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魔道の果て  作者: 桂慈朗
第1章 裏切り
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(10)合流

 普段は冷静なカズキではあるが、ここで少し欲を出してしまったようだ。

 暴走による魔力の枯渇で早々に勝利を拾いたくはない。

 そんなことを考えてしまったのだ。


 ここまでの戦いで会話を挟みながら相手の出方を窺ってきたのは、情報を少しでも集めるため。

 今のカズキたちに必要なことは、戦いの経験もあるがそれ以上に幅広く正しい情報を数多く入手することである。


 だからこそ、相手を怒らせたりけむに巻いたりと、言葉を吐かせるための方法を取ってきた。

 シュラウスはある程度の情報をくれたとは思う。

 しかし、最後の攻撃まで腹を据えたのなら、そこから新たに聞き出せることはない。

 むしろ、最後の攻撃をきちんと見極めることも重要な作業なのだ。


 単に炎の威力が大きいという訳ではあるまい。

 いや、それ以上の何があるのかを期待せずにはいられないでいる。

 カズキの抱く期待とは裏腹に、激高していたシュラウスの表情から感情が徐々に消えていく。

 もちろん、表情が消えたからと言って相手の使う魔法の危険性が減じたわけではない。

 それどころか、瞬時にカズキの背筋に寒気が走る。


(やばい。これはやばい)


 巨大化した炎の剣が、10本近くの炎の鞭に変化してて襲いかかってきた。

 1本の剣なら容易に躱せるものも、変幻自在の10本近い鞭が同時に襲いかかってくれば、その脅威は10倍どころではない。

 線の攻撃ではなく面、いや時間差を有する立体的な攻撃なのだ。

 それは空間を支配している。

 しかも、魔法によるもの。

 で、あるが故に物理常識が全く役に立たない。

 空気抵抗も重力も慣性の法則も無視しているのだ。


「ぐっ!」

 呻き声を出したのはカズキの方。

 ただ、直撃を喰らったわけでは無い。

 純粋な脅威が背筋を冷たく濡らす。

 それでも顔に浮かび出た笑みは消えない。


 初撃を躱し切れたのは運が良かっただけ。

 武道も基本的には地球上の常識に縛られている。

 そこには、重力があり加速度があり、空気の流れがあり、それらを予測することで素早い動きが可能となるのだ。


 逆に言えば、それが無秩序になった時「読み」は役に立たないどころか、むしろ足を引っ張ることになる。

 初撃を躱せたのは、読みではなく培ってきた感覚、無意識の動き。

 しかし、それを何度も継続することは不可能なものなのだ。


 無表情なまま、シュラウスの次の攻撃が来る。

 魔法に集中しているせいか、足を動かしてこないことがまだ救いと言えるだろう。

 この状態のまま反撃に入るなんてとんでもない。

 一旦距離を取って体勢を立て直さなければどうしようもない。


 それでも、カズキが下がったところの間を詰められれば、今度は先ほど下がらせたユリアナのまで攻撃が届くということになりかねない。

 その一瞬の逡巡がカズキの反応を遅らせてしまった。

 バックステップで攻撃を避けようとしたその瞬間、死角側から来た別の鞭がカズキの右足の太ももを深く切り裂いた。


「いやーーー!!!」

 ユリアナの叫びが響く。

 足に深手を負ったカズキは動けない。

 太腿からは血がほとばしる。

 次の攻撃はもはや避けようがない。

 シュラウスが前進すれば容易に鞭の餌食に出来る。


 そして、シュラウスが状況を認識したのかゆっくりと前に向かい始める。

「カズキーーーー!!!」

 ユリアナの発する悲痛な金切り声が広い草原に轟く。

 轟く?

 魔力が切れた?


 とその瞬間、風切り音が聞こえてシュラウスが突然その場に崩れ落ちる様に倒れた。

 その足元にはこぶし大の石。

 見事首元に命中したようだ。


「かずちゃん! 何やってるの!?」

 もはやシュラウスの腕の炎は一切見えない。

 そして、やや離れたところからサエコさんが走ってきた。


 サエコさんが近づくよりも前に、ユリアナがカズキの傍に近寄り治癒の魔法を施す。

 多少の血が漏れたが、炎で焼かれたせいで出血が拡大せずに済んだのは幸いだっただろう。


「どうしてこんな無茶を!」

 ユリアナは泣き叫びながらカズキの左太ももに両手を当てている。

 そこに、サエコさんが走ってきて訳が分からなそうに問いかけた。


「こんなところで何やっているのよ」


 カズキはさすがに精も根も尽き果てた表情で、倒れたままサエコさんを見上げるのみ。

 サエコさんの方も、カズキが怪我をしたのはわかったようだが、泣きながら治療しているユリアナを見て戸惑っているようだ。


「やあ。サエコさん、随分早いね」

「何をのんびりしたこと言っているじゃ!」

 カズキのその反応を咎めたのはユリアナ。

 綺麗な顔が涙にぬれて台無しである。


「まあ、向こうの魔石がそろそろ限界だったのがわかっていたし、俺自身の魔法にそれほど余裕がなかったからな。逃げ回りながら時間潰そうかとも思ったが、なんか必殺技出しそうだから見たくなった」

「あら、じゃあ私が絶体絶命のピンチを救ったのかしら?」

「違う違う。丁度向こうの魔力が切れだけ」

「ええっ? でも私が倒したでしょ。その変なおじさん。じゃあ、やっぱり私のおかげじゃないの」


 エッヘンとばかりに、自慢げに大きな胸を突き出してくる。下から見上げれば、そのボリュームが良くわかる。


「そうだな。サエコさんのおかげかもな。もちろん、いざと言うときにはユリアナが助けてくれると信じてもいた」

 そう言いながらユリアナの顔を見ようとしたが、ぷいっと横を向かれてしまった。

 その行動もこれまた美しい。

「何よ。あんたたちちょっと怪しいすぎるわよ!」


 御者たちは、争いに参加できるような人間ではなかったようで、馬車の下に潜って震えていた。

 馬たちも魔法による戦いに多少怯えていたようだが、走って障壁にぶつかるようなことが無かったのは幸いであった。


 ユリアナは、カズキの治療を終えると敵の神官や兵士たちにも治癒魔法を施していく。

 兵士たちはサエコさんによって一か所に集められ、縛りつけた上での話である。

 ただ、カズキが見る限りにおいていずれも重傷であり、障壁にぶつかった男性以外は兵士としての復帰は困難だろう。

 治癒魔法の効果は怪我をしてから時間が経過するほどに小さくなっていくのだ。


 カズキも、以前魔法の暴発で左手首から先が吹っ飛んだ時、大魔導師のアレクサンダラスが即座に治癒魔法を施したにも関わらず、左手の人差し指と中指は第一関節は修復が叶わなかった。

 今となってはコンピュータを扱うものとしては致命的な損失。


 それだけがカズキをこの世界に向かわせた理由の全てではないが、無意識のうちに何らかの影響を与えていたかもしれない。


「でさぁ、今からどうするの? 馬車には結構なお金もあったわよ。ほら。これだけあればお金稼ぎはしなくて済みそうだけど」

 そう言ってサエコさんはあっけらかんと笑いながら、ずしりと重そうな硬貨の入った袋を見せた。

 そのお金がどういった類の資金であるかはわからない。

 ただ、うさん臭いにおいがそこはかとなくする。


「サエコさん、重さだけで全てを図れるとは限らない。向こうの世界でもお札の方が価値が高かっただろ」


 カズキはそう言ったものの、お金の価値は国の信用度によって変わる。

 札が有効なのは、それだけ国家が信用されている結果である。

 こちらの世界も同じだとは限らないのだ。

 もっとも、考えてみれば精神支配により統治されていれば、紙幣があっても価値を失うことはないだろう。


「う~ん、お札ねぇ。特になかったみたいだけど。この魔よけのお札みたいのがお札かなぁ?」


「そう言えば、サエコさんどうしてこの場所が判ったんだ?」

「親切なおじさんに教えてもらったからね」

「なるほど、不幸なおじさんが捕まったわけだ。って、それを知っているとすれば教会の准司教か?」

「准司教? よくわからないけどむっつりしたおじさん。さっきのよりは若いけど」


「教会にいた人だろう?」

「そうそう」

「なぜ、教会に?」

「そりゃ、やっぱりあの女の子心配じゃない。悪人がそう易々と手放すわけないでしょ」

「まあ、確かにそうだな。結果的にはサエコさんの言う通りかもしれない」


 その言葉で、助けた宿屋の少女のことを思い出した。

 即座に風の魔法をつないだが、それは途中で途切れていた。

 少女は移動したか、どこかに閉じ込められたか。


 カズキのすぐそばで、兵士たちの治療を終えたユリアナが、馬車から布地を取り出してカズキの足に巻いている。

 傷の方は治癒魔法により塞がれており問題ないのだが、デニム生地のジーンズが無残に裂けており、寒さを防ぐためにそこに布を巻き付けている状況。

 手元に裁縫道具がないので、本当に風を通さないだけのための簡易なものである。

 替えのパンツも隠してある荷物の中。

 今ここでそれを手にすることはできない。


「で、あの娘はどうなったんだ?」

「それがね。教会にはいなかったの。だから、親切なおじさんにここの場所を尋ねただけかしら」

「でも、この馬車には娘は乗っていないぞ」

「そうなの?じゃあ、あのおじさん嘘を教えたんだ。あとで、もう一発いっておくか」


 つまり、宿屋の娘は別の馬車か何かで送り出されたということであろう。

 それが一体どこに向かってか。

 なんとなくではあるが、首都に送られたのではないかと考えた。


 そんな思索に潜っているカズキの横で、ユリアナとサエコさんがいつもの会話を始めたようだ。

「全く物騒な話よのぅ。とてもではないが、女性の会話とは思えぬ」

「ユリアナちゃん。誰がお嬢様だって?」

「さあ、妾のことではないか?」

「私でしょ! そもそも、かずちゃんを助けられるのは私だけなんだから」

「そうか。カズキの傷を癒したのは妾じゃが」


「おいおい、いつまでもここにこうしているわけにはいかないんだぞ。そろそろ建設的な話に戻す。いいか?」

「妾は構わんぞ」

「ちぇ、いいわよ」

 だんだんと日が陰り始めている。

 ユリアナ曰く、草原で魔獣に襲われることはそれほど多くないようだが、それ以前にそもそも夜になるとかなり寒い。

 こんなところで凍死とはシャレにもならない。


「まずは、日が暮れると暗いので馬車を動かすこともできない。だから、今日はここで夜を明かすぞ」

「了解」

 サエコさんは何か楽しそうな返事。

「承知した」

 ユリアナも、対抗しての事か気丈に振る舞ってくれる。


 それでは、野営の準備に入ろう。

 馬車には野営用の道具も積み込まれていた。

 馬車で一日の距離とは言えど、休みなしで走る訳でもない。

 時には足止めもあるだろう。

 戦闘で、馬車が燃やされなくて本当に良かった。


 この世界に転移してきたばかりの時のような洞窟での生活よりは、これでも少しだけましではないだろうか。


「結局、一日だけしか宿に泊まってないね」

「それも、ベッドで寝ずに座って寝ていたがな」

「まあ、それもまた楽し、だよ」

「そう言っていられるうちはまだまだ余裕がありそうだ」

「妾も大丈夫じゃぞ」


「ああ、さっきは取り乱していたみたいだが」

「それは、カズキが無茶をするからじゃろう。何も、あそこで魔法なしで立ち向かう必要ななかったではないか」

「ああ、それはごめん。だが、これは俺の性格かもな。これからも同じようなこんなことはあると思う」

「できれば、そんなことは二度と御免なんじゃが」

「かずちゃんは、それくらい元気な方がいいんだよ」


「さて、あのお嬢ちゃんは今のところ行方不明と言うことで良いか」

「ええ、多分そう。どこかに送られたみたいだけど。できれば、教会のおじさんにもう一度『優しく』教えてもらわないといけないわね」

「家に帰ってるという可能性は?」

「それは確かめたわよ。両親がずっと泣いているし、ちょと私もうるっと来ちゃったわ」

「確かに、連れ出したのは俺たちだしな。責任を感じない訳じゃない」

「そうでしょ」


「だが、一方でここで丁度馬車と資金に食料も手に入れた」

 馬車に積まれていた食糧の中から、サエコさんが持ってきた燻製肉を齧りながらカズキが話す。

 目の前にはたき火。暖を取りつつさらに続けた。


「だが一方で、俺たちは少しでも早く西を目指さなければならない」

「何が言いたいの?」

「あの娘のことは放っておいて、、、」

 カズキの言葉を制するように紗江子が介入する。

「かずちゃんは本当にそれでいいの? さっきも助けようとしていたじゃない」

20160102:体裁見直し

20160521:文章修正

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