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魔道の果て  作者: 桂慈朗
第1章 裏切り
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(9)初魔法戦(2)

 睨み合いは一瞬で終わる。

 カズキの思考による逡巡をかずかな隙と見たか、目の前の兵士は再び槍を用いた連続攻撃をかけてきた。

 先ほどとは違い、カズキは探索魔法の併用により槍の繰り出す微妙なタイミングを目で見ずとも計ることができている。


 これにより、攻撃を障壁魔法で防ぐにしてもかなりの心の余裕が生まれていたのだ。


「どう足掻いても、お前の負けは確定しているぞ」

 後方からシュラウスの声が聞こえる。

 シュラウスの傍に寄った二人の兵士の内、一人が再び後方から迫りつつあるのを感じ取った。

 向こうからすれば、現在のカズキには逃げる以外に打つ手がないのだから、大詰めが近いと考えるのもおかしくはない。

 この方法でアレクサンダラスも追いつめられたに違いない。


 ただ、カズキの方とすれば既に心の平静を取り戻している。

 相手が慢心してくれた方が随分やりやすくなる。

 そう考えられるほどに余裕が出ているのだ。


 再び槍による攻撃を逸らすと、カズキは一気に踏み込んで兵士の間合いの内側に飛び込んだ。


 飛び込んでくることも当然予想していたのであろう。

 兵士は非常になめらかな動きで手首を返し、槍を振り回すことでカズキの体を薙ぎ払おうとする。

 が、その動きはアンザイの攻撃の鋭さと比べれば随分甘くて遅い。


「アマイ!」

 カズキは思わず日本語でそう叫んだ。

 下側から繰り出される槍の石突側を、ユリアナを抱いたままでも体を捻り躱して兵士との距離をゼロにする。

 瞬間、右腕のブレスレットに直接触れて魔法を繰り出す。


 一瞬火花のようなものが走ったが、やはり直接触れれば転移魔法を掛けることは可能であった。

 1mほど離れた場所にブレスレットは出現し、第二撃を躱した直後に再び転移魔法を使ってそこに移動する。

 その兵士はブレスレットが地面に落ちる音を聞いてカズキの方にすぐさま向きを変えたが、その直後に攻撃してきた仲間の兵士の槍を胸部に受けて血を吐いた。


 もちろん、もう一人が詰めてきている瞬間を狙っての転移である。

 カズキへの攻撃のはずが、見事に仲間にダメージを与えてしまったということ。

 防御魔法により同士討ちは起こり得ない筈。

 魔法の効果が効いていれば槍の攻撃では傷つくことすらなかっただろうが、その加護が失われればその肉体がどれだけ屈強であろうと無防備な一兵士に過ぎない。


 兵士たちにとって、何が起こったかが判らなかったであろう。

 一人の兵士が口から血を吐きながら倒れようとする。それを突いた兵士は呆然と見下ろすのみ。


 圧倒的に優位であった状況からすれば、一体何が起こったかを認識する余裕すらないようだ。

 もちろんそんな隙を見逃すはずもない。

 槍を味方の体に刺したまま呆然と立ち尽くす兵士の横に今度は素早く走り寄って、再びブレスレットに触れて転移させる。


 兵士が気付いて槍を抜こうとした時には、もうカズキはその場所を離れていた。

 手には二つのブレスレット。


「一体何をした!?」

 シュラウスが緩んだ空気を震わすような声で叫んだ。


「何も見ればわかる。同士討ちだろ?」

 カズキは、事も無げに飄々と答える。

 そして、ブレスレットを拾い上げる時に一緒に拾った小石を、掌の上から転移させた。

 直後、槍を引抜構え直した兵士の左腕が肘の間接付近で突如爆発する。


「ぐはっ!」

 兵士は右手に持っていた槍を落とし、無くなった左腕を抱えながらその場にうずくまる。

「それより、教会の人間なら早く治療してやったらどうだ? でないと、二人とも死んでしまうぞ」


 そう告げるカズキの目は辛辣で冷たい。

 呆然とする司教の方を向きながら、やや早くなった呼吸をこっそり整えた。

 司教に次の動きが無いのを確認すると、抱き寄せていたユリアナを一旦手放し、頬を軽く叩いて正気に戻す。


「おい、ユリアナ。交渉してみるか?」

「えっ? あれ? カズキ」

 さすがに王女様には刺激が強すぎたかもしれない。

 周囲を見渡し、二人の兵士が倒れているのを見て口に手をやり絶句する。

 先ほどあった体の震えは止まっているようだが、口調の震えがはっきり表れる。


「カズキ。。。この二人」

「ああ、交渉がまとまれば治してあげてくれ。ただ、時間が経てば難しいだろうが」


「で、どうする? まだ戦うか? おっさん」

「何故だ。。。何故兵士たちが倒れておる」

「見ればわかるだろう。同士討ちに、不意の暴発だ。お前ら魔法の使い方が下手なんじゃないか?」


「そんなはずはない!」


 シュラウスの顔が真っ赤に染めあがっている。

「今なら、この二人も命は助けられると思うぞ。兵士として復帰できるかはわからんが」

「馬鹿な。どうして命乞いなどしようか!」


 カズキは、ヤレヤレと言う感じで手を挙げた。

 さすがに首をすくめるポーズはとる訳にはいかない。

「命は大切にした方がいいぞ。一度無くしてしまえば何もかも終わりだからな」


 そう言うと、ユリアナの手を引きブレスレットを腕に通させた。

 その上で、倒れている兵士に近づき落とした槍を掴みあげる。

「さあ、今度は槍を使ってみるか」


 その声を聞いて、シュラウスの傍にいた兵士が思わず後ずさる。

「槍を置いて、そのブレスレットをこちらに投げろ。そうすれば命まで取る様なことはしない」

 カズキはシュラウスのことを無視するように兵士に向かって優しく語りかけた。


「ほら、お前たちの頼みの魔法はもう通用しない。これ以上はやるだけ無駄だぞ」

 ゆっくりゆっくりと近づいていく。

 体躯だけを言えば兵士の身長は180cmを超えている。

 体重もカズキの1.5倍以上はあるだろう。

 だが、その兵士が明らかにカズキから圧力を受け押されているのだ。


 人は理解できないものや現象を見た時に恐怖する。

 その状況はカズキが元居た世界でもこちらの世界でも同じらしい。

 その兵士はいきなり振り返り逃げ出した。


 しかし、今もこの空間はシュラウスが生み出した魔法による障壁に覆われている。

 その壁に衝突した途端、兵士は一気に気を失うように崩れ落ちた。


(やはり、障壁を超えるチャレンジは止めておいて正解だったな)


「馬鹿者が!」

 シュラウスが炎の剣を構えたまま、吐き捨てるように言った。

「さあ、交渉を続けるか?」

「誰が貴様のような悪魔と交渉などするものか。魂が穢れるわ」

「おお、俺は悪魔呼ばわりされているのか。というか、この世界にも悪魔と言う概念があるんだな」

「貴様らを悪魔と呼ばずに、どんな悪魔が居ようか」


「えらい言われ様だな。レオパルド王子の情報があるにしても、俺がそこまで畏れられる理由がわからんが」

「教皇猊下が何もかもお見通しなのだ。万が一ここで私から逃げおおせたからと言って、追手が無くなるとは思わないことだな」


 そう言いながらシュラウスが失っていた笑いを再び取り戻す。

 ただ、その笑いには少し前のそれのような尊大さは感じられない。

 精一杯の強がりと言ったところか。


 司教から目を離すことなく、カズキはユリアナに問いかける。

「本当にすごい嫌われ様だな。ユリアナ、この世界で教会はそんなに悪魔を畏れているのか?」

「まさか。そんな話は聞いたことはないぞ」

「おいたわしや。王女は、既に悪魔に魂を奪われてしまった。しかし、それをお救いすることこそが私の使命」


 ヒロイズムに沈み込むシュラウス司教は、殉職への道を突き進むことを決めたようだ。

 手にしているのは炎の剣。

 しかし、これを甘くみるのは正しくない。

 司教はブレスレットを手には嵌めていない。

 それどころか、じっくりと魔力の流れを捉えればエーテルの集積は司教の腹部から感じられる。

 通常練られるエーテルは胸のあたりから発せられるものだし、魔力の現れ方が練られた感じではない。

 おそらくは強力な魔石を体内に持っているということ。


 脅しで諦めさせられればと考えた会話だったが、容易には説得できるものではなかったようだ。

 ただ、今後を考えればこうした相手ともきちんと戦っておく必要がある。

 今後の戦闘が不可避なのは今の話でよく分かったのだから。


 そういうことなら、今試せることは何でも試しておく必要があるだろう。

 カズキたちは、まだこの世界は知らないことばかりなのだ。


 体内に魔石を持っているとすれば、ブレスレットのように奪うことができないということである。

 魔石を奪い取ろうと召喚魔法を使うが、それは司教を覆う防御魔法で弾かれた。

 炎の剣の威力がまだわからないが、防御魔法で守られている司教は難敵だ。

 魔石が発する魔力が弱まりつつあるのは感じるが、だからと言って魔石の効果がいつまで続くかも正確なことはわからない。

 要するに、現状では攻略方法が見つからず苦戦を免れ得ないということなのだが、その状態を得ることで喜びを感じているカズキがいる。

 こうなってしまったのは、正式な子弟関係を結んだわけでは無いものの、戦闘狂の異名を取るアンザイの流れを汲んでいるせいなのだろう。


「ユリアナ、下がっていて」

 その言葉が意味するユリアナと離れるということは、カズキが魔法を使わずに戦うということの証し。

 かつて、アンザイはアレクサンダラスと正面から戦った。エーテルの枯渇と言う状況はあったものの、魔法が使えずとも戦えない訳ではない。

 しかし、ユリアナは悲痛な声を上げる。

「だめじゃ、カズキ。そのままでは」

「大丈夫。俺を信じろ」


 魔法障壁とはいえ、どこかに弱点はある筈とカズキは考えた。

 今は、魔法の弱点を多く知ることが重要。

 時間稼ぎをすれば、いつかはシュラウスの体内にある魔石も効力が切れる。

 そなれば、あとは体術のみの戦いとなる。

 だから、魔石の性能と継続時間を計るのも重要となる。

 要するに魔法戦では勝てなくとも、それ以外の情報を知るためには戦う必要があるのだ。


 先ほど感じ取ったのは、シュラウスの体内にある魔石のエーテルが徐々に力を失いつつあること。

 当然のことだが、これだけの大規模な障壁を構成していれば消費が早いのは当たり前だ。


(さあ、そちらの魔石がエーテルを枯渇させるのが先か、あるいは俺が打たれるのが先か。面白いじゃないか)


 そう考えながら、先ほど拾い上げた槍を構えた。

 ずしりと重いそれは、カズキの体躯からすれば明らかに大きすぎるモノ。

 だが、それをものともすることなく軽く振り回す。


「やはりお前は悪魔だ。魔法ばかりか、武器まで使いこなすか。野放しにする訳には決していかない」

 どう考えても、セリフだけで言えばカズキが悪者のようである。

 そのシチュエーションがおかしすぎて、小さく笑い声が漏れる。

 それを聞いて激高したのか、シュラウスが炎の剣で切りかかってきた。

 魔法の剣と槍を合わせるような無謀なことはさすがにしない。


 カズキは、槍を構えたままで繰り出される斬撃を軽やかにステップにより躱す。

 最近は魔法の修行もあってあまりやっていなかった駆け引き。

 だが、テンションは非常に高い。

 自らの感覚が研ぎ澄まされていくのが判る。


 剣と槍では基本的な間合いが違う。

 ただ、とりあえずはカズキはシュラウスの攻撃を避けるのみ。

 現状では、炎の剣も炎が伸びてくるということはないが、その可能性も考えて剣先方向には余裕をもって躱していく。


「神官とは言え、そこそこの腕前と見た」

「ほざくな。邪悪な悪魔め!」


(果たして邪悪でない悪魔がいるのだろうか。しかし、この世界における邪悪とは一体何だ)


 シュラウスの切込みが多少鋭いとはいえ、それはあくまで神官としてみたときのこと。

 兵士たちが繰り出してきた槍の鋭さと比べれば、随分と余裕をもって躱すことが可能である。

 だからこそ、余分な思索までしてしまうのは甘く見すぎであろうか。


 さすがに躱すばかりでは能がない。

 とばかりに今度は槍を用いた反撃に出る。

 突きは切込みに比べれば明らかにモーションが小さい。

 カズキは半身に構えて腰を落として次々と連続の突きを繰り出す。

「実は、槍を使うのは今回が初めてなんだ。お手柔らかに頼む」


 カズキがぼそっとつぶやいた言葉に対し、再びシュラウスが激しく反応する。

「ここまでコケにされて、黙っておれるか!」

 明らかにシュラウスの周囲の雰囲気が変化した。

 今は魔法の発動を読み取れないカズキにも直ぐにわかった。

 もう魔石の能力も限界に近いようなのに、最後の賭けに出ようというのか。


「悪魔め! 思い知れ!」

 そう叫ぶと炎の剣は一気に火勢を増した。

 剣の長さが倍以上に延び、炎の勢いはすさまじい。

 2mほど離れて対峙しているカズキにも熱波が襲いかかる。

 さすがに強烈な熱には敵わないと少し間合いを広げる。


(しかし、それを今頃出すのは下策だな。使うならもっと早くすべきだし、あるいは障壁を外して用いるべきだ)


 魔法の枯渇を感じて最後の手段に出たということ。

 逆に言えば、おそらく今から繰り出される攻撃を躱せば、カズキの勝利は決まる。

20160102:体裁見直し

20160521:文章修正

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