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P.K.  作者: 乙丑
7THGAME
36/40

Ⅶ-Ⅱ・リザーブ

リザーブ:ベンチ入りしている、交代要員としての選手達のこと。

リザーブの選手は逃げ切りたい展開のときにディフェンダー(DF)を入れたり、試合の流れを変えたいときやどうしても一点が欲しい時にフォワード(FW)の選手を入れる。


 観客の誰もがためいきを吐いていた。

 どうせ今回も河山センチュリーズが優勝するのだと。

 河山センチュリーズのDF陣と島津はボールを取りにはいかず、防御に徹するかのように、自陣のゴール前に集まっている。

 大間と桜井はポニーテールFCのMFラインまで上がってはいたが、ボールを取りにはいかず、残った湯山と栗原からのパスを待っていた。

 ボールをキープするのがやっとの直之は、明日香へとパスを流す。

「へへっ! もらいっと」

 そのボールを湯山がカットし、大間へとクロスを上げた。「おらっ! もう1点」

 ダイレクトボレーシュートを放つと、ボールは吸い込まれるように入ろうとしたが……。

「こなぁらくそっ!」

 カバーに入ったましろが、ボールをゴールラインの外へと無理矢理蹴り流した。

「ちっ、むだなあがきしやがって」

 大間は桜井に近づき耳打ちをする。

 自陣のゴールラインにボールが超えた時、相手のコーナーキックとなる。

 キッカーは桜井。カーブのかかったボールは、きれいにゴールへと吸い込まれ、2点目が入った。

「おら、どうせお前らはへたくそなんだからさぁ、さっさと負けりゃぁいいんだよ」

 大間がせせらうように吐き捨て、ポジションへと戻っていく。ポニーテールFCの子供たちはなにも言い返さなかった。というよりかは言い返せるほど気力がなかった。

 ――2点差かぁ、ちょっときついな。

 ましろはポジションに戻ると、敵陣を見た。

 ――どうやったらいいのかな……。あの人だったらこの局面どんなふうにひっくり返すのかな。

 ふとそう思った。自分が知らない記憶が頭の中で過ぎる。

 それが自分がサッカーをするキッカケだったんじゃないか、当のましろは覚えていないが確信できていた。試合はあの一試合だけだった。それでも心を奪われたように、ましろ――千尋はそのプレイに魅入ったのだ。

 そのプレイヤーも今のましろと同じリベロだった。

 DFラインからゴールラインへと入り込む。アシストをしたり、ときにはシュートをする。

 しかし、それでもなにより楽しそうだったのが印象的だったのだ。

 皆真剣にプレイしているのに、場違いなほど顔を綻ばせながらプレイしている。

 そう考えていると、ましろは小さく笑みを浮かべていた。

 頭の中でいろいろとシチュエーションしてみる。前半も残り少ない。後半になればなったで、相手はパス回しに徹し時間を潰すだろう。

 だったら……前半で1点でも決めないと――。

 考えるより先にましろは左サイドから上がった。


 ボールは現在直之が持っており、キープをしてはいるが、湯山と桜井に阻まれていた。

 パスを出そうにも、明日香と悟は大間が、武には桜井がパスルートをさえぎるようにマークしている。

 ましろが上がっているのが見え、パスを送ろうと思ったが、もしボールを取られたら……。そう考えると出せずにいた。

「おらっ!」

 湯山がボールを取りにスタンディングタックルを仕掛けた。

「くそっ!」

 直之はボールを取られないように必死になるが、湯山は身体を屈めて、肩を胸へと突き出した。

「ぐぅふぅ?」

 激しい痛みが直之に襲いかかる。その一瞬をついて、桜井がボールを取った。

「直之くんっ!」

 朋奏が悲痛の声を上げた。和成は審判を見たがプレイ続行をうながしている。

 肩で相手の動きを鈍らせたり、ボールを奪うさい、肩を詰め寄らせることをチャージと言うが、それ自体は反則にはならない。しかし故意に相手のからだに肩をいれることはファウルチャージというファウルが取られる。

 しかし、これもスルーされた。

「大間っ!」

 桜井がパスを送ろうとした時、ましろがそれをカットした。

 そして軌道を変え、桜井へと走り込む。

「こいつばかか?」

 桜井は嘲笑するかのように言った。

 ましろが桜井との間合いを1メートルほど近づいた時、右足のエラシコでボールを一瞬だけ止めた。

 それに釣られて、桜井は身体を止める。

 それを見計らって今度は右足のインサイドで左へと流す。その軌道を殺さないように左のアウトフロントで前へと強く蹴った。

 一瞬の動作に、桜井は動けなかった。

「こいつっ!」

 桜井が手を伸ばし、ましろのユニフォームを掴もうとした。

 ましろは咄嗟に左サイドのタッチラインへと右足でボールを上から下へと回すように蹴った。

 ユニフォームを掴まれ、ましろは転倒する。

「――直之くん取って!」

 ベンチから椿の声が響いた。ボールはタッチラインへと弧を描くように向かっていき、近くにいた湯山と島津はボールを見送るように、直之をマークしている。

 ――お願い、かかって。

 ましろは顔を上げ懇願する。ボールはタッチラインの前で落ちた。

「よっしゃ、スローインだ」

 島津はそういいながらタッチラインを越し、ボールに触れようとした。

「待てっ! マークから離れるな!」

 大間が叫んだ。

 ボールはタッチライン線の上ギリギリのところでピタリと止まった。

「えっ?」

 ハッと島津が我に返ったときにはボールに触れていた。

 和成は審判を睨むように見すえる。

 いや観客の全員が審判に視線を向けていた。

 今まで見過ごしてきたファウルは試合中に起こりえるプレイであり、ファウルになりえるのはそれが危険なプレイだったかどうかだ。

 しかし、サッカーの知識がある人間でなかったとしても、島津がしたファウルは誰もが知っているもっとも有名なファウル。しかも状況においては知識のある人間が審判を糾弾するほどであった。

 審判の笛が一回鳴った。ファウルの合図だ。

「そ、そんな……、だってボールはラインから出てるじゃないか!」

 島津が審判に言う。島津が意図的にボールを触ったとされたからだ。

「ハンドリング――ポニーテールFCボール」

 そして河山センチュリーズのゴールへと手を示した。

 梓がされたホールティング。

 直之がされたファウルチャージ。

 これらふたつはプレイ中に偶然起きてしまう場合、それを振り切るか、抜きさえすればアドバンテージという形でプレイが続行される。

 しかし、ハンドリングは誰もが知っているもっとも有名なサッカーでの反則行為だ。

 そしてその代償はゴールを直接狙えるフリーキックを意味している。

「っしゃぁああああああっ!」

 和成と直之がほえる。これで点が入るチャンスがめぐってきたからだ。

「ほれ見たことかぁっ! 悪いことをしているといつかバチが当たるんだよ」

 観客席で試合を見ていた能義もまた、ファウルが認められたことを喜ばしく思っていた。

「な、なんだよこれ? どうして――だってボールがラインから出てるじゃないか」

「ちっ、だから止めるなっていったんだよ。お前が勘違いしてスローインするとおもってたからな」

 大間が睨むな声で島津に言う。島津はそれこそ犯罪を犯したかのようにみんなから責められていた。

「ボールがラインから完全に出ない以上はインプレーになる。その状態のボールを手で触れたらどうなるかわかっているでしょ?」

 ましろは起き上がりながら笑みを浮かべた。してやったりの表情である。

 しかしここまできれいにバックスピンがかかってくれるとは思わなかったのも事実だった。

 とにかく、ボールの主導権はポニーテールFCのものとなった。


「明日香、ちょっと来て」

 ましろは明日香を呼び寄せた。そして耳打ちをする。

 明日香はおどろいた表情で「それって、大丈夫なの?」

「大丈夫。だから思いっきり、今言った場所に蹴って」

 ましろは明日香の肩を軽く叩いてポジションへ向かった。

 島津がボールに触れた位置から直接フリーキックが行われる。

 大間と桜井がキッカーである明日香の前に立ち、河山センチュリーズのセンターラインから、3メートルほどの場所に湯山が立っている。

 ましろは自陣側のセンターラインから2メートルに立っていた。

 ――ゴール前に思いっきり蹴り上げろって、でも取られる危険だってあるのに。

 ましろの言葉を無視して、直接ゴールを狙ってもかまわないが、明日香自身この位置からシュートをしたとして入るという自信も保障もなかった。

 それがわかっているからこそ、ましろは明日香に指示をだしたことは理解している。

 もしかしたら、狙った場所からなら、ましろはゴールを狙えるかもしれない。

 審判の笛が鳴った。

 明日香は思いっきり、河山センチュリーズの方へとボールを蹴り上げた。

 ボールは大きく弧を描くように、河山センチュリーズのペナルティーエリアへと上がっていく。

 センターバックの2番の川原と3番の滋野が、ボールの軌道にあわせて飛び出した。

「あははは、結局お前らなんてそんなもんなんだよ」

 大間が鼻で笑った。そしてキッカーである明日香を見る。

「お前さぁ、直接ゴールを狙ってんだろうけど、残念――まったく届いて……」

 大間は周りを見た。「おいっ! 8番はどうした?」

 大間はハッとして自陣へと走った。

その5メートル先をましろが全速力で走っていた。

「ましろっ! 決めてこいやぁぁああああああああっ!」

 ベンチから和成の声が聞こえ、ましろは一瞬だけ和成を見据えた。

 ――決めてくれじゃなくて、決めてこいって……。

 ましろは思わず失笑した――からこそ、無駄な雑音がなくなり、ゴールを決めるという一点に集中することができた。

 ボールはまるで吸い込まれるように絶妙なタイミングでましろの前に落ちる。

 ――まだだ、まだ高い。

 ペナルティーアークから数歩離れた場所。ボールが一度ましろのほうへとバウンドした。

 茂野がボールを奪おうとスライディングを試みる。

 ましろは右足を屈め、横へとからだを落としながら、ボールが一番低くバウンドした瞬間を狙って、ボレーシュートを放った。

「いけぇっ!」

 シュートをしたと同時に、ましろはうつぶせになって倒れたが、ボールの行方を追うように顔を上げた。

「くそぉっ!」

 キーパーの黒岩が飛び出すかたちでキャッチに入る。

 しかし、力強いボールは吸い込まれるようにゴール右下へとネットを揺らす。

 審判の笛が鳴った。

 スコアボードにはポニーテールFCが点を入れたことを認めるかのように『1』の一文字が現れる。

「っしゃぁぁあああああああああああっ!」

 ましろは人工芝のフィールド全体にとどろかせるほどの声を張り上げた。

 本当ならば立って叫びたかったが、それすら億劫と言うくらいに疲れていた。

「ましろ、すごい」

 明日香がましろの上に乗っかりながら祝福する。「ちょ、重いって!」

 歓喜の叫びはポニーテールFCの子どもたちだけではなかった。

「うっしゃぁ、これであいつらの無失点記録は消えた」

「っていうか、ボールが止まるまではプレー中なのよ」

 直接ポニーテールFCとサッカーの勝負をしていたFCカコウの選手たちとリーズFCの女の子たち。

「しゃぁらぁっ! もしかしてありえるぞ」

「こいつぁ大番狂わせだ。ここに来てあいつらに一泡吹かせるやつらがいるなんてなぁ」

 そして河山センチュリーズから不義な負け方をした泰平ホライズン、フォレスターSCの子どもたちもまるで自分たちが点を取ったように騒ぎ立てている。

 ピッチの内外では異常なまでに熱狂の坩堝と化していた。

「おい、今のは無効だろ? どうして認められるんだよ?」

 大間が審判に詰め寄った。

 明日香がボールを蹴ってからペナルティーアーク手前まで10メートルほど離れている。

 普通の小学生女子がボールを蹴ったあとに走ったとしても間に合うかどうかわからない。いや間に合わない。

 そうおもっているからこそ、大間はこれがファウルだと審判に申告していた。

 審判はそれを無視するかのようにセンターマークを示した。

「5番がボールを蹴る前に動いていたとすれば当然ファウルになるが、ボールが蹴られた瞬間に走っていたからファウルにはならない。当然ボールが蹴られたときに8番は走り出していた」

 審判がそう判決を下した。「島津、茂野っ! 下がれ」

 河山センチュリーズの監督――小野崎が叫んだ。

 島津の代わりに村瀬、茂野の代わりに新島がピッチに入る。

 そしてゲームが再開されると、すぐに審判の笛が鳴り、前半が終了した。



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