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魔道の果て  作者: 桂慈朗
第1章 裏切り
24/71

(23)王女奪還

(弱い魔法だったので、何人かを倒せればそれで十分だと考えてはいたが、ユリアナだけにしか効果が無いとは全くどういうことだ。)


 気持ちの上ではユリアナにだけは魔法が当たらないように配慮したつもりであったが、そう上手くはいってくれなかった。

 一方、カズキによる瞬時の自問自答とは関係なく、サエコさんは逡巡することなく剣とスタンガンをそれぞれの手に持ち、いつものように飛び出していく。

 散布されているであろう薬剤の効果で、うっとりした表情を見せたままだ。

 むしろ、戦闘による興奮も薬剤の影響を高めているように見える。

 同様の快感を受けているのかもしれない。

 ただ、それにも関わらず動きには微塵の躊躇もなかった。


 ユリアナがここにいた理由としてはいくつか考えられる。

 理由を考えるのは罠への対応のため。

 普通、他国の王女を捕えたからと言って直ぐに会うほどに国王は暇ではない。

 組織というものは面倒なもので、それなりのルートで話を通すだけで一定の時間が経過してしまうのは当然である。


 加えて、今のユリアナは貴族とは思えない身なり。

 公式に王の前に出すなら相応の支度も必要だろう。

 今見る限りでは汚れた服のままである。

 だとすると、シャワーを浴びさせるなど身なりを整えるために時間を使ったわけでは無い。

 情報収集(尋問)が行われたと考えるのが素直なところ。


 他にも理由はいくらでも思いつくが、一方でこの短時間に罠を用意できるほど状況を把握したとも思えない。

 罠ならもっと周到な準備を刷る筈。

 だから、ここで丁度鉢合わせしたのは運が良かったとしか言いようがないだろう。


「悪魔だ。悪魔が現れたぞ!」

 その声はさざ波のように急速に周囲に広がっていく。

 そんな中、飛び出したサエコさんは急には止まれない。

 防御魔法により守られた兵士達は、物理攻撃や魔法の攻撃を受け付けないが、スタンガンによる電撃には無抵抗なことは既に判明している。


 そして、甘い吐息を振りまきながらサエコさんは、紙一重で兵士達の剣や槍による攻撃を時に受け時にすり抜け、次々とスタンガンを使って2人の兵士を行動不能に追い込んでいく。

 その様子は、鬼ごっこで逃げる子供にタッチすると皆が倒れていくシュールな絵図に映る。

 知らぬものが見れば恐ろしい魔法のように見えるだろう。

 カズキとしては競い合う訳ではないが、与えた雷魔法の影響で少しは体や感覚が麻痺させたためと考えておきたい。


「近寄らせるな! 不思議な術を使うぞ。」

 魔術師が大きな光の魔法を放った。

 目つぶしである。

 サエコさんのスピードを抑えようという魂胆だろう。

 瞬時にそれを考え行動に移すとはなかなか良い判断だ。


 しかし、カズキは魔法発動の初期段階でそれを見抜き、顔を逸らせて目を閉じることで影響を防いでいる。

 それでも強烈な残像が残るほどの輝き。

 相当レベルの高い魔術師だと推測。

 ただし、一時的に視力を低下させたサエコさんを襲ったとしても、不意を突いてカズキが乱入すれば相手を大きく混乱させることができる。

 そう考えて剣を片手に物陰から一気に間を詰めようとしたカズキを、その魔術師の目はしっかりと捉えていた。


(最初から気づいてやがる!)


 しかし、もう飛び出してしまった。

 後戻りはできない。

 カズキは混乱に乗じて一気にユリアナを取り戻すつもりだったのだが、その作戦を瞬時に切り替える。

 サエコさんは?

 飛び道具でもなければ、目くらまし位では最初から特に心配していない。


 結果として、目が見えないサエコさんを取り囲む3人の兵士。

 カズキと向き合う魔術師にぐったりしたユリアナを抱きかかえているもう一人の男という構図ができあがった。


「お前が悪魔か。しかし若いな。この若さで悪魔認定されるとは立派なものだ。」

 突然カズキに向かって魔術師が話しかけてくきた。

「その言葉、喜んでいいものかな。俺には全く自覚が無いんだが。」

「お前が異世界から来たアレクサンダラスの最後の弟子だな。」

「さあ、とにかく悪魔と呼ばれているらしい。」

「全く、可哀そうな話だ。同情するよ。」


「同情するくらいなら、ユリアナ王女を返してもらえないか。」

「それはできないな。ああ、私の名はゲーリック。かつて大魔導師の四天王と呼ばれた魔術師だ。つまりお前の兄弟子に当たる。」

「兄弟子? なら、なぜアレクサンダラスの意志を継がない。」

「ははは、お前は何もわかっていない。お前はアレクサンダラスに騙されているんだよ。正義感か何かは知らないが、世界を跨いでまでつまらぬ争いに巻き込まれたものだな。」


「なんだと?」

「せっかくだ。名前くらいは聞いておこう。なんと言う?」

「俺の名はカズキ。お前たちが悪魔と呼ぶ存在でもある。」

「悪魔の呼称は気にするな。ではカズキ、雑談はこのあたりで終わりにしよう。ユリアナ王女は返せん。これはケルベルト王への献上品だからな。」


「献上品だと?」

「そうだ。この器量だからご寵愛は間違いない。」

「そんなことはどうでもいい。必要ならば奪い取るだけ。」

「なるほど、それは楽しみだな。」


 この突然の戦いに気づいた多くの兵士たちがバタバタと集まってくる。

 しかし、それをこの魔術師は手で制した。

 言葉を発しないその動きのみで、兵士たち動きを止め遠巻きに見守っている。


 顔を見る限りでは魔術師はかなり若い。

 カズキの感覚では20代後半というところか。

 若年にも関わらず大勢の兵士を従えている。

 しかも、かつてアレクサンダラスの高弟であったとすれば、この男こそが宮廷魔導師ではないか。


 そして、アレクサンダラスの高弟であれば転移魔法を使える。

 現在カズキが置かれている自由に魔法を使えない状態では、最も戦いたくない相手である。

 カズキは剣を捨て、懐に入れている奪った魔石に手を伸ばした。


「ほう、剣を捨てるか。」

「その方が勝率が高そうなんでな。」

「魔法勝負と言う訳だな。久々に、魔法を存分に使ってみるか。」

 そう言いながら、ゲーリックはレイピアを構えた。

 兵士たちが持っている剣は薄刃の大きな剣だが、細身の剣もこの世界にもあるらしい。


 ゲーリックが魔法勝負と言いながら剣を構えたのは、魔法と剣技を組み合わせた戦い方をするためである。

 「剣魔武闘」と呼ばれる存在はアレクから聞いていたが、実際に相手をするのは初めて。

 しかも初戦が大魔導師の元四天王とは罰ゲームにもほどがある。

 そして、命をかけた戦いなのだ。


「やばい。頬がひりひりしてきた。だが、この感覚が堪らない。」

「その齢で畏れを知り、その上で立ち向かおうとするとは、さすがにアレクサンダラスが弟子に加えただけのことはある。」

「なんか、まともに勝負して勝てる気がしないな。だが。」

 そう言うと、魔石を用いて障壁魔法を発動させカズキとゲーリックに加えて、ユリアナと抱きかかえているもう一人の男まで包みこんだ。

 この魔石には、障壁魔法と雷魔法の両方が込められている。

 だからこそ、カウミゲル大司教は二つ力を同時に使うことができたのだ。


「神官の魔法を、いや魔石を奪ったか。しかも、自ら退路を断つとはな。いいだろう、その覚悟は受け取った。」

 そう言うや否や、これまでの兵士たちとは比べものにならないような鋭い突きがカズキを襲った。

 完全には避けきれない。

 羽織るローブを細身の剣が突き抜けると、詠唱無しにも関わらずそのままローブが燃え上がる。


「ほう、それが異世界の出で立ちか。奇妙なものだな。」

 燃えたフードを取り払うと、カズキが来ているのは防弾ジャケットと、アラミド繊維等が編み込まれたズボンが露わになった。

 ジャケットやズボンに設けられたポケットには、様々な道具がぎっしりと詰められている。


「いや、服だけではなく異世界の『ギジュツ』という魔法を楽しんでくれ。」

 とは言え、反撃の機会は容易に与えてもらえない。

 ゲーリックが次々と繰り出す突きにより防弾ジャケットが徐々に削られていく。

 しかし、それでも深手にまでは至らぬレベルで攻撃を避け、カズキはにんまりと笑った。

 この攻撃はまだ様子見のはず。

 カズキが使う魔法を警戒しているからだ。

 だが警戒してもらった方がずっといい。

 実のところ魔法の力技で攻められれば、今のカズキでは対処しようがないのだから。


 一瞬の隙を見て魔石を胸のポケットに戻すと、今度はズボンの後ろから金属製のトンファーを取り出し右手に構えた。

 左手にはスタンガンを持ったまま。

 魔石を胸ポケットに入れても障壁魔法の効果は消えないが、これで雷魔法を新たに発動することはできない。


 ゲーリックの攻撃は、最初こそレイピアを突いてくるだけであったが、徐々に薙ぎや振りが加わり始める。

 しかもその攻撃に魔法を乗せて打つのだ。

 トンファーを使って剣を逸らし、受け、攻撃を直接体には受けていないのだが、そこから放出される魔法によりダメージを受けていた。

 大きな魔法を打ってこないのは、障壁魔法に囲まれた空間が狭いため、自分やユリアナへの被害が十分考えられることによる。

 もちろんそのために閉じ込めた訳だ。


 体を捻り、あるいはトンファーで攻撃を受けながらも、じりじりと障壁に囲まれた空間の縁を移動する。

 逃げるというよりは追いつめられている感じ。

 ユリアナを抱えている男は、常にゲーリックを挟んでカズキと反対側の安全なポジションを保っていた。


「その武器が邪魔だな。」

 そう言うと、召喚魔法でトンファーをカズキの手から一瞬で奪い取ってしまった。

 そして、強力な炎の魔法で一気に溶かす。

 形の崩れたそれが地面に落ちる。

「くっ。」


「そちらも貰おう。」

 カズキの左手を見ながらそう言った時、カズキは左手のスタンガンを空中に放り上げた。

 そして両手を交差させながら、右手でポケットから玉のようなものを取り出しゲーリックに投げつける。


 大した勢いではない。

 ただ、空中にある二つのものを瞬時に対処できなかったようで、投げられたものを小さな障壁魔法で防ごうとした。

 しかし、その玉は障壁にぶつかると瞬時に煙を吹き出す。


 さらに、その瞬間左手から別の物体が投擲される。

 超高強度のワイヤーで構成された投網であった。

 それは空中で広がり、ゲーリックの上に覆いかぶさる。

 玉から吹き出す煙により目視できないゲーリックは、投げつけられた網をもろにかぶってしまった。


 網が覆うのを確認せず、カズキは落ちてきたスタンガンを掴むと、ユリアナを抱えていた男の許に走る。

 わずか数秒の出来事。

 そして、広がる煙によりカズキの行動は見えていない筈。

 しかし、目の前には転移してきたゲーリックが、目を煙を浴びて覆いながらもレイピアを構えて待っていた。


 カズキは瞬時に腰を落とし、レイピアの下をかいくぐるとゲーリックにスタンガンを押し付けた。

「ぐわっ。」

と言う声を残して魔術師が崩れ落ちる。

 流れるような動きで、広がりつつある煙の向こうにいる男にスタンガンを向けた。

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