エピソード1『これが僕らの終わりで始まりだったんだ』
ミーンミーンミーン、、、、、、。
蝉の大合唱が響き渡る8月。夏休みで賑わう町は、うだるような暑さに、蜃気楼がゆらゆらと、揺らめいている。
そんな中、暑さから少しでも逃れようと、二人の少年が、家から徒歩5分程のコンビニへ向かっていた。
「おい、冬斗。勉強は進んでんのか?」
「うげっ!やなこと聞くなよ兄貴~。」
ここ最近、耳にタコが出来るほど言われる言葉に、星崎冬斗は顔を歪める。そんな弟に、兄である星崎春斗は、苦笑を浮かべた。
「まぁ、お前昔から勝負運だけは良いから大丈夫だよ。」
つい、昔の癖で、若干まだ下にある頭の上に手をおいて、わしゃわしゃと撫でてしまう。すると、冬斗はムッとして、手を振り払う。
「何時までも子供扱いすんなよ!」
「ごめんごめん。ついな。」
「つい、じゃねーよ!!」
兄から言わせれば、ムキになるところが、まだまだ子供だ、と思うところなのだか。と言うのは、心の中で留めておく。
そんな兄など露知らず、冬斗は一人で、「絶対何時か兄貴よりでかくなってやる!」と意気込んでいた。
ちなみに現在、春斗が175㎝、冬斗は168㎝であり、春斗の方が、7㎝大きい。しかし、冬斗はまだまだ成長期、見込みはある。冬斗が一人鼻息を荒くしているのを、春斗が微笑ましげに見ていると、何時の間にか、目的地のコンビニへ到着した。
中へ入ると、冷気が押し寄せ、二人は「すずし~。」とハミングする。
こういうとこがやっぱり兄弟だよな、と春斗が思っている間に、冬斗はいそいそと、先ずは店内を一周する。
さっさと目的の物を買い、帰って勉強しようという気はさらさらないらしい。そんな冬斗に春斗は2年前の自身を重ねた。あの頃は、純粋に何でも出来た。本当の笑顔で笑っていた。なのに、今では愛想笑いの仮面を被って、頭の中で必死に算盤を弾きながら生きている。何時からだろうか?僕は何時から、、、。
「、、、貴!兄貴!兄貴ってば!!」
トリップしていた思考が、冬斗の声で現実へと戻された。
ハッとして冬斗を見て、「ごめん。どうした?」とへらっと笑う。そんな春斗に呆れたような表情で冬斗は「これ、兄貴の分。」とブルーのパッケージの棒アイスをつきだす。
礼を言って受けとると、二人で並んで店を出た。店を出た瞬間、むわっとした熱気に、外へ出るのを若干怯みながらも、意を決して、また来た道を歩き出す。アイスは溶ける前に食べる事にして、二人でかじる。丁度、信号待ちで、自販機の横にごみ箱があったので、そこへ袋を押し込んだ。カン、ビンの表記は見て見ぬふりだ。
暫く、お互い無言で、アイスをかじる音だけを出していると、信号が変わり、電子音でカッコウが鳴き出す。
暑い中ずっと外にいたくない、早く涼しいところへ。
そんな思いで早足で冬斗が渡っていると、エンジン音が聴こえてきた。それは段々大きくなる。音の方を見ると、直ぐそこに一台の黒い車がもうスピードで向かってくる。
止まる気配は全くなく、それどころか、更にスピードを上げてきたようにも見えた。
このままではぶつかる、早く逃げないと。
冬斗はそう思うのに、足は縫いついたみたいに動かない。
もう、自分は死んでしまうのか。死ぬ前に一回くらい高校行って、兄貴の背を抜かしたかった。冬斗の頭に過る思い出。これが走馬灯か。そんなことを想いながら、目を閉じ、衝撃に耐えていると、思っていた方と別の方向からそれは来て。
その直後ドン!、と何かがぶつかる音が聴こえた。
なのに、冬斗の体には、それらしい痛みは、何時までたってもやって来ない。不思議に思い、目を開けると、自分は信号を渡りきった歩道に倒れこんでいた。
そして、先程まで立っていた場所を見た瞬間、冬斗は思わず息を呑んだ。
「、、、あ、兄貴、、、?」
そこには、真っ赤に染まって倒れる兄の姿があった。
それを認識した途端、一切の雑音が消え、冬斗は世界には自分と兄しかいないように感じた。辺りは真っ暗なのに、兄は真っ赤に染まったままで、片腕は有り得ない方向に曲がっている。フラフラと頼りない足取りで兄の元へ行く。
「何で、、、なんで、兄貴が。」
分かっている。しかし、認めたくない。でも。これが、現実。
兄貴は俺を庇ってこうなった、、、―――。
そこから、冬斗の意識はブラックアウトした。
あれから、1週間。
通夜と葬式を簡単に済ませ、近所の同情、噂も少し落ち着いてきた頃。
あの事故から、星崎家はガラリと変わった。元々仕事人間だった父は、仕事に更に打ち込み、滅多に家に帰らなくなった。一方母は、塞ぎ混み、一切の家事をしなくなり、1日何度か癇癪を起こすようになった。二人共以前にも増して喧嘩が増え、家の中には壊れてしまった小物などが増えた。
そんな二人の目が顕著に変わるのは、冬斗を見たときだけ。一瞬ハッとした顔をし、直ぐに悲しみと、落胆を滲ませる。そこには言葉にはならない言葉があった。
何故、お前が生きて、春斗が死んだ!!
他人が聞けば、そんな馬鹿な、と笑うかもしれない。そんな、実の子供に、と怒る人もいるかもしれない。
しかし、冬斗には、嘲笑も、怒りも、悲しみもなかった。春斗が死んでから、まるで誰かのドキュメンタリーでも見せられているかのように、現実味がなく、何の感情も沸き上がってこない。
ただ、ぼんやりと時間だけが過ぎていく。
そんな日が何日過ぎただろうか。
ある日、自身の部屋のベッドで寝ていた冬斗はふと、目を覚ました。周囲はまだ暗く、携帯の時計は夜中の1時を指していた。もう一度眠ろうとしたが、何となく眠れなかった。そんな時、何故だか隣の春斗の部屋に入った。春斗が死んでから、誰も入らなかった部屋は、春斗が生きていたときと全く変わらない。机には読みかけのマンガ、途中で終わった課題の問題が無造作に置かれていた。
その時、近くで小さく笑う声が聴こえた。冬斗が夢を見るようにぼんやりと声のした方を見るとそこには、綺麗な顔立ちの少年が窓枠に腰掛けていた。
「、、、誰?」
「あれ、僕が此処にいることへの疑問は無いんだ。変な子。まあ、良いや。僕の前に君の名前から聞こうかな。何て言うの?」
「星崎冬斗。」
淡々と喋る冬斗に飄々とした態度の少年。少年は冬斗の名前を聞くと、自身が肩から提げている鞄を漁り出した。
冬斗はそんな彼をぼんやりと観察する。暖かみのある薄い茶色の髪に、吸い込まれそうな程深い夜空のような瞳。すっと通った鼻筋に薄い唇。細身で座っているため、背丈は良く分からないが、けして低くはない。そこまで見れば、只の美少年だが、格好は何故か郵便配達員仕立てであるし、そもそもここは2階で、春斗にこんな友人がいたなんて話は聞いたことがない。
彼は何者だろうか。
冬斗が今更ながら考えている間に、目的のモノを見付けたらしい少年が立ち上がった。
「どうも、郵便屋ハルでーす。星崎冬斗さん。差出人は天界にお住まいの星崎春斗さんです。此方に受け取り印をおねがいします。」
「えっ。」
思考停止。ちょっと待て、今何て言った?
「あー。初めての人はびっくりするよね。説明簡単にだけどするよ。」
少年、基、ハルは再び窓枠に腰掛けると、説明を始めた。それは、冬斗の想像を遥かに越える内容だった。
「実は僕は神様に直々に遣える郵便屋の1人、ハルって言うんだ。僕達は郵便屋って言っても、生者同士とか、生者と神様の配達はしない。するのは、生者が絶対に配達出来ないところ。つまり、僕達は死者と生者とを繋ぐ唯一無二の者というわけなんだ。、、、理解してもらえた?」
冬斗はいきなりの展開に何とか頷く。正直理解しがたいが、彼が嘘をついているようには見えないし、何より彼の手の中にある、見慣れていた兄の字で書かれている『星崎冬斗様』の文字。あれを見れば、信じざる得ない。
「お前が何者かは大体分かった。だから、早くそれをくれよ。」
あせる気持ちを全面に出す冬斗にハルは一瞬驚いた顔をし、肩を竦めると手紙を差し出した。冬斗が引ったくるように手を伸ばすと、ヒョイっと避けた。
「おいっ!」
冬斗が苛立ちを抑えきれず、声を上げるも、たいして気にすることもない。それ処か、何だか嬉しそうだ。
「なんだ。さっきまで人形みたいに無表情だったのに、ちゃんと表情筋仕事できるんだ。良かった良かった。」
「そんなことより、早くその手紙寄越せよ。」
指摘されるまで気付かなかった。確かに、久し振りに胸の辺りがムズムズする。体が運動した後のように暑い。身体中が、冬斗の感情が一週間ぶりに動いたことを表していた。
そんな驚きを内に隠し、ハルに詰め寄る。
ハルは、そんな冬斗の様子を気にする風もなく、再び鞄を漁り、スタンプとインクのようなものを取り出し、インクの方を冬斗に放り投げた。
咄嗟にキャッチして、冬斗は手の中のそれとハルを見比べる。
ハルはそんな冬斗を気にすることなく、もう1つ小さな紙のようなものを出してそこに、先程のスタンプを押した。
そして、冬斗にその紙を付きだす。
「右手の親指にそのインクつけて、此処に押して。これが所謂、受け取り印になる。」
冬斗は半信半疑ながらも取り敢えず、紙を受け取り、言われた通りに、右手の親指にインクをつけ、スタンプのしたの位置のもう1つの枠の中にそっと指を押し付けた。
「はい、これで受け取り完了。じゃぁ、お待ちかねのお手紙です。」
紙と交換でようやく、手紙を受け取ると、逸る気持ちを抑えきれず、封筒を雑に破り、中身を取り出す。そこには便箋二枚にびっしりと春斗の字が並んでいた。
『冬斗へ
お前がこれを読んでるってことは郵便屋のハルって奴は本当に死者と生者とを繋ぐ事が出来るんだな。
まず、謝らせてくれ。お前や父さん、母さんを遺して死んでしまってごめん。きっと遺された方が何倍も辛い思いをする。そんな思いを家族にさせてしまって、本当に申し訳なく思ってる。でも、僕はお前に生きてほしかった。生きて、高校入って、高校生活を楽しんで欲しかった。僕の体験できない大学生や社会人になって欲しかった。だから、頼む。生きてくれ。お前はお前の人生を強く生きて、楽しんでくれ。そして、お前が人生を全うし終わったら、迎えに行くから。此方に来たら、これまでの事いっぱい聞かせてくれよ。それを楽しみに待ってるからさ。
後、もう1つだけ頼みがある。これは多分辛い事だ。お前が嫌ならそれでもいい。でも、お前の人生の少しだけ、僕の我が儘に付き合ってくれないか?実は僕の通う都立森ノ宮高校は今、おかしな制度のせいで大変なことになっている。生徒会の連中が制裁者という仕事を作り、問題を起こした生徒を全校生徒、教師を使って断罪するというものだ。それを始めたのは、僕の親友で、生徒会長の古月大地。彼を助けてやってくれ。彼は今苦しんで暴走している。どうか、彼を止めてくれ。大変なことだと思うが、お前にならきっと出来る。何たって、僕の自慢の弟だからな!!
じゃあ、あんまり無理すんなよ。僕は何時でもお前の味方だからな。
P.S. 俺の机の一番下の引き出しにお前の欲しがってたもんがある。この際だから、お前にやる。大事にしろよ。
星崎春斗 より』
手紙を読み終えた冬斗は、春斗が死んでから、初めて泣いた。こんなに泣くなんてかっこ悪いと思っていても止めどなく溢れる滴に身を任せる。
その涙に兄への誓いを載せて、、、―――。
そんな冬斗を知るのは優しく光る月と、いつの間にか春斗の部屋から出てきて星崎家の屋根の上でその月を眺める郵便屋の彼だけだった。




