた自由だからな。」
「付け上がるな! 虫けらが。」
「虫けら? あんたも俺と同じ人間さ。いや、両方とも虫けらか。」
「同じだと? ふはははは。面白い。面白すぎるぞ。王である儂と虫けらが同じとは。」
しかし、周囲にいる兵士たちは誰ひとり笑わない。
「やれ!」
王が命じると、複数の方向から障壁魔法がぶつけられた。一部の弱いものは跳ね返せたが、それでも取り囲む障壁のいくつかが砕け散る。
魔導師が他にも複数いるということだろう。
見当たらない距離から、それほどの障壁魔法を繰り出すというのは、相応の技量の持ち主と言うことだ。
だが、それはきっかけにすぎない。
「じゃあ、永遠に失礼するよ。おっさん!」
「この恨み、きっと晴らすわよ!」
と、なぜかサエコさんが捨て台詞。
「これで、この国からおさらばだ!」
障壁魔法が一瞬にして消える。
そして、3人はかき消すようにその場からいなくなった。
「探せ! 決して遠くに入っていないぞ!」
「悪魔を逃がすな!」
兵士たちの声が、次々とその場に響く。
「馬鹿な! 障壁魔法を周囲に繰り広げていたのだぞ。なぜ、その外まで転移できる!」
魔導師たちも、また別の意味でざわめいていた。
「ちょ。。。。」
カズキはサエコさんの口を慌てて塞いだ。
真っ暗闇の中、サエコさんの唇に指を当てて静かにするよう指示を出す。
サエコさんは、若干とろんとした雰囲気を漂わせて、カズキの指を舐めた。
逆にカズキの方が動揺するが、そこを何とか自制して音を出さないように耐え凌いだ。
(王よ。早くこの場から離れろ!)
そう。
カズキが転移したのは首都の外ではない。
元居た地下の空隙。
先ほどの位置とは多少奥の方だが、基本的には変わらない。
ここにきたのは、探索魔法で既に空間の状況を把握していたため。
空隙の位置をきちんと把握できていたことが理由。
それに、今度は地上との位置関係もわかっている。
最初から、無茶な転移をするつもりなどなかったのである。
敢えてそう言ったのは、サエコさんの態度から地下への転移を読み取られることを避けたかったため。
地下の捜索も出るだろうが、軍の大部分は外部の捜索に向かうだろう。
そちらの方が範囲は広い。
当然魔術師も駆り出される。
しかも、夜中の間ずっとである。
とすれば、ここに残る敵の数はぐんと減る。
こんな地面の崩れた場所に、王や貴族も長くは留まらない。
自分の居城や屋敷に戻って、部下の報告を待つはず。
理想を言えば、次の夜まで一日はこの地下に留まりたいところだが、食料もない状態で長くは保てない。
陽が出れば、転移しやすくなるというメリットもある。
当面の目途は明るくなるまで。
今は、使用しすぎた魔法による体力の回復に努める。
カズキは、発情しつつあるサエコさんをぐっと胸に引き寄せ、動きを抑える様に抱きしめた。
地上とつながった現在の地下は、寒さがそのまま入ってくる。
ユリアナと3人で、黙って固まるように温めあうしかないのだ。
サエコさんの手が妖しい動きをしていることにはこの際見逃しておく。
だが、カズキは眠る訳にはいかなかった。
ユリアナが万が一目を覚ました時に、直ぐにでも対処しないといけないからである。
彼女は、今精神を支配されている。
それがどの程度の強制力を持っているかは、様子を見なければわからない。
意識が戻れば、逃げ出そうとする可能性は低くないのだ。
暗闇の中で騒動を起こせば、ユリアナを逃がさなかったとしても、カズキたちの存在が見つかってしまう。
だから、カズキは両腕にサエコさんとユリアナを抱きながらも、サエコさんの怪しい動きに耐え、ユリアナの動向に集中するという苦行を味わっていた。