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P.K.  作者: 乙丑
7THGAME
35/40

Ⅶ-Ⅰ・カウマ

カウマ:落ち着いて!冷静に!の意味。ポルトガル/イタリア/スペイン語。落ち着いて正確にプレーするためによく用いられる。


「――道重? 誰だ、それは」

「璃庵由に通ってて、暴漢なんぞした馬鹿ですよ。河山センチュリーズのU-15にも所属してましてね」

 秘書の男がそう言うと、季久利聡一はさほど興味のない表情で「また、今回も始末したんだろ?」

 とたずねる。

「ええ。社長に云われた通り、政治家を通して捜査を打ち切りにさせました」

「うん。しかしなんだね? たった一回失敗しただけで捨てるとは……、私はそんな指示を出してないんだが」

「そこは、小野崎監督が考えてのことでしょう」

「まったく、あいつも馬鹿なことをしたものだ。尻拭いにいくら使ったと思っている」

 聡一はためいきを吐いた。「しかし、失敗したことがあるな」

「はぁ、なんでしょうか?」

「殺された畑千尋だ。いまだに両親が犯人探しをしているそうじゃないか?」

「ええこちらもいくらか見繕っているのですが、かたくなに断っているんですよ」

「捜査は打ち切りになって、犯人もいないんだ」

 聡一はスッと立ち上がった。そして窓から下界を見下ろす。

「あの事件もそうだったな。犯人は死んでいるにも関わらず、それを知らない親は未だに……二十二年経った今なお探そうとしている」

 聡一は、哀れむような表情を浮かべながら、嘲笑するかのような口調で述べた。「哀れなことだ。死んだ人間なんぞゴミですらない」

「社長、お客様です。なんでも話があると」

 扉が開き、女性社員が入ってくる。「どこからだ?」

「それが……」

 女性社員が言葉を止める。「警察の方がこちらに」

「――警察?」

「ええ。なんでも、お地蔵様からは逃れない……とのことです」

「なんだそのサイコパスは――帰ってもらいなさい」

 秘書がそう言うと、女性社員は首を横に振った。

「いえ、それが……」

 女性社員は言葉を止め、肩をダラリと落とした。

「どうした? はやく帰ってもらうよう」

「――警察と聞いて、何も感じないとは犬畜生以下ですね。あなたは」

 そう言いながら、女性社員は聡一を虚ろな眸で睨んだ。

「なっ? 何を言っている」

「……今はまだあの子たちが頑張っているので大会を中止にさせることはできませんけど」

「大会? ああ、あの利益にも何にもならない大会か。まぁ、どうせうちのチームが勝つだろうさ」

「ええ、あなたが卑怯な手を使っている以上、あのチームは勝つでしょう」

「わかっているじゃないか。さぁ、君みたいなのは今日限りで馘首くびだ。荷物をまとめて私の前から消えてもらおう」

 聡一がそう言うと、女性社員は小さく笑みを浮かべる。

「消えるもなにも、私は元からここにはいませんよ」

 女性社員がそう言うと、「なにを言って……」

 聡一が怪訝な表情を浮かべるや、女性社員の姿はどこにもなかった。

 聡一と秘書は、まるで狐につままれたような表情を浮かべ、部屋を隈なく見渡したが、女性社員の姿はやはりどこにもなかった。

「は、ははは……。わたしは夢を見たのか?」

 聡一はそう言いながら、椅子に座った。

「ああ、わかった」

 秘書は内線で受付に確認を取る。

「社長、警察は来ていないそうです」

 それを聞くや、聡一は頭を抱えた。

「あれは誰なんだ? 警察が来る? 事件はもう終わったんだ。どうして調べようとする? もう捜査は打ち切られたんだ。私が……私がなにをしたと言うんだ」

 聡一は頭を抱えるようにうずくまった。


「あれ?」

 椿が首をかしげた。

 目の前でベンチに座っている華蓮が、悲しそうな表情で自分たちを見ていたからだ。「華蓮ちゃん、どうかしたの?」

「……ううん、なにもないよ」

 そう言いながら、華蓮は椿の頭を撫でた。

「ちょっとね、どうして間違えたのかなって。彼もあのことを知らなかったら、もしかしたら、ちゃんとした人生を送っていただろうにって」

 華蓮の言葉に、椿はただただ首をかしげるだけだった。

「椿っ! 練習するよ」

 梓が手を振りながら呼びかける。「わかったっ!」

 椿は華蓮を一瞥すると、子供たちがいるグラウンドに入っていった。


「――ただいまより、決勝戦を行います」

 場内アナウンスが、サッカー施設の中で響き渡っていく。

「よしっ! みんな大丈夫か?」

 和成が柏手を打ちながら、ポニーテールFCの子供たちを見渡した。

「はい。いつでもいけます」

 明日香がそう言うと、ほかの子供たちもうなずいてみせる。

 ただひとり、ましろだけは浮かない表情だ。

 というより、不機嫌といってもいいだろう。

「なんで、ポジションが前と同じなんですか?」

「ましろをFWにしたらマークされてパス送れないのがオチでしょ?」

 梓があきれた表情で言った。「だったら、マークされないようにすればいいでしょ?」

「たしかにそのほうがいいんだけどな。みんな一人にマークされてたら、出せるものも出せなくなるだろ?」

 そう言われ、ましろはなにも言えなかった。

「いいか? チャンスがあれば出ていいんだ。というか俺はましろの性格からして、結局どのポジションにおいても大丈夫だって判断で決めてるんだぜ?」

「……わかりました」

 ましろは俯きながら返事をした。

「よしっ! それじゃぁ最初はパスを送りながら、できるだけ体力の回復をしておけ」

 そう言われ、梓は首をかしげた。

「攻めないんですか?」

「攻めるのは後半からでもいい。今はできるだけ体力を回復してくれ」

 和成が真剣な表情で言う。「わ、わかりました」

 梓はそう言い、指示に従った。

「それじゃぁ、決勝戦スタメンは、FW直之と悟。MF武、梓、明日香。DF智也とましろ」

 和成は優を見据えた。「キーパーわたしです」

 挙手するように、優は自己表現する。

「わーたーしーはぁ?」

 呼ばれなかった椿がぴょこぴょことウサギのように飛び跳ねて、自分の存在をアピールする。

「あっと、ちょっと考えるから。ちゃんと考えてるから」

 和成は、正直椿をスタメンで出したい気持ちでいっぱいなのだが、やはり椿に対してはみなと違ってスタミナ面に不満があったため、結局このときもスタメンに入れなかった。

「ポニーテールFCのスタメン選手は、センターラインに集まってください」

 審判にそう言われ、「よし、これが最後の試合だ……。全力で楽しんでこいっ!」

「はいっ!」

 子供たちは大声で応えると、センターラインへと駆けていった。

「気休めですね」

 華蓮が突き放った口調で和成にそう言った。

「わかってます。あいつらに勝とうと思ったら、前半から点を取りに行かないとダメだってことくらい。でも、少しでも休ませてやりたいんです」

 和成はそう言いながらジッとセンターバックのましろを見遣った。

 ましろは肩で息をしながら、腰を落としている。

 それと同様に、一回戦からフルで出ている梓、直之、明日香も、呼吸を整えるのに必死だった。

「――和成さん。ちょっと話が」

 華蓮は和成の耳に口を近付け、耳打ちをした。

「……えっ?」

 和成の声とともに、審判のホイッスルが鳴り、最後の試合が始まった。


 河山センチュリーズのキックオフで始まると、8番FWの大間が攻めに入った。

 直之が取りに走ると、大間は5番の桜井にパスを送る。

「っ!」

 梓がそれをカットするや桜井はギョッとした表情を浮かべた。

 ――コーチは前半のあいだはパスを送って時間をどうとか言ってたけど……、それって楽しいのかな?

 梓が一瞬そう思うと、不意に引っ張られた気がした。ユニフォームをうしろからつかまれたのだ。

「なぁらっ!」

 その隙に、6番サイドハーフの湯山がボールを奪い取る。

 梓は咄嗟に審判を睨むように見た。が、審判はすでにボールのほうに視線を向けている。

 本来相手のユニフォームを背後から捕まえて進行を妨げた場合、ホールティングという反則になる。もちろん故意でなかったとしても反則は反則だ。

 だが、審判がそれを見ていたのかどうか――。

 そのあと、湯山が大間へとパスを繋げると、大間はそのままシュートを撃った。

「……っ!」

 優がしっかりとボールをキャッチする。「んだぁとぉっ!」

 大間はあからさまに表情を歪める。

 優は智也の方へとボールを転がし、「明日香」

 と、パスを送っていく。

「悟くん」

 パスを繋ぎながら時間を費やしていく。そのあいだに河山センチュリーズの子供たちもボールを取りに上がり始めた。悟がましろにパスを送る。

「お前ら、パスばっかりしやがって、ふさげんなぁよぉっ!」

 桜井がましろのボールを奪いにかかった。

 エラシコで桜井の体勢を右にずらすと、ボールを蹴り上げ、残った足を越していく。ましろはそのままドリブルを始めた。

「お、おいっ! ましろっ!」

 智也が止めようとしたが、ましろは立ち止まらなかった。

 ディフェンスに入った7番FWの栗原をシザーズ、ルーレットで抜いていく。

「梓っ! スウィッチッ!」

 ましろは正面を向いたまま、右足のインサイドでパスを送った。

 梓はそれをクリアすると、ドリブルを始める。

「くそっ! その二人を止めろ」

 大間が指示を出すと、4番島津がボールを持っている梓を止めに入る。「あの8番もマークだ」

 ましろには急いで戻った栗原がマークをかける。

 島津がスライディングでボールを奪いにかかった。

 梓はそれを抜こうとした時、一瞬……頭に痛みが走った。


「……やめてっ!」

 誰もいない公園に少女の悲鳴がこだました。

「おとなしくしろよ……」

「おい、これって犯罪じゃねぇのか?」

「いいんだよ。こいつ女子のくせに俺たちよりうまいからな……、ちょっとお灸を添えるだけだよ」

「それにさぁ、俺たちは真剣にやってんだ。楽しくやろうとかあまっちょろいこと言ってんじゃねぇよ」

 少女と同じくらいの少年たちが少女を押さえ込んでいた。

「いやぁっ! 放してぇっ!」

「うるせぇんだよっ!」

 少年の一人が、少女を殴り黙らせる。

「なぁ、俺さぁ兄貴の部屋でエロ本読んだんだよ」

 突然そう言うと、少年は少女のカッターシャツを剥ぎ取った。

 適度に日に焼けた健康的なからだと、水色のストライプが入ったブラが少年たちの眼下にさらされる。「……っ!」

「そのマンガでさぁ、これと同じみたいなことがあったんだよ」

「おいっ、さすがにそれはやばいんじゃないか?」

 察したもう一人の少年が止めに入ろうとする。

「大丈夫だって。痛いのは最初だけみたいだし、それにやってるうちに気持ちよくなって、自分から求めるみたいだからさ」

 少年は自分の唇を、少女の唇に重ねた。

「んっ! んんっ!」

「暴れるなよっ! おとなしくしろ」

 そう言うと、一人の少年が少女の頭を掴み、地面に叩きつけた。

 少女の意識は……途切れ、二度と目を覚ますことはなかった。


「梓っ! なにしてんのっ?」

 ましろの声が聞こえ、梓はハッと我に返る。

「……えっ?」

 足を蹴ってみたが、ボールの感触がない。

 というよりも、腕や足がチクチクとして痛かった。それがフィールドの芝生で、自分が倒れていることに気付いたのは、ましろに声をかけられてから、1秒ほど経ってからであった。

「大間っ!」

 声が頭上のほうから聞こえる。「えっ? あれっ?」

 起き上がり、振り返って見ると、さっきまで梓が持っていたはずのボールが、大間に渡っていた。

「疲れてるからってボーとしない」

「ご、ごめんっ!」

 慌てて戻ろうとした時、足がふらついた。

 ――えっと……、たしかスライディングされて、それを抜こうとして……。

 頭の中がグチャグチャで、思考が定まらない。

 ――あれ? どうしたんだろ……。なにも見えなくなって。

 目の前が真っ赤に染まる。なにも見えない。

「よっしゃぁあああああああああっ!」

 シュートを決めた桜井が雄叫びをあげる。

 それを祝福するように、河山センチュリーズの面々が桜井の頭を叩く。

「梓っ!」

 ましろがそう呼びかけると、梓は振り返った。

「梓……、どうかしたの? それ……」

「えっと、どうかした?」

 ましろの驚いた表情が理解できなかった梓は、そう聞き返す。

「ちょっと、さっき倒れた時にどっかぶつけたんじゃないの?」

 梓は、なにがなんなのかわからなかった。

 ――倒れた? 誰が……。

 不意に自分の頭に触れた。

 途端に激痛が走る。

「……っ!」

 梓は跪き、唸り声をあげた。

「大丈夫か?」

 審判が近付くと、「さっき倒れた時に怪我をしたみたいで」

「そうか、立てるかい?」

「な、なんとか……」

 梓はふらふらとした足で立ち上がった。

「梓下がって、恭平くんお願い」

 朋奏にそう言われ、恭平が交代に入った。


「梓っ! 大丈夫か?」

 和成が声をかけるが、梓にはまるで遠くから聞こえている感じがして、周りを見渡した。

「怪我は? 怪我は大丈夫なんですか?」

「触診した感じじゃぁ、瘤ができてるってわけじゃないみたいだし、だけど血が出てるってことは擦り剥いたってことになるわね」

「えっと、なんかみんな私が倒れたって云ってるんですけど……」

 梓がそう言うや、和成たちはけげんな表情で彼女を見る。

「なに言ってるんだよ? 4番がスライディングしてそれを抜こうとした時に足を絡めて倒れたんだろ?」

 陽介がそう言うと、梓は「そうだっけ……」

 とうつろな声で聞き返す。

「梓、すこし休みなさい」

 朋奏は梓の後頭部に冷却パックをまいたタオルを被らせる。。

「だ、大丈夫です。すぐにいけますから」

 梓が起き上がろうとした時、彼女の腕を和成が掴んだ。

「放してください」

「いいから、今はちょっと休め」

「さっきの失点は私の責任ですし、どうにかして同点にしないと」

「いいから休めって言ってんだよっ!」

 和成が大声で怒鳴りつけると、梓は畏怖した表情を和成に向けながら、肩をすぼめた。

「……あ、いや、まだ気分が優れないようだし、休んでからでもいいだろ」

 我に返った和成が謝りを入れる。

「いえ、私も冷静になれてませんでしたし」

 梓はそう言うと、ベンチに座り、バスタオルを頭に被ると俯いた。

 ――くそっ! さすがに今のはダメだろ。頑張ってくれてるってのに。

 和成は、頭を抱えた。

 試合が始まる前、華蓮に言われたことが頭の中で過ぎる。

 ――あんなこと言うんじゃねぇよ。ただでさえましろのことも気になってるってのに。

 華蓮は、梓が、和成が小さい時いじめられていたのを助け、和成にサッカーの楽しさを教えた張本人である、横嶋幸であることを教えていた。


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