069 紫苑とエル
とある草原で二人の絶世の美女がまるで吟遊詩人の語る英雄譚の一場面の様な戦いを繰り広げている。
「いや~、強くなったわね。紫苑」
癖の無い金髪を膝下まで伸ばした美女が楽しげに言う。
「くぅ」
紫苑と呼ばれた黒髪の少女は黒い火を纏った刀手にし、同じく黒い火が揺らめく羽織を着ていた。
おそらく双方ともに名のある名品だろう。放たれる威圧感は損所そこらの魔法具とは別格だ。
しかし金髪の美女の使う結界の前に刀による斬撃も黒い火の攻撃もすべてが防がれている。
「じゃ、攻撃するから耐えてね」
どの様な攻撃をしたのか解らないが、何やら景色が歪んだと思ったら轟音が鳴り黒髪の少女を吹き飛ばす。
それでも見たところ目立った外傷はない。攻撃を食らう瞬間にどうやら防御が間に合った様だ。
しかし外傷は無くともダメージは通っているらしく刀を杖代わりにして立つ。
〈闘気〉を高め始めた。どうやら使用する称号を追加する様だ。
瞳が赤くなり口元から牙が覗く、そして側頭部の辺りから生えてくる角。
手にしている魔刀は〈闘気〉も食らう性質を持っているらしく、刀と羽織の炎は大きくなる。
彼女の速度は急激に上昇し結界の様なものと空間の歪みを回避し一息に間合いを詰める。
先程まで動こうともしなかった金髪の美女は何所からとも無くレイピアを取り出し応戦する。
動こうとしなかった事から純後衛型と思っていたがそうでも無い様だ。繰り出される刺突は容易に音速を超える事が予測され、そして急所を寸分の狂いも無く吐いて来る。
しかし接近戦では紫苑と言う少女の方に分があるのかそれを正確に打ち払い反撃を加える。
それでも所々で結界を張って致命傷は回避する。
「エル、流石のあなたも私にこの間合いで戦うのは無理があるのではなくて」
「フフフ、まだ何とかなると思ったのだけど強くなったわね。
じゃあ、私も一段階上げしょうか」
そう言うと彼女の周りに魔力が集まる。先ほどまで盾として使っていた結界の形が変化して剣になる。
「舞え、界剣」
一見すると極薄で壊れやすそうであるが、これは先ほどまで彼女の攻撃に対して完全に受け切るほどの強度を持っている結界だ。
故に下手な対応の出来ない斬撃に化ける。
縦横無尽に飛来する必殺の威力を持った界剣たち、それを視線と線魔力探査と直感で弾き落し回避していく。
時には羽織で界剣を強引に受け止めて距離を詰める。
二人はいつも通り完全な本気の一歩手前で訓練を続ける。
そして数十分後。
「っ、はぁはぁ」
「情けないわね」
「はぁはぁ、仕方ないだろう」
「瞬間的な戦闘能力なら私にも届き得るのだけど問題は時間よね。
まあ、帝国武術大会は基本的に短期戦だから問題ないと思うけど」
「どうだ、私は勝てるか?」
「そうね……多分予選は突破は出来るけどそれ以上は難しいかしら」
「そうか」
「情報を手に入れる為とはいえ頑張るわね。
そんなに大切な人なのかしら?」
「そうだな、向こう居た時の唯一気の許せる相手だ」
「………私に頼むと言う事はしないのかしら?」
「そう言ってくれるのは嬉しいが自分でやらなくては意味が無い。
よし。休憩終わりだ続きを頼む」
「はぁ、まだやるの~今日は終わり美味しい物でも食べに行きましょう。
根を詰め過ぎてもいい結果は出ないわ」
「む…仕方ない」
刀をしまいそう言って二人は街の方向へ向かって歩き出す。
帝国武術大会二カ月前のとある町の草原での一幕。
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