084 勇者と魔女
空が緋色に染まる時間、その都市では白く塗られた建造物がその緋色の光を反射し、都市全体が燃えている様に見え、誰もが息を呑んでその光景から目を離せ程の感動を与える。
そんな都市の一角で、マントを深くかぶり顔を隠した男が、スラムの更に裏路地に入って行く。
スラムとは言え、この都市は観光目的で訪れる者が多い為、どんな場所であっても綺麗にするのがこの都市を治めている者の方針、なので、たとえ裏路地であってもゴミも落ちてはいない。
まあ、定期的に此処にいる者達の数を調整してるので、根本的に汚す者が居ないのだが………
その男が使われていない民家に入る。
躊躇いも無く奥に進み、床を触りだす。しばらくすると床がひとりでに動き出し、その下から階段が現れた。
男は簡単な魔法ではあるが詠唱をせずに魔法を使っていた事から、相当な凄腕の魔法使いである事が予想できる。
少し降りると、重く重厚そうな扉が見えて来る。だが、これは見た目通りの重そうな扉では無く、これを魔力を見る事が出来るものが見れば、複雑な魔法陣が書かれている事が分かるだろう。
男はその扉の魔法陣の中央、魔法陣を書いている魔線の無い部分に手を置く。
男が魔力を流し込んで、魔法陣の魔法を発動させる。
その光景は向こうの世界で言う所の静脈認証をしているかの様な印象を受ける。
そして、それとこれは近しい物である。これは流し込んだ魔力の波長を読み取って、個人を判定する物だ。
もちろん、一部のものなら魔力の波長を偽る事くらい出来るが、そんな化け物は来た時点でどうし様も無い事は、ここにいる本人も分かっているのでそれ以上の事はしない。
少しするとその扉は、横にスライドして開く。
「あら~、いらっしゃい~」
扉があいた事に気付いて、中にいる者が声をかける。
深い夜を思わせる自分の身長よりも長い黒髪と長い間日の光を浴びた事が無い様な病的な白い肌に、不健康そうな目の下のクマ。だぼだぼの黒いローブ。
典型的な魔女の………もしくは生活の出来ない科学者と言う風貌をした女だった。
部屋の中は、その男には何に使うか分から無い様な怪しい物が床中に散乱している。
男は部屋の中を見渡して、
「相変わらずだな」
と呟く。
以前この部屋に来た時、掃除したはずなのにな………と思いながら呟いた。
やれやれと思いながら、男はマントを取って顔を出す。その顔は、女が見れば放ってはおかない程の綺麗な顔をしていた。
「今日の用事は、何だい?」
再び、机に向かい。紙にペンを走らせながら聞いて来る。
「お前の頼み通りのものを持ってきたんだが」
「っ!お~、うれしいね~。ほれ、早く出して~」
それを聞いた瞬間、変な声を上げながら、さっきまで作業をして作ったので、あろう紙の山をかき分けて、紙を周囲にまき散らせながら、近づいて来る。
ほれほれ、はやく~と言った感じで、手を出して来る。
「ほらよ」
〈アイテムボックス〉から取り出した青紫色の結晶を放り投げる。
「おっと。いや~、ありがとうね~」
天井の光にかざして、それを見ている。最後に瞳に魔力を集めて、それを更に良く観察する。
「召喚者の魂は、いいね~。そこら辺にいる凡庸な魂とは純度が違う」
その一点の曇りも無い結晶の輝きを見て、うっとりしている。
「くふふふ、しかし君も容赦が無くなって来たよね。
自分と一緒にこっちの世界に来た人間を殺せるようになったんだから」
見る者に悪寒を抱かせるような笑みを浮かべながら言う。
「………何人かは逃げたけどな」
それを聞いた瞬間、驚いた様な声を上げる。
「もったいないな~、ちゃんと持ってきてよ~。
で、大丈夫なの~逃がしちゃって?」
後で問題に成らないかを聞いて来るが。
「さぁ、どうでもいい。逃げて俺に関わらないならそれでいいし、関わって来る様なら、殺す」
興味なさげではあるが、自分に関わるのなら殺す。しかし、これは本来なら殺しておくべきなものを自分に関わらないならいいと見逃すのは、まだ覚悟が足りて無い様に感じる。
本人にその自覚があるのかどうかは、分からない。
「くふふふ、まあ、自分の恋人を容赦なく殺して、剣の材料にしたくらいなのだから、それくらいどうって事ないのかも知れないけどね~」
女はそれに気付いている様ではあるが、特に追求せずに、むしろ良く殺せるようになったと言う。禁術に手を出したのだから、例え〈邪曲の勇者〉で禁術の精神汚染を和らげようが、その感情が死ぬのは時間の問題であると理解しているからだ。
「………で、それで足りるのか」
男も何となくではあるが気付いているのか、多少は間があり何か考える様な素振りを見せ、その話はしたく無いと言わんばかりに、話をそらす。人間的感情が死んでいく覚悟はしてはいるが、そこまで追及されたくない様だ。
女はまあ、いいか~と思いながら。話題の変更に応じる。
「そうだね……ギリギリかな」
「そうか」
「そうだ~、近々~、帝国で武術大会があったでしょ~。そこで何人か強そうな奴の魂でもとって来てよ~。あの大会はさ~、裏の連中もたま~に出て来るから、殺しても問題ない奴がいっぱいいるよ……まあ、目的とあれば、もうどんな人でも殺せるかな?」
殺人をまるで、ちょっとそこら辺で買い物を頼まれてくれない?と言うそんな軽いノリで頼む。最後の一言は多少真面目には言ってはいるが、五十歩百歩だろう。
「分かった。丁度いいのを探して来よう」
男もそれを簡単に了承する。結局、刃を鈍らせるのは、自分が相手を知っているか否かの様だ。これはもう引き返せないレベルで、人格が変わってしまったと言えるだろう。
その回答に満足しながら、女は。
「それで、今日の用事はそれだけかな?」
何かある事は、まだここにいる事から簡単に予想がつくが、一応聞いておく。
「いや、これの手入れをしてくれ」
自分の腰にある先ほどの話題に出された黒い剣を渡す。
渡された剣を抜いて、刃を魔眼を使って見ると感心した様な声を上げる。
「へぇ………随分人を斬ったね。いい感じに怨嗟が溜まっているよ」
「ここら辺一帯の盗賊を狩りつくしたからな」
ここの都市の周囲を拠点としている盗賊の量を知っている者が聞けば、耳を疑う様な事をサラリと言う。そんな事はもちろん彼女も知っているが、彼女は特に気にするようなそぶりも見せずに、剣の事を点検していく。
この剣は、禁術で作られたものの一つで自分に近しい者の魂を剣に封じ込め、封じた相手に永遠の苦痛を与え、その恨みの念が剣の切れ味に直結する。しかも斬れば斬る程に他人に魂を吸収したりはしないが、斬られた者の怨念が封じ込められたものをさらに苦しめる。
禁忌武器錬成術・永獄呪剣
強力であるが、生け贄に自分が愛し愛されていた者しか使えない為に、作られた例も少なく、そして手にした者は例外なく狂ってしまう為に、禁術指定された物だ。
少々考える様な素振りを見せた後。
「まあ、そろそろ核をもうちょっといいものに付け変えた方がいいかもね~」
その核は、普通は一人の人間の魂を封じるのだが、四人もの魂を封じ込めてあるので、怨嗟のたまりがはやく。しかっりとした物であっても、直ちに怨嗟が物質を侵食してしまい、例え無機物であっても腐敗して溶け落ちてしまう。
「じゃあ、頼む」
特に何かを考えるわけではなく言われるがままにする。自分にはその剣の手入れは出来ないので、全て任せる様だ。
その反応に彼女は。
「随分と大人しくなったね~、最初の頃は殺そうとして来たのに」
「………………ちっ」
「それどころか、腕で私の腹に風穴を開けてくれたからね~」
ニヤニヤとしながら、常人がそれを聞けばおかしいだろと思う事をサラリと言うが、ここには彼女の正体を知っている者しかいないので、ツッコミを入れる者はいない。
「あの事は、謝っただろうが、それにその程度の損傷は大した事無いくせに」
と言い訳じみた事も言うが。
「回復するのも疲れるんだけどな~、あの時、貯め込んでいた魔力も使い切ったし~」
意地の悪い笑顔を浮かべながら言う。
「くっ………」
強さ的に言えば、彼の方が強い様ではあるが、心理的立場は彼女の方が上の様だ。
「まあ、いいや~。それにしても~、話は変わるけど~、最近この都市の税金が下がったのは何か君がしたのかな?」
「別に、唯この国に巣食っている愚か者共を駆逐して、浮いた金を市井に流しただけだ」
「方法さえ聞かなければ、ちゃんと【勇者】やっている様に聞こえるわね」
………まあ、王族とそれに近しい貴族を第一禁術【色欲之大罪】………他人の心を自分の好きなように書き換える事の出来るもので洗脳して、俺の操り人形にして不正を行っている者達を挙げて、俺の邪魔になる者を殺して回り、周りにいる者の記憶を弄って辻褄を合わせてさらに汚職をしない様に、洗脳しておいたくらいだけなんだがなあ………
まあ、無敵そうなこの禁術も意外と制限が多くて、誰にでも使えると言う訳じゃないのだが………
「俺は何もしていない」
それを特に誇る気も無い俺は、特に何か言うわけでもなく短く答えた。
「まあ、いい。こいつの代金は無料でいいよ~」
「珍しいな、お前が………まあ、いい。それでは頼む」
こいつにしては珍しいな。てっきり俺は、こいつは周りが如何にかなろうとどうでもいいと思っていたのだが………
「何を考えているかは分かるけど、別にそんなんじゃないよ~。
調整の回数が少なくなる事は、私にしても移動する回数が減るからね~」
「調整の時はお前の所には来ないようにしてあるぞ。
お前が捕まったりしたら面倒だからな」
「ああ、そうなの~でも、調整は無くさないんだ」
「俺にとって利用できるからな」
「くくく、それでこそ私の選んだ【勇者】様だね~」
それをどう利用するのかを聞いた瞬間に理解した女は、笑いながら何とも嬉しそうに言う。
「じゃあ、三日後くらいには仕上げておくから、取りに来てね~」
「分かった」
そう男が言った後、その瞳に映っている感情を読み取った。
「何~、今日もなの~、仕方ないね~。いいよ、好きにしていいよ~」
女はベットの方へ向かいローブを脱ぎ捨てる。
その下には何も着ていないらしく、オーバーサイズのローブを着ていた時には、分からなかったが女体は意外とプロポーションが良かった。病的に白い肌も足首まで来ている長い髪と相まって、触れれば壊れてしまう様な儚げな印象を与える。
「………」
男は無言のまま近づいて行く。
彼らにはもう慣れた事なのであろう。
二人は自然に唇を重ね、体を重ねて行った。
ありがとうございました




