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魔道の果て  作者: 桂慈朗
第1章 裏切り
23/71

(22)地下空洞

明けまして、おめでとうございます。

本年もよろしくお願い申し上げます。

 奴隷分別が行われてた建物で男たちが言っていた「穴蔵」は、おそらく王城の地下に設けようとしている地下王宮か何かではないだろうか。

 ふとカズキの脳裏に予想が浮かび上がる。

 別に根拠がある訳ではない。

 ただ、魔術師は災害の到来を知っていた。

 だとすれば、地下に避難場所の様なものを造るのは理にかなっている。


「ほらほら、あまり遊んでいるとそのうち大怪我するわよぉ。今はユリアナちゃんがいないんだし、怪我しても治らないんだからねぇ。」

「いや、大丈夫さ。丁度ここに気を失っている魔術師がいる。気を失っている奴なら、触媒として使えるみたいだ。」

「そういえば、あのエロ大司教の時も使っていたわねぇ。」

「ああ、俺が魔法を使うことを相手が認めれば使えるようだ。ただ、心の中でそれを認めなければ触媒としての効果を果たさない。普通の相手じゃ無理だな。」


 そう言いながら、ユリアナも時々魔法発動が上手く行かない時があることについて考える。

 まだあの時のことで、カズキを心の奥底では許して部分があるのかもしれない。


 それにしても、サエコさんの言葉尻に色気が強く感じられるのはどうしてだろう?

 いつものサエコさんと比べると表情も若干崩れている。

 視線も熱い感じがする。

 あまり絡みたくない雰囲気なのだ。


 兎に角、サエコさんからの絡みつく視線を避ける様に、カズキは倒れている魔術師の頭に手を置いて目を閉じた。

 鞭の攻撃を受けた右腕が光り始め、服の上からは見えないものの傷ついた筋肉繊維と血がにじむ皮膚が修復されていく。


 筋肉痛までは回復しないのは少々悔しい。

 今、サエコさんに襲われたら逃げ切れる気がない。


「どして、目を逸らすのよぅ。」

「いや、集中が必要だからな。」

「いいから、私を見て!」

 明らかにサエコさんの表情がおかしい。

 ガスか、何かの香料?

 しかし、カズキには全く何も感じられない。

 サエコさんに両手でがっしりと顔を掴まれてしまった。

 まだ治癒魔法は完全に終わっていないのだ。


「サエコさん、何かがおかしい。今はそんなことしている場合じゃない。いつあたらな追手が来るかわからないじゃないか。」

「いいの。何が来ても私が倒すから。」


 確かに、先ほども早々に戦っていた兵士2人に加えて、気を失ったところを無理矢理起こされ脅され喉を切られそうになっていた兵士が1人。

 それらをまとめて、カズキが魔術師と戦っているうちに無力化してしまったのだ。

 カズキが使ったスタンガンが効果を発揮したのを見て戦法を切り替えたからではあるが、それでも剣を持つ兵士複数人を相手にするのは簡単ではない。

 魔術師が放った衝撃波すら兵士を盾に防いでいる。


 さらに、不意を突いてカズキと戦っていた魔術師までスタンガンの餌食にしてしまった。

 サエコさんの隠密行動能力は、性格が変わってしまったように見える今でも劣化してはいない。

 カズキとしては自分の獲物を奪われた悔しさもあるが、今はそれ以上に時間が惜しく気持ちは仕舞い込んでいる。


「それは嬉しいけど、今は早くユリアナを助けに行かないと。」

「ちょっとくらいいいでしょ。ご褒美貰っても。ん。」

 避ける間もなくカズキは唇を奪われてしまった。

 一瞬呆然とそれを受け入れてしまったカズキは、慌てて頭を振って振りほどこうとする。

 が、サエコさんに強く両手で抑えられていてすぐにはそれもままならない。


 この世界に来てから大胆になったとは思っていたが、それにしてもこの行動は奇妙過ぎる。

 明らかに理性を失っているとしか言いようがない。

 それにここに長居していても、倒れている兵士が徐々に意識を取り戻していくだろう。

 遅いか早いかの問題はあるが、警報を発せられる前にユリアナの居場所程度は見つけ出しておきたいのだ。


 これ以上魔法を使いたくはないが、小さなものであると割り切って弱い雷の魔法をサエコさんに与えた。

 それほど強い衝撃にはならないよう調整した筈だが、サエコさんは奇妙な声を上げて離れる。

「ひやぁ。」


 そしてキョロキョロと周囲を見回す。

 丁度、魔術師の上に座っているのを確認したようだ。慌ててがばっと立ち上がった。

「正気に戻った?」

「えっ? 何? あれ? 私?」

「どうやら、もう大丈夫のようだね。」

「えっ、えっ、えーっ!?」


 サエコさんは顔を両手で覆い大きく首を振っている。

 どうやら記憶はあるらしい。

 だが、こんなことで時間を無駄にはしたくない。

 全ての兵士の意識を刈り取ってしまったので、状況を聞き出すには再び時間が必要だ。

 今は、魔術師が開けてくれた扉を通って城の中に侵入することを決めた。


 念のため魔術師の服を探ると、いくつかの紙が出てきた。

 羊皮紙というものだろうか。

 この世界での呼び名はわからないが、何か文書が見つかる。

 それを急いで懐に仕舞い込んだ。


「サエコさん、時間が無い。行くよ。」

 そう言いながら、カズキはサエコさんの手を取り開いたままになっている扉から王城の中に侵入していく。

「本当は兵士たちの服装を奪ってもいいんだけど、あの鎧はちょっとね。」

 気を紛らわせようと振った話にも、サエコさんは恥ずかしそうにして応えない。どこの乙女だこの人は。


 大きな扉をくぐった後、地下通路は急速に狭くなっていき、すぐに直交する廊下に行き当たった。

 ここはおそらく王城内の地下通路であろう。

 問題は、王城の内部地図を持っていないこと。

 サエコさんの野生の勘に期待したいところではあるが、危機は察知できてもお宝を見つけ出すような探索能力はない。


 ただ、ユリアナはいつかの時点で王のそばに置かれるだろうことは確信していた。

 カズキもほんの少し前までは知らなかったが、ユリアナは「西の麗華」と呼称されるほどの有名人だったらしいではないか。

 その元王女を王城に送るということは、大体は政治カードに用いるか、寵愛の対象とするか。

 場合によっては王子に嫁がせるなんて可能性だってある。


 彼女に掛けられた指令は「ケルベルト王の命令に従え」。

 カウミゲル大司教が命乞いと共に教えてくれたことである。

 だから、考えられる最悪のパターンは本物の奴隷として扱われることだが、送り込まれて1時間ほどの時間でそこまで事態が進んでいるとは考えにくい。

 おそらく最初に行われることは、どこかに幽閉されること。

 王の都合を調整しなければ、いきなりの謁見もあり得ない。


 なお、精神支配を受けて一度与えられた命令は、術者が死んでも消えることはない。

 だとすれば、彼女は王の命令には従おうとする。

 しかし、王に会う前なら命令を受けていないため彼女は自由に動けるということ。


「かずちゃん。」

 サエコさんが通路の角に隠れながら進むカズキに、突然手を絡ませてきた。

 先ほど一旦正気に戻ったはずなのに、再び様子がおかしい。

 見るからに目がトロンとしている。


 カズキには感知できないが、王城内に何らかの薬がまき散らされているのか、あるいはカズキの知らない魔法が施されている可能性がある。

 問題は、このままではサエコさんが足手まといになってしまう可能性があること。

 電の魔法で一時的には理性を取り戻せても、ずっとそれを続ける訳にもいくまい。


 ただ、今はそれが必要とばかりに、再びちょっと強めに魔法を施した。

 びくっと驚いてサエコさんの正気が再び戻る。

 今回はやらかした訳では無いので恥ずかしがる必要もないはずだが、乙女にとってはそうはいかないようだ。何か、もじもじしている。


「サエコさん、何か変な匂いとかしないか?」

「このお城、いい香りはするけど変な匂いはしてないわ。」

「それか。魔法ではなく何らかの催淫剤の様なものだな。」

「えっ。私、薬にやられているってこと?」

「多分そう。」

「そんな。」


 こんな場所でショックを受けられても困るし、そもそも何にショックを受けているのやら。

 がっくりと項垂れるサエコさんを引っ張り上げ、無理やり引っ張って更に通路を進んで行く。

 行き当たりばったりではあるが、今は悩むより進めであろう。


 見回りの兵士は、ここではそれほどピリピリした状況にはない。

 それ以外にも商人と思しき人物などを見かけたが、そのたびに隙間や枝道に隠れて事なきを得た。

 しかし、女性を見かけることが無いのは、この怪し気な薬剤のせいであろうか。


 どうやらこの地下通路は三重になって円形に構成されている。

 その間に放射状の連絡通路があり、ちょっと迷路のようにも思える。

 円形のあみだくじ状と言った方がわかりやすいが、予想以上に大きな構築物になっている。

 そして、通路が囲む中央部分への入口を発見した。


 その間にサエコさんは二度ほど発情し、電撃を受けている。

 だんだんと電撃を強くしているのは、別にカズキの趣味ではない。

「もう嫌!」

 敵に見つからないように小声でサエコさんは抗議するが、それは誰に向けたものでもない。

 なかなか理性では制御できないらしい。


 さてこの中に入るか、上に登るための階段を探すかだ。

「ちょっとダンジョンっぽい?」

「違うと思うよ。」

 サエコさんは、どうしてもファンタジーゲームの要素を求めてしまうようだが、この世界でも魔獣は名前こそ魔獣だが怪物ではないし、自然発生もしない。

 そのことは、ユリアナから聞いていたと思うのだが、今一つ認められないらしい。


 この地下に、天変地異を受けた時の非難用のシェルターが作られているというのが通常の見立てであろう。

 もちろん、特殊な鉱物を掘り出すための炭鉱と言う可能性もあるが、少なくとも地下であるため外部ほどの寒さは感じずに済んでいる。


 一気に空気が変わった。

 兵士たちがざわつき走り始めた。

 大きな声で叫んでいるのは、当然カズキたちの事。

 ついに王城に入る扉のところでの戦闘の跡が見つかったらしい。

 聞こえてくるのは飛び交う「悪魔」という言葉。


(俺が一体何をした? どれだけ畏れられているんだよ。)


 ここに来る前の地下通路にいくつもの部屋が通路に添って設けられていたが、ほとんどは地下空間を作るための道具と材料が置かれている倉庫。

 詰所のような部屋もあったが、そこも兵士が数名くつろいでいただけである。

 通過する時点では地下は平和だったのか、厳しくチェックなしに詰所の前を通り過ぎることができた。

 しかし、どう考えても帰りは無理そうだ。

 一方で、ユリアナさえ取り戻せば魔法で脱出程度はなんとかなるといった目算もある。


 カズキたちが潜んでいる物陰の前を、通路の内側に繋がる入口からも次々と兵士が飛び出してくる。

 ちょっとこの数は、相手にするにはさすがに多すぎる。


 そんな中なんという僥倖だろうか。ユリアナを連れた男たちが、カズキたちの目の前を通過して地下通路内側の空間に入っていこうとするのが見えた。

 よろめくように引っ張られているユリアナと、その手を強引に引くがっちりした男。

 それを護衛する兵士が5人。

 そして魔術師風の男が一人。

 数は少し多いが、このチャンスを逃すわけにはいかない。

 そう判断すると、サエコさんの肩を叩いて合図を送り、そのまま物陰から魔法による電撃を放った。

20160102:体裁見直し

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