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P.K.  作者: 乙丑
1STGAME
3/40

Ⅱ:ノット/アンティシペーション

アンティシペーション:予測、読みのことで、サッカーで最も大切な能力の一つと言われている。


「参ったな」

 と、能義(のぎ)は仏頂面で言った。

「先輩、なにがですか?」

 もう一人の若い警官、芝川がたずねる。

「まだ犯人が見付かったわけでもないのに、捜査打ち切りなんてたまったもんじゃねぇわなぁ」

 そう言いながら、能義は紫煙を噴かした。

 二人はN市警察署の喫煙室で談話をしていた。話題は現在捜査をしていた事件が、上からの命令で打ち切りにされたことについてだった。縦社会である警察は上からの命令は絶対服従。

「でも酷いですね。幼女暴行なんて……。しかも、まだ犯人が見付かっていない」

「――いや、たぶん、もう犯人の目星はついてると思うんだがな」

「えっ? 先輩はわかるんですか?」

 芝川は驚いた表情で聞き返した。

「事件が起きたのは、ついこのあいだの六月だったじゃないか。それなのにもう打ち切りなんて、上の連中が、犯人を知っているか特定している――としか思えんだろ?」

 能義がそう訊ねると、芝川はうーんと唸った後、「そうですかね?」

 と、云った。

 それを見るや、能義は頭を抱える。

「いいか? 犯人は女の子を暴漢しただけでなく殺しているんだ。他の殺人とは違う。鬼畜としか云えんだろ?」

「それはそうですけど、でも先輩、他に情報はないんですよ」

「まぁ、ボチボチ調べようや。いちおうまとめてみたんだがな」

 そう云うと、能義は手帳を取り出し、中を見せた。

 そこに書かれているメモらしき文章には、先日殺された『畑千尋』の死因と、現場状況が書かれている。

「現場に行った鑑識の人間が云ってたよ。あんなことまでされたんだってな」

「――あんなこと?」

 芝川がたずねようとすると、「他に殺された子がここ数年で何人もいてな、そのほとんどがあの現場で殺されてるんだよ」

 能義の言葉を聞くや、芝川はゴクリと喉を鳴らした。

「だが、今の今まで犯人探しどころか、捜査本部すら立てられなかったことから、警察の人間、もしくは家族がしたんじゃないかっていう噂が立っていたんだ」

「たしかに、その……。今まで起きた事件がすべて関係性があったとしたら、警察内に犯人を知っている。そして捜査を打ち切らせるほどの権力がある……というわけですか?」

「そう俺は考えているがな――」

 能義は小さく唸りながら、

 ――しかし、今回に至っては、打ち切りになったとはいえ、捜査本部が立てられた。もしかすると、『畑千尋』の事件は予想外だったというのか?

 と、考えていた。


 和成が通っている中学校の教室で生徒たちは、目の前にある教壇を見遣っていた。

 いや、その横にいる少女を見ていたといったほうがいいだろう。

 赤茶色の特徴的な腰まで伸びた髪。キチっとした身嗜みに、清楚という言葉を身に纏ったような雰囲気があった。

「今日から転校してきた『南城(なんじょう)』さんだ」

 クラス担任の季久利翔太(きくりしょうた)がそう紹介すると、「初めまして、東京から来ました、南城朋奏(なんじょうほのか)といいます」

 そう自己紹介すると、朋奏は皆に会釈すると、ところどころから拍手が鳴った

『あれ? ほのか……』

 和成はふと、昨日噴水がある公園の近くにあった小さなサッカーコートで朋奏が子供たちにサッカーを教えて(というより、朋奏はルールすらわかっていなかったが)いたことを思い出した。

「君って、たしか……」

 和成が声をかけると「あぁ、君かぁ」

 と、朋奏は声をあげた。

「なんだ、知り合いか?」

 季久利がそうたずねると、和成はちいさくうなずいてみせた。

「え、ええ。まぁ……」

「そうだ。ねぇ、昨日お願いしてたこと考えてくれた?」

 そう訊かれ、「やっぱり教えないとダメなのかい?」

「ええ。あの子たちのこと知った以上はね――」

 朋奏は小さく笑みを浮かべながら答えた。「――練習は?」

「……っ、え?」

 突然そう訊かれ、朋奏はキョトンとする。

「まだ教えると決めたわけじゃないけど、見るくらいならいいだろ?」

「う、うん」

 さっきとは打って変わって、しおらしい返事だった。

「そ、それじゃぁ、今日の放課後見にきて。みんな喜ぶと思うから」

「話は終わったか?」

 季久利が声をかけてきた。「あ、す、すみません」

「南城さんは……。そうだな、そこにしようか? ちょうど空いてるし」

 そう言いながら、季久利はピッと和成の隣を指した。

「よろしくね」

 朋奏がそう会釈すると、「あ、ああ。こっちこそよろしく」

 返すように和成も会釈した。


 ――その後の授業中のことであった。

 和成は先日気になっていたことを聞こうか悩んでいた。

「あ、あの、南城さん」

「朋奏でいいよ」

 そう言い返され、和成は少しばかり間を置くと、「そ、それじゃぁ朋奏さん。この前練習を見た時に気になっていたんだけど、梓っていう子と、直之って子が経験者だったって云ってたけど、あの子たちがやってるのって、サッカーだよね?」

「――そうだけど?」

 朋奏は顔を黒板に向けながらも、視線を和成に向けていた。

「ちょっと可笑しくないかな? 『やってた』っていうことは、今はやっていないってことになる。あの場合、『やってる』って答えるはずなんだ」

 和成は少しばかり視線を逸らした。「――そうでしょうね」

 朋奏は小さく呟いた。

「え? 今なんて――」

 そう聞き返そうとした時だった。

「鎌田くん、この問題を答えなさい」

 そう云われ、和成はギョッとした。「答えなくていいの?」

 朋奏にそう云われ、和成はあたふたとしだし、クラスメイトが笑い出した。

「みんな、静かにしなさい。鎌田くん、先生の話を聞いてなかったわね?」

「す、すみません」

 和成は深々と頭を下げながらも、やはり梓と直之が言っていた言葉が気になって、頭から離れなかった。


 その日の放課後、和成はあのサッカーコートへと足を運んだ。

 既に朋奏と子供たち十人全員が揃っている。

「あ、おにいちゃんだ」

 和成をいの一番に気付いたのは、チームの中で一番小柄の少女――椿だった。

「コ、コーチ。今日はよろしくお願いします」

 明日香と優がそう言いながら、頭を下げる。

「いや、この前みんなの現状が見れなかったからさ、今日はその観察だよ」

 そう答えると、子供たちの何人かがションボリとした表情を浮かべた。

「み、みんなが頑張れば、コーチをしてくれるかもしれないのよ?」

 朋奏がそう云うと、「そうか。みんな頑張ろう」

 直之が声を出すや、子供たちはいっせいに「おーっ!」

 と、声をあげた。


 ――と、ここまでがおよそ10分くらい前の遣り取りであった。

 子供たちは前と同じく、五人一組に分かれての紅白戦を行う。パスやシュートの練習を個々に見るよりは実践で見たほうが時間の短縮になる。

「武っ! ボール来てるぞ」

 声をかけられた武はセンタリングされたボールに追いつけず。

「椿、ボーッとしない」

 ボールが手前に来ているにもかかわらず、椿はまったく気付いていない。

「きゃぁっ!」

 みんなよりも身長が頭ひとつ高い優は相手が近付くと、怖がって目を瞑ってしまい、避けてしまう。

 ――といった具合に、他の子供たちも正直遊びでやっているとしか思えなかったが、梓と直之だけは多少違っていた。

「陽介、上がれっ!」

 直之がそう云うと、陽介は敵陣に上がり込んだ。

「――甘いっ!」

 声が聞こえ、直之は声がしたほうに視線を送ったが、足元にあるはずのものがなかった。

 そのボールはいつの間にか梓の足元にある。

「あ、梓ぁっ!」

「恭平くんっ!」

 梓は叫び、ボールを高々と上げると、ボールはゴール近くまで上がっていた恭平の近くに落ちた。

「い、いつの間に?」

「そのままシュートッ!」

 梓が声を上げる。恭平はボールを思いっ切り蹴ると、ボールはゴールポストに突き刺さった。

「やったっ!」

 梓が大きく飛び跳ねた。その表情は喜びで満ち溢れている。

『へぇ、やっぱりあの二人は経験者だけあって、全体を見渡してるし、仲間を動かすことがうまいな』

 和成はそう考えながら、ノートにメモをしていた。

 そこには子供たちそれぞれの特徴や癖などが書かれている。

「えっと、試合は15分間のハーフだっけかな?」

 隣で朋奏がルールブックを見ながら、ストップウォッチを見ていた。「そろそろ時間だ」

 そう言いながら、和成は笛を吹いた。


「みんな、集まって」

 和成がそう声を出すと、子供たちは集まりだした。

 15分間の実践を終えた子どもたちは肩で息をしていた。基礎体力がまだ足りていない証拠だった。

「ど、どうでしたか? 私たち――」

 明日香がそう云うと、和成は片目を瞑りながら、「はっきり云って、梓ちゃんと直之くん以外はうまいとは言えないね」

 と辛辣な言葉を返す。

 和成の言葉に、子供たちは肩を落とした。

「か、和成くん? そんな言い方」

 朋奏が声を荒げる。

「た、たしかにおれたちの中で、一番うまいのは梓と直之かもしれないけど……」

 智也が愚痴を零すように言うと、「みんな、他に練習は?」

 そう訊かれ、子供たちはキョトンとした。

「何人かがちゃんと走れてなかったし、判断力や瞬発力が悪かった。ドリブルにしたって、取られないようにしなきゃってのが先走って、ボールをうまく運べてなかった」

 和成は子供たちの欠点をいくつも云っていく。

「それに優ちゃんだっけ? きみ、身長は?」

 和成は優に視線を向けた。子どもたちに対しては視線が下のほうへと行くのだが、優のほうへと視線を向けたとき、あまり自分の視線と大差がなかったからだ。

 和成の身長は168。同年齢の男子の中では平均的なものといえよう。

「えっ? 163ですけど」

「小学生女子にしては大きいな。この前GKやってたよね? あれってみんなで決めたの?」

「ううん。余ったからって感じかな」

 その時同じチームだった陽介が答えた。

「それじゃぁ、優ちゃんはDFにまわって。それと目を瞑るのは自分にも危険だから、まずはボールを怖がらないようにしないと」

 そう言われ、優はちいさくうなずいた。

「それと、椿ちゃんはボールが来たら、積極的に取ること」

 椿は「はい」と、大きな声で返した。

「それじゃぁ、みんなコートに戻って――」

 和成がそう言うと、子供たちはコートへと入っていく。


「それじゃぁ横一列に並んで」

 そう云われ、子供たちはペナルティーエリアのライン沿いに並んだ。「コーチ、なにをするんですか?」

 明日香がそうたずねる。

「ちょっとしたゲームだよ。ルールは簡単。みんなは軽くジョギングをはじめる。俺が笛を吹いたら思いっきり走る。そしてもう一度笛を吹いたら足を止める。ただそれだけのことだよ」

「そんなのでうまくなるのかよ?」

 悟が愚痴をこぼす。「コーチのいうことを聞く」

 その隣にいた梓が注意を促した。。

「あはは、それじゃぁみんな、他の人に合わせなくていいから、自分のスピードで歩き出して」

 そう云われ、子供たちは各々の速さで歩き出した。

 ちょうど5メートル地点

 ――ピッと言う音が聞こえるや、子供たちはいっせいに走り出し、もう一度笛を鳴らすと、全員が止まった。

 一番前に出ていたのは直之、その次に恭平、三番目に優、最後が椿になった。

『もう一回、確かめてみるか』

 和成は、もう一度子供たちを並ばせ、同じことを繰り返していく。

 そのほとんどで、椿はうしろのほうになっている。

「今度は、椿ちゃんだけでやってみようか?」

 そう言われ、椿は「はいっ!」

 と、声を出し、早歩きを始める。

 和成が笛に口を加え、吹こうとした時だった。

 笛の音が鳴り始めた瞬間、いや鳴り始める瞬間には、既に椿は走る体勢になっていた。そして、もう一度笛を吹くと、椿は足を止めた。

「椿ちゃん、今度は俺が相手するから、直之くんがパスしてきたら、椿ちゃんは俺がボールを取る前に奪うんだ」

 和成はそう云うと、椿から2、3メートルほど離れた。

「そ、それじゃぁいくぞ!」

 直之は声をあげると、ボールを和成の方へと蹴り上げた。

 ボールは大きく弧を描くように、和成のほうへと近付いていく。

「よいっしょ!」

 と、椿は和成の目の前で飛び上がり、ボールを手に取って抱え込むように着地した。

「……ッ」

 それを見て、和成は椿の底知れぬなにかに、心を弾ませた気がした。

「つ、椿。手でボールを持ったらダメだって」

 梓と明日香が声を荒げる。

「いや、今はこれでいいんだ」

 和成は笑顔で椿の頭を撫でた。「えへへ、撫でられた」

 椿は嬉しそうに声を出した。

「どうしてですか?」

 梓がそうたずねると、「椿ちゃんは自分でも気付いていないかもしれないけど、瞬発力がみんなよりもいい」

「で、でもさっき練習していた時はほとんどうしろの方でしたよ?」

「それは、みんなが椿ちゃんよりも大きいからだよ。ジョギングと短距離走でのランニングってのはようは無理をしない程度の走りと、全速力で走りきるかの違いだろ? 使う筋肉は同じでも、筋肉を使うタイミングや量はぜんぜん違う」

「え、ええ」

「多分だけど、椿ちゃんがみんなと同じくらいの速さで走れたとしたら、ほとんど前に出てると思うんだ。椿ちゃんは俺が笛を吹くタイミングに気付くのが早いというよりは、ずっと俺を見ながら走っていた。だから笛が鳴るタイミングと同時に走り出していたんだ。みんなは笛がなった後に走り出していただろ?」

 そう言われ、梓は大きくうなずくと、ハッとした表情で、「もしかして今の練習って、ボールがセンタリングされるタイミングにあわせて、ボールが取れるかどうかを見る練習だったんじゃ?」

 とたずねたが、和成はちいさく笑みを浮かべるだけで答えなかった。

「よし。優ちゃんはボールを怖がらなくなること。椿ちゃんは瞬発力をうまく利用した戦術を考えないとね。まぁ今の課題はみんなが最低限試合を動けるくらいの基礎体力をつけることだけど」

 和成がそう考えていると、「えっと、もしかして私たちのコーチをしてくれるんですか?」

 梓がそうたずねる。「いけなかった?」

 和成は梓や、他の子供たちを見渡しながらききかえした。

「い、いえ、と、とんでもないです。よ、よろしくお願いします。コーチ」

 梓は深々と嬉しそうに頭を下げる。子どもたちもそれに倣った形で頭を下げた。


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