092 迷宮都市の闇
太陽が傾き始めて、西の空が赤く染まり東の空には星が瞬き始めている。もうすぐ街は、日が落ち裏路地に下卑た喧騒が響き渡る裏の顔を見せ始める。
それは昼の華やかな印象を与える活気のある雰囲気では無く、人に警戒心を抱かせるそんな喧噪が暗い闇中に響いている。
昼は各国から来ている旅人や冒険者、探索者が多く訪れて活気のある観光街、夜はこの街で失敗したものや元から迷宮からでしか取る事の出来ない、依存性や常習性の盥薬物を作る材料になる魔物の素材を売買する売人。
しかもそれは、植物系の魔物しか生息のしていない階層、取り分け最低探索ランクがC級以上必要となる30層以降でしか手に入れるが中心となっている(それ以下の層の場合ギルドや国が破格の報酬で完全駆除の依頼を数年に一度の大量発生期にだし、それ以外は元B 級が最低雇用条件であるギルドの教官職が駆除及びその階層を監視ているからだ)。
たった一体からの素材で、向こうの世界で言う所の大麻10キロ分位の薬を作る事が出来る。国等に使えればそれでも満ち足りた生活ではできるだろうが、身丈に合った事で満足しきれない人間はどこにでもいる。それらの人たちがそれらを専門として採取して来る裏の組織で専属で契約しているものもこの街では多いと聞く。
この街でこの時間に不用意に出歩いて、その取引の現場に居合わせたものなら、その場で物言わぬ骸にされてしまうだろう。故にこの街の住人達もそれをわきまえて、夜は出歩くことをしない、したとしても巡回の兵士がいる表通りくらいだ、子供にも夜家から出る事があっても絶対にそこを通りなさいと言われている位だ。
この街に来る者達も本能的にその時間帯に外に出る者はいない、少しでも戦いや危険に向き合って来た者なら、この街に巣くう闇の存在は、自分には手の出しよう無い様なものでは二と言う事を悟る。
夢と希望を持ち金と名声、女を求めて一旗揚げに来た人間か多く外にいるのが昼の時間で、人目につくことを嫌う連中が跋扈するのがこの時間だ。
街の中で一番高い塔の上で一人の女が、立っている。
手すりも何も無いそこは、人がそこに来る事を考えて作られている様ではなさそうだ。
目を瞑って、極微細な魔力を街の中から探し出す。
探しているのは、ギルドであったパーティーの人間たちにつけた【黒糸】のマーカーだ。それは、一度つければよっぽどの事でもない限り、それを自然消滅意外に消す事は出来ないし、そのマーカーもごく小さい魔力である為、感知系に特化した能力を持っているものくらいしか、それを感知する事は出来ないだろう。しかし、したとしてもそんな極微細な魔力を見つけた所で気にもしないだろう。
本人もそんな小さい魔力を感知するほどの感知能力は、持ってはいないが探しているのは自分の魔力である為に、見つけ出すことが出来る。
見つけた。
十数分間身動ぎ一つせず目を瞑っていたが、急に眼を開く。
一人は、恐らく自分の部屋にいるのだろう。それ以外は固まっている……おそらく、酒場だろう、周囲にも多くの気配がある。
行くか。
塔のてっぺんから何の躊躇いもなく跳ぶ。
十数分間の間にさらに夜は深くなり、青と星空の境界は西へと移動して行っている。
星空の中を地面と水平に、まるでそっちが地面であって落ちるかのように移動する。目的地に使づいたのか徐々に地面がある方に、減速しながら降りて行く。そして目的の場所に足を付ける瞬間には、完全に停止し足音も無く着地した。
塔からそこまで直線距離で約五キロ程、その距離を数秒で移動することが出来るのは、ここが例え迷宮都市であったとしてもそうは多くないだろう。
目的の者達が居る裏通りの酒場。こんな所にいると言う事は、何か後ろ暗い事でもあるのかと疑ってしまう程の怪しさだ。
その屋根に手をつき、内部を探る為のスキルを発動させる。
〈影分身〉発動
このスキルは某忍者の様な物ではなく、文字通り影を増やすものだ。〈分身〉の派生スキルで、影を伸ばした影に知覚能力を付加する。
〈分身〉を一体一体飛ばすよりも消費する魔力も少なく、更に発している気配もかなり薄いので、見つかる様な心配もあまりない。
影を建物に浸透させて、内部の構造を把握陰に触れる空気の振動から会話の内容を把握。
それから数十分。
成程……クロのもとパーティーの連中は、迷宮の魔物の素材から生成することが出来る薬の密売人だったのか、あの視線の訳はそう言う事か……
ふむ…………如何するか?正直言うのならこいつらは放っておいてもいいが、もしこいつらの元締めに知られれば、情報漏洩をさせない為に、消しに来るだろうな。
クロを見た感じだとそんな事は知らないだろうし、はっきり言うならそれはする必要が無いのだけど、そう言う連中にそんな理屈は通じないのだろうな。
アイツの元パーティーの連中は、何も知ら無い様な幼い奴隷を買って、漏洩の可能性を極限まで減らしていたみたいだ。
その中でも亜人を買っていたのは、何度も買いなおす手間を減らす為か、アイツの思ったよりも回避に対する才能がずば抜けていて、なかなか死なずにいたらしい、運が良かったようだな。
「ふぅ、意外とここから面倒な事が起こりそうだな」
ポツリと呟いて、【黒糸】のマーカーを更新して、現れた時の様に闇の中に消えて行った。
ありがとうございました




