068 戴爵式
カールスルーエで演説などの目的で使用される広場に、まるで街中の人間が集まっている様な錯覚を感じる程の人数が集まっている。
まあ、錯覚なんだけどね。この街の人口は百万に達する。故にここに街中の人間がいるなんて言う事はあり得ない。
俺の後ろに控えているリルとレティシアは慣れない場所と大量の視線にがちがちに緊張している。まあ、この二人は唯の視線ならそこまで緊張しなかっただろうが今まで生きていて感じたことも無い様な好意的な視線にさらされてどの様にしていいのか思いあぐねている様だ。
俺は周り声が聞こえないようにしてから二人に声をかける。
‘な、言っただろ。お前たちのした事は俺以外の皆も評価している’
‘そうだね……’
今まではあまり話しては来なかったしリルもその素振りも見せなかったが実を言うとリルにとって周囲の評価にはちょっとしたトラウマがある。
簡単な話で自分が強いのは唯生まれた時の種族のものであり本人は何ら関係が無いと言う物だ。
ルナが頑張っているおかげであの街に居る人間はリルの事をかわいがっているし、特に何か問題が有った訳では無いが元々いる様な人間は迷宮都市と言う性質上少数派になる傾向がある。特にギルドは入れ替わりが激しい。他の街からやって来る者達はC級の迷宮に来ると言う事は一般的に言えば一流を名乗ってもいい段階だ。つまるところ自分よりも年下でしかもソロで迷宮に潜っているリルは彼らにとって目の上のたんこぶとも言えるだろう。
それを考えると、何と言えばいいか俺はこっちに来て一日目にしてとんでもない事をしているみたいだと気付いたのは、ルナに教えてもらってからなんだよな。でもしょうがないよな経験値稼ぎに丁度いいなんて言ってたんだから………
うん、悪いのはクノだ。そう言う事にしておこう。
レティシアはまあ、単純に人前に出慣れていないと言うだけだと思う。
元々人里離れた所に居たからだろうね。
「マユズミ商会会長ハヤテ殿前へ」
市長以下街の権力者たちのなが~い話が終わりようやく俺の名前が呼ばれる。
さて、邸に使者が来た一週間前に戻ろうか。
朝食堂にて。
「あ、そうだ。今日の午後あたりに市長の方から使者が来るからその時の対応を頼めないかな?」
子供たちの食事が終わりここにいるのは俺にリル、レティシア、ミーリャの四人だ。
「市長?ウェイン辺境伯様の事でしょうか」
ミーリャが質問をしてくる。
「そうだな」
もったいぶった様に質問された事だけを返す。
「ええと、市長の使者が何の為にここに来るのでしょうか?」
「俺たちの商会の功績から、会長の俺に騎士爵位を与えられるそうだ」
「え?」
「へ~、すごいね」
「いつそんな話があったんのですか……」
三者三様の反応をする。
「あの、なぜこの様なものを与えられたのですか」
ミーリャが聞いて来る。
「二人の魔人の討伐実績とこの街の人間を救ったと言う事実。それと魔法具の製作法の確立。
主にこの二つの功績によって与えられる事になったらしい」
三人の顔に納得と言った様な表情が浮かぶ。
「確かにここにいて感覚が麻痺していたのかも知れませんが、魔法具がこんなにも溢れているのはここくらいですよね」
「そうか?それよりも二人の功績が主だと思うぞ」
「いえ、そんな事は」
レティシアが反論をしようとしてくるが。
「魔法具の開発は確かに大きな功績になるがそれだけでは無理さ。
どっちかと言うと俺よりも二人の方が街の人に知れ渡っているよ。
俺は一部の魔法開発者くらいだろう、俺の功績はいいとこ辺境伯のお得様程度だろう」
ちなみにそんな事は絶対にない。国にこの事が知れば強権を使ってでも国に縛ろうとするだろう。
しかし、これに関しては心配はいらないだろう。情報規制についてはウェイン辺境伯が信頼の出来るものにしかこの事は話していない。
更に彼をどうしてもここで貴族にしたいのはこの街の性質状ここで貴族になると言う事は聖国と皇国の二国に所属する事になり、しかも双方が睨み合っているせいで片方がおいそれと手を出す事が出来ない(この二国と言うか、大国同士の上層部は絶望的に仲が悪い)。そしてこの街はこの二国以外の人間、貴族も多く。ここは本来その街を管理して居る筈の二国でさてもこの街で不利益を出す様な事は出来ない。
その為二国の本音は過去の【勇者】が作り出した汚点と言う者もいるくらいだ。それ位にここの街の影響力は強く様々な思惑がこの街には渦巻いている。今回はそれを利用する様だ。故に彼にとってここで貴族になると言う事は悪い事では無いだろう。
「と言う訳だからよろくし頼むよ」
「はい。分かりました」
自分の執務室で街の事について記されている本を読んでいると。
コン、コン
扉がノックされる音がした。
おっと、もうそんな時間か。
気付くと執務室の机の上には数十冊の本が積み上げられている。
「入ってくれ」
「失礼します」
入って来たのはウェイン辺境伯の秘書のソルさんだ。
「今日は戴爵式の日取りの確認に参りました」
「ご苦労様です」
「日程は一週間後です」
「そうですか」
「それと…………」
言い難そうなことを言う様に言葉を濁している。
「何か問題でもありました?」
「魔法具局と貴族局からの横やりが入りまして」
「ふ~ん、で早い話何をすればいいんですか?」
「え?」
俺が貴族になる事に対する前向きな姿勢に驚いているのだろ。
まあ、今までの俺のどうにかして断ろうとする、あの対応を見ていればそう思われるのも仕方ないか。
「だから、その魔法具科と商業管理科を黙らせるには如何すればいいんですか?」
「魔法具科に関しては物的な証拠を見せればいいでしょう。
貴族局に関しては筆頭であった男爵が死亡したので勢力はそこまででは無いのでこちらで対処可能だと思います」
…………貴族局筆頭ね。それにしては小物だったと思うけどね。
まあ、そんな事よりもあの断った少し後に知ったんだけど俺があそこで断ってなかったら、俺はそんなところの後釜にされると思うとゾッとする。向こうとすれば俺が一番上にする事でそこを抑えようとでもしていたのだろう。
もし、そんな事になっていたら俺はストレスで胃に穴が開いていただろうな…………
商会を作ってそれなりに投げ出せないものも増えたから、思ってだって前みたいに自分の思い通りに人を殺す事は出来なくなった、それをするには最低限正当な理由がいる様になったからな。
「分かりました。その実物の方ですがどの程度のレベルのものを用意すればいいんですか?」
「リルさんとレティシアさんの持っている物の2、3ランクくらい下げた物がいいでしょう」
「そんなに低くていいんですか?」
「問題ありません。むしろあのレベルの武器を量産されては困ります」
「普通の魔力量じゃ使う事は出来ないのでいいんじゃないですか?」
ソルさんは考え込むような体勢になり唸っている。
ちなみにそれはただ強力な武器で言う事だけでは無くある一定のランクの魔法具は使い込まれる程に自己進化しるからでもある。
颯がこれを知らないのはまだこちらに居るのは短い事とこの事はどんな文献にも載っていなく一部の実際にそれを見た事のある者しか知らないからだ。
「ん~ん、それならランクを下げた物を三つほど同じものを一つお願いします」
「分かりました。期限は何時でしょう?」
「五日後でお願いします」
「了解です」
そんな感じでソルさんと会話は終了して次の日から注文を受けた物を作った。
なお、作業は一日で終了した。この程度のものなら苦も無く作る事が出来る様になっている。
物を果たした時少々デザインについて一悶着あった。
「ええと、何ですべて見た目が同じなのでしょう?」
「誰か別の物の手に渡るのでしょう?だったらそっちの方で装飾はしてください。そっちの方がそっちもいいんじゃないんですか?それに迷宮でそんなものは出ないでしょう?」
「ええ、そうですね。迷宮で出る物は一目見て分かりますから」
これだけでは解らないと思うので補足説明。
迷宮魔法具は神がデザインしたと言われていて何と言うか独特のデザインをしている。
まあ、例外もなかにはある。刀類は無駄な装飾が付いていない。理由は分からないが俺の予想は刀には装飾を付けるとある種機能美の様な美しさが損なわれるからだと思っている。
「それじゃあ、お願いしていいですか?」
「はい。任せてください。しっかりと話を付けて来ます」
「お願いします」
前日市長室で明日について説明を聞いた。
「あ~、明日の説明を始めるぞ」
「何だかお疲れですね」
いつもはしっかりしているのに今日は珍しく疲れが見える。
「ちょっとな。最近仕事が多くてな」
「そうなんですか。不躾な質問ですけど今の睡眠時間は?」
「ん?何を言っている。徹夜三日目だ」
「ちょ、寝てくださいよ」
「ちっ、秘書やメイドの様な事を言うな。それに大丈夫だ、明日の式中に寝られる」
「そ、それはどうなんでしょう」
「明日は覚悟しておけよ。明日の式は九割九分が余計な話と思え」
…………まじ?ほぼ無駄話?
確かにそれは寝て……良くないよ、市長だろ。
「しっかり起きていてくださいよ」
「問題無い。私が寝ているのを見透かせるものは居ない」
大丈夫かな明日?
「貴殿の功績をここに認め。貴殿に騎士の階級を授与する。
この街の為。今以上の精進をするがいい」
ハハハ、ウェインの奴。今、完全にこの街の為って言ったよ。
と言う事はあれか特にここで言葉を濁さなくても問題ないな。
「承りました。辺境伯により授かったマユズミの家名に恥じぬように精進させていただきます」
その場に膝をつき宣言する。
「精進するがいい、ハヤテ・マユズミ子爵」
ウェインがそう言うと民衆が割れんばかりの歓声を上げた。
あれ~?リルやレティシアならともかく俺に何でこんな歓声が?
しかし無駄話の比率は九割九分も甘かったな、九割九分九厘だろうこれは。
まあ、最後のは教えられていた中で一番の略式だったから民衆の方に気を使ったのだろう。
これで彼は子爵となり貴族の仲間入りを果たした。
それは彼の行く先にどういう影響を与えるのだろうか?
まあ、それも彼ならどんな障害も何だかんだ言って如何にかしてしまう気もするけどね。
ありがとうございました




