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魔道の果て  作者: 桂慈朗
第1章 裏切り
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(14)首都の威容

 出発する前の話ではあるが、御者に対する命令が中途半端であった事による一悶着はあったものの、それでも何とかトラブルは回避して首都に辿り着いた。

 と言うのも、精神支配の力は強力ではあるが命令が中途半端だと意味をなさない。

 だからと言ってあまりに細かいことばかりを言っても、その通りには動いてくれず反抗される。

 思っていたよりは不自由な力のようだ。


 それでも、「逃げるな」、「戦わなくて良いから馬車を扱え」、「反抗するな」程度は何とか効いてくれたようだ。


 首都へ入るのは、全くと言ってよいほどに難しい話ではなかった。

 形ばかりの関所はあったものの、物々しい警戒がなされているという雰囲気もない。

 これまでどおりに御者が教会の「しるし」を示せば、問いかけられることもなくすんなり通過できたのだ。


 首都クラワミスに関して言えば、カズキの抱いていたイメージは中世欧州の城郭都市のような感じだったのだが、巨大な塀に囲まれているわけでもなく、むしろ開放的な都市であると言える。

 年長の御者であるトレバンの話によると首都の人口は10万人規模なのだそうだが、おそらくこちらの世界ではかなり大きな規模に入るのだろう。

 そして、更にその中身はと言えば想像していたよりもずっと人々が活気に満ち溢れていた。


「何かすごいわね。」

 カズキたちには両手に手錠がはめられ、鎖により繋がれている。

 如何にも奴隷と言った風情。

 もちろんそれらは偽装で、すぐにでも外せるようにしてある。


 若い方の御者であるアーレフを兵士代わりに見立てて座らせているが、これに関して言えばあまり迫力はない。

 この二人と同席している小姓はカズキたちを降ろした後、ある場所に待機するように指示してある。


「ああ、考えていたよりもずっと凄かった。なんだろう、向こうの世界と比べても人間の活気と躍動感が随分感じられるな。」

「そうそう、私もそう感じた。一緒ね。向こうほど冷たくない感じ、かしら。」

 サエコさんは、まるで遠足に来たかのようなはしゃぎ様だが、そこは軽く諌めて大人しくさせる。

 どう見ても拘束された奴隷が取る態度ではないのだ。


「妾もクラワミスを訪れるのは初めてじゃ。中々に賑やかしいものじゃの。」

「クラワミスが初めてって、この国自体が初めてでしょ。そもそも、他の国に行ったことはあるの?」

「サエコさん、突っ込みどころはそこじゃない。ユリアナ、『妾』ではなく『僕』だろ!」


「おお、すまぬ。そうじゃった。しかし、今度は髪を隠して男のフリか。全くもって、なんとも嘆かわしい。」

「必要なことだと納得したはずだろう。」

「確かに、同意はした。したのじゃが、、、」

 ユリアナは髪を染めるのを最も嫌がったが、貴族としてのプライドがいろいろとありそうだ。

 服を汚い庶民のボロに着がえるよりも気になるらしい。


「あーっ。私の質問には答えてくれない!」

「だから、大人しくして。奴隷がはしゃいでいたら変だろう。」

「ごめん。」

 繰り返し説明しなければ理解できないようだが、ここは何とか静かにしてくれる。


「基本的に、今からするのは潜入だ。目立ってはいけない。それを忘れないこと。」

「わかってる。」

「ホントに?」

「ほんとよ。もう、信じて頂戴!」


 首都は、中央に高度な政治・軍事の建物が集積し、周囲には放射状に商業地が広がっているようだ。

 貴族たちの居宅は中央に設けられているが、土地が狭いところにあることからか、いずれもかなり高層の建物となっている。

 そして中央には巨大な王城がそびえ立つ。


 他方、一般国民はこうした中心部の外に住んでおり、しっかりした住宅とあばら家の様な建物が混在している。

 中には立派な居宅も散見される。無秩序と言えば無秩序なのだが、それを往来する人たちの活気が覆い尽くしているという感想をカズキは抱いた。


 それは同時に、奴隷狩りと言う悲惨なイメージと目に飛び込んでくる情景とのギャップに面食らっている状況でもあった。

 少なくとも眼前に見えるイメージからすれば、暴君が鎮座し奴隷狩りと言う非道が闊歩し、軍事的圧力を周辺国に掛けているという風聞を思い浮かべることは難しいのだ。

 加えて、クゼの街で見た殺伐とした光景との違いも違和感を与える原因となっている。


 御者のトレバンの話では、通常奴隷は王城前にある大きな屋敷に降ろされるということだった。

 その後のことはわからないらしい。

 ただ、チェックがあまりに緩いのが気になるところである。

 普通であればもっと物々しくても良いはずだし、そもそも王城の近くに奴隷を連れてくるというのでさえ、カズキのイメージからすればおかしな話である。


 また、これまで運ばれた奴隷の総数は想像もつかないということであった。

 こうした事態が始まったのは3年前からで、それと同じくして首都は活気づき始めたらしい。


「しかし、本当に大きな都市だな。」

 そびえ立つ王城が目の前にあるが、そこまでの距離がが果てしなく感じられる気分になる。

「何か、おとぎの国のよう。」

 サエコさんがそう表現したが、別にメルヘンチックな訳では無い。

 城の大きさに圧倒されていると言った方が良いか。

 緩やかな丘陵の頂点に王城を抱き、その周辺に放射状に広がる道とそれをつなぐ環状道路が取り巻いている。

 「全ての道はローマに通ず」といったイメージを想起させるような威容であった。


 道行く数多くの人たちは自らの仕事や興味に忙しいのか、馬車を気にする気配もない。

 奴隷が乗っていることを知らないのかもしれないが、まるっきり無視するような感じにすら取れる。


 一方首都の道路の交差点では、王城に近づくにつれて複数人の兵士が目を光らせて警備に当たっているようになってきた。

 それぞれが鎧に身を包み睨みを利かせているのだが、その物々しさと住民たちとの享楽的な動きとのギャップに奇妙な違和感を感じてしまう。


「兵士たちの緊張感が高いな。何故だ?」

「確かにピリピリしている感じね。痛い感じがするわ。でも、この馬車に向けてでのものではないみたいよ。」

 それはカズキにもわかっていた。

 兵士たちがこれほどまでに緊張しているにも関わらず、住民からは全く感じられない。

 その違いが違和感を醸し出しているように思えた。


「ああ、それは俺も感じている。」

「わら、、僕にもそんな感じはするぞ。」

「ユリアナは無理に真似しなくともいいの。」

「真似ではない!」


「何か、無理矢理作り上げたような不自然さと言った方が良いか。」

「不自然ではない!」

「ユリアナの事じゃない。この首都のことだ。それと、今はユリアナではなくユリウスだったな。」

「そうか。そうじゃな。」

「でも、予想していたような殺伐さじゃないわね。」

「ああ、だからこそのアンバランスさかな。それも、奴隷制度の状況を見れば分かるかも知れないな。」

「上手く行くって。」


「その根拠無き自信が羨ましいよ。」

「根拠はあるわよ。」

「どんな?」

「私がいるじゃない。」

えっへんと張るサエコさんの胸は誇らしげだった。


 関所のような関門を2度ほどくぐると、王城にかなり近づいてくる。

 近づくほどに、その大きさに圧倒される。

 向こうの世界で巨大なビルを当たり前のように見てきたカズキとサエコである。

 規模では巨大高層ビルの方が明らかに大きいはずなのに、王城の異様に圧倒されるのはその絢爛さが威圧してくるからかも知れない。

 投入されているお金と手間が莫大であると言う事が、見るからに分かるのだ。


「なるほどね。暴君か。そう言われてもおかしくないかもな。」

 さすがにここでは大きな声では話せない。

 カズキは自分に言い聞かせるように呟いた。


「それどういう意味?」

 サエコさんが隣から覗き込むように小声で確かめてくる。

「ああ、この城の絢爛さ。普通にやっていてはこうはならない。しかも年代物と言うよりは、それほど古くないように見える。要するに、そういうことさ。」

「じゃあ、なぜこの街はこんなに活気づいているのかしら。」

「まだ皆目見当はつかないが、王城ならそのいびつさの原因がわかるかもな。」


 と、突然馬車が停止する。

 兵士に行く先を塞がれたようだ。

 さすがに王城のある中心部に近づくと、自由に動ける訳ではなさそうだ。

 御者のトレバンが通行許可証の様なものを見せながら、貢物である人材を運んできていると説明している。


(貢物ね。要するに、物扱いなんだな。)


 兵士たちはここでも緊張した面持ちではあったが、俯きながら座っているカズキたちを一瞥し、「今回は少ないな。」と呟くと通行を許可する。

 首都に至る途中にリュック等は隠して来たので、特にカズキたち以外に大きな荷物はない。


 そのことも通行が素早く許可された理由だろう。

 少なくとも、武器を持ちこんでいるようには見えない。

 もっとも、この世界の武器は剣や槍や弓が主体のようであるが。


 ユリアナはと言えば、さすがに緊張してきたのか表情が硬くなっている。

 サエコさんは緊張感とは無縁の様で、目立たない様にではあるがきょろきょろとあたりを探っている。


 3か所の検問を通過して、まさに王城の袂と言うような場所に目的である館があった。

 その外観は非常に大きな扉が奥の様子を隠すようにそびえ立っている。

 普通の貴族の居宅がとは明らかに異なる建物である。不気味と言えば不気味、ただ荘厳と言えなくもない。


 カズキたちは、その門の前で降ろされた。

 小姓の男児が商人か官吏か判別の付きにくい太った中年男性に、カズキらを捉えた時の状況や司教ではなく自分が連れて来た理由を説明している。

 もちろん全て事前に仕込み済みのストーリーである。

 拙い説明は、正直何を言っているのかよくわからないが、そのたどたどしい説明に却って辟易したのか、男性は「もういい」と手を振り小姓を追いやった。


 別の若い男たち数人が馬車から、カズキらをやや乱暴に降ろすと、それを確認した後に馬車は小姓も乗せて立ち去る。

 後に残されたカズキたち3人は引き続きぞんざいな扱いで男たちから、門の向こうに押し込まれた。

「なにするのよ。」

 とサエコさんが文句を言いそうになるのを、素早く制して言われるがままに中に入っていく。

 男は奴隷たちのそのような態度に慣れているのか、ふんと鼻を鳴らしてどんどんと奥へと追いやられた。

20160102:体裁見直し

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