(19)王城潜入
30秒近く続いただろうか。
突如として雷の饗宴が終わり、それと同時に大きな悲鳴が別に室内に響きわたる。
カウミゲル大司教が発したそれは、この世の終わりを感じさせるような叫びであった。
微かに聞こえるそれを耳にしたカズキは、おもむろに風の魔法を止める。
おそらく今、必死に治癒の魔法を使っているはず。
大司教がうずくまっている方向を見ると、右肩から胸にかけて剣が深々と突き刺さっている。
それを引き抜こうとして必死の状況。
治癒魔法も発動させているようだ。
それを見たサエコさんが、即座に地面に突き刺さっていた剣を軽々と引き抜き疾走を始めた。
この世界の剣は薄く長くそして日本刀よりも軽くて大きいが、普通の女性が容易に引き抜けるものではない。
「ぐわっ!」
サエコさんは、伏せる形でうずくまっていた大司教を蹴り起こし、その腹を一瞬の躊躇いもなく剣で貫いた。
肩口の剣を引き抜くこととその治癒に集中していたため、おそらく意識が及ばなかったか防御の魔法が間に合わなかったのだろう。
口からは大量の血。
大司教の胴体を貫いた剣の先から、こぶし大の石が飛び出し転がり落ちた。
間違いなくそれが魔石だろう。
見事にその位置を見抜くサエコさんの乙女の勘に素直に感心する。
カズキは素早く周囲を見渡した。
いくつもの黒く焦げた死体しか残っていない。
部屋のに中に肉の焼けた嫌な臭いが充満している。
魔獣も人間も全てが強烈な電撃の餌食と成ったようだ。
しかし、カズキ達も大司教の魔法が延々と続いていれば同じ目に合っていたことだろう。
直感ではあるが、ブレスレットに込められていたエーテル量限界の方が早かったと思う。
そう考えると、今更ながら冷や汗が流れる。
「レオパルド王子を殺したのは誰!」
サエコさんの恫喝が4人しか生きていない部屋の中に響く。
カウミゲル大司教は腹ばいに転がされており、腹に突き刺さった剣にサエコさんが力を込めていた。
その腹部も同時に治癒の魔法により修復しようと試みてるが、剣が突き刺さったままでは修復ができない。
肩口の剣は、倒された時に抜けたため近くの床に転がっている。
内臓からの血が腔内に溢れているのか、ゴボゴボとした音だけが響く。
その時、ふと現状を認識したのかサエコさんが助けた魔獣使いの少女が大声を上げた。
もちろん、魔獣達の死を目にしたからであろう。
「サエコさん。殺しては駄目だ!」
いつもとは反対の立場での言葉。
いつもならサエコさんが最後には止めに入る役割を担っている。
ただ、今回カズキが止める側に入ったのには理由があった。
「簡単には死なないんでしょ。魔法で治るから。」
「それはあるが、今は回復すらままなっていない。直ぐには大した魔法を使えないと思う。多分、ギリギリ。で、俺はそいつに聞きたいことが山ほどある。」
「私も丁度今、聞いているの。」
相変わらず、感情の消えたような冷たい言葉を吐き捨てた。
「ああ、だが今の状態では話すことすらできそうにない。ちょっと試しにやってみたいことがある。いいか?」
そう言うと、カズキは仰向けに倒れている大司教のまだ傷口が塞がっていない右肩近くの首に手を当てる。
その瞬間、大司教が痛みに耐えかねて声を上げた。
「こいつが楽になるようなものなら止めて。」
「その腹に刺さっている奴を捻れば、いつでももっと悲鳴を上げさせることはできるさ。でも、話だけはできるように戻さないとな。」
そのまま、叫んでいる大司教に向かって強く言い放つ。
「今から俺が魔法を使うから、拒絶するな。なら、少しは怪我も治るだろう。いいな。」
返事は特に来返ってこないが、そのままカズキは目を閉じた。
◆
「放っておいていいの?」
「今はこちらの情報が流れるのも嫌だけど、それ以上に時間が惜しい。それとも、サエコさんがもう一回戻ってとどめを刺す?」
「嫌よ。もう、関わりたくもないわ。」
カズキとサエコは、カウミゲル大司教から聞き出したルートを通って王城に向かっていた。
ユリアナは王城に連れて行かれたはずであり、助けようと考えていた娘も昨日王城に連れて行かれていると言う。
「おそらく、もう使い物にはならないよ。程々に役に立ってくれてよかったけどな。」
「あれで役に立ったって? 大司教とかいうからもっと幹部でいろいろと知っているかと思ったのに、使えないったらありゃしないわ。」
「バッテンベルクとここではかなり距離がある。詳細な情報までは知らない可能性が高いよ。それにあのことは。。。」
「うん、わかってる。言わないわ。タイミングはかずちゃんに任せる。」
命乞いする大司教を訊問して分かったことは、集められた人材は王城と教会が分け合っていること。
教会は支配の力を受けにくいタイプの人材を、王城はその影響を受けやすい者たちを大雑把に選定して分けている。
そもそもケルム教会は、人材を相応しい人をスカウトする形で集めているという。
すなわち誰かが善意で牧師やシスターになりたいと考えても、適性が無ければ門前払いと言うこと。
だとすれば、最初からカズキの策は見当違いであったのかもしれない。
シュラウス司教のところに、教会の役に立ちたいという話で持ちかけること自体が、この世界では通常ありえないことだったようなのだ。
それを知らなかったユリアナも世間知らずである。
総じて、多くの国を旅する旅人や商人の方が支配の力を受けにくい。
だから、教会はそういう人材を常に求めているのだそうだ。
そしてカウミゲル大司教は、支配の力を受けやすいか受けにくいかを見抜く直感力を持っている故に、今の地位に付いたらしい。
カズキからすればカウミゲルが優遇される理由などどうでも良いことだが、それを見抜ける人材がいるということは重要なポイントであろうと考えた。
そして、この国が教会にとっても人材の供給源となっているのは、王であるルジアナ=ケルベルトの趣味が大いに影響していた。
『暴君』の噂は実のところたがわず、この国には元々教会すらが入り込める隙もないほどの専制君主であったらしい。
気にくわない国民は、すぐに処刑されるという話。もっとも、自国民をあまりに減らすと国力が落ちるということで、他国に小さな侵略をかけ、あるいは他国の国民を誘拐することすらあったそうだ。
ただ、それが5年ほど前よりこの国に教会が進出し、その結果国王は殺戮遊びをやめるようになった。
その間にどのようなやり取りがなされたのかはわからないが、国王は殺しを止めたものの奴隷と言う形(建前上は人材徴用)で人を集めるようになったらしい。
教会はそこに相乗りしているようだが、これが成立した理由も大司教は知らなかった。
嘘かもしれないが、サエコさんのあの詰問で嘘を貫き通したのならば、あっぱれと言うしかない。
大司教が教えたルートは、王城の非常用脱出通路。
そこは、同時にここで集めた奴隷たちを王城に運ぶ道筋でもある。
当然、精鋭の兵士が一定間隔で配置されているが、サエコさんは事も無げに彼らを無力化していく。
この世界に来て思うことだが、元の世界と比べてエーテルの濃度が濃いこともあって、体力の回復が早いだけでなく、基礎的な体の動きが強化されているような気がしている。
エーテルが何を示しているのかはカズキにも正確にはわからない。
科学では解き明かされていないもののように思うが、感覚的には「気」が相当すると感じている。
それをうまく扱えるものには、魔法も使え、あるいは身体能力も向上する。
そして、異世界から来たカズキとサエコさんはその恩恵を最も受けられる存在なのだ。
いや、もう一人その恩恵を受ける人物がいる。
アンザイだ。
彼がこの世界の濃いエーテルによる恩恵を受けて、一体どれだけ強くなっているかを考えると背筋が冷たくなる。
「さて、あそこかしら。」
サエコさんが物陰から指さした先には、10名ほどの兵士が大きな扉の前に詰めていた。
剣を腰に下げていたり、槍を持っていたりとピリピリとした雰囲気を漂わせながら武器を身につけている。
首都に入った時からそうなのだが、兵士たちは総じてかなり神経質になっている感じがする。
ただ、大司教からの情報ではその理由が分かるものはなかった。
「多分、あの扉を抜けると城の中に出るんじゃないかな。地下室に繋がっているのだと思う。」
「で、あれも倒すの?」
「ちょっと数が多いな。これを使うか?」
「えーっ、それ何か汚くない?」
「早い目に使ってしまいたいんだ。血糊とかついてるし。」
取り出したのは、大司教の体内から出てきた魔石。
まだ全てのエーテルを放出し切った訳では無い。
ちなみに、この強力な魔石の作り方は教会中枢部の極秘事項だそうだ。
有用な人物に与えられるということだそうだが、体内にどうやって入れたか謎である。
あと、大司教の肩口に突き刺さった剣はカズキが放り投げたもののうちの1本。
都合よく自らの頭上の屋根を吹き飛ばしてくれたので、渦巻く風の魔法を操作して剣をその穴から外部まで放り上げたのだ。
もちろん、向きを制御するために細かい制御を行ったが、最も大きかったのはこの世界の剣が薄くて軽く幅広であったことであろう。
刃の横から風をあてて操作することができたのである。
墓穴は足元に掘るものであるが、大司教の場合には頭上に開いたと言える。
一度見破られながら、その穴を埋めずに魔法でゴリ押ししようとしたのが敗因だ。
「この魔石のエーテル圧縮度は凄いな。正確な量はわからないけど、感覚的に凄い量が封じられているというのはわかる。」
「私からすると嫌な感じ。あまり触れたくはないわ。」
と、サエコさんはあまりお好みじゃないようだ。
とは言え、先ほどの部屋にいた男たちとは能力も技術も明らかに違う兵士である。
2,3人なら二人で不意を突けば騒がれることなく倒せなくはないが、数が多いと倒せても時間がかかるし、音や声で情報が漏れてしまう。
だが、電撃の魔法で倒せても音や悲鳴は同じように出れば同じこと。
風の魔法を併用して音を響かなくしたいが、ブレスレットに仕込まれた魔石の効果はほぼ使い尽くしているためそれが難しい。
少しだけ考えて、方策を決めた。
「初めてなんでうまく制御できるかどうかはわからないけど、試してみるか。」
「どうするの?」
「大司教みたいに大きな魔法は使わない。心臓付近で一気にスパークさせて、気を失わせる。体力に自信はあっても、衝撃にはどうかな?」
「で、私は漏れた奴をやればいいのね?」
「そうならないように頑張るよ。」
「一人や二人なら問題ないわ。」
兵士たちとの距離は10m以上ある。
扉の前はホールのようになっており、それなりの広い空間がある。
だが、地下にある分だけ音が良く響くだろうことが問題なのだ。
サエコさんは、どうやってこの距離をいい気に詰めるつもりなのだろうか?
20160102:体裁見直し