表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔道の果て  作者: 桂慈朗
第1章 裏切り
14/71

(13)偽装工作

 精神支配の上書きをチャレンジした後、御者の二人は一度家に帰した。

 そして、今は教会の一室でサエコさんと二人で作戦会議である。

 ユリアナは限界を超える力を振るったせいか、今はカズキの太腿を枕にしてスヤスヤと眠っている。


「なんか、ユリアナちゃんはいいなぁ」

「さっき俺とユリアナが苦労していた時に、サエコさんは子どもと戯れていたじゃないか」

「そうだけど、やっぱりズルい」

「戯れてたことを否定してないし。それに、ズルいってユリアナは難しい制御をきちんとやり遂げたんだ。疲れて眠るのは仕方がないだろう」

「そうじゃなくて!」


「まあいい。それよりも、御者たちの話からも、あの娘は王城に送られたということが確認できた」

「その話は、あっちで延びてるおじさんからも聞いていたじゃないの」

「ああ、それでも情報のクロスチェックは基本だからな。その上で首都までの地図と、他国への街道の地図を手に入れていた。隣国のセイバンとトリバータへの道のりが書かれた地図だ。その先までのものは無いらしい。軍事機密と言うことなんだろう」

「へーっ」


 相変わらず気のない返事である。

 サエコさんは、カズキの考えに従うと言っているので些事は拘らないということか。

 実際には、娘を見捨てるという意見に対して思いっきり反対してきたので、ケースバイケースと言うことだろうが。


「ただ、首都には軍に所属する多くの兵士がいる。准司教の話では3000人だそうだ。いくらなんでもそれと真正面から戦っても勝ち目はない」

「うん」

「御者は軍の規模までは知らなかったが、准司教が言っていた人数はそれほどおかしな数字ではないだろう」

「どうしてそう言えるの?」


「御者の話でも准司教に聞いても、首都の人口が10万人なんだそうだ。この3%というのは兵士の数としては変な話じゃない。通常は、人口の1~3%が常時戦力と言われている。ここは軍が強力な国らしいから、その程度はいてもおかしくはないと思う」

「なるほど、そうなんだ」

 大げさに手を打ちながら頷いているサエコさんだが、おそらくあまり理解できてはいまい。

 だが、数字や規模を聞いて頭に入れておくことはそれなりに意味がある。


「でだ、ここからが問題だ。俺たちがここに現れることは、予知だか星詠みだかはわからないが知られていた。だとすると、次に王城に忍び込もうとすることも知られている可能性がある」

「それはないんじゃない。だって、細かいこともわかってるんだったら、今回そのために送りこんでいた司教? というか、敵に回った人たちの数が少なすぎない」


「ああ、それはサエコさんの言うとおりだ。おそらくそこまで精密ではないのだろう。だが、大きな動きは予測されている可能性がある。加えて、今回俺たちが無事であるという情報が、王城あるいはこの国の教会の本部に届いているのかどうか」

「まあ、それは普通にありそうね」

「だから、娘を移送する馬車から俺たちのことが王城に伝われば、連絡すらない司教に何かあったと勘ぐるのはおかしくない」

「じゃあ、どうするの?」


「そこで作戦だ」

 そう言うと、カズキはサエコさんを手間に気で近くに呼び、耳に顔を近づけ手で隠しながら作戦をゆっくり丁寧に話して聞かせた。


「えええっ!」

「この作戦を取るにもあまり時間お余裕はない。ただ、王城に潜り込むためにはそれが一番早くて確実だ」

「でも、なんかそれって嫌な感じだよ」

「あの女の子を助けたくはないのか?」

「それは助けたい!」

「なら、その近くに送り込まれるのが一番早い」


「でもね。それって、結局最初やろうとしていたことと同じじゃないの。あとは、ユリアナを男の子に仕立てるってどういうことよ!」

「正直、この計画も賭けの部分はかなり多い。ただ、怪しまれずに潜入するためには一番確実だ。ユリアナをここに残し俺たち二人がバラバラに潜入と言うのもあるが、こちらの事情もわからないだろう。早々に露呈するだけだ。更に言えば、こちらに残したユリアナが捕まれば目も当てられない」


「どうせ、かずちゃんはユリアナと二人でいちゃいちゃしたいだけなんでしょ」

「そんなことあるか! あくまで効果の問題だ。リスクを最小限に、戦力を最大化するためには、主戦力の俺がフルで戦える状態を持っていることが何より重要なんだ」

「いえ、絶対あやしい! だいたい、さっきもなんかよさ気な雰囲気だったし」


「サエコさん、勘ぐりすぎだって。そもそもユリアナ一人じゃ何もできないだろ」

「そうよ。だから、私と二人と言うのがいいんじゃない?」

「さっきも言ったように、この世界の常識を俺たちはまだ十分に知らない。それと、ユリアナを一人残すというリスクは決して小さくないだろ。どちらにしても致命傷になりかねない」

「知っているわよ。わかってるわよ。でもどうしてかずちゃんとユリアナがずっと一緒にいるのよ。不公平だわ!」

「だから、そう言う問題じゃないだろう」


 サエコさんがちょっと不貞腐れている。

 しかし、これは大事なポイントだ。

 カズキたちは以前一度検討したように捕えられた奴隷として、但し今度は王城に潜り込もうとしているのだ。


 事を為すまで一緒に行動するのは何より重要である。

 その上で、男女が分けられる可能性を考えれば、ユリアナを男装させる方がずっと都合が良い。

 カズキの戦力アップとユリアナの保護が両立できるからだ。


 サエコさんが突っかかって来る理由は正直分かっているつもりである。

 だが、今優先すべきはそれではない。

 本当なら、こんなところで時間を費やしている場合ではないのだから。


「今すべきことは、もしバラバラになってしまった時に集合する場所。それと、作戦失敗を決断するまでのタイムリミットの設定。それを俺とサエコさんで決める。いいね」

「嫌だって言っても、やるんでしょ」

「ああ、やる。けれどサエコさんが行かないというなら、その意思は尊重するつもりだ」


「行かないとは言ってないわ。私だって、あの娘を助けたいもの」

「あの娘一人じゃないと思っておいた方がいい」

「そうね。奴隷狩りと言うことは、多くの人が攫われているということだものね」

「しかし、今回の目的はあの娘の救出だ。それ以外に目をくれてはいけない。それを守れると約束してほしい」

「いいわ。約束する」

「向こうに行ってから覆すのは無しだからな」

「分かってるって」


「じゃあ集合場所だが、、、」

 そう言いながら、カズキは広げた地図を基に説明を始めた。

 タイムリミットは王城に入ってから12時間。

 どのような状況でも、それを守ることを決めた。

 どのような状況でもとは、娘が見つからなくてもと言うこと。

 有無を言わせるつもりはない。


 逃亡のための道筋も定めている。

 大軍に追われることを懸念して、道幅の狭い、そして森に近い場所を抜ける予定である。

 馬車はその先での合流を定めておいた。


 そして、3人はそれぞれ変装する。

 特に、ユリアナは鮮やかで目を引く髪の色を染めて目立たなくし、服装も少年のような物を着せる予定である。

 深く帽子を被ればよほどでなければ気付かれることはないはずだ。


 カズキとサエコの変装は、その後の逃亡を容易にするためのもの。

 街で調達した安物の古びたローブを羽織り、頭にもターバン上に布を巻き付ける。

 しかし、二人のローブの内側にはこの世界に持ち込んだ装備をいろいろと身につけている。


 隠していた荷物は既に教会へと運びこんだ。

 ユリアナが先ほど行使した精神支配の効果だが、予想以上の広がりを見せて向き合っていた一人の御者のみならず、隣にいたもう一人と更には二人の小姓にまで及んだのだ。


 同様のことが、儀式と称して多くの住民に対して行使されているのだろうが、目を見ずともそこにいるだけで影響が出るとは思わなかった。

 一方で、准司教にも司教にも、さらには兵士にも及ばなかったのを知ったことも、これまた情報として有益であった。


 二人の御者が戻ってくるのと、ユリアナが目を覚ますのがほぼ同じ時間となった。

 嫌がるユリアナを説き伏せて、彼女の髪を泥色に染める。

 男性に偽装するというよりは、むしろ浮浪者か農民に変貌させていると言った方がよい。


 ユリアナにとっては鮮やかな髪の毛の色に、貴族としての、あるいはバッテンブルク家としての強い執着心があったようだが、それをやや強引に説き伏せた感じがある。

 要するに、時間が惜しかったカズキは気持ちの整理に関する時間を十分には与えなかったのだ。


 御者たちには、馬車にあった資金から十分な費用を先払いしている。

 彼らにも危険が及ぶことは間違いない。

 生命の危険をお金でカバーできるものではないが、無いよりはましなのだ。

 何故だかその話を後で聞いて、恨めしそうな目で見るサエコさんを横目に、メンバーは幌馬車に乗り込んだ。

 小姓の一人も同行させた。彼には重要な役割を担ってもらわなければならい。


 もう一人には、縛り付けて転がしている兵士と司教たちの世話をするように告げた。

 この面々を生かしておくのであれば、いずれカズキたちの情報は拡散するであろう。

 いつまでも縛り上げることは出来ないので、二日後に解放するように言い含めてある。


 我ながら甘い対応だと思うが、敵を殺すことに対するサエコさんとユリアナの拒絶反応が予想以上に高かったたこともあり、やむを得ず二人の意思を尊重した結果である。


 出発できたのは、午後もある程度時間が経過してから。

 首都に着くまでには野営が必要になる。

 寒い中ではあるが、たき火の熱は予想以上に暖かい。

 この世界は元の世界と比べてエーテルと呼ばれている物の密度がかなり高い。

 そのためか、体力や気力の回復が非常に速いように感じる。

 高地トレーニングをしてきたような状況と言ってよいだろう。


「で、奴隷って一体何に使われているのかしら」

「ユリアナ。この世界で奴隷を使う必要性とは何だと思う?」

「わからぬ。そもそも、自国民に対しては無理矢理かき集める必要が無い。他国民に対しては、考え方としてあるかもしれぬが妾らはそにょうなことをしたことがなかった」


「要するに見当がつかないということなんだな」

「そうじゃ。暴君と言われるくらいじゃから、ハーレムでも形成するのならわからぬでもないが」

「そういえば、人を殺していると言ってたじゃない」

「うむ。あくまで噂レベルの話じゃがな」

「じゃあ、奴隷を殺して楽しんでいるとか?」

「おそらく首都の雰囲気を味わえばわかるさ」

「確かにそうね。今、下手な想像による先入観は持たない方がいいかも」

20160102:体裁見直し

20160522:文章修正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ