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魔道の果て  作者: 桂慈朗
第1章 裏切り
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(1)転移ミス

「どうしてこんなところに!!!」


 今から5日ほど前のことになる。

 絶世の美女には全く似合わない大きなユリアナの叫び声が、冬の薄暗く寒い山中の森の中に大きく響き渡った。



 そして今。


「サエコさん! 左からだ!」

 カズキの掛け声に、サエコさんは「分かっているわよ」とばかりに走りながら軽く微笑む。

 ここは、森とはいっても斜面地で岩もゴロゴロとした場所。

 そんな場所でも角を持った四足魔獣は軽やかに飛び跳ねながら近づいてくる。

「ガゼルの一種じゃ。毒を角から飛ばすので、それに気を付けるのじゃ!」

 襲ってきた数匹の魔獣を視認したユリアナは、傍らにいるカズキだけではなく離れた位置取りのサエコさんにも聞こえるように情報を伝えた。

「了解。まかせなさい」

 そう言いながら、サエコさんは魔獣のうちで最も大きな相手に近づいていく。

 鹿のように見えるそれではあるが、確かに毒々しい色をしており魔獣と呼ぶのにふさわしい。

 地球にもガゼルと呼ばれるウシ科の動物は存在するが、それとは体の大きさが明らかに異なっていた。

 地球上に生きるガゼルはサバンナに住んでいて、こんな山中の深い森には暮らしていない。加えて、そもそも草食動物ではないのか。

 だが、ここは異世界。かつての常識を信じ込むと何があるかはわからない。


 そうカズキが考えた瞬間、サエコさんは右手に持っていた鞭を振るい、魔獣の後ろ足を二本纏めて絡め取った。

 まさに飛び跳ねようとしていた動きの途中、足がそろった瞬間のそれは魔獣のバランスを崩すのに十分。

 大きな音を立てて魔獣が岩の上に落下し横倒しになった。

 牛の叫び声を大きくしたような咆哮が薄暗い森の中に響き渡る。

 しかし、方向は直ぐに途切れる。

 魔獣の首元が一気に破裂すしたのだ。

 流れるようなスムーズな攻撃。

 爆発音とも破裂音とも言える衝撃と共に、魔獣はピクンと痙攣したのち動かなくなった。

 その様子を見て危機感を感じたか、ガゼルの仲間たちは一気にその場から遠ざかっていく。


 倒したガゼルを、拾い上げた枝でつついて様子を見るサエコさん。

「う~ん、死んでる? 大丈夫みたいね」

「これでも死ななければ、やっかいだからな」

「魔獣とは言えど、頭やのどをやられれば生きてはおれぬ」

 ユリアナの説明に安心したのか、サエコさんは倒したガゼルの上に腰を下ろした。

「でさ、私たちはいつまで山の中でサバイバル生活をしなければならないの?」

「まずは、ここがどこなのかを知らなければならない。ユリアナも知らない場所なんだし。兎に角、人が居そうな痕跡を探して進むしかないだろ」

「でも、カズちゃん。もういい加減疲れたよ」

 そう言いながら、上半身をだらんとしたに下げて脱力ポーズを取る。

 サエコさんは戦いにおいて本当に役に立つのだが、相変わらず不平不満が多い。



 この世界に無事転移できたのは良かったが、転移先は予定の場所とは明らかに異なるどことも知れない森の中。

 本来、ユリアナの住んでいた王城の近くに転移する予定だった。

 そこを足掛かりに師匠であるアレクサンダラスを探し、そして助ける。

 ところが、今いる場所が一体どこかのかすら検討が付かない状況。

 あまり芳しくはない。

 というかむしろ、かなりイレギュラーで良くない状況である。

 幸いにも、転移先が樹木や岩の中になるといった悲惨な事故は避けられたが、未知なる森に放り出されるというシチュエーションは三人に精神的な負荷を与えるには十分である。

 転移した場所の季節は冬。

 冬の始まりか終わりかはわからない。

 周囲には日陰に雪が残っている場所もある。

 ユリアナの話では、植生を見る限りそれほど寒い地域ではないのではないかとのこと。

 防寒着も準備していた彼らではあったが、だからと言って寒さは体の芯まで堪える。

 暗く寒い森、いつ魔獣に襲われるか分からない恐怖心。

 転移直後は水場を探し出すことにも苦労し、食べ物を手に入れる方法すらわからなかった。

 準備していた携帯食料はあるが、それもいつかは無くなる。

 どんどんと食べてしまえば、その先は現地調達が必要なのだ。

 幸いにも、冬ではあったが魔獣や動物たちが冬眠していなかった。

 実際、小動物は直ぐに見かけることができたし、動物もしくは魔獣が食べたであろう木の実を見つけることもできた。


「ところで、ユリアナちゃん。これは食べられるの?」

 サエコさんが脱力状態のまま、自分の下にある魔獣の死体を指さしながらユリアナに聞いた。

 まだ元気は出ていないようだ。

「基本的に毒腺に触れなければ大丈夫なはずじゃ。妾は料理には詳しくないが、狩りの獲物として聞いたことがあるからの」

「その毒腺て何?」

「これが妾の知っているガゼルと同じかはわからぬが、同じであれば首筋より上のところに毒袋があるはずじゃが。それ避ければ食すのは問題ない筈じゃ」

「じゃあ、とりあえず解体だね」

 そう言うと、サエコさんは腰のホルダーからコンバットナイフを取り出し、慣れた手つきで横倒しになっているガゼルの解体を始める。

 目途なく森をさまよう疲れよりも、為すべきことが明確だからであろうか、あるいは肉を食べられるという喜びだろうか、サエコさんは再びやる気を見せている。


 腹から裂いていったところ、首筋から胸のあたりまで既に変色が始まっているのが見えた。

 弱いものの、酸っぱいような何とも言えない匂いが漂ってくる。

 先ほどの攻撃で毒袋が破れて、毒が体内に浸透しているという事だろう。

 あるいは毒袋がもっと体の中心に近い場所にあったのかもしれない。

「サエコさん。多分毒袋が破れている。食べるのは止めた方がいい」

「ええっー!? 食べたら駄目なの?」

 そう言いい、涙を浮かべながらサエコさんは上目づかいにカズキを見た。

 こうして見ると綺麗な人なのに、なぜいつも残念なんだろう。


「毒が回ってない場所は大丈夫だろう。だが、殺してもう15分ほど過ぎている。変色している部分は捨てるにしても、それ以外も毒がどれだけ回っているかはわからない」

「でも、色が変わっていないところは大丈夫かもしれないんじゃない?」

「リスク管理の問題だ。変色している場所は論外だし、それ以外も毒が回っていないという保証はない。そもそもどんな毒かもわからないのだから、ここでリスクを負う必要はない。ほら、まだ食べられる木の実は残っている」

「お腹すいた。。。」

 そう言いながら手を止めて再び脱力。

 確かに、兎のような小動物を狩って一度食べはしたが、その後は少しでも早く森を抜けようと彷徨っていたのだ。

 夜の見張りはカズキとサエコさんが交代で行ったが、二人とも十分な睡眠が取れた訳じゃない。

 その上で木の実と携帯食料だけで何日もというのは確かに辛い。

 肉体的にはユリアナが最も疲弊していたが、精神的にはサエコさんが一番やられていたようである。


「サエコよ、あまりカズキを困らせるでない。また次にきちんと仕留めればよいではないか」

 どうやら見かねてユリアナがフォローしてくれた。

「そんなこと言ったって、もう力が出ないよ」

「街に出れば、食べ物も手に入れられるであろう。それに、いくつか薬草も見つけて取ってある。これらを売れば当座のお金は手に入れられるのじゃから」

「うううぅぅ。」

 カズキは、ユリアナの左手を握りながら周囲を伺っている。

「とりあえず、近場には魔獣の気配はないようだ。ちょっと休んでからまた移動する」

 そう言って、少しでも早く森を抜けるべく緩やかな斜面を降りて行った。




 ようやくである。

 カズキ、サエコ、ユリアナの三人は小さな街に到着した。

 正確な時刻はわからないが、この世界の太陽の傾斜からして夕方少し前。

 時計は持参しているが、一日が24時間ではないため既に誤差は大きい。

 概ね一日は22時間程度のようである。

 そして三人は、現在疲労困憊というのが適切な表現。

 実際、足取りもふらふらしている。

 特に、見た目だけで言えばサエコさんの状況は深刻である。

 それでもなんとかここに辿り着けた理由は単純な話。

 森から抜け出そうと彷徨っていた時、突然サエコさんが小さな音に反応して走り出したのだ。

 カズキには聞こえなかったほどの小さな音。

 だが、走って行った先で、運良く森の切れ目から走る商隊らしき集団の馬車を見つけたのである。

 森を分断するように街道が整備されていたらしい。

 彷徨いはしたが、これまで進んできた方向は間違っていなかったようだ。

 三人は必死になって集団を追いかけたが、人の足では当然追いつくことは出来なかった。 だが、街道があれば行先はわかる。

 後を辿ってここまでたどり着いたのだ。


 ちなみに言うと、馬車を見つけたサエコさんが独り飛び出して声を上げながら後を追いかけたが見事に無視された。

 薄情だと思わなくもないが、遠すぎて気づかれなかったと考えるのが妥当であろう。

 逆に、盗賊と間違って攻撃されなかっただけでも良しとすべきかもしれない。

「何よ!無視してくれちゃって!」とは、サエコさんの叫び。

 だが、とりあえず人のいる場所に来ることができた。

 それだけでも今は十分である。

 天はまだカズキたちを見放していなかった。

 もっともこの世界の神様は、向こうの世界とは異なるのだが。


 見えるのは3mほどの塀に囲まれた街。

 周囲には堀が設けられており、街への入り口には橋が掛けられている。

 三人が近づいていくが、その行動を特に咎められる様子もない。

 街の周囲でも農民であろうか、野菜を運んでいるのが見える。

 大きな門もあったが、普段は常時開放しているようで街の様子も垣間見える。

 門の傍には大きく「クゼ」という看板が掲げられていた。

 おそらく街の名前であろう。

 そして、そこに門番はいない。

 おかげで変な言いがかりをつけられなくて済むのも、異邦人たるカズキたちにとっては都合がいい。

 疲労が顔一杯に出ているユリアナには悪いが、確かめるには聞くしかない。

「ユリアナ。この街を知っているか?」

「わからぬな。聞いたことも無い。少なくとも妾の国ではない」

 かなり疲れている筈ではあるが、ユリアナはそれでも優雅に答える。

 どうやら、転移の狙いであったユリアナの故郷であるバッテンベルクではないようだ。

 できれば近くであればいいのだが。

「まずは中に入って調べるしかないか」

 街中はそれ程活気があるようには見えないが、それでも多くの人がいる。

 

「そんなことより、早く何か食べようよぉ」

 サエコさんが我慢できないようだ。

「まずは体を休める。その上で、ここがどこなのかを……」

 最後まで聞く前に、サエコさんは自分の荷物を置いて一人で飛び出していった。

 食べ物の匂いに釣られた訳ではない筈だ、、、とここでは言っておこう。

「任せておいた方がよさそうだな。とりあえずは座って待っておくか」

「そうじゃな」

 そう言うと、カズキとユリアナは背負っていた荷物を地面に降ろして、それを椅子として腰を掛ける。

 好奇心からかカズキたちを見る目は少なくないが、少なくても敵対的な行動は見られない。

 曖昧ではあるが、住民の方からも笑顔がちらほら見られる。

 素朴な感じと言うのが適切であろうか。


 それにしても、疲れ果てた状況の中で街に入るや否や活動できるサエコさんの能力と体力は大変ありがたかった。

 ユリアナを一人に出来ないカズキからすれば、疲れたユリアナを引きずって街の中を巡るのは願い下げであったのだから。

 しいて言えば、サエコさんがこの行動力をいつも発揮してくれるとは限らないことだが。

 飛び出したサエコさんは、あちこちで見事なコミュニケーションスキルを使い情報を集めているようだ。

 その状況は、まるで元からこの世界で生まれ育ったかのよう。

 街の人々と直ぐに仲良くなり、交渉し、笑いを取り、肩をたたき合う。

 必要な情報が集まったのか、一旦カズキたちのところに戻り薬草を抱えて再び飛び出して行った。

 その後、あっという間に、満面の笑顔と共に口に咥えているだけでなく、両手に抱えるように食べ物を持ち帰ってきたのである。


「これなかなかいけるよ。スルースって言うんだって。ほらカズちゃんも食べてみて」

 何やら紙袋に入ったそれは、ナンのようなパン状のものに肉が挟まれたサンドイッチの様なファーストフードであった。

 既にサエコさんはかぶりついている。

「サエコさんは、毒見も何もないなぁ」

「私の勘が、大丈夫と言っているの!」

「サエコ、すまぬな」

 まずユリアナにスルースを一つを渡し、次にカズキに渡そうとする手が急に止まった。

「あ、やっぱり私が食べさせて。。。」

 その先は予想できたので、カズキは即座にスルースと呼ばれる食べ物を奪い取る。

「サエコさん、今はそういうのはいいから!」

「ちぇ! 面白くないの!」

 サエコさんが買ってきた食料は、ここ一週間ロクな食事をしていなかった三人には非常に美味に感じられるものであった。

 香辛料はあまり使われておらず素朴だが、それでも味わいがある。

「中に入っているの、クイープって魔獣の肉だって」

「クイープ?」

「それなら、地球の牛に近い感じの魔獣じゃな。ただ、妾は地球の牛肉の方がずっとよかったぞ」

 ユリアナに食べさせていたのは安くないからな、と考えたがそれは口には出さない

「空腹は最大の調味料ってことだな」


 サエコさんが食料を買ったあとに残ったお金は、485ギル。

 それは、三人で使うとすれば数日分の宿代と食事代に相当するらしい。

 必要な情報を的確に集めてくるのだから、一体どこの諜報員なんだというレベルの能力である。

 確かに元の世界でも、パーソナルスペースのほとんどない超接近型の人ではあったのだが、それはこの世界でも十分活かされているようだ。

 言い換えれば基本的には面倒くさい人だが、それでも相手に嫌と言わせない能力を有している。

 そのバイタリティがどこから生まれているかはわからないが、少なくともそれにカズキは一目置いていた。

 一つの特殊技能だと言い切っても良い。

 兎にも角にも、街で宿泊できる資金は得た。


 満足したところで落ち着いて周囲を見ると、カズキ達三人の服装は明らかにこの世界のものとは異なる。

 現代日本風、と言うかトレッキングスタイル。

 さらに、荷物として大きなリュックを持っている。

 街中では、農家だろうか野菜を入れた大きな籠を担ぐ人はいるが、カズキらの持つ大きな背嚢は明らかに素材が異なる。 

 見る人が見れば、エベレストにも登れそうなかなりのボリューム。

 また、この世界の住人は少なくともこの街においては寒空の下でも薄着である。

 イメージとしては、古代ギリシャ人の来ていたキトンに似た寛裕服。

 ただ、布地はかなり薄そうな感じに見える。

 すなわち、彼らからすれば非常に胡散臭い集団のはず。

 ユリアナも髪の毛こそビビッドな原色ではあるが、服装はカズキたちと同じである。

 よそ者であることは誰の目にも明らかなのだ。

 甘い判断で怪し気な行商人、下手すりゃ盗賊か何かと間違われてもおかしくない。

 にも関わらず、街で警戒心やざわめきが感じられないのも、きっとサエコさんのコミュニケーション能力のおかげかもしれない。

 サエコさん、いろいろな人に手を振っているし。

 詰問されることも絡まれることもなく、予想外にニコニコした目で迎えられているように感じられた。

 肉体的にも精神的にも疲れ切った状況では、下手なトラブルが無いに越したことはない。


 何にせよ、森の中での苦労を考えれば、人が暮らしている場所に来たというだけで心底ほっとできていた。

 多少の奇異の目で見られようが、そんなことは困難なうちにも入らない。

 ユリアナは肉体的にかなり消耗している。

 早々に体を休めた方がいいだろう。

 三人は街に入ってから二時間余り、ようやく暗くなるころにサエコさんの力で見つけた宿で一部屋だけを借りたのである。

 決して高級な宿ではない。

 むしろ安宿と行った方が正しい。

 加えて、宿屋にはあまり客がいないようだった。

 だが、休めるだけでもありがたい。

 簡単な手続きを終えて部屋に入ると、やれやれといった感じで三人とも背負っていた大きなリュックを床に置いた。

 ユリアナは一つしかない大きなベッドに、疲れたという最大限の表現をしながら座り込む。

 サエコさんもゆっくりと木製の椅子に腰かけた。


 しばらく休んだと、ユリアナはその美貌を歪めて言い放った。

「しかし、妾がこのような宿に泊まらねばならぬ日が来るとは本当に嘆かわしい」

「仕方ないでしょ。野宿よりも随分マシじゃないの」

 ユリアナの詮無い嘆きに、間髪をいれずサエコさんが突っ込みが入る。

「運良く私が三人分の防寒着を持ってきていたからよかったけど、それがなかったらどうしてたでしょうね。それにしても地面の上で眠る生活はきつ~い」

 そう言って、ベッドのユリアナの横にダイブした。


 自分が口火を切った会話を無かったようにユリアナが続ける。

「確かに、魔獣に対する警戒も必要なのはやはり辛いものじゃ」

「まあ、誰かさんたちは私と違って二人で一人前だから仕方ないけどね」

 サエコさんはベッドの上に座り直した後、ヤレヤレといった風情で両掌を持ち上げながら首をすくめる。

 その格好は、今は憎むべきアイツの癖と良く似ている。

 ただ、それを意識せずに真似ているサエコさんに突っ込みを入れるのは止めておく。

 指摘すれば、間違いなく暴れるだろうから。

 消耗の激しい今、カズキとしてもそんな危険な遊びはしたくない。

 今日くらいは無用なトラブルは避けたいのだ。


 ユリアナの言葉に呆れたように返しながらも、先ほどからサエコさんの視線がチラチラとカズキの方に向けられている。

 食事をしたことで、もう随分と元気を取り戻したようだ。

 正直、サエコさんの体力は無尽蔵ではないかと疑いたくもなる。

 兎に角、今日の働きを労われと言うメッセージのようである。

 だが、カズキもそれほど余裕がある訳ではなく、今はそこまで気をまわしたくない。


 付き合いきれないとばかりに、カズキはユリアナに問いかけた。

「とりあえずは金を稼ぐ方法だな。魔獣を倒せば金になるのか?」

「そうじゃ。魔獣の内臓からは薬の材料になるものが取れることがある。それを売ればそこそこの金にはなるはずじゃ。皮や肉もそこまでではなくとも売れるじゃろう」

「えーっ。魔獣って、魔法や毒攻撃してくる野生動物でしょう。あれ、面倒なのよね」

「魔法を使うのが魔獣ではない。魔獣は全て動物や人間に襲い掛かってくる肉食の存在じゃ。もちろん、確かに魔法を使う魔獣もおるが」

 サエコさんの突込みは無視して、カズキは更にユリアナに問いかえた。

「ユリアナ。どの魔獣のどこが薬になるかって知識は持っているのか?」

「すまぬ。そこまではわからぬ。そもそも妾は魔獣を狩った経験が無い」

「じゃあ、この街の人にでも聞かないと駄目か。上手く情報を聞けるといいんだが、サエコさん、調べられる?」


「街の人に聞けばいいんでしょ。すぐじゃないの?」

 このやりとりに対して、サエコさんが「我が意を得たり」と元気な声で嬉しそうに割り込んできた。

「そうそう、ユリアナちゃん。そう言えば、この世界にボウケンシャとかいった感じの職業はあるの? ギルドとか? ねぇねぇ。あれば、そこで聞けばいいじゃないの」

「ボウケンシャ? それは一体何じゃ?」

 サエコさんは小説によくある設定を確かめたかったのであろう。ただ、その言葉はユリアナの知識にはなかったようだ。

 カズキは気にしたことなかったが、こちらの世界の言葉に「冒険者」という概念を示す言葉は無いのかもしれない。

 サエコさんが使った「ボウケンシャ」という単語は日本語である。

 しかし、サエコさんが繰り返す「ボウケンシャ」や「ギルド」という言葉を、ユリアナは理解できないといった感じに首を振る。


「う~ん、判んないかな。じゃあ、イメージで伝えたいから、ちょっと手を貸して」

 そう言うと、サエコさんは立ち上がってベッドの上で気だるげに座っているユリアナに近づくと手を取った。


 二人は手をつなぎ無言で見合っていたが、20秒ほどの沈黙の後サエコさんが悲しそうに手を放す。

 それを見て、念のためとカズキが確認した。

「どうやら、期待していた話は念話でも引き出せなかったようだな」


「ほんとショック! 魔獣がいるのなら、ボウケンシャは必要でしょ! ギルドもないなんて、なんて異世界かしら。異世界として失格よ!」

「そもそも安全を保つ役目は兵士たちが担っておる。一般の国民をそのような危険な目に遭わせることは出来ぬし、国民がそのようなことを行おうとすることもない。まあ、追放者なら別かもしれぬが」


「追放者とはあの?」

と一瞬目を鋭くしたカズキが尋ねると、ユリアナからすぐさま答えが返る。

「そうじゃ。王制に馴染むことを拒絶した者たちじゃ」


「それって、ユリアナたちも言うこと聞かない住民を追放したってこと?」

 いつもどおりサエコさんの歯に衣着せぬ突込みに対して、ユリアナが頭を上げて手を振りながら露骨に嫌な顔を見せた。

「頻繁にではない。そもそも、王が国の安定を乱す者たちをいつまでも領内に抱えておくことは出来ぬじゃろう。別に殺したり投獄している訳では無いのじゃから」


「念のため確かめておくが、この大陸には十二の国と、それとは別に追放者が送り込まれた不毛の地があるんだよな」

「そうじゃ。不毛の地はジオグラード。そして今いるのは、おそらくじゃが大陸の東端の国であるケルベルト。暴君で有名なルジアナ=ケルベルト王の統治する国。妾の国とはかなり離れていることもあって、ほとんど交流はなかったはずじゃ」

 ユリアナも、宿に入る時点で街の人間と多少の会話はしていた。

 どうやら少しの会話から、現在地を推測できたようだ。

「暴君、そうなの? 街の雰囲気はそれほど悪くないと思ったけど」


 サエコさんがベッドの上に立ち上がり、大きめのジェッシャーを交え聞いてくる。

 一体何をしているのか?

 サエコさんの現在に服装は、スウェットの上に黒い革ジャン。パンツは柔らかめのデニム。

 見た目には女性らしさは感じられない。

 それにも関わらず、流暢ではないこの世界の言葉で困難な交渉をボディーランゲージを交えて成立させてしまうコミュ力の持ち主。

「なぜ、ケルベルトって国だと思った?」

「方言じゃな。東方の方言と、あとはスルースにクイープの肉を使っていおる点じゃ」

「と言うことは、バッテンベルクではクイープの肉は使わないという事か」

「クイープは使うが、スルースには使わぬ。些細な違いじゃが、文化が違う」

「へー、そういうもんなんだ。でも、確かに目玉焼きにソースをかける人もいるものね。私は塩派だけど」

 サエコさんのボケは放置で、ユリアナにもう少し疑問の確認をする。

「それだけじゃ、国名までは決められないだろ?」

「うむ。そうじゃな。最後は住民の服装じゃ」

「独特の服装なのか? かなり寒そうに見えたが」

「それがこの国の決まりだと聞いておる。実際に見るのは初めてじゃが」

「確かに、みんな少し寒そうな感じだったもんね。健康のためなのかな?」


「どのような意味があるのかは知らぬ。だが、サエコも知っておるであろう。貴族の支配方法は。カズキやサエコのように力を撥ね退けられる者は多くなく、大部分の国民はそれに抵抗などできぬ。」

「ふむふむ。確かに私にも効かなかったみたいだしね」

 サエコさんはベッドの上で大きく胸を逸らす。

 相変わらず大袈裟なポーズである。

「それに、多少の不満は教会がケアしておる。食べるものに不自由せず、それなりに生きてて行けるのであれば、服装程度で不満を抱くことはないのじゃ。そもそも皆が同じような服装なのじゃから」

「現状がこの世界においては特段悲惨なことではないとして、それにも関わらずこの国の国王が暴君と呼ばれている理由は何なんだ?」

「奴は趣味で国民や他国民を殺すからという噂じゃ。国民を理由なく殺すのは、本来この大陸、この世界での禁忌なのじゃ。国の基盤が崩れしまうからな。」

「証拠がある訳じゃないんだな。噂レベルだから、本当のところはわからないと。でも、そう噂される理由はあるんだろうな」

「事実関係から言えば、周辺国とも大きな交易が無く閉鎖的な国のはずじゃ。だから、妾のところまで十分な情報は入ってこぬ。ただ、この国に理由なく近づくと攫われると言われておる。妾も何度かその話を側近たちから聞いた。じゃが、取り返そうと交渉した国は、強力な軍事力に撃退されたと聞く。商人ですら、この国に入った者は二度と出てこれないという噂じゃ」

「胡散臭い話だな。国全体を塀で覆っている訳でもあるまいし。貴族の支配の力も、一度受けた者を無理矢理取り込むことは出来ないんだろ。だとすれば、誰も逃げてこれないと言うのはおかしい。また、本当に多くの人が攫われていれば大がかりな戦争になっていないのもおかしいし。とりあえず鎖国的な状況なのはわかった。しかし、だとするとこの国を出るのはちょっと難しいかもしれんな」

「あくまで噂に過ぎぬ。それよりも一番大きな問題は、ここが本当にケルベルトならばバッテンベルクまではかなりの距離になることじゃ」

「どの程度の距離?」

「馬車で移動しても1年近くかかるはずじゃ」

「そんなに離れているのか!そっちの方が困る。何かもっと早い移動方法はないのか?」

「妾のイメージとリンクさせて転移ができればよいのじゃが」

「それは幾らなんでも危険すぎる! それ以外はどうなんだ?」

「あとは、飛竜に乗ることができれば一月ほどで可能かもしれぬな。じゃが、飛竜を続けて一月も飛ばすというのは土台無理な話じゃ。飛竜の餌や世話を妾らができるものでもない」

「くそっ! せっかくこの世界に来たというのに、これでは意味がないじゃないか! もっと他にいい方法はないのか!?」

と、カズキは手元の机に拳を強く叩きつけた。

 ユリアナはカズキの激情に驚き、悲しそうな表情をしながら文句を絞り出した。

「焦るのはわかるが、もう少し落ち着いた方が良いぞ。そもそも、カズキは言い方が厳しすぎる。向こうの世界にいた時の方が優しかった」

 恨めしそうな目で、ユリアナがカズキを睨みつける。


「すまない。他意はない。きつい言葉を出して悪かった」

「わかれば、、、それは確かにそう、そうなのじゃが」

 戸惑うような表情を見せながら、白いセーターにこちらも柔らかめのデニムパンツを穿いているユリアナは視線を横にそらせた。


「そもそも、転移中の魔法陣にサエコが飛び込んできたのが悪いのじゃ!」

 言いたいことが言えずに、ユリアナはサエコに問題を丸投げした。

「何よそれ。だいたい、私だけ除け者にして二人でこの世界に来るつもりだからじゃない! それに、私がいなけりゃ森から抜け出せなかったし、王女様には宿屋の交渉もできないでしょ。そもそも、お金の稼ぎ方を知っているの?」

「それを言うなら、サエコが転移に飛び込んでこなければ、こんな国に来ることもなかったはずじゃ」

 カズキにはユリアナの言いたいことがある程度わかっている。

 敵討ちのために意図せず向こうの世界に渡ったユリアナだが、記せずカズキと共にこの世界に舞い戻った。

 ユリアナの望みは王と王妃を失った国の再興。

 そのために行方の知れぬ弟を見つけ出し、そのためにカズキの力を利用する。

 確かに、カズキもユリアナを必要としている。

 ギブアンドテイクの関係は成立している。

 あとは、どれだけ自分委近い場所にカズキを繋ぎ止めておくかと言うことであろう。

 ユリアナの故国であるバッテンベルクには、カズキが探すアレクサンダラスもいるはずである。

 二人の向かう場所は同じなのだ。


 ユリアナは、きっとカズキの言う世界の危機を心の底では信じていない。

 そもそも憎きアレクサンダラスの予知など、信じたくもないであろう。

 一方で、カズキもユリアナの国の力を借りることで、自らの願望を実現する助力としようと画策している。

 だから、基本的にはユリアナを丁重に扱う。

 元の世界でのいろいろな出来事が、ユリアナとカズキの心理的距離を縮めたのは事実としても、二人はいずれ別の世界で生きていくのだから。

 はっきりしているのは、現時点ではカズキにはユリアナが必要であり、ユリアナにもカズキが必要であるということ。

 その駆け引きの一部として、カズキとの関係を深め負い目を負わせる。

 彼女の立場なら当然の事。

 カズキとしても、今はユリアナの助力なしには立ちいかない。

 だからこそ、離れ過ぎずし近すぎない。

 曖昧ではあるが現状を維持するための努力は惜しまない。

 少なくとも必要な時期までは。

 そのはずなのだから。


「まあ、人数が多い方がいいのは間違いないな。ユリアナは元々この世界の住人だとは言っても、庶民の生活を知っているわけでは無いだろう」

「妾もある程度は知っておる」

「でも、最初街の人にいきなり命令口調で嫌そうな顔されてたじゃない」

「サエコさんもその辺で打ち止めにして。知らない国でこれから旅をしていかなければならないのだから、メンバーで言い争いをしても得など何もない。それは二人ともわかっているよな」

「もちろん!」

 と威勢よく返事をするサエコに対して、ユリアナの機嫌は今一つよくない。


「その上で、俺たちの知らないことはこれからもたくさんあるだろう。常識を含めてユリアナに頼ることも多いはずだ。だから、ユリアナの知識と力にも期待している」

 しぶしぶと言う感じであはあるが、ようやくユリアナも納得したようだ。

 ゆっくりとではあるが頷いた。


「それと、王女であるユリアナの正体がバレルと不味い。だから、俺たちは皆庶民で通す。ユリアナの身分を明かせる国までは隠す。いいね。」

「わかってるわよ~」

 サエコさんは気のなさそうな返事をした。

「それと当面の活動資金をきちんと稼いで余裕を持つ。間違っても貴族や兵士たちに目を付けられたり、お尋ね者にされるようなことはできない。それもわかるよな」

「それは妾も承知している」

「なら、問題は簡単だ。騒ぎ立てない。喧嘩をしない。そして、今後の計画を皆で練ろう。そのためには、ユリアナの情報がカギになるのだからな」

「うむ。良いじゃろう」

 ユリアナも少しにこやかな表情に戻った。

 切り替えたのか、幾分機嫌を取り戻したようだ。


 笑顔を取り戻したユリアナは、カズキが直視することを躊躇うほどに美しかった。

 元々際立った顔立ちだったが、そこに鮮やかな黄色の髪の毛と白いセーターがマッチして神々しいくらいの美しさを振りまいている。

(この美貌があれば、支配のあの力など使わなくとも多くの人を従わせることも可能かもしれないな)

 などと考えながら目を細めていたカズキを見つけたのか、サエコさんは肘を強く打ちつけてくる。

 この攻撃に咄嗟に気づき、辛うじて身を捻りそれを躱す。

 サエコさんの一撃を喰らうとかなりのダメージを被るのだ。


 見た目だけで言えば、サエコさんも十分に綺麗な部類に入るのに。

 ただ、女性としては大柄であることに加えて、性格のがさつさから大さっぱに見えてしまうところが惜しい。

 身長は170cmと自称しているがもう少し高いだろう。

 ポニーテールに結んでいる髪型はカズキの好みではあって、それは昔から変わらない。


 そう言えばこの世界に来てからというもの、かつてのように呼び方を注意されることが無くなった。

 さすがにそこまでの心の余裕はないのかもしれない。

 いずれは復活するかもしれないが。


「さて、今日は早い目に休んだ方がいい。食事はさっき買ったパンと干し肉だけどいいな。もう少し稼ぐまでは粗食で行くぞ」

「私は大丈夫よ。別に気にならないし」

「妾だって大丈夫じゃ。問題ない」


 別に競い合ってほしいわけでは無いが、そのことでユリアナが駄々をこねないのは非常にありがたい。

 向こうの世界では、散々困らせられたことが脳裏をよぎる。

 贅沢を言われても、こちらの世界ではカズキでは対応することはできないのだから。


「じゃあ、俺は床で寝るから二人はベッドを使え」

「私も床でいいわ。ユリアナはベッドでゆっくり体を休めなさい」

「見くびるな。この世界ではエーテルも十分あって、向こうの世界みたいに弱ったりしないぞ。ただサエコが床で寝ると言うなら止めはしない。カズキ、二人でベッドを使うとしよう」

「それは駄目!」


 結局、若く美しい女性二人がベッドで眠ることで落ち着くこととなった。

 先ほどまでの喧噪もどこへやら。

 相当疲れていたのだろう。

 二人は直ぐに寝息を立て始めた。


 それを確認したカズキは、座りながら毛布を身に纏う。

 ただ、考えなければならないことの多いカズキにとっては、こうしたシチュエーションも心を乱す要因にはならなかった。

20160102:体裁・文章見直し

20160321:文章少し見直し

20160402:文章練り直し

20160519:文章修正

20170319:文章修正

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