エピソード2『桜舞う出会いの季節、ここから始まる兄との約束。』
あれから、8ヶ月。
家の異様さにも慣れ、淡々と残りの中学校生活を過ごしてきたが、今日無事に春斗の通っていた、都立森ノ宮高校に入学する。
冬斗は慣れないグレーの制服に青いチェックのネクタイを締める。首には兄の手紙にあったシンプルなシルバーのクロスが輝いていた。鏡越しにそれを見つめるのは冬斗の癖になっていた。
「兄貴。俺が兄貴の願いぜってー叶えてみせるから。」
その決意に応えるものは、今いない。その事実に冬斗は堪えるようにそっと目を閉じる。暫くそうした後、ゆっくり目を開けて、鞄を持って部屋を出た。その瞳には強い決意が宿っていた。
最寄り駅から電車に乗り、2駅ほど行った所が森ノ宮駅だ。そこから徒歩5分程で、イギリスの学校のような少し洒落た建物が見えてくる。それが、かつて春斗が通い、冬斗がこれから通う都立森ノ宮高校である。
建物に合わせて作られたであろう洒落た門の前には入学式、と書かれた紙の花に埋もれた看板が立て掛けられていて、それが妙に釣り合いが取れていない。
門を潜ると父兄や新入生らしき人間で溢れ返っていた。彼等も染まっていくのだろうか。この可笑しな学校に。
ぼんやりと群衆を見ながら、受付を済ませ、講堂を兼ねた体育館に入ったのは式の始まる3分前だった。
人がひしめき合うその中へ入り、受付で貰った紙と照らし合わせながら自身の席に座る。
ようやく、冬斗が一息つくと、おそらくクラスメイトであろう隣の席の女子生徒にトントンと肩を叩かれた。
「よ、卒業式ぶり。ふゆ君。」
「、、、一花?」
活発そうな大きな目に緩くウェーブのかかった腰までの茶色い髪の童顔、基、幼馴染み兼腐れ縁の日守一花がそこにはいた。
「遅いから寝坊かと思った。お父さんとお母さんも心配してたし。後で写真とろうね。」
「受付でちょっと手間取っただけだ。早く済ませろよ。」
「それは災難。もう、昔みたいにニコニコしてればいいのに。」
「うるさい。」
そのまま冬斗は前を向く。その無表情な横顔に一花は昔のあどけない笑顔を重ねる。
そして、心の中で兄貴分だった彼に話しかける。
(はる君。ふゆ君はもう笑えないままなのかな?)
一花が、返事のない問いにひっそりとため息をついた所で、準備が整ったらしく、司会の先生が、マイクの準備を始めた。
それに伴い、周りも静かになっていく。
「えー、只今より、第25回入学式を挙行致します。」
そこからは普通の入学式だ。偉い人の話だの、新入生の誓いの言葉だの、正直あまり記憶には残らない。一花なんかは最早夢の世界へ旅立っていたくらいだ。
そんな式も終わりに近づき、今は在校生の歓迎の言葉だ。喋っているのはあの生徒会長、古月大地だった。冬斗は自然と鋭い目付きで睨み付けるようになっていた。だが、勿論の事、大地は気付くことなく、至って普通に職を済ませ、壇上でキッチリ一礼して自分の席へ戻っていった。、、、表面上は。
彼は周りに気づかれない程度に、動揺していた。彼の目には新入生に紛れて、今は亡き親友の姿が写っていた。それに気づく者は誰1人いない。
そうして、一部の者には波乱の幕開けとなった入学式が無事、終了した。
入学して早1週間。
特に大きな問題が起こることもなく、平凡な日常が過ぎていく。
クラスの中にもグループというものが出来はじめ、ガヤガヤと騒がしい教室。只今昼休み。
友達を作る気のない冬斗は1人ふらっと教室を出て、静かな場所を探す為に歩き出す。
「おーい、星崎~。」
後ろから明るい声が響く。その正体と後の面倒くささを知る冬斗は無視という選択肢を選び足を速めた。
だが、しかし、声の主もなかなか強者だった。冬斗の歩調が速くなったことに気づいたのか、声をあげた。
「星崎ーーー!俺が悪かったよ。謝るから止まってくれよー!!」
一昔前の青春ドラマの様に芝居めいた風に、冬斗に手を伸ばして、大袈裟にその場に崩れ落ちる。目には涙をためて。まるで、ドラマから抜け出してきた俳優のようだ。そんな彼に周りはざわめき出す。中には面白半分に「かわいそー」だの「サイテー」等とヤジを飛ばす声もあった。
冬斗を攻める空気に冬斗の額には青筋が浮かび、殺気があふれでてきた。
そんな怒り250%な彼の行動は速かった。
沢山のギャラリーを押し退け、未だに涙を浮かべる彼の腕を掴み、引き摺りながら階段をもうスピードでかけ降りる。そのまま、人気のない校舎裏まで引き摺り続けた結果、彼は可哀想なほどボロボロになっていた。
「いてててて、酷いなー。」
ボロボロなくせに笑顔で起き上がる彼に冬斗は、こいつは馬鹿なんだと呆れる。しかし、その気持ちは内心に留めておくことにして、未だにヘラヘラしてる馬鹿に向き直った。
「お前名前は?」
「うわ。こんだけ容赦なく引き摺り回しといて、名前も知らないとか。しかもクラスメイトなのに。」
うう、、、とまたもうそ泣きをする馬鹿に冬斗の顔にデカデカと面倒臭いの文字がうかぶ。
「、、、答えないならもうお前に用はない、じゃぁな。」
「あああー!待って、答えるから!」
「じゃあ、早くしろ。次いでに用件もさっさと言え。」
冬斗の態度に漸く少し真面目に答える気になったのか、立ち上がり砂を軽く叩いて、明るい茶色の瞳が真っ直ぐ冬斗を見た。その瞳に何故か概視感をおぼえる。
「まず俺は1年2組10番古月空。ヨロシク!」
「古月?、、、お前古月大地と何か関係あるのか?」
「あぁ、生徒会長なら俺の兄ちゃんだよ。」
「兄ちゃん?!」
思わず冬斗は声をあげる。まさかこんな所で思わぬ縁に巡り会うとは思わなかった。今日の自分はついてるかもしれない。
そう思った時だった。
「おい。そこで何を、、、っ空?!」
校舎の影から現れたのは、冬斗の目的である古月大地その人であった。
大地は空の姿を見て、さっと顔色を変えた後、直ぐに冬斗をキッと睨み付けた。
「弟をこんな状態にしたのはお前か?」
「まぁ、一応、、、」
だが、元々悪いのは空であるし、此方に非はない。まぁ、多少やり過ぎたかもしれないが。
冬斗が悶々とそんなことを考えていると、突然右頬に強い衝撃が走った。
「星崎!何すんだ兄ちゃん!!」
空の叫びに殴られたのだと理解する。
「この程度で済むと思うな。、、、森ノ宮高校生徒会長古月大地は、古月空への暴力行為でお前を断罪する。」
大地は高らかに宣言すると、黒渕のメガネをくいっと押し上げ身を翻した。
その背中を冬斗は無表情にただ見つめていた。しかし、心の内では、思いがけない幸運に素直に喜んだ。この学校の問題の当事者になれたのだ。春斗の願いを叶える為にこれ程都合のよいことはない。
「、、、俺は星崎冬斗ですよ。生徒会長さん。」
「!、、、覚えておこう。」
大地は、冬斗を見ずに去って行った。
その後ろ姿が見えなくなった瞬間、空が冬斗の肩を掴んだ。
「おい!お前良いのか?!此処で兄ちゃんに目をつけられたら、ヤバいぞ?!」
眉を寄せて心配そうに冬斗を見る空と相変わらず無表情なままの冬斗。
その場には沈黙が流れる。
「、、、ごめん。俺のせいだ。」
沈黙を破り、冬斗の肩から手を離すと空は突然ポツリと呟いた。
そのまま俯いている空を一瞥した後、冬斗は明後日の方を向いて口を開いた。
「いや、元々自分から蒔いた種だ。それに俺はこの状況を不運とか嫌だとか思ってない。寧ろ好都合だ。」
「えっ、、、?」
冬斗の思いがけない言葉に空は俯いていた顔を上げた。
「だから、俺は別にお前に謝られる筋合いはないってこと。寧ろお前に感謝してる位だ。」
「、、、、、星崎って、、実はM?」
「お前やっぱ馬鹿だろ?」
「失礼だな、まぁ、、馬鹿だけど☆」
「知ってる。」
「何?!」
そんな漫才のような会話を繰り広げた後、冬斗は1つ息を吐いて喋り出した。
「俺にはお前の兄ちゃんと同い年の兄がいた。兄貴はこの学校に数ヵ月前まで通ってた。でも、もういない。去年の夏に俺を庇って事故で死んだ。俺は此処でお前の兄ちゃんのふざけた断罪とやらを辞めさせてお前の兄ちゃんを救うって兄貴と約束した。その約束を守るために今、ここにいる。、、、それだけだ。」
冬斗が淡々と必要最低限の事だけを語った後、ふと空に目を向けると彼は泣いていた。
思わず冬斗が絶句していると、空は鼻を啜り、涙をぐいっと拭うと冬斗の両手を包むように握り締め、冬斗の目をまだ潤む目でしっかりと見つめた。
「俺決めたよ。冬斗に協力する!元は俺の兄ちゃんだ。俺も兄ちゃんに元に戻って欲しいから!!」
「古月、お前、、、。」
「俺の事は空って呼べよ。俺もお前を冬斗って呼ぶから。これから俺達は仲間だ!!」
高らかに熱烈に叫ぶ空にたじろぐ冬斗。
どうやってこの野生の猪の如く鼻息を荒くする男を落ち着かせるか、考えあぐねていると、後ろから足音が聞こえた。
「あっ、冬斗。気付いたら教室から消えてたからビックリしちゃった。」
「一花?、、、!!」
足音の正体は一花ともう1人予期せぬ人物だった。
冬斗の驚きなど露知らず、一花はもう1人の人物の紹介を始めた。
「彼は同じクラスの神使君。冬斗の事一緒に探してくれたの。」
「どーも。冬斗君。神使ハルです。彼女心配してたよ?」
そう。彼はあの時の郵便屋のハルだったのだ。あの時との違いは、服装が森ノ宮高校の制服であることと、縁なしの眼鏡をかけていること位だ。
「ハル?!何でここに、、、?」
「まぁ、君の兄貴に頼まれたんだよ。『弟を助けてくれ』ってね。」
「兄貴が、、?」
「あぁ。君の兄貴過保護だね。今時の兄弟らしくない。」
「、、、あの~」
二人の会話においてけぼりを食らっていた、一花と空、特に空は痺れを切らし、とうとう声をかけてきた。
そして、迂闊ながら冬斗とハルははそこでようやく、二人がいる中でかなりの会話をしてしまっていたことに気が付いた。
「二人は知り合いだったの?」
「それに今、兄貴に頼まれたって。」
「え、でも、はる君はもう、、、」
「おい!どういうことだよ?!」
「説明して!!」
興奮する二人に説明をしないという選択肢はなくなってしまった。
「、、、えっと、じゃぁ、神使君は実は生者と死者を繋ぐ郵便屋さんっていう人で、ふゆ君とはる君を手紙で繋いだってこと?」
「で、冬斗はその手紙を読んで、兄貴の願いを叶えようとしてるっていうことか?」
「大体合ってるよ。」
「そういうことだ。」
一通りの事を説明し終わった後、冬斗が予想していた反応とは信用してもらえない、だった。
しかし、二人は全く正反対の答えを導き出した。
「そっか。じゃぁ、ますます協力しねぇといけねえな。」
「勿論私も協力する。はる君の願いだし、ふゆ君をほっとけないもん。」
二人の思いがけない言葉に目を見開く冬斗と面白いものを見るように含み笑いをするハル。
「じゃぁ、仲間は四人か。良かったね冬斗君。」
「、、、別に。」
ツンとそっぽを向く冬斗だがその横顔は若干色づいている。
その事にハルは微笑みを向けると、意気込む一花と空に目を向けた。
この二人は純粋で、何より強く優しい。
この二人ならば冬斗の笑顔を取り戻すことが出来る。
そう確信したハルは3人を見て言った。
「これから宜しく。冬斗君、一花ちゃん、空くん。、、、所で、後3分だよ?昼休み。」
その瞬間、全員が全力ダッシュで教室へ向かった。




