エピソード10『客はいない。天使と悪魔の死の舞。』
次の日の学校は、酷い有り様だった。
靴箱には虫の死骸や、煙草の吸殻等がどっさり入っていたし、椅子には画鋲がビッシリで机には落書き、ロッカーの中は荒らされていた。
そして全校生徒が、冬斗、ハル、空、一花に鋭く冷徹な視線を向ける。
それは最早、一昨日までと同じ人間だったのか、と疑いたくなるほどで。
「、、、昨日からこんな調子だよ。」
絶句する冬斗の耳にぼそりと呟いたのは、ハルだった。
驚いて、ハルの顔を見ると、何時もの笑みはなく怒りとも、焦りとも取れる無表情を浮かべている。
「ごめん。昨日は所用でな。」
「、、、まぁ、許してあげるよ。仲直りもしたみたいだし。」
空と喋っている一花をチラリと横目で見て、くすりと笑うハルに、冬斗は何となく気恥ずかしくなる。
顔を赤くする冬斗にハルはからかうようにもう一度笑った。
「やぁ、相変わらず仲の良いことだな。」
和やかな空気を一瞬で変えてしまったのは、大地の何時もより低く、冷たい声だった。
「そっちから来て、、、っ!?」
冬斗が臨戦態勢に入りながら、大地の方を振り向いた瞬間、言葉に詰まった。
何故なら、大地の瞳は明らかに虚ろで、まとうオーラがどす黒く染まっていたのだ。
これは、明らかに可笑しい。
戸惑いを隠せない冬斗達などお構いなしに、大地は冬斗にナイフを凄い速さで投げてきた。
冬斗は反射的に身を翻したが、避けきれず頬を熱いものが掠めた。
「チッ、、、次は外さない。」
悔しそうに舌打ちをする大地に、冬斗は冷や汗を流す。大地は恐らく、冬斗を殺す勢いで攻撃している。
2度目の攻撃を覚悟した冬斗にそっとハルが近付いてきた。
「冬斗君。ここは、僕が相手をするから、君は一花ちゃん達と何時もの教室に逃げて、コレでカナ達を呼ぶんだ。」
早口で囁くように告げ、冬斗のズボンのポケットに何かを忍ばせたかと思うと、ハルは冬斗から離れ、空中に手を翳す。
すると、その手に以前見た剣が現れた。
「先輩、いくら気に入らない後輩だからって、そんな危ないことしちゃ駄目でしょう?」
「、、、、潰す!」
大地の言葉に呼応するように、オーラが更に強くなる。
「早く逃げろ!!」
呆然と立ち尽くしていた3人は、ハルの鋭い声を聞き、弾かれたように走り出した。
その3人を追おうとした大地の前に、ハルが立ち塞がる。
そのまま、ナイフと剣のぶつかり合いが始まる。
「君、一体何があったわけ?」
「お前には関係ない。そこをどけ。」
「ご生憎様。それは、無理な相談かな?」
「じゃぁ、力ずくで通させてもらう!!」
大地はそう言うと、別のナイフを取りだし、投げてきた。
それを避ける間にハルの懐に入り込む。
しかし、ハルはそれを敏感に察知し、距離を取る。
「不意討ちなんて、素人とは思えないことするねぇ。」
「次は殺す。」
「簡単には殺られないよ。」
言うのが速いか、今度はハルが真っ正面から攻撃を仕掛けに行く。
大地は、それをいとも簡単に避け、ハルの横腹にナイフを伸ばす。
それをハルはワンステップで避け、そのまま首を掴み、剣を当てた。
「、、、、出てこいよ。見てるんだろう、キラ。」
ハルの硬い声に、パチパチと拍手をしながら、胡散臭い笑みを浮かべているキラが現れた。
「ハルさん、お見事です。流石に人間では勝ち目はないようなので、回収しに来ました。」
「やっぱりお前、彼に術をかけたんだな。」
「えぇ、利用できるものは利用しなくてはねぇ。彼は使い、冬斗さんを絶望させる。そして、私は君から目を奪い、大地さんが生み出した絶望を上層部の連中に見せ付ける。これで、僕を蔑む者はいなくなる。」
ニヤニヤと語るキラに、激しい嫌悪感を抱いたハルは、剣を握りしめる。
「そんなことは絶対にさせない!!」
ハルは、大地に手刀を入れて気絶させ、そのまま寝かせると、剣を構えて、キラと対峙した。
キラも、腰から黒い剣を引き抜く。
「さぁ、始めましょうか?天使と悪魔の楽しい悲劇を。」
キラの言葉を皮切りに、剣のぶつかり合いが始まった。




