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魔道の果て  作者: 桂慈朗
第1章 裏切り
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(12)上書き

 兵士や司教も全て教会まで連れ帰ってきた。

 さすがに草原の真ん中に放置はできない。

 今は別の部屋に放り込んであるが、体躯の明らかに大きな兵士たちを、余裕で抑え込んで部屋に入れるサエコさんはさすがに凄い。


 また、兵士達を軽く捻ったのカズキたちを目撃して震えてた御者達も、知っていることを話はしないもののこの街までは素直に戻ってくれた。

 その様子から、命令により話せないような感じに見えた。


 ぐったりとしている准司教から離れると、カズキはユリアナに近づき尋ねた。


「なあ、どうして教会の人間は貴族から精神支配されないんだ」

「どうして、、と言われても昔からそう言う取り決めじゃ」

「ひょっとしてだが、教会は貴族から受けた精神支配を解除できるんじゃないのか?」


 想像もしていないことを言われたように、ユリアナは派手な反応を見せる。

 この世界には様々な常識がある。

 カズキはその常識を知らないが故に問いかけるが、ユリアナからすれば当然のことで疑問を挟む余地もないということだろう。


「なんじゃと! しかし、いや、ふむ。少なくとも、これまでそんなことは考えたことがなかったな。昔から教会は別という認識が普通じゃった。おそらくこの世界の誰に聞いてもそう答えるはずじゃ」

「それがこの世界の常識なんだな。だが、常識というものには相応の理由が存在するものだ。だとすれば、何かがあるんじゃないか。精神支配の解除は想像だが、教会にはそれが及ばない、あるいは及ばせない理由が」

「ああ。今改めてそう言われてみれば、貴族が教会に力を振るわない理由を妾ははっきりとは知らぬ」


 さらに、カズキはもう一歩先の話に踏み込んだ。


「以前ユリアナが言ってくれたと思うが、国民の全てが精神支配を受けているかどうかは、はっきりとはわからないのだったよな」

「うむ。我等、いや貴族に従っている限りにおいて、いちいち詳細に調べたりはせぬ。そもそも、精神支配などと言う言葉は用いておらぬ。あくまで儀式と言う認識じゃ。じゃから、全国民を支配しているかどうか事細かに調べるのは不可能じゃろう」


「儀式か。だが、実際には人の心を一部とはいえ操るんだよな。強制力のある支配。やはり精神支配と言う方がしっくりと来るな」

「そうなんかもしれぬな。妾もカズキたちの世界を見なければ、そのことに気づきすらしなかったじゃろうな」

「もう少し質問を続けるぞ。そもそも、どうやって支配の力を及ぼしているんだ? 一人ずつにそれをかけていくなんてことは、人数と手間を考えるとほぼ不可能だよな」


「子どもが5歳になった時に最初の儀式がある。そこで初めて精神の支配を受ける。あとは、毎年一度貴族がそれぞれの領地を回り、住民を集めて一度に行っておる。住民たちは、その集会に行かねば呼び出されるし、そもそも周りの皆が声掛けして集まるのでほぼ逃げることは出来ぬ」


「実はな。俺はその精神支配と言うのも、ひょっとすれば魔法ではないかと疑っているんだ」

「まさか!?」

「アレクも、そんなことは言っていない。心に及ぼす魔法はないと俺も聞いている。だが、向こうの世界には人を惑わすような『ギジュツ』が存在する」

「それは何じゃ?」


「少し前にサエコさんもやられたんだが、催眠術という技術がある。どんな時にでも、あるいは誰にでも効果があるというものではない。ただ、条件が整えば人の感覚や性格まで変えることすら可能だ」

「そんなことがあるのか。では向こうの世界でも支配されている人がいるということなのか」

「いや、この世界のそれ程強力なものではない。あくまで一時的なものだ。むしろ、宗教の方がずっと強力に人の心を縛りつける」


「妾もケルム教徒じゃが、それほどに縛り付けられている気はせぬが」

「もっとも恐ろしいのは、そうであるという意識が無いことじゃないかな。儀式により精神支配を受けるのが当たり前になった住民たちは、それが奇妙なことだとは思っていない。だが、俺やサエコさんからすればこの仕組みはとてもおかしなものだ」


「ふむ。カズキが言わんとするところはなんとなく分からぬ訳では無いが、じゃからといって理解できるとも言えぬな」

「ああ、これらは異なる世界の異なる文化、異なる常識、そうしたものが生み出している断層だ。本来、どちらが正しいと言い切れるものではないだろう。だが、今この世界が迎えている危機を考える時、無理やりにでもこの仕組みを変えなければならないかもしれない」


 ユリアナは真剣な顔で考え込む。

 やや斜に構えたその顔立ちは、朝陽を受けると彫像のような芸術作品のように見える。


「それは、この世界の仕組みそのものを全て変えてしまうということか」

「まだそれは判らない。俺のこの世界に対する知識は、判断を下すにはまだまだ不十分だ。だが、可能性と言う意味ではそういうこともあるだろう。この世界は俺からすれば歪だ」

「難しいな。今この世界はある意味絶妙なバランスで安定しておる。そのバランスを崩す方が良いとは、妾としては言いきれぬ」

「ああ、それは今決めるべきことじゃない。それよりも今すぐ試したいこと。それは、精神支配の上書きができないかと言うことだ」


「他国の民に施すということか?」

「そう言うことになる」

「過去、幾度もそれは試みられたそうじゃが、成功したと聞いたことはないぞ。だからこそ、現状の十二国によるバランスが保たれておる」

「ああ、そうだろう。この力を特殊能力と考えればな。だが、毎年かけ直すということは時間が経てば支配が弱まるということ。教会に及ばないのは、解除の方法もあるかもしれないということ。総合的に考えれば、試してみる価値がある」


「じゃが、誰を使う」

「御者の二人がいいと思うんだがな。俺は馬車を操ったことが無い。あの二人には今後も手伝ってもらいたい。そして、彼らに力を使うのはユリアナだ」

「妾は、こちらではまだ力を行使したことが無いぞ。儀式で力を使うことができるのは、20歳を超えた貴族のみじゃ」

「おいおい、じゃあ向こうで俺に使ったのが初めてということか!」


「仕方あるまい。見知らぬ世界で姉弟が二人だけ。そのような状態であれば力を使おうというのは無理もあるまい。それに、結局効かなかったではないか」

「確かにそうだけどな。で、20歳を越えないと使えないというオチじゃないだろうな」

「それはない。20歳と言うのはあくまで決まりごとに過ぎぬ。じゃが妾が知る限りにおいて、こうしたことが上手く行ったという話は聞いたことが無い」

「なぁに。今まで知った情報から、少し策を考えている。それを試してみたい」


 カズキはユリアナにウインクした。

 ユリアナは一瞬驚き、そして恥ずかしそうに目を逸らす。

 そんなユリアナを横目に、サエコさんの居場所を探した。

 周囲を見渡してみると、、いた。


(サエコさん、その小姓たちはまだ10歳程度ですよ!)


 そんな子供たちにコナをかけるとはいったいどういうつもりでしょうか?

 いくら年下好きとは言っても、サエコさんの半分程度の子供を追いかけてどうする。

 確かに、可愛らしい感じの男の子ではあるが。


 まあ、サエコさんの行動を諌めるのに時間を割く余裕もない。

 カズキはユリアナと共に、別室に待たせてある御者たちのところに向かった。


「もう、そろそろ家に帰ってもよろしいでしょうか」

 一人は30代、もう一人は20代半ばであろうか。

 この様な一般的な会話はできるのだが。


 カズキの方をチラチラと見ながら、不安げに椅子に腰かけている。

 カズキからすれば随分年上の二人であるが、昨日の戦闘を目の当たりにしたこと、それに加えてユリアナが貴族と言うことで畏れているようだ。

 まあ、カズキの戦闘狂ぶりを見たのであれば、怯える気持ちもわからなくはない。

 この世界の住民は、基本的には魔獣などと戦ったりすることすらないのだから。


「悪いな。もう少しだけ付き合ってくれないか」

「私たちは何をすれば良いのでしょう」

 話しているのは年上の方の御者。

 もう一人の若い方は、何やら挑戦的な目でカズキを睨んでいる。

 だが、魔法を使われると敵わないからだろう。

 その態度は目つきだけである。


「なあに、大したことじゃない。この貴族の令嬢の目を見ればいいだけだ」

「はあ」

 要領の得ない返事が返ってきた。


「で、カズキ。どうするのじゃ?」

「俺がユリアナの腰に手を当てるので、その状態でやってみてくれ」

「それだけで良いのか?」

 そう言うユリアナの表情が少し緩む。


「ああ、最初は魔法の流れを見てみたい」

「うむ。わかった」

 そう言うと、ユリアナは年上の御者の頭を両手で抱えて、顔を近づける。

「正式にはこんなやり方はしないのじゃがな」

 ユリアナの胸のあたりでどんどんとエーテルが凝縮されていく。

 やはり魔法が介在しているのは間違いないようだ。

 だが、その力は他の魔法の時のように変換されている感じがしない。


 次第に凝縮されたエーテルが胸のあたりから上昇していく。

 そして頭の付近まで上昇したと思った時、カズキにはエーテルの塊そのものが弾けたように感じられた。

 以前、ユリアナに力を使われた時には感じ取れなかったもの。

 それが何なのかを明確に言うことは出来ないが、何か波のようなモノが空間を繰り返して揺さぶる感じがした。


 力を受けた御者は小さなうめき声を上げた。

 それを見て、ユリアナは諦めたように手を放す。


「カズキ。やはり無理な様じゃ」

「いや、頼むからもう一度やってみてくれ」

「もう一度?」

「ああ、少しだけだが分かったことがある」

「そうか、この力を使うと相当に疲れるのじゃ。もう一度が限度じゃぞ」

「ああ、構わない」


 ユリアナの力は、受けて多少苦痛を感じている感じを見せている御者の頭を再び両手でつかむ。

 再び集中し始めたユリアナに向けて、カズキは自ら「気」を練ってそれをユリアナに送り込むことを試みた。

 カズキが言う「気」は、この世界で言うエーテルと等しい。

 魔法行使の原資となる力を大幅に増強しようということである。


「あっ」

 エーテルの流入を感じたのか、ユリアナがカズキの方を確かめるように見た。

 それに対して無言で頷く。

 それを受けて、再度精神を集中していく。

 感じ取れるエーテルの凝縮が先ほどとは比べものにならない。


 より大きな力を行使すれば、以前に掛けられている精神支配を打ち破れないかと言うのが今回のチャレンジなのだ。

 すなわち、精神支配の上書きである。


 しかし、ユリアナは本来自分が使っている以上の力を受けて操作にかなり苦戦しているようだ。

 そもそもユリアナは、巨大な魔法を使える程の魔法使いではない。

 貴族が使う魔法としては平均的なものだと聞いている。

 これほどの大きな力を制御したことがないのだから、仕方が無いことである。


 そのことを感じ取ったカズキが、ユリアナの腰に両手を回し後ろから抱きかかえるように全身に触れる。

 そして、カズキが一緒になってエーテルの操作に協力しようとしているのだ。


「カズキ」

 小さく可愛らしい声を漏らす。

「ユリアナ。きっとできるさ」

 ユリアナの耳元で囁く。

 そして、呼吸を合わせ二人の意識を絡み合わせていく。


「ああっ」

 苦しげな、でも同時に悩ましげなユリアナの表情が漏れる。

 不安定だったエーテルの巨大で高圧の塊が、さざ波のような揺れにまで収束しゆっくりと頭の方に上がってきた。

 それと共に、ユリアナの表情がどんどんと陶酔していくように変化する。


 巨大な塊が、ついにそこで弾けた。

 これまで味わったことが無いような巨大な波動。建物そのものが震えるような衝撃。

 それと共に、ユリアナの体から力が一気に抜けていく。

 その体を、カズキは優しく抱きしめた。

20160102:体裁見直し

20160522:文章修正

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