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魔道の果て  作者: 桂慈朗
第1章 裏切り
26/71

(25)魔導師

 どうやら、サエコさんも今は怪しい薬剤の影響からは逃れられているようだ。

 声のトーンが普通に戻っている。

 正直に言えば、あの薬剤のようなものが一体何のために利用されているものなのかは、カズキとしてはあまり想像したくない。

 確かにあんなものを使っていれば、王の元では女性は従順になるのかもしれないが。

 それは結局、王のハーレムを形成するだけではないか。


 一夫一妻制がが必ずしも女性に優しい制度でないという話は、カズキも聞いたことがあった。

 日本や欧米では当たり前のように、男女は一人ずつと言うのが慣習となっている。

 一方で、中東などでは一夫多妻制が文化として受け入れられている。

 女性が一人で生きていくことが難しい社会では、むしろ財力のある男性が多数の女性を娶る方が、豊かな暮らしを送れるというものだ。

 厳しい生活環境の場所で、自然に生まれて来たもの。

 それも一つの貴重な文化かもしれない。

 この世界は、文明レベルで言えばカズキの世界と比べて遅れている。

 そして、食糧難が一定周期で発生していることを、ユリアナからは聞いた。


 この国では、王を生かし、そこに人を集める。

 それが生き残るための仕組みなのかもしれない。

 そして、見る限り首都の住民はそれを受け入れている。

 あの活気の良さは、むしろ諦めに近い状態で自らたちの運命を受け入れている姿ではないか。

 もちろん、精神支配により抵抗できないということもある。

 どちらにしても受け入れざるを得ないのだろう。

 兵士たちがピリピリしていたのは、死にゆくことを定められた住民への感情が現れていたのではないか。


 ただ、この国の制度はユリアナから聞いていた彼女の国の形や制度とは大きく違う。

 ユリアナの祖国であるバッテンベルクは、王権に全てを集中させるというものではなかったと聞いている。

 もちろん、最後は貴族や兵士ではない一般国民が割を食と言うことでは同じだが。


 この世界のこの大陸のこと、あるいは12の国について、カズキの知識はまだまだ不十分なものでしかない。

 ひょっとすると、この国ともまた違った制度や体制を持っている国もあるだろう。

 考えてみれば、地球でも国によって制度や文化は大きく違うことを知っていたではないか。

 カズキたちからすれば当然のことでも、異世界から来れば信じられないと認識することもあろう。

 ユリアナたちが来たときに戸惑ったように。

 そして、同じことはカズキたちが訪れたこの世界においても言えることなのだ。


 カズキは、続けてサエコさんに考えている疑問点をいくつか話しかける。

「ところで、貴族が幼少時に一旦支配を受けているとすると、しかもそれを本人が覚えていないとすると、これは大きな問題だな。」

「どういうこと?」

「本人が知らぬ間に、いつでも精神支配を及ぼすことができるということ。しかも、その対象が貴族ってこと。」

「そうか。王様を好きなように動かせれば、国を支配するのと同じってことよね。」


「ああ。さらに、教会が絡んでいる可能性が高いことはさっきも言った。」

「貴族同士の争いってことはないの?」

「今のところはわからない。決定的な証拠はまだないからな。」

「じゃあ、私たちはどうすればいいの?」

「とりあえず、唯一分かっているのはユリアナに支配の力を使ったのが大司教だったてことだ。」

「うん。それは見ていたから。」

「全てが教会の組織的な行動なら、大きな問題がある。この世界を、教会が裏から支配しようと言う事になるからな。」


「じゃあ、教会が悪の元凶って事?」

「さっきも言ったが、まだ絶対じゃない。この世界のケルム教会について俺は何も知らなすぎる。一部の暴走と言う可能性もある。」

「じゃあ、それを調べれば良いんだね。」

「そうだけど、調べるって言ったってどうやって?」

「それは、この世界の人に聞くしかないでしょ?」


「だからどうやって?」

「あら、優しく聞けば教えてくれるわよ。」

「優しくねぇ?」

「何か問題ある?」

「いえ、特にはありません。」


「それにしても、俺が考えていた以上にこの地下崩れているな。」

「やりすぎだよ。」

「この世界には、元々大規模な地下を掘る技術がないんじゃないかな。」

「そうなのかなぁ?」

「だが、これで目的だった宿屋の娘を見付けるのはかなり難しくなってしまった。」

「そうだね。こんな混乱の中じゃ無理かもしれないね。でも、あの子はどうする?」


「あの子?」

「ほら、魔獣を使ってた子。」

「カールスレイって娘だっけ?」

「そうそう、そんな感じ。宿屋の娘と同じくらいの年齢だったわよね。」

「それって、助けたいってこと?」

「だって、使ってた魔獣、全部死んじゃったでしょ。それに、失敗して叱られてるんじゃないかな?」


「それは難しいんじゃないかな。もう夜中だ。あの建物にそのまま残っていると言う事はないと思う。」

「う~ん、そうかもしれないけど。」

「じゃあ、もし出会ったならってことでいいか?」

「うん。それでいい。」

 なんだか、小さな子供をあやしているような気分になってきた。

 妖艶な大人の女性だったり、幼女のようだったり、本当にめまぐるしい人だ。


 頭上から、ざわざわと人が何かを探している声と音が聞こえてくる。

 地上からの探索に違いない。

 もちろん捜し物はカズキ達。

 もっと言えば、王が我がものと宣言したユリアナだ。


 地下部分が大きく崩れたため、音が漏れてきているのだろう。

 ひょっとすれば、地上まで人が通れるほどの通路になった場所があるかも知れない。

 地上に上がれる道があるのなら、脱出する上ではカズキに取って非常に都合がよい。

 今は、暗すぎて転移魔法を使えない。


 小声で現状の確認を行う。

「サエコさん、今いるところの広さはどれくらい?」

「広さ? 洞窟みたいなところに二人を連れて来たけど、奥は深そうよ。」

「洞窟?」

「ええ、最初は明かりがあったので、何人か倒して奥に来たの。でも、そのあと大きく崩れて明かりも消えちゃった。」

「洞窟は地中に潜る感じ?」

「先の方はわからないけど、私が通ったのはほとんど水平かな。」

「なるほど、それほど深く地中に入った訳じゃなさそうだな。」


 カズキが迷っていた。

 今ここで探索魔法を使って、ある程度の状況を探ることは出来る。

 上手く行けば外に出る道や、転移できる様な空間を見つけることもできるかもしれない。

 ただそれは敵である魔術師に、カズキの使用した魔法の痕跡を見つけられる危険性を孕んでいる。

 一方で、ここで潜んでいても埒は明かない。

 食料がある訳でもない。

 いつかは逃げ出さなければならないこと。

 なら、明るい時よりも暗い今の方が都合が良いのだ。


「サエコさん、今から逃げようと思う。」

「えっ? 真っ暗なのよ。大丈夫?」

「うん。探索魔法で逃げられる道筋を探る。ただ、それを王国の魔術師に見つかるかもしれない。」

「じゃあ、見つかれば戦うの?」

「できれば、逃げたいところだけど。難しいかもね。」

「いいわ。私ができるサポートはするわよ。」

「魔術師とは、戦わない方がいい。」

「えっ。私、戦えるわよ。」

「俺が心配なんだ。暗闇の中、ユリアナを抱えた上でサエコさんも助けられるかどうかわからない。」

「心配してくれるの? ありがと。でも、大丈夫。足手まといにはならないから。」

 暗闇の中で見えなかったが、サエコさんが最高の笑顔を見せたような気がした。


 漆黒の空間を、ちらちらと地上からの光が切り裂く。

 一瞬のフラッシュのよう。

 コマ送りのように捉えられたサエコさんの表情は、もう既に厳しいものに変わっていた。

「じゃあ、魔法を使うよ。」

 囁くように伝える。


 既に眠っているユリアナを抱きかかえるようにして、その上半身に触れている。

 探索魔法は、風の連なりを利用して情報を伝えるもの。

 一方で、アレクが用いていた警戒魔法は、空気の配列の変化から全体を読み取る術。

 その理論は頭では理解しているものの、まだカズキには使えない。

 攻撃型の魔法に特化して練習してきたからではあるが、今になって習得していなかったことを悔やむ。


 しかし、そう上手くはいってくれない。

「見つけたぞ!」

 その声には、聞き覚えがあった。

 先の戦いで気絶させたゲーリック、宮廷魔導師である。

 正確には、それは声ではない。

 探索魔法が拾い上げた、空気の揺れ。

 カズキの発動した魔法が感知されたということ。

 魔法による反応はサエコさんには感じ取れないが、カズキの体の動きで緊張感が伝播した。

「見つかったのね。」

「ああ、発見された。」


「飛ぶんでしょ。」

「準備はいいか?」

「とっくに出来てるわよ!」

 魔法によりカズキたちのいる深さはわかった。

 地形だけでなく、人や物の配置も一定範囲内だが把握した。

 眠っているユリアナを肩に負った。

 戦いには非常に不利な状況だが仕方が無い。

「いくよ!」


 転移した場所は、地下が崩落したために地表面がガタガタになっていた。

 10cmほどの高さを狙ったが、着地に風の魔法を用いなかったため、足首をくじきそうになる。

「サエコさん、大丈夫。」

「問題ないわ。」

 しかし、すぐに気配を感じる。

 わずか、5mほどしか離れていない場所に、ゲーリックが転移してきたのだ。


「見つけたぞ。この、悪魔め!」

 空は暗いが、あちこちにかがり火が焚かれているため、比較的明るい。

 先ほどまで闇の中にいたというのもあるだろう。

 明転反応である。

「しつこいな。俺はあんたと会いたい訳じゃない。」

「五月蝿い。先ほどはよくもやってくれたな!」

「正々堂々の勝負だっただろう。」

「王の私への信頼は失墜した。」

「それは俺のせいじゃない。」


 まだ、周囲の兵士たちが気付いている感じではない。

 この魔導師は、自分で片を付けるつもりのようだ。

「なぜ、お前はアレクサンダラスに騙されているとわからん!」

「俺は騙されているとは思わないがな。」

「災厄が来たとき、本当に全ての国の民を救えると思っているのか!」

「それを実現するため、全力を尽くす。単純な話だろ。」

「不可能に挑むことを、人は挑戦とは言わない。それは無謀だ。」

「あんたはそう考えた。俺はそう考えない。単にそれだけのことじゃないか。なぜそれほどまでに必死になる?」

「お前には、この世界のルールが分からないのだ!」


 ひょっとして、この魔導師は悩んでいるのではないか。

 ふと、カズキは今のやり取りから思い至った。

「あんた、後悔しているのか?」

 魔導師は動揺したのか、言葉に一瞬詰まる。

「後悔などしていない。」

「それは、弟子たちの総意か?」

「大半の総意だ!」

「なるほどね。アレクは失敗もするわけだ。」


 ゲーリックがこの挑発に応じたのは、カズキにリベンジしたいという気持ちもあっただろうが、それ以上に自らが下してきた決断に対する不安が見て取れた。

 この会話は、それを自分で確認するための儀式だったのだ。

「戯言はこれで終わりだ。今度は先ほどのようにはいかん!」

 そう言い、剣をカズキに向かって構えた。

「結局、やらなきゃならないのか。」

「王女をこちらに渡せ。」

 そう言うや否や、転移魔法を用いて王女を自らの手元に呼び寄せようとした。

 が、その可能性を考えていたカズキは障壁魔法を用いてそれを防ぐ。

「くっ。やはり魔法は使えるのだな。」

「それがどうした?」

「お前は放置できん!」

 ゲーリックの目に怒りの炎が灯った。

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