091 名付け
私はこいつの腕を引いてギルドから出て、大通りを歩いて行く。
後ろから追いかけて来る様な気配はない。
少し前までは、完全に邪険に扱っていたと言うのに急に自分の事をかばってくれた事に驚愕している様であるが、無視して歩を進める。はっきりと言うのなら、気に入らん、主人が死んで奴隷としては、もう解放されていると言うのにまだそれを引きずっている様なこいつにも、当たり前のように人を物の様に扱う様なあの男も気に入らん。
はぁ、何だかすごく暗い顔を強いてるやつを連れているのは、少々気分も悪くなるな。
頭のてっぺんから足もとまでを見て。
……………取り合えず、こいつの格好にも問題があるな。こんなボロ切れみたいな服を着ていよう奴を連れていたら、私まで変な目で見られるな。
「おい、服を買いに行くぞ」
「え、服ですか?」
私に行き成り言われた事に対して、何を言われたのか、そして何で自分にそんな事を言って来るか分からないと言う様な感じで、キョトンとしている。
「ああ、服だ。行くぞ」
裏道に入って行き、行きつけの店に入って行く。ここの店長は、偶然知り合った奴で、他種族を差別しないこの街で………世界の人間でもかなり珍しい部類の人間だ。彼女は可愛い物が大好きで、動物も好きでその動物の因子を持っている亜人にも、向こうの世界で言う所の萌を理解できる人間だ。
店先で。
「あら~、澪ちゃん。いらっしゃい………あっ、かわいい子連れているのね~、今日は何お買い物?」
私の連れている子の事を見て………詰め寄りながら、ニコニコしながら私に聞いて来る。
「あ、ああ。そうだこいつの服を適当に見繕ってくれ」
「え、ええと…」
まさか、自分の服か買うと思っていなかったのだろう、その所為か彼女は中々状況が呑み込めずにオロオロとしている。
と言うか、たじろいでいる。
まあ、一応美女とは言え、ハァハァ言いながら詰め寄って来るのだから、仕方ないのかも知れないが………
一応、店長の事を紹介しておこう、彼女の名前はナターシャまあ、本名じゃない気もするけどそんな事はどうでもいい。
さっきは彼女と言ったが、本当の性別は男だ。パッと見は完全に美女にしか見えないが、それでも男だ、その事を指摘するとたいへん恐ろしい事になる。出会ったばかりの時にそれを彼の前で、ポロっと出してしまった時の殺気は、今まで私が見た事のある最強の敵はB級の階級主魔物なのだが、それが霞んで思えるくらいの膨大な殺気に当てられて、重力魔法で体が縛れた時の様に体が重くなった。あの時は、本当に怖かった………
「ダメよ。適当なんて、しっかり選ばせてもらうわ」
「………好きにしてくれ。代金はこれくらいで、普段着と部屋着、下着をそれぞれ三着づつくらい頼む」
そう言って私は、〈アイテムボックス〉から銀板を五枚程、取り出して渡す。
「自分の服は金をかけないくせに、人の服にはお金を出すのね」
「服の事なんて、分からないからな」
昔から、服なんて無難なモノとかファッション誌のものをそのままと言った感じの格好していた。
現在は黒一色。迷宮にいる時は、〈黒衣〉と言う闇属性の魔法を使うので、使っている事が周りから分から無い様にするのにも丁度いい。
こいつは私にいつも。
「女の子なんだから、オシャレしなきゃダメじゃない~」
と言って来る。もう何度もした会うたびにしている、お決まりのやり取りだ。
「それで、この子の名前は何て言うの?」
「「………」」
私達はお互いに顔色を見あって。
「こいつは生まれてすぐに奴隷にされたようで、名前が無い」
私がそう言うと。
「あぁ?」
こいつにとって可愛い物を如何こうする事は、最大の地雷と言ってもいいので………
「………」
「ひっ!!」
あの魔物の大群の中に入って、その場を支配している様な動きを見せた者をここまで、恐怖させる程の膨大な殺気がこの場に充満する。
「おい、殺気を抑えろ。こいつが怯えている」
「おっとごめんね。で、澪ちゃん、その子の事面倒見るの?」
「………パーティーメンバーとして、ギブアンドテイクの関係だな」
なんだか、え~、ホントに~と言う顔をしている。
ん?唇だけを動かしているな、え~と、途中まではその心算だったか〈直感〉に従って、今はこの子の現状を見て君の癖が出たのかな~、か?
………そんな事は無い。稼げる金が増えるから、こいつの事はパーティーに入れるだけだ。
お互いに声を出さずに、唇を動かして意味を読ませ合って会話をする。
妙にニヤニヤされながら、その会話がある程度、一段落したところで。
「この子の名前、考えておいた方がいいじゃないの?これから一緒に行動するのなら、ないと不便じゃないの」
「そうだな………、名前か……」
如何するか?この言いぶりからすると私が考えろと言った所か………
名前ね………、向こうの世界で単純で分かり易い名前でも、漢字が絡んだ言葉なら音がそのまま伝わるし、それにこっちの世界なら魔法に使われている古代語だからそれでいいだろ。
「クロ」
考え込んだような間をおいて、目の前にいる黒髪の猫耳少女の名前を告げる。
「クロ?」
「ふむ、クロ………、黒ね」
正直言えば、古代語が分かる人間にとっては、少々安直に感じるかもしれないが、これを知っている人間も殆どいないから大丈夫だろう。
ナターシャの方を見ると‘意味を説明してあげれば?’なんて顔をしている。
別に意味なんて安直で、面白味のない無い様なんだけどな………
「ああ、クロだ。魔法古語でお前の髪の色を意味する言葉だ」
それを聞いた時に、何だか少女が………クロが、感動した様な表情をしている。
ん?何だ、この反応は?
今まで意味なんてない記号でしか、呼ばれていなかった為、意味のある………彼女にとっては、安直な名前かもしれないが、古代語で自分に関係のある名前を付けられたと言う事は、この世界の者にとってはなかなかない事だ。しかも。魔法古語の名前をもらえるものなんて、王族くらいのものだ。
まあ、いいや。
その事が分からない彼女にとって、少女の気持ちは理解できていない。
意味の分から無い様な顔をしている澪と感動しているクロを見てナターシャが、久々に面白い物を見たな~と言う感じで、ニコニコしながらそれを見ていた。
その様に見られている事に気が付いた彼女は、少々顔をしかめながら。
「それじゃあ、こいつの服頼むわ。ちょっと野暮用があるから」
「ふ~ん、野暮用ね~」
私が何をしに行くか分かったような、顔をしていってらっしゃいと言って来る。
ありがとうございました




